12、激情故の決意
そんな行動に出られた一番の理由は、付き合いで飲めない酒を口にした所為だと思う。飲めないことは判っていたから自分としては酒量を弁え、ほんの少しだけ口にしたつもりだった。
でも理性を失わせるには充分な量だったのか……かなり大胆になっていたと思う。
そんな状態で、家に戻ってすぐエルウィンはアシュリーの部屋へ向かった。
ロードは最近泊まっていかない。だから夜明け近い今ならアシュリーはもう一人だ。きっともう寝ているだろう、でも起こしてでも言いたいことがある。
友達と騒いでいる間中、今一緒にいるロードとアシュリーのことが気になって気になってしょうがなかった。
やっぱり嫌だ、こんなに好きなアシュリーが他の誰かの腕の中にいるのは……オレもアシュリーを抱き締めたい。
抱き締めて好きと伝えて、その想いに応えて欲しい。
応えさせたい!
大胆な気持ちを抱えたまま、バンと乱暴な動作でアシュリーの部屋のドアを開けた。その音に吃驚したのか、ベッドに横たわっていた人が飛び起きる。
「………エルウィン?」
起き上がったアシュリーは、驚きに呆然として、ただそこに立っている人の名前を紡いだ。
ドアを開けた形のままこちらを見ているエルウィン。
しばらく無言で見つめ合った後、彼の視線がゆっくりと顔から他所に移動していくのが判った。それに気付いてハッとしたアシュリーは、慌てて足下に蹴られていた上掛けを引っ張り上げ、エルウィンの視線から己の身体を隠す。
そのアシュリーの行動を見て、エルウィンの瞳が意外そうに瞬いた。
飛び起きた時、アシュリーは一糸纏わぬ姿だったから……。
行為は酷く疲れる。だから動くのが面倒で、いつもそのままベッドで丸くなる。
今もそう、ロードが帰った後そのままの姿でぼんやりしていたところへ、突然エルウィンが来た。
今までなら、別に裸を見られるくらいなんとも思いはしなかった。だって、彼が幼い頃は毎日一緒に風呂に入っていたし、旅の途中、人目がないのをいいことに川や湖で裸で泳いだのもいい思い出だ。
そもそもアシュリーに『羞恥』という感情は、多分ない。
自分の一糸纏わぬ姿を他人がどう評価するかなど知ったことではない。
強大な魔力に裏付けられる自信は絶対。他人の価値観に照らし合わせて自分を恥じるなどという感情、アシュリーは抱こうと思ったことすらなく。
女として下卑た視線に曝されるのはもちろん不快だが、アシュリーには、自分にそんな不快感を与えた輩を一瞬で消し炭に変えられる力がある。
アシュリーに誰がどんな感想を抱こうと、それを考慮する必要などないと言い切れる絶対の実力あるから、自分自身に羞恥など感じたことはなかった。
だけど、ロードからエルウィンの想いを聞かされた今は、そうも言っていられない。
アシュリーにとってはなんでもないことでも、エルウィンにとっては違うだろう。
そこに想いがあるのなら尚更、思春期の少年に簡単に曝していい姿ではないと思うくらいの配慮はあった。
警戒して、きゅっと身体を覆ったシーツを握る手に力を込める。
無言のままの時間が長く流れ、その間もアシュリーはエルウィンから目が離せなかった。彼が何をする気なのか、まったく判らない。
探るように見る琥珀の瞳と見つめあっていた黒真珠の瞳が急に細くなる。フッと緩んだ目と口……ゆったり笑ったエルウィンは、大股でベッドに近付いてきた。
「なんで警戒してんの?」
応えようと息を吸い込んだ途端、プンと鼻についたのは酒の匂い。驚いて逆に問い掛けてしまった。
「エルウィン、もしかしてお酒飲んでる?」
「ちょっとだけ」
クスッと笑って応えた人は、無遠慮にベッドの端に腰を下ろし間近でアシュリーを振り返った。
「でもオレが酒飲んでんのとアシュリーが警戒してるのは関係ないだろ? 今更なんで警戒してんの? アシュリー今までも散々、オレの理性に挑戦するようなことしてたくせに」
言われれば確かにそうだ。
知らなかったから……エルウィンが自分にそんな気持ちを抱いているなど知らなかったからずっと、隣りにエルウィンがいても関係なく、ロードに抱かれていたし、それ以外にも色々とエルウィンを煽るようなことがあったかもしれない。
過去を振り返るアシュリーの視界の端でエルウィンがまた笑う。
