第六十五話 対傭兵 四
精霊、ツァリは元の場所へと返される。
精霊にとって、返される、とはどういう意味を持つのか。
普通、精霊は森や精霊の国にいる。だから、本来は召喚されるということは有り得ないことだ。
召喚されるという概念は基本、どの生き物にもない。しかし、特定の種族は、契約さえ結べば、召喚することができる、という性質を保有している。
さらに、召喚者は自由な時間に自分と契約を結んだ者を召喚出来る。
そうして契約は結ばれ、精霊は召喚される訳だが、ブラッドがツァリと契約を結んだのは、殆ど幸運の賜物でしかなかった。
ブラッドがツァリと契約を結んだのは、彼が比較的今より若い、十五歳の時である。
◇
その日、ブラッドはデスベルの森へと出かけていた。デスベルの森はその地に住む熊からとられた名前で、ブラッドにとっては親しみがある森であった。
ブラッドは歩いていると、発行する飛行物体を目撃する。
『……なんだ、これは?この森に長くいるが、こんな神聖なやつは初めて見た…』
光るそれを見てブラッドが呟くと──
『これ、じゃなくて、ツァリ。私はツァリっていう精霊よー』
ブラッドは少し驚いた後、怪訝な顔をして言う。
『精霊か。初めて見た…しかし、なんでこんな森にいるんだ?』
精霊は基本、魔力濃度の高い地域に住む。だが、デスベルの森はこれと言って高い魔力濃度がある地ではない。
『貴方には関係ないでしょ』
ツァリは関心なさそうに、どこかへ行く。
『おい、待て!』
『……?何?』
苛立ち、迷惑気な顔をしたツァリはブラッドを見下ろす。
『…お前、精霊なんだよな?だったら、俺と契約を結べ』
『はぁ?』
ツァリは目を開き、そして言う。
『馬鹿なの?阿呆なの?死ぬの?貴方、もう少し足りない脳みそを働かせて考えなさいよ。契約の意味、分かってるの?』
『いや、特には』
『…私を騙そうったって、引っかからないわよ…って、え?』
『だけど、精霊を使役していれば楽そうだと思ってな…』
『コイツ……!』
ツァリはあからさまに怒った態度をとる。
『来いよ?』
ブラッドは挑発のポーズをとる。そこでツァリの顔が歪んだ。
『ぶっ殺してやる!』
『──ははっ!』
ブラッドは笑う。
そして、ツァリはブラッドへ突撃した。
◇
その後、どうなったかは語るまでもない。
ツァリに勝った後、ブラッドは精霊契約人数は一人につき一体であること、精霊によって様々な能力があることを教えてもらった。
『てか、こんなことも知らなかったの?アンタは』
『アンタ、じゃない。ブラッドだ』
『……人の名前なんていちいち覚えるのも面倒くさいのよね…』
『頼むよ、ツァリ』
『……ったく…分かったわよ。契約を結べばいいんでしょ、ブラッド』
ブラッドとツァリは契約を結ぶ。
契約。
五ヶ条からなるその条約は人間さえ奴隷にする事が可能な、言わば犯罪紛いの行為である。
一条、契約者は主従関係を結ぶこと。また主の命令は絶対であること。
二条、主は無条件に下僕を召喚出来る。
三条、下僕は生命に危機が迫っている場合、契約を一時的に解除出来る。
四条、契約を解除することは原則不可能である。
五条、主の生命に危機が迫っている場合、契約を一時的に解除出来る。
◇
契約を結んだ精霊は、召喚された後、その召喚が解除されると、契約者が生きている場合、特別な空間に飛ばされる。
その名も、【安全領域】。
青い空間で取り囲まれたそこは、召喚される者が快適に暮らせるように設計してある。
トイレに風呂、はたまた本やゲーム、医療用具にベッドなど、あらゆる施設が整った非常に便利な場所なのである。
また、他者からの干渉は不可能である。
ツァリは、そこへと返された。
「ブラッドさま……」
◇
「……」
ブラッドはザールの連鎖爆発によって破壊された穴付近に立つ。
そこから、他の傭兵が出るのを待った。
「……!?」
そこで、ブラッドは地下から穴にかけて、吹き抜けるような炎が上昇しているのを感知した。
ブラッドは辛うじて炎を躱す。
「……」
そして、その隙をついて傭兵達は次々と抜け出し、上空から地上へと、四十人が降り立つ。
「おい…ブラッドとやら」
「……?」
そして、そこの一人がブラッドに問う。
「やつは…アリアはどうした?」
「あの、【再生】の能力とやらのか?」
「あぁ」
「殺したが」
「……なるほど。死んだか」
ブラッドへと質問した男は特に何かを感じた訳も無さそうに、次いで言った。
「【言霊】」
「……!?」
「俺の固有能力は【言霊】……喋らせた相手を完全支配する能力。お前は、まんまと罠に引っかかったわけだ」
「…が、あん、あ?」
「…?」
「う、あ、ぁぁあ、あっ!うぁっ!」
ブラッドの体が震え出す。
「……嘘だろ…この、術も完全には効かない…だと?」
術者が若干絶望する刹那、傭兵の一人が言った。
「お前たち、今のうちに攻撃を叩き込め!」
ラリシア含め、傭兵四十人はブラッドに対して総攻撃を行う。
が、居たはずのブラッドは消えていた。
「あばふっ!?」
すると、突然一人の首が飛んだ。
「──?」
傭兵の殆どが呆然とするなか、即座に対応したのはたったの五人。
世界で二番目に強い傭兵ザール。
ブラッドに強い警戒心をもつ、回復傭兵ラリシア。
世界三番目の黒衣を纏う傭兵、ラビア。
世界四番目の赤髪の男傭兵、ザック。
術を主に使う、世界七番目の傭兵、リンダ。
この五人は、その瞬間にブラッドを捉えどうするか判断した。
そして、五人とも空中へ飛んだ。
「ふ」
「あ?」
その五人以外は──皆上半身と下半身が乖離した。




