第七十五話 対傭兵 十四
「……まぁ。少し待ってくれ」
喉元に突きつけられた、綺麗な鈍色の剣を無視してブラッドはいった。
「ええ、いいですとも」
案外、拍子抜けとも言えるような感じで、ザールは剣を退けた。
ブラッドは転移魔法陣に乗せた三人を外へ送ろうと魔力を込めて──
「……あ?」
「まぁ、転移はしますけどね〜」
「……」
「貴方も周りに被害が出たら嫌でしょう?」
「それは……まぁ……と言うか、ここはどこだ?」
ブラッドの視界は急変していた。
三人を送り込もうとしていた視界から変わり、今は……
「平野?」
「天井を見てみてください」
「………………!?」
空にあるのは、高い建物。
大量のビル群が逆さまに生えていた。
「なん、だ。この建造物は」
「これはビルと呼ばれる建物で、機械国によく立てられている建築物ですね……まぁ、中には何もありませんが……」
「……そうか」
「ここは、私の作り出した空間。完全部屋」
現在、ブラッドの状況は窮地の中の窮地であった。
装備は全てボロボロ、身体中が顕になり、傷は殆ど癒えているものの魔力残量は少ない。かつ、相手の術中におり。
それに対し、現在の相手は──
「……」
(まじぃな。こいつは強い。しかも他の上位傭兵とは次元が違う強さだ……今の魔力のままじゃ……勝てない)
「では、やりますか。まぁすぐに終わらせてもつまらないですから、小手調べと行きましょう。獄炎」
「流水竜巻」
二つの魔法がぶつかり合い、ねじれあい、弾け合う。
(これ以上魔力を消費するのはやばい……何か、何かほかの手立てを考えなければ……)
「こんなのはどうですか……?蒼穹の詩」
複合魔法。融合魔法とも言うそれは複数の属性魔法を合わせてなる。
非常に難度は高いが使いこなせれば一級品の武器となる。
蒼穹の詩は水、火、闇の複合魔法で相手を消し炭にする火力、水の貫く力、闇による阻害効果をもつ。
それをブラッドは切り裂いた。
「ほぉ、それが【天上の剣】ですか」
対女神の戦利品、至高の武器、【天上の剣】。
「素晴らしい業物……一体誰がうったんでしょうかねぇ……?」
「知るかよ、戯けが」
「全封鎖」
自己の創った空間内での転移封印を行う。
封印解除魔法も無いことはないが、全封鎖の解除には膨大な魔力を使うため容易には使えない。
ザールの能力、完全部屋は自己を中心に、見える範囲で指定した人間を自己の空間へと引きずり込む能力。
その空間は半径一キロ程度であり、地面は平野、天上およそ百メートル上には逆さまのビル群が生えている。
やろうと思えば彼なりの部屋をカスタマイズできる。そして、この空間から出るには彼による能力解除しか方法は無い。
例え次元転移であろうと抜けることは出来ない。
故に、【完全部屋】。
ブラッドはザールとのタイマンを張る他ない。
だがそのブラッドは魔力を消費できず、剣術で応酬するしかないという現状であった。
「ふふ……かかってきても、良いんですがね」
「……」
ザールは腰に短剣を一本携えている。
黒い仮面を被り、外装は黒一色。コートのようなものを羽織り、黒髪。黒い手袋。
と、そこでブラッドは思い至る。
「そういえば、ここは暗くないな」
迷宮五十一層は常に夜のエリアである。しかし、この【完全部屋】は暗くない。何故か。
「何故と言われましても……まぁ、そういう仕様ですし」
そう、何となくザールは受け流す。
「では、そろそろちゃんとやりましょうか。──四重魔法……」
「──!?!?」
(四重魔法……!?眉唾物だと思っていたが、実在するとは!)
──n重魔法。
一般にnの値は一が基本で、それを基準魔法とする。
二重魔法以降は、そもそも知られていないことが多い。その理由は、習得難易度による。
その道の達人が、十余年かけて取れるか否か。
そんなn重魔法は、ブラッドでさえ、二重までしか習得出来ていない。
三重を使えるものがこの世にどれだけいるのか。
ブラッドの師匠、アルペが何重まで魔法を重ねられるのかは知らないが、少なくとも、四重はとてつもないということだけはわかった。
二重魔法は、魔法の中に魔法を込めておくもので、例えば炎と水という二種の魔法を相手に効率よく与えたければ炎の中に水が入ることになる。
相手に炎が直撃した後、水が炸裂する。
この魔法の何が強いかと言えば、初見殺しであることと、対策困難なことに起因する。
例えば対策可能な魔法も、この魔法に込められてしまっては対策不可能となる。
必中や百発百中などのようなサポート魔法、鈍化や軟化などの弱体化魔法までも込めることができる。
理論上は発動する順番は魔法を込めた順の逆、つまりドーナツを重ねていくように魔法が重なっていく。
「──発動」
ザールの四重魔法が発動した。
するとザールの手から幾つかのシャボン玉のようなものが放たれた。
ほわほわとしたシャボン玉のようなものが空に飛び交う。
ブラッドは当たっては行けない、という思いを持ち、そこから離れようと決意した。
しかし。
「無論、こちらへは行かせませんよ?」
ザールは懐から鈍色の剣を取り出す。
ブラッドはすかさずそれを切り落とさんと【天上の剣】を振るった。
「……!?」
だが、意外なことに、天上の剣は弾かれた。
「なん」
「……この剣もかなりの業物でしてね……七宝剣の一つ、その銘は【鈍重王】」
「……よく、敵を前にしてぺらぺらと喋れるな」
「ええ。負ける気がしませんので」
背後から迫るシャボン玉と、前方から迫る魔剣士。
転移不可、上か下か。
仮に上ならば、身動きの制限がかかり、圧殺される。
では、下なら?
