第七十二話 対傭兵十一
ラビアは、或いは、炎槍を避けられたかもしれない。だが、あえて避けなかった。
それは何故か。
理由としては、既にディアによる斬撃が繰り出されており、回避方向へ回避した際の、ダメージのリスクが大きいこと。
それと、もうひとつ。
「……真治癒」
(……治癒魔法すら……厄介だな)
ディアは、軽い絶望を覚えた。しかし、それすら想定済み。
彼ら三人は、ブラッドの指示でそこにいた。明確な指示ではなかったが、それがどんな内容であったか。
まず、傭兵団から敵を逃さないこと。
これはもちろんのこと。
「でも、逃げ出した相手を追うのはかなり難しいと思いますよ?」
「……それはそうだ……できる限りで良い。止めてくれ」
「分かりました……」
そして、逃げた傭兵はなるべく生かして捕らえろとの事。
であれば、相手が死なないことはむしろ好都合と考えることが出来る。
加えて、如何に魔法が使えるといえど、魔力量に限界はあるのだ。
であれば……攻略方法はいくらでも思いつく。
例えばそう。
「吸収」
「……!?」
魔力が吸い取られる感覚がして、ラビアは飛び退くが……
「無駄だ」
「……」
魔力の減少を妨害する方法は、距離をとることではないと知る。
すぐさま魔力障壁を展開。と、同時に防御魔法、ならびに状態異常無効化の魔法をかける。
「……なるほど。状態異常認定はされないが、魔法防御で弾けるところをみると、魔法防御系統の魔法なら防げるということか」
「……」
「何か言ったらどうだ」
「……」
「……そうか」
ラビアは一歩踏み込んだ。
「さて……」
ラビアはディアの方を向くと、物凄い剣幕になり──
「転移」
「馬鹿が」
ぐるりと、ラビアは振り返る。そして、その手を突き出し、背後へ転移していたラリへと手刀を突き刺す。
「が、ごふっ!」
「……喉か。面倒な」
心臓を貫き、即死させようとしていたラビアからすると、かなり不快な気分であった。
だが、その程度は想定済みである。
突き出した手刀に魔力を込め──
「炎──」
瞬間。
斬という音と共にラビアの突き出した手が落ちた。
「あ?」
血がとろとろと、重力に従って、落ちていく。とくとくとく、とまるで水を注ぐが如く──
「真治癒」
腕が、再生した。もちろん、再生魔法として、上位再生などがある。
しかし、治癒魔法であっても、十分再生の補助、再生をすることは可能である。
「……その剣……」
ラビアはじろり、と刺すようにディアの持つ剣をみた。
「……かなりの名剣…ほぅ、『妖精の剣』、か」
「……剣の名前なんてどうでもいいだろ。だが、常に魔力を纏ったアンタの身体をこうも容易く斬れるということは──」
「……あまり、舐めるなよ」
ラビアは全身に纏う魔力量を大幅に増加させる。
それは、もちろん魔力は肉眼では見えないが、魔力を幻視してしまうほどの威圧感を醸し出していた。
「調子に乗るな」
「降魔の術──錯乱の術」
ヨーネがラリより少し後ろの方から術を発動させる。
降魔の術は悪魔降ろしの術。
出現するのは大して強くない悪魔、『下位悪魔』。しかし、悪魔は魔族の中でもかなり上位種に位置する。
魔族序列は、このようである。
魔神
魔王
悪魔
魔人
魔物
この序列に則れば、悪魔はかなりの強さを持つことになる。
下位悪魔は、上位魔人より強い。
ヨーネのすぐ側に、下位悪魔が現れた。
そして、続いて発動した錯乱の術。これは、相手を混乱状態にするものだが、発動媒体が術なので、対策が非常に困難で、大抵の魔法、物理対策は無効化される。
そんな術に対策する方法は──
「──打ち消しの術」
「……!?」
瞬間、三人に戦慄がはしった。
術を使うこと、は、魔法を使うことや体術を使うこととはまるで違う。
生まれ持った才能が有無を言わす。そういう領域だ。
だが、どうだろうか。
体術、剣術、魔法、術。
これら全てを一級並に使える人間がこの世にどれくらいいるのか。
傭兵団の中でも、そんなのは殆どいないだろう。
まさしく傭兵。万能な男である。
それに加え、歳を食っている。それは、身体が衰えた、ともとれるが、同時に積み重ねた経験が途方もなく多いとも言える。
様々な状況に応じ、対応し、殺す。
この一連のながれを、何万、何十万、何百万と繰り返してきた。
そんなラビアから見たこの三人は──
(……厄介だな)
厄介、であった。
彼を唸らせることの出来るチームは少ない。何故か。
大抵、誰か一人は術、魔法、体術、剣術で崩れるからである。
しかし、このチームはその穴を全て塞いでいる。
当然このようなチームと戦わなかった、という訳では無い。ただ面倒と感じただけで、当然倒すことは出来る。
ラビアの目が、薄く開いた。
「そろそろ、本気を出すか」
「……まるで今までは本気じゃなかったみたいだな?」
「慢心していた訳では無いんだがな」
ラビアはかか、と笑った。
「……狂喜乱舞の術」
その術は。
ラビアが発動させた。
それは。
「!?」
◇
狂喜乱舞の術の効果は、極めて悪質なものである。
対象ABCがいた際、Aから見たBとCは当然どちらもBとCである。
しかし、この術が発動した場合、それは変わる。
Aから見たBがCとなり、CがBに見えるようになる。
そして同時に、Bから見たAもCも、Cから見たAもBも。
全ての視点がランダムに変わる。
これは人数が多ければ多いほど有効であり、変化の法則性は無い。
現在対処法は殆ど確立されておらず、その術が発動した時最も有効とされているのは、全員が分散すること。
しかし、当然チームの結束力は落ちる。
◇
「……」
三人が分散するように、脱兎のごとく駆け出した。
しかし、それを逃すほどラビアもお人好しでは無い。
ラビアはこっそりとヨーネに近寄り、現れる。
「……!?」
そこに居たのは、ラリだった。
しかし、本当はラリでは無い。本当はラビアだ。頭では分かっている。だが、それでも……
「ぎょっとするよな?」
──俺にとっては、それで十分。その刹那でな。
「死ね」
「そう、この瞬間を待っていた」
背後から初めて聞く男の声がした。
あとちょいで傭兵戦おわるで!




