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至上の愛   作者: 高瀬海之
第一部

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16/52

16、蜜月





 冬の朝、ブルッと自分の身震いでエルウィンは目を覚ました。


「うわ、さむ…」


 思わず声に出てしまうくらい寒い。

 どうしてこんなに寒いのだろう。考えながら朝日の眩しさに眩む目を嫌々開けて見た窓の外、森の緑が真っ白になっていた。


「…雪か」


 どうりで寒いはずだ。どうやら夜の間に雪が降ったらしい。

 この冬始めての雪。最近ずっと曇り空が続いていたが、とうとう降ってしまった……ということは、と隣りのアシュリーを窺う。

 魔物は寒いと動きが鈍る、などと嘘かホントか判らない理屈を繰り返し、冬は暖かい部屋から出ようともしない無精な魔族は、頭までフカフカの毛布に埋まってまだ寝ていた。

 ぴったりと寄り添う素肌の温もり、エルウィンもアシュリーも裸だった。昨夜の行為の後、何も考えないで寝てしまったからきっと今朝は、いつも以上にベッドを抜け出すまで時間が掛かることだろう。

 冬が来て朝の寒さに暖かいベッドを抜け出し難くなってから、服を着て暖炉に火を入れる、たったそれだけの作業をどちらが行うかで毎日毎朝もめている。

 今朝もきっと……思いながら寝返りをうって暖かいアシュリーのそばにもっと近く擦り寄る。だが、エルウィンが身動いた所為で冷たい空気が温もったベッドの中に入り込んでしまった。

 途端その冷たさにブルッとアシュリーも身震いしてうっすらと瞼が開いた。


「…さむ」


 エルウィンの目覚めと同じことを言って、アシュリーは更にきつく自分を包む毛布を身体に巻き付けようと手を動かした。そのアシュリーに毛布を全部奪われないようしっかり掴んで、エルウィンはまだ寝ぼけているアシュリーに教えてやった。


「外雪降ってる」


 声を掛けられて何度か瞬きしたアシュリーは真横にあるエルウィンの顔を確認し、たっぷり時間を掛けて彼の言葉を理解してから掠れた声を出した。


「……マジで?」

「うん、真っ白」

「……最悪、余計寒いじゃない」

「昨夜のうちに降ったみたいだな。もう外真っ白」

「今日薬草採りに行こうと思ってたのに…もう行きたくない……」

「行かなきゃ金にならねぇだろ。オレも街行かなきゃいけないんだからお前だけ家でゴロゴロするなんて許さん」

「だってぇ……うわ、ホントさむ」


 言ったアシュリーは更に深く布団に潜り直した。エルウィンも同じように潜り直したが、いつまでも二人でこうしている訳にはいかない。

 アシュリーの薬草採りは自分の都合でどうにでもなるものだが、エルウィンの用事はこちらの都合を優先させる訳にいかない。今日は薬の納品の日、それを持って街へ降りていかなければいけない。


 ああ面倒臭い……だけどそれはエルウィンの使命。魔法の勉強の傍らアシュリーの助手のようなことを始めて、ある程度知識が付いてからはアシュリーの代わりに人間と関わるのがエルウィンの役目になった。

 どんなに上手に隠してもアシュリーは魔族で……何よりオレンジ色の髪が目立つ。

 フードで隠しても覗く明るい色。髪を染める染料もない訳ではないけれど…アシュリーの髪程綺麗に発色しないからやはり人目を引く。それが原因で疑われるのは面倒臭いからと、エルウィンがある程度大きくなってからは街での用は全部任されていた。


 それは信頼の証しでもあるし、またアシュリーを守ることにもなる。だから代わりに街へ降りていくことは苦じゃない……と己に言い聞かせても、この寒さはどうしようもなくて、今は出来るならベッドから出たくない。

 それに、隣りのアシュリーはまた瞼を閉じていた。絶対アシュリーはエルウィンがいつまでもダラダラしていられないのを知っているから、仕方無く起きて暖炉に火を入れるのを待っている。

 一人だけ起きなければいけないのが無性に腹立たしくて、無茶を言ってみた。


「アシュリー、魔法で暖炉に火入れて」

「そんな都合のいい魔法はないです」

「じゃあ魔法じゃなくていいよ、火つけてきて。マジ寒い」

「あなたが行けば……私は誰かさんの所為で腰が辛いから動けない」


 その話を持ち出されると弱い。元々淡泊なアシュリーと年頃のエルウィンでは適度と思う次元が違うのだ。だからいつもアシュリーに無理をさせていて……それが判っているから、もう下手に出るしかない。


