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至上の愛   作者: 高瀬海之
第一部

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11/52

11、あなたは変わった





 エルウィンの部屋から出たロードはそのままアシュリーの部屋に向かった。

 コンコンと適当なノックをして返事の前にドアを開ける。部屋ではアシュリーがエルウィンがしていたのと同じようにベッドに寝転がっていた。


「こんばんは」

「……普通来たら先に家主の方に挨拶来ない?」

「だってエルウィンの方が心配だったんだもん。お邪魔してます」


 適当な挨拶をして寝転んだアシュリーの隣りに腰を下ろし、顔を覗き込む。


「エルウィンの金髪思ったより似合ってんじゃん」


 その話題を出した途端、むーっとアシュリーの眉間に皺が寄った。


「………全然似合ってない」

「そうかな? 黒い時よりなんか軽い感じでいいと思うけど?」

「全然」

「それはアシュリーが、あれをイライアスの真似だと思って見るから。腹立つ理由それでしょ」

「……うるさい」


 そんなところまで一緒に暮らしていると似るのか…、アシュリーはエルウィンがしたのと同じようにゴロンと寝返りを打ってロードから顔を背けた。丸められた背中をクスリと笑って、天井を見上げたロードは、笑いの交じった声で聞く。


「ねぇアシュリーさ、もしオレがエルウィンにイライアスのこと聞かれたって言わないまま、エルウィンが金髪にしても同じ反応した? 怒った?」


 聞かれ、枕に顔を押しつけていたアシュリーは即、多分怒らなかっただろうと思った。

 あれが、ただのイメージチェンジであったなら怒る必要など何処にもない。

 アシュリーは、エルウィンが大人になっていく過程で、やりたいことをやりたいだけやって、その中で、自分で善悪を判断し選べば、それでいいと思っていた。

 物事の良い悪いはこちらが押しつけるものではなく、エルウィンが自分で考えるもの。一度痛い目に遭ってみないと判断出来ないというなら、痛い目を見るまでやってみれば良い。

 それがアシュリーのエルウィンに対する教育。この十年、ずっとそれを貫いてきた。

 だから、それがエルウィンの意思なら邪魔することはしない。

 けど……これだけは別だ。なんでイライアスの真似なんかする必要がある?


「なんでエルウィンがイライアスの真似なんかしなきゃいけないのよ。エルウィンはエルウィンでしょ」


 思い出の人と同じ色彩を持っていても、アシュリーがエルウィンとして思い出すのは黒い髪黒い瞳の人だ。


 それがエルウィンなのにどうして……。


 エルウィンが何をしたいのか、アシュリーにはさっぱり判ってなかった。

 ロードは、枕に顔を埋めて唸っているアシュリーを横目に見て真面目に問う。


「ねぇ、金髪見たらイライアス思い出す?」

「思いださないわよ。ただムカつく、それが真似だって判ってるから余計にムカつく。金髪のエルウィンなんて私が育てたエルウィンじゃない。大体あんた、聞かれたからってなんでイライアスの話なんかしたのよ」

「…………だって、聞いてきたエルウィンの気持ち、オレは良く判るもん」


 零したロードは、アシュリーを見つめる瞳に淋しさを湛えて、振り返った琥珀の瞳を見返した。


「エルウィンは大人ぶりたいんじゃなくて、アシュリーに釣り合うようになりたいだけなんだよ」

「…私に、釣り合う?」

「鈍感」

「はあ?」

「アシュリーだって昔努力したでしょ、イライアスの視界に入りたくて…」


 言われて、その意味を理解した瞬間アシュリーは飛び起きた。


「まさかっ」


 焦っているアシュリーの手がロードの胸倉を掴む。


「そう、そのまさか………てか十年も一緒にいてなんで判んないの。エルウィンだっていつまでも拾ってきた頃の子供じゃないんだよ」


 大人になるんだよ……囁きかけるロードの声が耳を通り過ぎ、教えられた事実に驚愕した。


 エルウィンが、そういう目で自分を見ていた?

 あの小さかった子が…?

 一体いつそんな情にすり変った!?


「あんたいつからそれ知ってたの!?」


 まったく届いていなかったエルウィンの想い。

 相変わらず見たいものしか見ない、それ以外には気付かないアシュリーに溜め息を落として、遥か遠い日を思う。

 あの石碑の前で、小さな握り拳を作って幼い声が告白した。

 ロードの背筋を寒くさせた、一途な想い。

 あの時からずっとずっとエルウィンはたった一つの想いを胸に生きてきたのだ。


「エルウィンと初めて会った日だよ。あの時エルウィンはオレにアシュリーが好きだって言ってきた。でなきゃどうして、人間の子供が魔族と暮らしたいなんて思う? エルウィンはずっと、そういう目でアシュリーを見てきたんだよ」

「嘘…」

「ホント。全然気付かないアシュリーも凄いよね。エルウィン、ちっちゃい頃からあんなに努力してたのに」


 小首を傾げるアシュリーに小さい頃からのエルウィンの努力を教えてやる。


 仕事を手伝ったらアシュリーがこっちを見てくれる。

 本を一冊読み終えたらアシュリーが笑ってくれる。

 魔法を一つ覚えたらアシュリーが褒めてくれる。


 全部全部アシュリーのために……そういう一途な恋をロードは良く知っていて、だからエルウィンの必死さは見ているだけで判った。


 早く大人になるから、大人になってもっともっとアシュリーの役に立つようになるから……オレを見て!!