下ならばまだ動きの自由がある。幾分か、戦えるはずだ。
「破壊」
地面に向けて、Lv7魔法、破壊を放つ。
その後、瞬時に地面が割れる。
ブラッドは即座に下へと潜る。そして、地面を削ろうと……
「させませんよ」
カァン、と耳が痛む程の爆音がする。
天上の剣と鈍重王が重なる。
重なった部位は多重にもぶれて見える。虹色とも形容しがたい色を放つそれは、直視することを躊躇われた。
──剣戟が、地下で行われる。
舞踊のごとき舞が、地下で火花をちらし、そこらじゅうを破壊しながら進んでいく。
「……闇」
「……っ!」
しかし、魔剣士であるザールは剣戟と同時に魔法を使用する。
だが対抗魔法を使えないブラッドは、一歩遅れてしまう。
その一歩は、戦闘において命取りとなる。
「──」
一撃。
「──」
一撃。
「──」
一撃。
少しずつ。
少しづつではあるが、着実にブラッドの身体に、傷が増えつつあった。
頬はさけ、眦は半開き、服は上が吹き飛び上裸で、頭からは血が滝のように溢れている。
指先は痣と流血塗れで、はために見てもブラッドはダメージを受けていた。
対するザールは、特にダメージもなく、優勢な事に変わりは無かった。
「さて、どうですか?そろそろ魔法使わないと、死んでしまいますよ?」
「……」
「まあ、良いです。そもそも、今回の傭兵団は貴方を殺すために結成しただけですしね。上手く事が運んで、良かったですよ」
「……何故、俺を」
「どうしてなんでしょうか。それは私の意思ではなくSSSの総意なので……」
「……」
「降参しますか?もう。面倒でしょう、負け戦も……素直に死ねば、楽ーに終わりますよ?もう苦しむ必要も無い……」
「……覚悟を、決めた。俺も──」
「…………ん?」
「出し惜しみ無しだ!」
ブラッドは空中に、四枚の紙を散らした。
その名は──
「魔法紙!」
魔法紙とは、魔法を込めた紙のことを言う。使用者は魔力を使う必要もなく、使いたい時に使えばいい。
丸めてある魔法紙を開くことにより魔法は発動する。
特殊な紙に魔法陣を描き、一定の魔力を込めることでそれは成る。
現在、ブラッドの持つ魔法紙の数は百二十五枚。
その内訳は、
治癒魔法系二十枚、攻撃系魔法四十五枚、防御系魔法二十五枚、補助魔法三十五枚。
それと現在の魔力で発動可能な魔法を出しつつ、剣戟と魔法紙、自身の魔法、術、体術、環境、運。
使えるものを全て使う。
「ほぉ、面白い」
四枚の魔法紙の効果はそれぞれ、爆裂、治癒、鈍重、速度上昇。
爆裂によって破壊された天上を行き、ブラッドは再び地上へと舞い戻った。
が、その瞬間。
「が!?」
背中に鋭い痛みがはしる。
それは、先程ザールの出したシャボン玉のような魔法だった。
「ぶつかったのか……?」
「それは機械国に潜入した際に作った魔法でしてね……彼らの技術をなるべく再現したかった野ですが……」
ブラッドは自分に治癒魔法をかけると、その傷口から丸っこい鉄の塊が出てきた。
「……?」
「四重魔法……ネタバレはしませんが、作るのに苦労しましたよ…」
──ブラッドは知る由もないが、それは機械国の銃と告示していた。
かつて、ザールは機械国へと潜入していた経験があり、その際見て盗んだのだ。彼らの技術を。
鉄塊生成、爆裂、回転、そして一属性の付与が入る。(属性でなく状態異常でも可)
この魔法の発動条件はシャボン玉に触れること。
しかし対策魔法を鉄塊生成から爆裂の間に挟むのは不可能である。何故ならこれらの魔法の間に時間などなく、ゼロ秒で対策しなければならない。
つまり無理なのだ。よって、シャボン玉に触れないという当初ブラッドのとっていた対策方法がもっとも実直かつ正攻法なのである。
「ぐっ」
魔法紙での応戦をブラッドは開始した。
「では私も、対応させてもらいましょう」
──天井のビルが、落ちてきた。
◇
ビル群はザールの合図と共に落ちてくる。
しかし、これがザールの作った空間であれば何ら不思議では無い。
自分だけは常に瞬間移動できて、なおかつエリアを意のままに操作できる、という可能性も考えられる。
ブラッドは最悪を想定しつつ、魔法紙を使いながら自分を守る。
「守護天幕」
ブラッドは自分の上方にすぐさま防御魔法を張り、ザールを見るが……
(見失った!?)