「じゃあ毛布貸せ」

「いや」

「人行かせようとしてるくせになんだよ、その態度」

「だって寒いし」

「だから火入れに行くんだろ。貸せよっ」

「ああ!」


 嫌がるアシュリーの手から毛布を奪い取り、それを身体に巻き付けてベッドを抜け出す。素足に板張りの床が冷たかった。そこから体中に染み入ってくる寒さを我慢し、暖炉に薪を適当の放り込んで魔法でさっさと火を付ける。


「あーあ、またそんな火の付け方して……それじゃすぐ薪足さなきゃいけなくなるじゃない。もったいない」


 ブツブツ言うアシュリーの声が聞えたが無視した。

 じっくり火が行き渡るのを待っている余裕はない。毛布を巻き付けていても、奥歯がカチカチと鳴る程寒いのだ。

 暖を取るのに暖炉の前の毛皮の上に座り込んで火に手を翳す。次第に素肌に纏っている毛布が暖まって、身体にも熱が伝わってくる。ようやっと口許で鳴る嫌な音も消えた。

 暖炉の前に座り込んで数分。ごそごそと後ろから物音が聞こえる。

 アシュリーがどうしているか充分想像出来たが振り返りもしなかった…というより、振り返ったら負けるのだ。

 やがて痺れを切らしたアシュリーの方から声を掛けてくる。


「エルウィン、いつまでそこにいるの?」

「こっちの方が暖かい」

「私まだ寒いんだけど…毛布返して」

「お前も出てくれば?」

「そこ行くまでが寒い」

「だったら部屋が暖まるまで待て」

「……やだ寒い」

「だから出て来いよ」

「すっごい寒い、凍え死にそう…」


 もうエルウィンの言葉に対する返事ですらない。独り言では返事をするのも面倒臭かった。


「……ねぇ、エルウィン」


 呼ばれても無視する。


「ホントに寒いんだってば、ねぇ」


 それでも聞えてくる声、次第に甘えを帯びて……それがアシュリーの手だ。だから振り返ったら負けだと判っている。だが、エルウィンの気持ちに揺さぶりを掛けてくる独り言はまだ続く。


「こんなに寒いって言ってるのに……エルウィンがいないと寒くてしょうがないんだってば。ねぇエルウィン…」


 誘うような独り言に耐えられなくなって、いい加減にしろと睨み付けるのに後ろを向く。

 途端、目に入ったのは上掛けの隙間からこちらを窺っているアシュリー。エルウィンが振り返った瞬間嬉しそうに笑って、寒さに泡立つ腕を差し出した。

 真っ白な腕を寒さを堪えてエルウィンに伸ばし、手招きする。


「もうちょっと一緒にいよ?」


 滅多にない誘いかけてくるアシュリーの仕草と表情。哀しいことに頭より先に身体が反応した。


「…ったく、こんな時だけ甘えんな。オレは湯たんぽか!」


 悔し紛れに悪態をつきながらも、立ち上がったエルウィンはまたアシュリーのそばに戻る。

 戻ってきたエルウィンを見上げてくすくす笑ったアシュリーは、彼を迎えるために少しだけ上掛けの端を持ち上げた。

 そこに潜り直したエルウィンに即抱き付いて、聞く。


「エルウィンたら、ホントに私のこと好きね」

「……大嫌いだよ、こんな性悪」

「そう? 私はエルウィンが凄く好き」

「だったら明日はお前が火付けに行け」

「雪降ってなかったらね…」


 条件付きでエルウィンの言葉を飲み込みながら、それ以上の会話を拒むように自分からエルウィンの唇を塞ぐ。それもアシュリーの手管の一つだが……結局エルウィンはそれで黙った。

 おはようのキスには濃厚過ぎる口付けを交わして、擦り寄ってくる身体を抱き締める。冬が来て乾燥してもやはりサラサラな肌は触れ心地よく手の平に馴染んだ。


「お前、誘ったからには覚悟しろよ」

「いいよ、私はもう何処にも出掛けないし……お好きに、どうぞ」


 うっすら笑って挑んでくるアシュリーは薬草採りを諦めたらしい。そんな自分勝手さが腹立たしいけど、擦り寄ってくること自体はやはりどうしようもない程愛おしさを掻き立てて……昨夜もつけた紅い花びらを朝からもう一度辿り直してしまった。



