第六十八話 対傭兵 七
ヨーネは比較的平凡な家庭の子に産まれた。南国フィリア育ちの、それなりに普通の女の子であった。
彼女が戦闘に関しての才を感じたのは、十二歳の頃、森で迷った時に、猪に襲われたが撃退したことがきっかけである。
それから、戦闘を主とした職業につこうと志す。周りから反感は買いつつも、冒険者という職についた。
給料はピンキリで、仕事もないことが多いが、それでもヨーネは、戦闘そのものが嫌いではなかった。
『す、すみませんっ!』
『……?』
南国冒険者組合の本拠点にいた時、とある少年に言われた言葉だった。
『僕の仲間になってくれませんか!?』
『仲間?』
『っはい』
少年は緊張した面影で、ヨーネの顔色を伺いながら話す。
『そんなに緊張しなくて大丈夫よ。それに、南国ギルドは人手が足りないの。一人でも多い方が嬉しいわ。宜しく、私はヨーネ』
ヨーネは少年に手を差し伸べる。
『ありがとうございますっ!僕は、ラリって言います』
『へぇ、受付嬢の方と名前が似ているのね』
◇
ヨーネはブラッドに言われた通りに南東の森へと向かう。
「うぅ、こんな所に一体何があるっていうのよ……」
迷宮五十一層は常に夜である。暗い森はより一層暗く見える。月光が照らすとは言え、森の中まで通しているのか、ヨーネには分かりかねた。
「……」
だが、ブラッドに言われた事だと割り切り、ヨーネは森の中を進む。
「だ、大丈夫よ……私はラリに体術を教わってそれなりに戦えるしそれに術も使えるし……」
──ガサガサガサっ!
「ひっ!?」
ヨーネは驚く。そして、即座に臨戦態勢をとる。
「なな、な、なな、何者っ!?」
ヨーネがそれを敵と認識した理由は簡単だった。
迷宮は、外からのモンスターが入ることが出来ない。入ることが出来るのは、人間、もしくはそれと契約した者だけである。
故に、それが迷宮内のモンスターであることは自明だった。
「はぁぁあっ!【幻影殺──】」
「ちょ、ちょちょちょちょっ!」
「……?え、ちょ?」
「俺だよ、俺」
「……新手の俺俺詐欺?」
「ちがーう!俺だよ俺!なんで忘れてんだよ!ディアだよ、ディア!」
ヨーネの目の前に現れたのは、無精髭を生やした男である。
「あれ?でもアンタ、そんな歳食ってたっけ?それにそんな筋肉も……」
「あーもー、話は後だよ。ちょっと来い」
ディアはヨーネの手を掴む。
「ちょ、何すんの!」
「やべー事が起こってる」
「やべー事……?」
ヨーネは歩いてディアに着いていく。
「……な、何、あの光?」
「……見つけたか」
「……あれは、何なの?」
ヨーネの見る先には、一部光る所があった。
そこには、一つの大きな岩があった。
「岩?」
「その上だよ」
「!?」
ヨーネは上を向いて驚く。
「な、何者っ!?」
そこにいたのは、白い羽衣を来た、白い髭を長く伸ばした、少年だった。
髪も神秘的な白色で、肌も白い。その髭と不釣り合いに、肌が綺麗だった。
「ふむ」
そこから、その少年は降りてくる。
ふわふわと浮く少年は、しん、と着地した。
「神様、と言ったら、君は信じるかね?」
「か、神様っ!」
「そうじゃ。君が信仰するような、神様じゃ」
「そ、そんなっ!?う、嘘ね!神なんていないわ」
「む、何故そう言いきれる?」
「神様って言うのは全知全能なのよ。貴方はそれを示していないわ!」
「ふむ、示せばよいのかな?」
「え、ええ」
「まず──君の信仰している神は、いない、じゃ!」
「……っ!?な、なにぃっ!?あ、当たっているですって?しかも、明確な神の名を出すのでなく、いない、という答えまでも……」
「そして、これが全能じゃ!」
その髭を生やした少年は、後ろの岩をとん、とこついた。
「ほれ」
「……?何かしたの?」
「今に分かるわい」
「は?」
ピキピキ……ピキピキっ
「な、何この音は……」
「岩じゃよ」
「え?」
妙に不釣り合いな、少し高めの声を出す、神と名乗る少年は岩を指した。
その瞬間、どごっ、と音を立てて岩が粉砕する。
「きゃぁっ!?」
「ぷ、は、ちょ、もう、やめ」
「……?何笑ってんの、ディア」
「いや、あの、ふふ、いやー、ちょ、っっ、マジで、はらい、っ、て」
「はぁ?気持ち悪いわね」
