第七十話 対傭兵 九
ザックとリンダの優勢は相も変わらず、逆に言えばブラッドは常に不利であった。
ザックは武器を使うまでもなく、身体能力だけでブラッドを遥かに凌駕し、リンダは世界最高峰の術を連発する。
止まない攻撃。ブラッドの体力がじりじりと削られていくのは必然だった。
「ゴラァっ!」
「うぐっ!?」
骨にまで響くような一撃は、例え両腕で防御し、防御結界を何重にか貼り、魔法で防御力を上げていようとも、容易く破壊され貫通され、ダメージを負うほどだった。
また、リンダによる術は肉体を焦がし続ける。肉の焦げた嫌な匂いがした。
「【落雷】!」
「!?」
再び、リンダの一撃がブラッドを襲う。リンダの術、【落雷】は、エネルギーの塊のような雷を相手に落とすだけという単純な、不可避の一撃である。轟音と共に激しい衝撃波が周囲を襲う。
「……」
(やべぇ連携だ。少しでも気を抜けばザックによる一撃で肉体をぶっ壊され兼ねない……が、ザックに気をそいでいてはリンダの攻撃を凌ぎきれない)
だが、ここまでの猛攻を受けてなお、ブラッドが無事な理由は、自身に治癒魔法をかけ続けていたことにあった。
ブラッドの保有する魔力量から、治癒魔法をかけることの出来る回数は万すら超えうるだろう。無論、どのような治癒魔法かにもよるが……
「……はぁ、もうやめだ」
だが、それももう終わる。ブラッドはため息をつくようにつぶやく。
「……なんだ、もうやめるのか?」
「……」
ブラッドは無言で自分の腕を落とす。
音はなかった。その腕は空中で焼き消える。
「……腕を」
「面倒な炎だったからな。上位再生」
切断面からブラッドの新たな腕が生える。不快感を顕にした口調でたんたんと告げるそこには狂気があった。
一瞬、刹那ではあるがリンダとザックがたじろぐ。
「行くぞ……」
「あ?てめぇ」
ブラッドは、飛ぶ。
「先ずはお前からだ」
「!?」
──リンダは術の性質上攻撃、回避には長けている。が、防御力はそこまで高くない。と、ブラッドは見た。
「天上の剣──」
女神、ヒーラから剥奪した戦利品、概念武装である天上の剣は、時空を斬る。
「はぁっ!」
ブラッドは思い切り天上の剣を振るう。
「ぅぉぉぉおおおおっ!」
直撃。リンダへ直撃した。
確実にリンダの身体を二つに切断した──はずだった。
「確かに、すごいパワーね。火事場の馬鹿力ってやつかしら?」
「……馬鹿な」
「どーんまい」
ブラッドはリンダに小指で小突かれる。
その瞬間、物凄い勢いでブラッドは吹き飛ぶ。迷宮五十一層の街を壊しながら進む。
「っぐ……」
それは有り得ない事だった。
前衛に立つものは硬く、後衛は脆いという鉄則が破られていた。
──否……
「そもそも術師は後衛じゃねぇのか……」
サポートや攻撃を魔法のように使うから後衛だと勘違いしていたが、どうやらそうでは無いようだ。
術師は剣術士などと同様、前衛職……。
「あの攻撃力からも明らかだな……術師リンダ……ザックとかいう野郎よりも厄介だ……」
「ご名答」
「!?」
振り返る間もなく、リンダの術でブラッドの身体は焼かれる。外傷甚だしく、焼けただれた皮膚は痛ましい。
「【内部破壊】」
「っ!?ぶ」
ブラッドは内側からも壊される。内臓破壊、肋骨骨折……。
「中身ってのは、外側よりも鍛えるのが難しいのよねぇ〜……どう頑張ってもたかが知れてるわ」
リンダは続けて言う。
「だからこそ、中身だけを壊す【内部破壊】は人間に対しては滅茶苦茶効くわけ……ね?すごいでしょ」
「……」
ブラッドは、身体が破壊されると同時に己に治癒魔法をかける。
そして、既に肉体を治癒し終えたブラッドは、後方から巨体の男が迫っている気配を察した。
「ゴラァっ!」
「っ」
間一髪で、ザックによる死角からの攻撃を躱す。
「今のを避けるか……流石に強いな」
「手加減なんかせずに、お前のさっき捨てた剣、あれを使えば良かったのにな」
「……別に武器など無くてもいい……いや、寧ろ武器は俺にとっては邪魔とさえ言える。だから棄てたんだ」
「そうかよ」
ブラッドはザックの剛腕から繰り出される殴打を躱しながら言った。
「何故……ッ、当たらんっ!」
ザックの攻撃はとどまることを知らない。加速し、まるで暴風のように迫り来る。
だがそれを全て躱し、いなし、或いは──
「はっ」
「!?」
──反撃。ザックの腹にブラッドの掌がめり込んだ。
「硬いな」
「……う、ぐ」
「一応、鬼王も即死させる威力なんだが……」
ブラッドの攻撃とザックの攻撃は、素の力で言えば当然ザックの方が上回っている。
だがその差を埋めるのが魔法なのだ。