「警戒するってことは、今ごろやっとオレのこと意識してくれたってこと? けど別に無理やりしたりしないから安心してよ」
その言い方がカチンときた。酒の所為で気が大きくなっているのか、エルウィンの態度が妙にでかい。
安心しろ? 人間が魔族にかける言葉じゃない。
ムッとしたままこちらも大きく出た。
「悪いけど、エルウィンごときにどうこうされる程弱くないから……怪我したくなかったら私のことは諦めて釣り合いのいい人間の相手探せば?」
ごとき、に特に力を込めて、せせら笑うように告げる。想いをやっと理解したことを伝えつつ、受け入れる気がまったくないことも強く主張した。
けれど、その程度ではエルウィンもめげない。
エルウィンも外見で判らない以上、アシュリーが主張する人間と魔族の差を理由に諦めるつもりはなかった。それにただの力技なら負けない自信が今はもうある。
もうオレは子供じゃない。
「怪我したくなかったらか……じゃあなんで隠すんだよ」
「目で犯されるのは不快よ」
「……一緒に風呂も入った仲だろ」
「あんたが小さすぎて風呂で溺れそうになるからね」
それにはムッとした。子供の頃の話を持ち出されるのは、そこに歴然とある年の差を思い知らされるようで腹が立つ。
アシュリーだけがエルウィンの子供の頃を知っている事実には色々都合が悪いことが多いから……むっとしたまま、酒の所為か感情が先走ってアシュリーが掴んでいるシーツに手を伸ばしてしまう。
剥がそうとするエルウィンにアシュリーは当然抵抗した。
「ガキだと思ってんなら隠すなっ」
「訳判んないこと言わないでくれる? なんでわざわざ見せなきゃいけなのよっ」
「なんとも思ってないなら見せろっ」
「はあ? やだっ、やらしい目で見られるのが判っててなんで見せなきゃいけない訳? エルウィンの言い分おかしいし!」
「オレは好きだから見たいんだよ!!」
言った瞬間、パッと抵抗するアシュリーの腕から力が抜けた。思いっきり力を込めていたエルウィンは反動でシーツごと床に尻餅を突く。
フワッとシーツがはげてまたアシュリーの全身が露になった。
吃驚して瞳を瞬かせるエルウィンを、琥珀の瞳が冷たく見下ろしている。先刻までの戯れるような雰囲気をがらりと変えたアシュリーは、冷えた瞳と同じ口調で言った。
「……じゃあ見れば? 見て、それでどうするの? 私を犯す?」
行為を示す言葉を紡いだ瞬間、エルウィンの顔が曇った。
随分大人になったのに、傷ついた表情は幼い頃と変わらない気がする。チクリと何かがアシュリーの胸を刺した。
その痛みを抱えながら続ける。
「どうせ好奇心なんでしょ? だったら好きにすれば? 筆下ろしくらいなら手伝ってやるあげるわよ、ほら」
露になった身体をくねらせベッドの縁に寄り、座り込んでいるエルウィンに向かって手を伸ばす。襟を掴んで引き寄せ、迫った。
確かにアシュリーは欲しい。白い腕を掴んで引き寄せ押し倒して、そして……全部を自分のものにしたい。誘ってくる肢体に対して、抗いがたい欲望が腹の底から沸き上がってくるのを感じた。
今なら長年欲したものが手に入る。
アシュリーに……手が届く。
妄想に囚われて手を伸ばしかけた。
……だが、迫ってくるアシュリーの瞳を見たエルウィンは直前で正気に返らされた。
細められた感情の籠らない冷めた琥珀の瞳が迫ってくる。モノを見るような冷めた目はこの場にいるエルウィンを見てはいない。
気付いて、エルウィンは首を横に振り襟を掴む手に己の手を重ねて静かに呟いた。
「違う、オレが欲しいのはお前の愛情だ」
ピタッとアシュリーの動きが止まる。
驚いて瞬く瞳に笑いかけ、アシュリーの手を引きはがした。柔らかい綺麗な手を握りしめ、再度同じニュアンスの言葉を繰り返す。
「身体じゃなくて、アシュリーが欲しい」
そう、たとえ今身体に手が届いてもそれじゃ意味がない。
行為を求めるんじゃない。アシュリーへの愛しさ故に、想いを表現する術としてその行為があるだけ……それは手段の一つでしかなく、先にあるのは想いであって、欲望ではない。
だから、今は抱かない。
本能を理性で止めたエルウィンを目の前にして、しばし呆然とさせられた。
想いはそれ程強いというのか?