「こ、こいつ、神、なんかじゃ、ねぇぞ」
爆笑しながらも、ディアはヨーネに伝える。
「え?」
「こ、こいつは、らり、だ、ぞ」
「ラリ!?」
「あ、ごめんなさい。ヨーネさん、ディアさんにやれって言われたんで」
「……ディアぁぁぁぁあ!」
「っひぁいぃいぃっ」
怯えるディアを置いておいて、ヨーネは怒りを鎮め冷静になって考える。
「ねぇ、でも、ディアもラリも、どうしてそんな格好をしているのかしら?」
「あぁ、それはちょっと複雑な話でな。ま、座れや」
◇
話は少々戻り、ロズヴィアがディアを酷使している時の事であった。
「くそ、なんで俺がこんな……っ」
「おいおいおいおい〜、無駄口叩く暇があるならさぁ?なぁおい。働けよッ!」
ロズヴィアが勢いよくディアの尻を蹴る。
「ぐっ」
「おい、なぁ、お前多少頑丈だからって、舐めてんのか?俺の事、なぁ?」
「いや、別にそういう」
「あー、っやべ。俺、ちょっ、カチンときたわ」
ディアは話が通じないと感じ、すぐさまそこから離れようとするが──
「逃がすかよ」
ディアの手をしっかりと握るロズヴィア。既に肉体が疲労し切ったディアと全快状態のロズヴィアとでは、その膂力の差は明確であった。
「……まぁ、いいか」
「……」
ロズヴィアはディアの手を離す。
「……?」
ディアは助かったのか、と思う。ロズヴィアがどんな性格かは分からなかったが、気まぐれな性格なのだろうと考えた。
「──!?」
衝撃が伝わり、瞬間、目の前が白く染まる。
困惑した白い世界の中、ディアは確かにその顔を捉えた。その、下卑た笑みを。
「やっぱりよぉ〜、希望からの大きな落差ってのは、イチバンの絶望だよなぁ」
そしてディアはやっと、自分がどんな状況下に置かれているか理解する。
目の前の壁に顔を叩きつけられたのだ。
「ほーれほれほれ」
ロズヴィアに鷲掴みにされたディアの頭は何度も振られ、幾度も壁に叩きつけられる。
「ごっ、はっ、いっ、やめっ、あぁっ!」
「んー、まだまだ終わらんぞー。とりあえず、あと二回は落とさないと」
「……!?」
ゴンゴンという鈍い音が幾度も響いた時、一人の白髪の、白い髭を整えて生やした男性がいた。
「もし、その行為をおやめになってはくださいませんかね」
「……あー?なんだ、てめぇは」
「……私の名は……えっと……」
そこで老人は考えるような素振りを見せる。
「まぁいい。てめぇも混ざりな」
「……む」
ロズヴィアは目の前の老人に対して殴打を入れる。
速くて、強くて、重い一撃だった。
が、それは老人によって容易く止められた。
「……まぁ、平和に……といきませんか」
「……」
ロズヴィアの腕は老人によって捕まれていた。そしてその際、ロズヴィアは切に痛感していた。
──俺ではこいつに勝てん──と。
「なるほど、な。分かった、いいだろう。まぁ、今日くらいは見逃してやるよ……」
「……」
鼻血、それから耳、目、口、頬から出血するディアを横目にロズヴィアは言った。
「じゃあ」
「待ってください」
「……?まだなんかあんのか」
「ええ。ありますとも。私から貴方に、一つお願いがあるのですが」
◇
そこで老人は、ロズヴィアに雇って貰った。
老人はリ・シャオンと名乗ったが、ロズヴィアからは、おい、だとかお前、としか呼ばれなかった。
「……」
ロズヴィアがシャオンを雇うこと、それを許可したのにはいくつか理由があるが、やはり大きな理由は、その強さからだった。
その強さは、強大。味方につけておいて損はないと考えたのだ。
「……む」
そこで、シャオンの前に女性三人が現れる。
そして、シャオンは三人をロズヴィアの元へ届けると、すぐさまロズヴィアの屋敷を出る。
「さて、森に行きませんとね……」
◇
「ディアさん」
「……?シャオンさん……か?って、なんで俺の名前を」
「こちらへ来てください」
シャオンはディアの手を掴む。
「?」
「とにかく、着いてきて欲しいのですよ」
──。
「森?」
「えぇ、この少し奥に、小屋があるので、そこへ」
少し歩くと、シャオンが言ったように小屋があった。
「……?」
その小屋に入る時、ディアは妙な感覚に襲われたが、そこまで気になるものではなかった。