轟音とも爆音ともつかぬ音とともに、とてつもない質量が上から降り注いできた。
地面がどしんどしんと揺れ、振動が足を伝う。
視界がぶれるほどの振動は何分か続いた後、止んだ。
周囲は瓦礫でいっぱいで、ビルの破片が空中に舞い、煙幕のようになっていた。
「貴方も、この煙では戦いずらいでしょう?助けてあげますよ……風玉」
綺麗な翠の色をした玉が弾け、それを中心に風が吹き荒れ瓦礫の粉を吹き飛ばした。
「……」
ザールは瓦礫の上に立っていた。まるで自分が王のように。
「さて、では第二ラウンドといきますか?」
「ふざけんな」
◇
──いくらか時間が経った。
ザールの腹部はさけ、腕は顕になっている。
非常に筋肉質なザールの腕は、かなり傷ついており、顔の仮面は無事なものの、服は所々爆散していた。
対してブラッドは満身創痍だった。
魔法はあと一度、使えるかどうか。
残りの魔法紙はあと七枚。
治癒魔法は残っておらず、それでいてブラッドの身体はボロボロ。
指先は折れ、歯は何本か欠けている。
肋骨は数本折れて、肺に刺さっている。
片足に大きな切り跡と穴があり、なんとかもう片方の足で立っているような状態だった。
「……く、ふぅ」
ブラッドは最後の七枚にかける。
──もともと、ブラッドが、魔法紙を用意していたのは、こうしたいざという戦闘の時のためであり、全てがかなり強い魔法で構成されていた。
そして、更に一部はブラッドでも使用できない魔法までもが組み込まれていた。
それは、アルペが渡した三枚の魔法紙。
「はぁぁぁあ!」
ブラッドは最後の魔力を振り絞り、魔法を発動させる。
「鈍化・神!」
Lv11魔法、人の領域を超えた魔法、鈍化・神は、あらゆるレジスト魔法を凌ぎ、相手を時間停止が如く止めることが出来る。
この魔法の強みは不可避なことと、対策できないことの二点で、それ以外には欠陥があった。
まず効果時間がおよそ五秒間という短さであること。そして消費する魔力が膨大であるという点である。
よって、このチャンスを無駄にする訳にはいかない。
「……いくぞぉっ!」
そしてブラッドは二枚の魔法紙を消費する。
それは、回避不可能、そしてブラッドも使用不可な魔法。
吸魔、吸収・体力。
そのかなり下の下の魔法、吸収はそこまで難度が高くない魔法だ。
しかし、その上位互換であるこれら二つの魔法は極めて習得が難しい。
奇跡に奇跡を重ねたような存在が、全ての努力をなげうってこの魔法を習得しようと試みても、二週間からひと月はかかるだろう。
アルペはその二つを習得していた。
「──」
言葉すら喋ることの出来ないザールに対し、吸魔と吸収・体力がかかる。
名の如くそれぞれ魔力と体力を吸収するが、これはブラッドでもまともに喰らえばほとんど絞りカスになる。
そして。
──鈍化・神が解除される。
「くそがぁっ!」
「──!!!」
ブラッドは本気でザールの元へ駆けつけていた。
既に懐へ入っていたザールは逃げる手段を持たず、魔力も体力も搾り取られていたため、ブラッドの攻撃避ける手段も無かった。
【天上の剣】が、ザールの身体を貫いた。
◇
ザールが倒れると、作られていた空間が解除される。
ブラッドは強制的に元いた第五十一層に返された。
「……くそっ」
ブラッドは足の鈍痛に顔を歪める。
「……ぐ、ぅ」
歩いて三人の元まで行こうとするが、流血が止まらない。
「はぁ、はぁ……一旦、休まねぇと」
ブラッドが足を落ち着かせ、片足で近くの地面に倒れ込んでいると──
「──休んでる暇なんてあるのか?ねぇだろ」
「は……」
目の前に現れたのは黒と白の混じった髪をした、獅子のような瞳をした、少年とも青年とも区別がつき難い男だった。
ただ歳若いということはわかる。
「俺はSSS、ま、お前をやりに来た訳だ」
──不可避の死が迫りつつあった。
そろそろ過去編行くぞぉおー