年齢的な好奇心でも欲情でもないもので欲していると?
人間のエルウィンが、魔族の自分を?
「……まさかエルウィン本気で私が好きだとでも言うの? ……私は魔族よ、そんな生温い感情持ってない」
欲しいのは一時の快楽だけ。
そこに纏い付く欝陶しい想いなどいらない、欲しくない。
ロードの時と同じように冷たく突き放した。
それなのに、彼と違ってエルウィンは諦めない。
「じゃあオレが教えてやる」
「は?」
「オレが好きで好きでしょうがなくさせてやる。オレがアシュリーに愛情教えてやる」
「………バカなこと」
「オレならアシュリーを変えられるってロードが言ってた。だからオレがお前を変えてやるよ、絶対」
真剣に紡ぐ少年。恐れを知らない黒い瞳は、本気でそれを為すことを決めていた。
無理だ……声に出さずに呟いて、アシュリーは挑んでくるエルウィンを馬鹿にして笑う。
そんなこと出来る訳がない。
私がエルウィンを好きになる?
ーーー絶対に、有り得ない。
己の気持ちだからこそ絶対の自信を持って、アシュリーはエルウィンのなそうとすることを否定した。
無駄なことはするな、切り捨てようとするアシュリーの手を引いたエルウィンは、瞬きの隙にそばに忍び寄って、アシュリーの頬を両手で挟むと思いっきりこちらに引き寄せた。そのまま噛み付くように唇を重ね、貪る。抵抗を押さえ付け、舌を絡めて空気を奪い取り、喘いで縋りついてくるまで長く長く唇を合わせた。
「あ…はぁ……」
唇が離れた途端、零れる喘ぎ。
頬を上気させているアシュリーを眺めて満足したようにエルウィンが笑った。
「今はこれだけで充分」
囁かれて、アシュリーは唾液で濡れた唇を思いっきり手の甲で拭うと、ギッとエルウィンを睨み付けた。
到底そこに愛しさを植え付けることなど出来なさそうな敵意の籠った瞳。それさえも愛しく……愛しいから同じように睨んで、言い放った。
「絶対惚れさせてやる。覚悟しとけ」
言ったエルウィンは落ちていたシーツを拾いアシュリーの身体にかけて背を向けた。その背に無駄だと投げ掛ける。
「絶対惚れないよ、人間なんかに」
エルウィンは応えず、パタンとドアが閉じてアシュリーの周りに静寂が戻った。
静かになった部屋の中、そっとそっと先刻エルウィンが落として言った口付けの感触を辿る。
……悔しいけど今のキスには、感じた。
あの子供だったエルウィンに感じさせられた。
悔しくて…それを声に出して呟く。
「子供だったくせに…」
いつの間にこんなキスの仕方を覚えたのだろう。
知らない間に随分と大人になったのだと今更知った。
大人になったエルウィン。
だけど彼がどんなに変わろうと、彼と自分がどうこうなるなど考えられない。大人になってもエルウィンはエルウィンで………、アシュリーにとって彼は拾って育ててきた子、それ以上の感情など抱きようがない。
それに……気の遠くなる年月一緒にいて、想いを寄せられていたロードにさえ、行為を重ねても愛情など抱けなかった。それが、たかが数年一緒にいただけのエルウィンを今更意識して、その上愛するなど出来はしない。
この気持ちは変わらない。
想いはただいなくなった人にだけ……。
絶対に応えてくれなかった人だけを愛している。
捨てていった人だけを想えば……。
もう二度と捨てられることはないのだから。