 気が付いたらエルウィンは償いに生きるはずだった生を、その手段を、アシュリーのためにこなして、大人になった。

 なのに、琥珀の瞳はまだこちらを見てくれない。その目が見つめるのはただ一人、金色の髪をした魔族。


 その人しか愛せないというなら、その人のようになるから!!


 同じ想いを抱く人との思考の重なり……ロードにはエルウィンの考えていることが手に取るように判った。


 でも、結果はこんなに違う。

 ロードの時冷たく努力を切り捨てたアシュリーは今……。


 聞かされた十年間のエルウィンの努力に驚愕して目を見開いたアシュリーは、ただただ戸惑って視線を彷徨わせている。想いの扱いに困っているのだ。

 オレの時は、欝陶しいって切り捨てたのにね……それだけは悲しく思いながら、ロードは負けを認めた言葉を綴る。


「悔しいけど、この十年でアシュリーは随分変わったよ。エルウィンの影響って凄い」

「私が、変わった?」

「うん……それこそ、昔のイライアスみたい」


 拭えない淋しさを湛えたまま、紫暗の瞳は驚いたアシュリーに微笑みかける。

 二人の脳裏を、明るい太陽の下、それは優しく笑った魔族が過ぎった。

 常に血潮に塗れていた手で幼子を抱き、氷のようだった声が愛を綴った姿。




『アシュリー、ロード……お前達にもいつか判るって。オレ、こいつらと一緒にいる今が生きてきた中で一番幸せ』




 さぁ…っと爽やかな風が吹いて、緑の木々が揺れていた。暗い魔界を捨てて光溢れる世界へいった人は、一番彼に似合わないと思っていた陽光を背景に、それはそれは穏やかに語りかける。

 その科白を聞いて、アシュリーは悔し涙を滲ませて魔界へ逃げ帰った。

 信じられなくて、そんな気持ち理解出来なくて、そんな彼は認められなかった。彼の科白が理解出来るいつかなんて日はきっと来ない、思い込んでいたのに……訪れた?

 瞳で問うアシュリーに頷いて、ロードがその事実を教えてくれる。




「アシュリー、凄く優しくなったよ」




 旅をして回るアシュリーとエルウィンを尋ねて行く度、アシュリーの変化は見て判るくらい顕著だった。

 エルウィンの悪戯に本気で怒るのではなく、戯れに怒鳴り。戸惑いを覚えるくらい気さくに笑う。

 そして、エルウィンを放任しているような口振りのくせに、視線は常に彼を追い。何かあればすぐに駆け付けられる位置で見守っていた。


 ロードにしてみれば、あのアシュリーが…だ。

 それすべてエルウィンのため。


 やはりアシュリーの予想は間違ってなかった。

 イライアスが変った理由を知りたがっていたアシュリーが、イライアスを模倣して育て始めたエルウィンのためにこれだけ変わった。


 アシュリーが自分自身で証明した。


 イライアスが変わった理由は、人間と暮らし始めた所為だ。

 ……多分、魔族同士ではダメなのだ。同族では守りたいと思う気持ちが起きないから……庇護したい、守り抜こうとする気持ちが相手に対する優しさに変わる。

 アシュリーがロードのためには変わってくれなかったのは、ロードがアシュリーなしでも生きていけるからだろう。

 元々魔族は感情による結び付きが少ない種族。互いを繋ぐのは力による主従関係のみだ。ロードもだからアシュリーに従う。想いの強さがあっても、何よりアシュリーの方がロードより強いから従っている。そうでなければ、たとえ想いが伴わないと判っていても、力でアシュリーを従わせ意のままにしていただろう。


 強いものに従うのが魔族の絶対の掟。

 ……それではどんな優しさも生まれはしない。


 その主従関係に当てはまらない、人間という存在。触れて言葉を交わしたのが『人間』だったから、アシュリーとイライアスは変わった。

 人間とは、魔族から見れば瞬き程の時間しか生きられない、大した力も持たない、しかし時々凄いことをやらかす、理解不能な種族。

 その人間が引き起こす事象を目の前にしてロードは深く頷いた。

 普段はどうしようもなく弱いくせに、奇跡さえ引き寄せる人の想いの力。それにアシュリーは呼び寄せられたのだ。

 何故なら、魔族が優しくなる原理とかそんなもの以上に、アシュリーの変化には何か運命的なものを感じるから……。



 あの日出会ったのがエルウィンでなければ、アシュリーは変わらなかった。



 同じ罪を背負ったエルウィンだったから、アシュリーはエルウィンを受け入れた。彼を生かそう、守ろうとした。もしエルウィンが罪を背負った子でなければ、彼女はすぐにエルウィンを家に帰して、そこで二人の生きる道は分離していたのだ。


 広い広いこの世界でたまたま同じ罪を背負った者同士が出会う確率とはどの程度なのだろう?


