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至上の愛   作者: 高瀬海之
第一部

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21/52

21、生まれ故郷





 久し振りの街。

 子供の頃暮らしていたと言っても、アシュリーに出会うまでは家から一歩も出たことはなかったし、アシュリーと出会ってからも街へ降りることはなかった。だから、エルウィンが出身地であるこの街を見物しながら歩くのは正直言えば初めてだった。

 こんな街だったのか……とキョロキョロしながらアシュリーのくれた地図を頼りに新たに取引することになった薬局を探す。


『前取引してたとこは使えないから』


 と年を取らない魔族はそれ故の弊害を苦笑いと共に教えてくれた。

 確かにそうだろう。十年は長い時間だけど、ある意味たった十年でもある。十数年前の記憶は古いと言い切ってしまうことは出来ず、アシュリーを覚えている人もいるだろう。

 以前のアシュリーを知る人は、彼女に流れた時間の変化がないことを絶対に不審に思う。しかし、危険を避ける理由に納得したと同時に疑問が浮かんだ。



 ………だったら、どうしてアシュリーはまたここに戻ってきたんだろう?



 引っ越しの理由自体まだ教えてもらっていない。

 今までのようにその時の気分で言い出したことでないのは判っている。あの荒野を見せたことがきっかけなのだから、それ相応の何かがあるに違いない。

 けれど、危険を冒してまでここに戻ってくる理由はまったく思い浮かばなくて……。


「大体あいつ、オレに隠し事多過ぎなんだよ」


 何百年も生きてきた人はいつも、それ故の狡猾さでエルウィンから真実を隠す。他のことでは酷く単純で判りやすいくせに、大事なことはしっかり隠して……その度思う。


 一体いつになったら彼女はすべてを自分に見せてくれるのだろう?

 一体いつになったら彼女のすべてを受け止められる男と認められるのだろう?


 ねぇ、アシュリー?


 考え事をしながら道を進み、薬局の看板を見つけた。位置と店名を確認し間違いないと確信する。

 カランと鐘が鳴るチョコレート色のドアを開けた途端に鼻につく、嗅ぎ慣れた薬の匂い。アシュリーの仕事部屋と同じ匂いのする店内は余り広くなく、接客用のカウンターで仕切られたこちら側には待ち合い用の椅子が五脚と小さなテーブルがあるだけだった。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの中にいた店主らしき老人が愛想良く言い、読んでいた新聞を畳む。

 店主の後ろには各種薬袋が取り間違えのないよう仕切りに名札を付けて並べてあった。それを確認して、管理の方は問題ないと心の中で頷く。

 それから軽く店内を見回し、小さいが手入れの行き届いた様に安心した。きちんと整理整頓されているし、信用出来る薬局のようだった。

 ここなら公平な取引をしてくれるだろう。


 取引相手の善し悪しを選別するのもまた、エルウィンの仕事だった。アシュリーは金銭に執着がないから質の悪い店主に多少足下を見られてもまったく気にしないが、エルウィンはそうは思わない。

 アシュリーの薬は上質なのだから、それに相応しい代価は支払われるべきだと考えている。

 確かにアシュリーの薬の質がいいのは彼女が魔族で、材料集めにそれ程苦労しないからだ。人間ではいい材料があると判っていても指を銜えて眺めることしか出来ない場所へ行くことが、アシュリーには地面の段差程の障害にもならない。敵がいれば蹴散らし、何処へだって飛んでいける翼もある。


 ある意味卑怯な方法が使えるから、アシュリーは豊富に材料を使って、他人には作れない良質の薬が作れる。しかし、それは相応の代価を受け取れない理由にはなり得ない。

 他人の欲のために都合よくアシュリーを利用させはしない。だから、いつの頃からかエルウィンは、アシュリーに代わって取引相手の人柄も見極めるようになっていた。


 今回の相手は大丈夫だと判断して、事情を説明しようと店主を見ると、何故か彼はぽかんと惚けた表情でこちらを見ていた。瞬きすら忘れたように、驚いたままエルウィンを見ている。酷く不可解な表情だった。