◆◆◆◆◆



 結局エルウィンが家を出たのは太陽が天辺を通り越してから。

 馬に薬の入った革袋をぶら下げ、アシュリーに見送られて家を出る。


「暗くなる前には戻るから」

「うん、あ、泥道気をつけてね。雪溶けた後ぬかるんでると思うから」

「判ってる。じゃあいってきます」

「いってらっしゃい」


 手を振るアシュリーが見えなくなるまで何度も振り返り、アシュリーもエルウィンの姿が坂道の向こうに隠れてしまうまでその場を動かなかった。

 やがてアシュリーの姿が完全に見えなくなって、エルウィンは振り返るのをやめ前だけ見る。エルウィンが辿る山道の周囲はもう随分緑が覗いていた。


 それはこの土地の特性の所為だろう。近くに火山がある影響で周囲の土地自体に地熱があるから、この辺は冬でも暖かいのだという。だから地面近くの雪はもうほとんど溶けて残っていない。

 残っているのは、背の高い木に積もった雪ばかりだ。しかし、積雪がないのは嬉しいが、雪が溶けた後の山道はぬかるんでいてとても滑りやすい。前に身をもって体験しているから慎重に馬を操り、通い慣れた道を辿った。


 慣れるくらい辿った道。


 巡る季節、ここで冬を迎えるのはこれで三度目だ。


 二人が想いを通じあわせたあの北の街はとっくに真っ白になっていることだろう。雪景色の街並もきっと美しかったろうに、アシュリーが寒いのは絶対に嫌だと言って最初の予定通り雪が降る前に旅立った。

 それから暖かさを求める様に少し南へ下がり、今はアシュリーが隠れ家に用意している山小屋のうちの一つで生活している。近くに大きな街があって、いつものようにアシュリーはそこの薬局に薬を卸して生活費をえていた。


 近くに栄えた街がある山小屋。

 それは考える必要もないくらいエルウィンが育ったあの家を思い出させる。だが、あそこには戻らずに似たような環境の違う場所をアシュリーが選んだのにはきっと理由があるのだろう。気にはなったが結局聞かなかった。


 そのまま二人はその土地に住み着いた。


 そして季節が巡り、三度目の冬。もうすぐエルウィンの誕生日がくる。

 ここへ移って来た冬一つ年をとってに、もう二年…月日が流れるのは早いものだ。


「…よく育ったよな、オレ」


 自分のことなのに他人事のように思えた。

 昔、アシュリーと出会う前、病弱だった頃は絶対に二十歳まで生きられないと言われていた。その自分がこんなに健康にまもなく成人を迎えようとしている。

 ここ数年病気らしい病気もまったくしていないし、身体が丈夫になったことで魔法を使う際の付加にも充分耐えられるようになって、ここ数年でほぼ制限なく魔法も使える。

 本気になれば宮廷魔術師として召し抱えられることも夢ではないだろう。


 あの自分が酷く順調に大人になっているなんて、どんな皮肉なんだろう。


 健康に生まれたウェンディを憎んだ貧弱な自分が、ウェンディを殺したことでアシュリーと出会い生き残って、こうして天寿を全うできるまでに健康になったのだから……。


 ウェンディ……妹のことを思うと今でも胸が痛い。


 だけどもう極力ウェンディのことは考えないようにしていた。

 それが彼女に対する裏切りで、罪を重くさせることだと判っていても、エルウィンがウェンディのことを想い、今を悔やめば、それはアシュリーをも苦しめる。

 アシュリーを苦しめることはもうしたくなかった。


 自分で選んだのだ。

 たとえ死んで地獄に落ちたとしても後悔しない。


 アシュリーとの幸せがあるなら他には何も望まない。


 今の幸せがエルウィンにとっての絶対。今が幸せに生きられるのなら、死んだ後どんな地獄が待っていようと構わない。

 これから先もずっとアシュリーと一緒にいられるのなら、それだけがエルウィンの幸福。

 この日々の永遠だけがエルウィンの願いだった。















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