 それは天文学的な数字ではないだろうか?

 そんな確率で、二人が出会ったのをただの偶然で片付けてもいい?


 ……片付けられる訳がない。出会ったのがエルウィンだったから、こういう結果になった事実を見れば判る。



 そこに働いたのはきっと『運命』などという奇跡の力だ。



 アシュリーを変えるために、

 エルウィンを生かすために、

 誰かが仕組んだ『運命』だ。



 導かれ出会った二人。


 そこにどんな意味が隠されているのかはまだ判らないけれど……それ以外に説明の仕様がなく、ロードはそれを受け入れた。

 まさか人間にアシュリーを奪われるとは思っていなかったけれど、それも運命のなせる業なのか、エルウィンになら許してもいいと思っているのもまた事実。

 先刻エルウィンの言葉に頷いた通り、アシュリーがエルウィンを選ぶなら永の年月抱え続けたこの恋心捨ててもいいと思えた。

 アシュリーが彼を選ぶのなら、アシュリーの口からも聞いてみたい。

 笑顔でイライアスが口にしたのと同じ科白を……。

 望み待つロードの前で顔を伏せたアシュリーが、か細い声で聞いてきた。


「私が…優しくなった? イライアスみたいに?」

「うん、それ全部エルウィンのおかげでしょ? イライアスの気持ち判って良かったね」

「…そんな私をエルウィンが……好き?」

「うん、そうだよ」


 言いながら覗き込んだアシュリーの表情に、ロードは少なからず驚いた。

 呆然としたアシュリーはそっと片手で唇を覆い、微かに震えている。しかしその表情に喜びはまったくなく、ただただ驚愕していた。

 やがてアシュリーは顔を上げ、ロードの方を見て、ゆっくり首を横に振った。


「……それ困る。そんなの私の計画に入ってないし」

「アシュリー?」

「そんなの、……困る。私はエルウィンを受け入れられない」


 ロードが考えていたよりずっと真剣に拒否し、再び逸れた琥珀の瞳。何処か一点を見つめたまま、アシュリーは固まった。


「アシュリー…?」

「だって私とエルウィンは……」


 後に続く言葉、どれ程待ってもアシュリーは口にしなかった。



◆◆◆◆◆



 夜の街角で煙草を吹かしていたエルウィンは白い煙と共に、大きな溜め息を落とした。

 さて、今夜は何をして時間を潰そうか……考える思考の隅を、今のアシュリーとロードが過ぎった。


 ロードが来たということは、今夜ロードはアシュリーを抱くだろう。


 遥か昔、子供の頃から二人はそういう関係だった。初めてそれを立ち聞きしてしまって泣いた日から事情を理解するまでどのくらいの時間が掛かったか覚えていないけど、いつの頃からか判るようになった。


 あれはアシュリーのために日々何かやらされているロードに対するご褒美。


 いくら諦めろと言ったからといって、まだエルウィンがアシュリーを手に入れた訳じゃない。それまで我慢しろという立場ではないから黙って部屋を出てきた。

 何回引っ越ししても互いの私室は大体隣り同士で、簡素な造りの家では物音がよく聞える。だから、それに対して嫉妬するようになってからは、ロードがきた夜はいつもこっそり家を抜け出していた。

 放任主義を掲げているアシュリーは深夜に家を抜け出すことも、無断外泊もまったく関知してこない。毎回ロードがきた夜というところをもう少し突っ込んでくれても良さそうな気もするが、向こうもその方が都合がいいからだろうか? ロードに帰り際謝られることはあっても、アシュリーはいつでも平気そうな顔をしていた。


「鈍感…」


 一言呟いて、夜の街を歩き出す。

 厳しい冬がくるまでの短い夏をこよなく愛するこの街の住人達は、夏の夜は毎日がお祭りだった。毎夜メインストリートに夜市がたち人が行き交っていて、暇潰しには事欠かない。

 やがてエルウィンの目に、屋台の一角を陣取っている少年の集団が入った。向こうも気付いて手を上げてくる。ここに来てから親しくなった少年達だった。

 応えて手を上げたエルウィンも足早にそちらに近寄った。












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