ブラッドは己の肉体に対して、数え切れない程の強化魔法をかけている。
だが、その夥しい数の強化した力でさえ、ザックと同等……或いはそれ以下か。
「……どんな能力があれば、そんなに強くなれんだよ」
ブラッドはザックのチートぶりに久しく理不尽を感じていた。
あまりにも強い。
ブラッドは知る由もない事なのだが、実はザックの二つの固有能力──【不撓不屈】と【逆境不屈】──は、混合された能力同士である。
つまりは、【不撓不屈】が混合された能力であり、【逆境不屈】もまた、混合された能力なのだ。
つまり、ザックは能力を四つ保持していることになる。
【不撓不屈】は、【加速】と【成長】の複合能力である。【加速】は攻撃すればするほど攻撃の速度、敏性が上がり、【成長】は、適応能力が極限まで高まる。
【逆境不屈】は、【精密】と、【希望】の複合能力であり、【精密】は攻撃すればするほど攻撃力と精密性が上がり、【希望】は攻撃を受ければ受けるほど攻撃力がその分上がる、というもの。
さらに【希望】は、自然治癒の効果と、三回ほど死ねるという壊れた能力までついている。
それらが噛み合って、ザックはこと体術に関しては世界最高峰の強さを持っている。
対してリンダは固有能力を持たない。が、その術の精度は世界一と言っても過言ではないほどのものだ。
「クソが……」
どうにかダメージを与える方法は無いかと考えるブラッド。
だが、考える暇など与えられるはずも無かった。
「ゴラゴラゴラァッ!」
ザックのラッシュ攻撃。
掠っただけでも即死級のそれが襲う。
地面に触れれば地面は瓦解し、空気を裂く。
(直撃だけは避けねぇとな……)
畢竟すれば、それだけの話である。
貪婪に動き回れば相手の思う壺なのは、自明であった。
しかし手詰まりなのもまた事実であった。
──決定打に欠ける。この一言が、端的に現在のブラッドの状況を表していた。
だからブラッドは、攻撃に出ることにした。
肉体をはち切れさせんと膨張させ、更に肉体に魔力を流し、魔力防護を貼る。
「ふんっ──!」
猛攻──と言うよりかは、猛撃に近い。
「がぁっ──!?」
ザックが認識出来ない速度で、ブラッドはザックの顔を振りぬいた。
そして、その衝撃が伝わりザックが吹き飛ぶ前に、吹き飛ぶ前に追撃を与える。
「──」
殴打、殴打、殴打、殴打。
「──」
殴打、殴打、殴打、殴打。
殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打……
無数に渡る殴打が、ただ破壊のみを求める傀儡となって暴走していた。
「ザック!」
ブラッドの豹変ぶりに違和感を覚えたリンダは、ザックに防御術をかける。ザックに防御術がかかると、リンダはブラッドを見た。
「どういうこと……?」
その豹変ぶりは、明らかに異常だった。
非凡な才能を持つリンダだからこそ、その変化をすぐに感じ取った。
ブラッドの顔を見ると、血管は浮き出て、白眼を剥いている。髪は逆立っており、歯をぎりぎりと強く噛んでいる。
「まさか、凶暴化?」
──凶暴化。攻撃力と獰猛性、及びそれに類する戦闘力を大幅に向上させる、所謂、代償型魔法というものである。
代償型魔法。魔法基礎を習った程度の者では、その単語を知ることすら憚られるであろう、魔法の一種。
最高難度魔法の一角であるそれは、易々と人の命を奪う。しかし、この魔法には、致命的な欠陥があった。
「ごぁぁあ!」
理性を一定時間消失することと、激痛を伴うことである。
人の領域、その手前で踏みとどまっているか否か、判断出来ぬほどのその魔法は、激痛を伴うのだ。
ただ耐えられる痛みという訳ではなく、その痛みは、恐らく、理性を失っていなければ、気を失うほどの激痛が奔る。
具体的には、およそ、何十の熱された釘を、全身に打ち付けられている様な感覚である。
それに耐えられる者のみが、この魔法を使える。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。まるでその言葉を体現したかのように、ブラッドはザックを殴り続けていた。
防御力が上昇したとはいえ、ブラッドの今の攻撃力は、それの遥か上を行く。
「ぬ!?ぅ、ん!」
ザックの身体は、壊れ始めていた。ブラッドに連撃を入れられた部位は破壊されており、骨は砕けている。治癒魔法を使う暇もない。
リンダのサポートさえ寄せ付けない猛攻は、ついに──
「がぁ、あ」
ザックの失神をもって決着が着いた。
「……まさか、そんな」
リンダの驚愕を他所に、ブラッドは機械人形の如くリンダへと襲いかかった。
一年くらいっすかねー……うん。




