第六十三話 対傭兵 二
ラリシアの身体は損傷を負っていた。著しい損傷はラリシアを傷つける。ブラッドの一方的な暴力は彼女を瀕死にさえ追い込んでいた。
長い戦いであったが、ブラッドが優位のまま、ラリシアは地面に突っ伏した。
「が、っはぁっ!?」
「多分」
ブラッドはラリシアを椅子であるかのように、その背中に座った。
「人ってのは案外、丈夫なんだ。生き方だとか、環境だとか、育ち方だとか、生まれだとか、そんなもので力が左右するなら、結局人ってのは案外丈夫なんだよ」
「…?何を、言って」
「お前、何を隠している?」
「はぁ?隠し事など何も」
「いや、俺はね、多少の嘘なら見抜けるんだよ」
ブラッドはラリシアの頭を掴んだ。
「あまりこういうことはしたくないが…お前、その顔面が多少歪んでも大丈夫だよな?」
「っ!貴様っ!」
ブラッドは掴んでいたラリシアの頭部を地面へ叩きつけた。
ガン!と大きな音がする。地面が割れる。
「ごっ!?」
「流石に頑丈だな。ん、おっと」
ラリシアの顔は軽く潰れた。鼻は折れたのか、多量の出血をしている。原型は留めているが、殆ど人の形をギリギリ留めているという程度である。
「別に、誰かを嬲り殺したりだとか、虐殺するっていう趣味はないんだがな」
「ま……さ…」
瀕死のラリシアがつぶやく。
「あ?」
「ざ…さ…ま」
ラリシアは何かを取り出す。
「聞こえんな」
ブラッドはラリシアの口の近くへ耳を近づけた。
「ザール様…」
「?」
ラリシアがザールの名を呼ぶと、それに呼応するように彼女の手の中に握られた宝石の閃光が、ブラッドとラリシアを包んだ。
「この魔力量…一体…?」
煙がブラッドとラリシアを取り巻く。そして、無かったはずの足音がした。
「よく耐えましたね、ラリシア」
ザールはラリシアを軽く撫でる。そうすると、ラリシアの傷は全て消えていく。
「…ってめぇ!」
「いえ、いえ、いけませんよ?」
ザールはブラッドへ向かおうとする男を制した。
先頭に黒いマスクを被った男、ザールが、ブラッドへと歩いていく。大男ではないが、身長は高いと思わせる体格。威圧感がある。
その取り巻きに、約四十人ほどの男女がいる。
「一体どうやって現れたんだ?ここまで大規模の魔法に俺の魔力探知が引っかからないだと?」
「えぇ、まぁ私も魔法に関してはそれなりに長けていると自負しておりまして…あぁ、自己紹介遅れました。私はザール。ザールブリッケン。傭兵等級二位であり、魔法使いでもあります」
「…なるほど。俺はブラッド。まぁ旅人だ。それで、こんな大勢で俺に何の用だ?」
「あぁん?てめぇしらばっくれようってのか?」
「は?」
ブラッドは一人の男に胸ぐらを掴まれる。
「お前、狙われてるからって調子にのるんじゃねーぞ、あ?」
「狙われてる?」
ブラッドは胸ぐらを掴む男の腕をそっと撫でると、そこから一歩後ろに下がる。
「が、あ、え?」
「うーん。俺ってそんなことしたか?誰かに狙われるようなこと」
──ざわめきが、男女たちの間から起こる。それは何故か。
ブラッドに触れられた男の両腕が切断されていた。そんな異様な光景。鮮血が切断面から吹き出ている。何が起こったのか分かった者は居ないに等しい。だが、ザールは一切の動揺をしなかった。
「我々の長が、そう望んだからです」
「なるほど、傭兵団というのは些か頭のおかしな集団らしい」
「…そうでもありませんよ、殆どはね」
──傭兵団は普通、強さを基に構成される場合が多い。だから、その者の人情、生き方、信じる神、座右の銘がなんであれ強さによって全て決まる。
一部の傭兵は平和の為に、また一部の傭兵は殺人を行うために。
理由は千差万別であるが、共通して言えることは、しかしやはり強さ。強さだけである。
「ここに居るのは、貴方を殺せ、と言われた傭兵、彼女除く四十名です」
「彼女?」
「ラリシアさんですよ、ご存知なくて?」
「いや、急に手を出してくるものだからな。まぁ受け身ってのは良くないんだろうが、俺は──」
「ペラペラと、うるせぇんだよぉぉおっ!」
ブラッドの背後から、両腕を切断された男が襲いかかってきた。
だが、その喉を、予め分かっていたかのようにブラッドは短刀で突き刺した。
『おおーっ!ブラッド様のこれが見られるなんて!』
突然、ツァリが出てくる。
『うるせー、お前引っ込めるぞ』
「破刃滅殺」
破刃滅殺。
対象を細切れにし、存在そのものを殺したかのようにする技。
「お、っと。これでこの場にいる傭兵はあと三十九人だ」
「……」
ザールは無言を貫いた。だが、ブラッドはザールが笑っているような気がしてならなかった。
「良心の呵責、或いは宗教的な何か。少なくとも人という生き物は、同族を殺すことを躊躇います」
ザールは一瞬間のうちにブラッドの背後へと回っていた。
「ですが、一部、生物として壊れたもの達がいます。それは、殺人など、同族を殺しても何ら感じないもの達です。ひとつ教えておきましょうか」
ザールはブラッドの額にその被った黒い仮面をぶつける。
「──殺人鬼は殺人に快楽を見出しているのではない。無感情なのだ──とね」
「……」
「ここは、地下ですか…?狭いですね、ならば」
ザールが上へと指を向けると、天井が次々と爆発していく。
「連鎖爆破か」
「まぁ、そんなところです」
そして、瞬く間に天井をすり抜ける。
「地下ではなんですし、地上で殺りませんか」
「あぁ、分かった」




