第七十一話 対傭兵 十
リンダへと襲いかかるブラッドが、猛攻を始めるその少し前まで時間は遡る。
◇
ラリ、ディア、ヨーネは、一人の老人と対峙していた。相手は、見紛うことなく一介の老獪に過ぎないはずだが、しかし、肉体がそれを否定していた。
およそ歳には似つかわしくないほどの筋肉が、見て取れたからだ。そしてその目付きは、肉食獣のそれを想起させるのに十分なほどに鋭く、あまりにも強さを漂わせていた。
彼の名はラビア。黒衣に身を包み、赤と白の毛が混じった頭髪はかなり目に悪い。
「君達は……誰かね?」
「……」
鋭い目つきでラビアは、槍を刺すが如く、三人を見つめた。
「悪いことは言わん。退け」
形容し難い威圧感が、場を包んだ。ラビアを中心に発せられるそれは、一般人には耐え難く──
「俺達は、お前をここで倒すべくここにいるんだ」
「……ほぅ」
ラビアは鋭い眼差しで三人を射抜いた。
「殺意があるなら話は別だな」
瞬間だった。ヨーネの全身が粟立つ。殺気が、全身を包み込む。
ヨーネの目の前に、ラビアがいた。
ラビアはまず、ヨーネを狙ったのだ。彼は知っている。後衛が崩れれば、前衛は大抵機能しないことを。彼は全力で踏み込み、ヨーネへと迫った。
「!?」
その刹那であった。もはや回避不可能の絶対時間の中で、ラビアの目の前に、魔力障壁が現れた。
すぐさまラビアは飛び退く。
「……」
一体、どれほど。どれほどの研鑽と努力を積めば、あの速度で魔力障壁を貼ることが出来るのか。
それだけではない。
魔力障壁の密度である。ラビアが退いたのはそれを瞬時に察したからに他ならない。
五年、十年?その程度の年ではたどり着けないかもしれない。
「やるな……」
ヨーネを見て、ラビアは言う。
「そこの男」
「……バレていたか……くくく、まぁ、お褒めに預かり光栄だよ」
ディア、であった。
「さて……」
しわがれた、渋い、重みのある深い声でラビアは言った。
「やるか……」
◇
ラリは、魔法を唱える。
「鈍化」
「……」
強化、弱体化系統の魔法は基本、対策を取らない限り回避不可能である。
その中でも特に、鈍化は厄介な効果を持つ。単純な気だるさを与えるだけでは無い。その追加効果は、速度に比例して、重みを追加する。
速ければ速い速度を出すと、それに比例して重力がかかる。
つまり、相手が強大かつ早いほど、効果は増す。
「反魔法」
ラビアは反魔法を自身にかけることで、弱体化を打ち消した。デメリットとしては、同時に強化魔法も打ち消してしまうことにある。
一見すると、魔法の効果が無いように思える。しかし、ラビアの持ちうる魔法の中で、デメリット無しで魔法を打ち消す方法がない、ということでもある。
「……」
しかし、ラリは内心毒づく。
(やっぱり持ってたか……対策魔法……まぁ、想定内だけどね……)
「強化魔法が無ければ、俺が勝てないとでも?」
刹那。ラビアはヨーネに肉薄し……
カン、と甲高い音が鳴った。貴金属同士がぶつかり合う音が。
ディアとラビアが剣を交えていた。
「……」
瞬間、互いに力量を察する。と、その隙を逃さんとラリとヨーネはそれぞれ魔法と術を唱えていた。
「束縛」
「原始回帰の術」
束縛魔法と、相手を混乱させる原始回帰の術を使う。
「……ぬん!」
しかし、自身の魔力を体外へ放出することにより、魔法、及び術の効果を弾け飛ばした。
「効かんよ、俺には」
ディアに斬り掛かられながら、ラビアは余裕そうに言った。
「魔力の放出で弾け飛ばすのであれば……」
ラリが魔法を唱えだした時、ディアとラビアは目にも止まらぬ速さで、剣戟の応酬をしていた。
ヨーネはそれを目で追うことは叶わず、あまりにも速い戦闘を見る暇は無かった。
その時間があれば、サポートや攻撃に回った方が幾分か得というものである。そんな考えのヨーネは、すぐさま分身の術を唱え、何人かに分かれる。
自身が最も狙われているということを知っているヨーネは、生き残ること、そしてどうしたら迷惑をかけないかを考えていた。
◇
かつてのラリは、臆病者であった。
しかし臆病者が悪いという訳では無い。むしろ臆病とは、生物として優秀な感情である。
しかし、彼は人間社会を生きる上でそれを非常に引け目に思っていた。
理由は幾つかある。まず、なめられる。どこに行っても見下される。それが嫌だった。
だが、そんな自分が変われないというのもまた嫌だった。彼は嫌われていたかもしれない。しかし彼を最も嫌っていたのは、他ならぬ彼自身である。
変わりたい、と思っても、変われない。人間そんなものである。
そう、決めつけて、逃げていた。
しかし、迷宮に入って、気がついた。
──僕は逃げるべきでは無い。
立ち向かうものさえなくても、立ち向かう人がいる。そんな人の前で、なんて恥ずかしいことをしているのだろうか。
僕は、大馬鹿者だ。
彼は精進した。努力した。才は無かったかもしれない。
……しかし、彼は今──
「な」
「……」
にぃ、とラリは笑った。
魔力で魔法が打ち消される際、そのうち消す魔力を越えさえすれば、貫通できる。
「ごふ」
炎槍。
全身全霊の魔力を込めた魔法は、急所は外されたものの、しっかりと、確実に、ラビアの身体を貫いていた。
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