「……何か?」


 客であるエルウィンが思わず聞いてしまうくらい長く、店主は惚けたまま動かない。


「あの…」


 ヒラヒラと手を店主の顔の前で振る。それでやっと彼は正気に戻ったようだった。

 慌てて居住まいを正した店主は立ち上がって聞いてくる。


「すっ、すみません。何かお求めですか?」

「いえ、今日から薬卸させてもらうことになってるんですけど。これ、紹介状です」


 上着のポケットから前の街で取引のあった店で書いてもらった紹介状を取り出し見せる。新しい土地でもすぐに商売が出来るよう連絡をつけてもらったのだ。

 それでやっとエルウィンの目的を判ってくれたらしい。


「ああ! はいはい、聞いてます。そうですがあなたが……」


 店主はエルウィンの顔と紹介状を交互に見て、封筒を開き中の手紙に目を走らせる。納得するように頷いてから、控え目に聞いてきた。


「随分遠くからお出でですけど……こちらの街にお知り合いでも?」

「いえ、別に」

「そうですか…? でしたら、まずは品物の方を見せて貰いましょう」

「はい」


 その後の交渉は順調に進み、エルウィンの方も不満のない取引となった。

 代金と次回分の依頼を受け取り、店の外まで送ってくれた店主に次回もよろしくと頭を下げて店を後する。そして久々の街だし、懐も暖かいから、何かいいものを買って帰ろうと足取りも軽く馬を引ていくエルウィンを、店主は店の外に立ったままじーっと眺め続けていた。



◆◆◆◆◆



 ここに戻ってきて何度街に降りてきただろう?

 街に降りてくる度、ふと感じる他人の視線は回を増すごとに多くなっている気がした。

 なんだ?

 街で擦れ違う人と目が合う回数が多いだけではない。エルウィンが不機嫌になるくらいあからさまにこちらを凝視する者もいる。

 新たに取引することになった薬局の店主も、たまたまその場に居合わせるだけの客も、エルウィンが尋ねていく度驚いたように手を止めこちらを見る。

 でも理由を聞くと皆、なんでもないと言うのだ。


 とてもそうは見えないのに……一体なんなんだ?


 あまり気が長い方ではないエルウィンとしてはそういう煮え切らない態度は癇に触ってしょうがない。だが、ここで暴れて問い詰める訳にもいかず、不満だけが胸に蟠る。


 言いたいことがあればはっきり言えばいいのに……。


 理由がはっきりしないからアシュリーにも相談出来ない。大体、他人からよく見られている気がするなんて相談したところで、気のせいと言われるか、エルウィンの自意識過剰だと笑われるかのどちらかだろう。


 自意識過剰の所為ではないと思うのだけれど……。


 考えながらいつものように薬局のドアを開けると、案の定その場にいた全員がエルウィンの顔を見てハッと驚いていた。

 この反応にももう慣れた。無視してなんでもないフリで店主に話しかけ、商品の受け渡しを行う。その最中、話題を探すように店主が話しかけてきた。


「いつもお一人でお出でですけど、ご家族はいらっしゃらないんですか?」


 家族?

 その単語がビクンとエルウィンの身体を痙攣させた。

 家族…確かにこの街にいるだろう。もう朧にしか思い出せない両親と面影すら忘れてしまった妹が……だけど、今更彼らを家族だなんて言える訳がない。

 罪を犯しそばを離れてから一体何年過ぎた?

 あの罪がある限り、彼らにとってエルウィンは家族ではない。


「家族はいません」


 血を吐くような思いで口にした言葉も、重さを知らないものにとってはさして重要なことではないのだろう。表情を曇らせたエルウィンに気付いているのかそうでないのか…店主は何気ない口調のまま続けた。


「じゃあずっとお一人なんですか?」

「恋人がいます」

「……そうですか」


 その後も店主は何かと話しかけてきたけれど、上の空で殆ど覚えてない。

 ただ彼の一言が蘇らせたものだけがエルウィンの思考を支配していた。


 『家族』


 この街に確かにいる、エルウィンの…家族。

 妹を殺し、魔族を愛したエルウィンはもう二度と会うことのない、家族。


 父、母……もういない、妹。

 ああ、彼女の墓参りにはいつ行こうか……。



◆◆◆◆◆



 気が付けば頬を撫でる風は冷たさよりも強く、花の香を運んでくるようになっていた。暖かな日差しに促され、辛い寒さを逃れるように地中に潜っていたものたちが芽吹き、花開いている。


 その中でも一際鮮やかに、正しく咲き誇っているのが、アシュリーの家のそばにそびえる、舞散る花弁がまるで雪のような大木だった。


 『桜』という名の大樹はアシュリーの生まれ故郷である魔界には存在せず、初めて見たときその美しさに心奪われたから、家を建てさせる時にわざわざ一緒に植えさせたのだと昔教えてくれた。


 確かに青い空と薄紅の花弁のコントラストが言葉にならない程綺麗で、エルウィンが子供の頃、花の季節には必ず満開の桜の下でロード達とお花見を楽しんだ。




 思い出す、一枚の絵画のような景色。



 今年もまた花が咲いた。



 舞散る花弁と共に、穏やかな季節が通り過ぎていく……。













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