「……こんな所に?」
「少し、話があるので…」
シャオンは険しい顔つきで語り出す──。
「まず、私の正体を明かしましょう」
シャオンは、髭を、そして髪の毛を剃り出す。
「ちょちょちょちょ、何してんだよ」
「……」
「……?」
「どうです?ディアさん」
「……っ!?」
そこに居たのは、紛れもなく、今も共に迷宮攻略に励む友──ラリであった。
「ら、ラリか!?」
「ええ、シャオンというのは偽名で──わおっぷ!?」
ディアはラリへと飛びつく。
「おい、お前……すげぇガタイ良くなってるし、誰かわかんなかったぞ……それにすげぇ心配したぞ!お前……」
そこでディアは何かに気づく。
「ラリ……お前……あれ?そもそも五十一層に、一緒に入って来たっけ?」
「えぇ」
「……?でも何でかほとんど記憶がねぇんだけど……」
「あぁ、それはブラッド君の魔法のおかげです」
「アイツの魔法か」
「はい」
「なるほどなぁ。で、どんな魔法をかけてもらったんだ?」
「それが……あの、なんて言いますか……えーっと」
「?なんか、困るものなのか?」
「まぁ、困る?訳ではないんですが、もう既に、ディアさんが、その魔法の中にいる、という……」
「ええっ?」
自分の肉体に何か起こっているかもしれない、とディアは自分の身体を見るが、特に何も無いようだった。
「この魔法は、ひっじょ〜に凶悪でして……」
「凶悪?」
訝しげな顔をするディア。
「えぇ、まぁ、そのー、魔法名は、時空歪曲って言うんですが……」
「ほぉ。で、その、えーっと、スペなんたらは、どんな効果なんだ?」
「それが……」
──。
「はぁ?時間の流れを変えるだと!?」
「えぇ、迷宮内と外との時間差と同じように出来るんじゃないかって、ブラッドくんが作ったんです」
「魔法創造って……そんな一瞬で出来るものなのか?」
「あ、いえ。迷宮内での約十年程で完成させたそうです」
「なるほどな……いつもアイツの眠るのが遅かった理由が分かったぜ……」
「えぇ、そういう訳なので……」
「でも、それじゃあなんでお前がここに居るのか、説明つかないだろ」
「……あ、いえ、それが……」
◇
『催眠』
ブラッドはその場にいるもの──ラリを除いて──を、催眠にかける。
ちょうど、ブラッド達がネーストレス達に捕まり、歩き出す──そのほんの少し前。
『よし、これでいいな』
催眠を掛けられたものは虚ろな目をして、その場に立ち尽くす。
『ブラッドくん?』
『ラリ、お前に頼みたいことがある』
『頼みたいこと?』
『あぁ……端的に言えば、お前に強くなって欲しい』
『へ?』
ブラッドはラリを森の中へと連れていく。
『ここら辺でいいか。創造』
創造によって建造物が建つ。
それは、小さな小屋だった。
『時空歪曲』
『っ!?』
強烈な違和感が、ラリを襲った。
『この魔法でお前は、ほぼ永遠に、修行ができる』
『?』
『この小屋内にいれば、お前は、見た目は歳を食うが、肉体は超急成長する。俺の考えたメニュー。とりあえず、この小屋内で五十年以内にこれをやれ』
『五十年!?!?……そ、それにこのメニュー……』
【訓練メニュー】
・一時間に一度、魔力精錬の特訓
・魔力増強訓練
・体術トレーニング(例 腕立て伏せ十五万回)
・反射神経トレーニング
・魔法と体術の応用訓練
『ぇえぇえ!?』
◇
「マジでやったの?」
「はい」
「……」
「ちなみに、ここってどんな時間の流れ?」
「えーっと、ここでの一年が外での一時間ですね」
「……うっそぉん」
◇
──そして、現在に至る。
「な、なるほど?ってことは、そこからディアもここで修行してたの?」
「あぁ」
「……」
「ね?凄いでしょ?」
「時空をねじ曲げるって……そんな、無茶苦茶な……」
「はっはっは!いやでも結構いいぞ!」
「えぇ、僕も二人になってから心が嫋やかになりましたよ……一人の時は精神がぶっ壊れそうでしたし……」
ラリは苦痛の思いを語る。
「そ、それは大変そうね……って、根本的な問題が解決してないじゃない!」
「「……?」」
「なんでブラッドはラリを強くしようとしたの?」
「「あ」」
「気づいてなかったの!?」
ヨーネは驚きを隠せなかった。




