第六十一話 人の領域を超えたもの達よ 後編
「はあっ、はぁっ」
「ん?イザーグ、どうした?動悸か?」
ロズヴィアが微笑む。
「まぁ、お前は、そんなんだろうからよッ!」
ロズヴィアがイザーグを蹴る。
「…」
瞬時に、ラリシアがその足を片手で抑えた。
「イザーグ、お前は俺の奴隷になった後、俺を殺そうとしていたなぁ、何回か…んまぁでも、それは無理だった訳だ。お前は、俺を前にすると、動けなくなっちまうからなあ…どれだけ努力しても、無駄…無駄なんだよ、お前は」
「……現在、私に主導権があります、が、一旦離しましょうか」
ラリシアがロズヴィアの足を離した。
「ほぉん、だが足を掴む時に、力を感じなかった。お前も所詮は、女と言ったところか?」
「…」
「貴方は、どこまで…ッ!」
怒りを顕にしたディナンシアがロズヴィアへと向かう。が、それを制したのはネーストレス。
「やめておけ、敵う相手ではない」
「でも…ッ!」
「大丈夫ですよ、三人とも…」
ラリシアは笑う。
「大丈夫です」
「ほぉ…」
──。
爆風が、三人を押し出すように吹いた。
「俺が力を入れるだけで、この位になっちまう、どうしても、覇気が出ちまう…だから、お前、俺の攻撃を受けて、原型を留めていられるか、分からねぇぞ?」
「そうですか」
ラリシアは、ロズヴィアに向かう。
「では、私も」
次はラリシアから、覇気のような物が出た。
目視不可、しかし確実にそこにある何か。
威圧。
「…ふんっ」
「…」
「まぁ、いい。ここじゃアレだし、場所でもかえるか」
「そうですね」
二人は、消えた。
「は?」
この状況をまともに見ていたネーストレスだけが、呆然としていた。
「何が?起こっていたんだ…?」
「それに、ネレス。あの老人もいませんわ」
「…確かに…」
二人の話を他所に、イザーグは俯いたままだった。
◇
「こんなところが、五十一層にはあるのですね」
ラリシアとロズヴィアが着いたのは、五十一層の都市から凡そ十キロほど離れた平野。
外は夜で、尚且つ月明かりが照らしていた。
「お前は知らないだろうな…そしてそれは当たり前だ。俺はここに何十年と住んでいる…そして──」
──ロズヴィアが駆け出した。
「この夜が明けないことも知っている」
「なるほど…」
ラリシアは迫り来るロズヴィアを見向きもせず、たんたんと述べた。
「この月明かり、美しいですね…常闇を照らす奇跡の明かり、そう──光」
「──!」
ロズヴィアの目の前に閃光が散る。目くらまし。が、数刻はロズヴィアの視界を塞ぐことに成功した。
「?」
「と、まぁその攻撃で怯むなら、俺はこんな所までこないさ」
ロズヴィアの強く振り抜いた拳がラリシアの顔面を捉えた。
「ごっ!?」
ラリシアはその軽い体重故に、何メートルか弾き飛ばされる。
「……お前と俺の明確な差を教えてやろう…まずここはただの平野じゃない…ここは、俺が知り尽くした平野だ。つまり、地の利がある」
「……」
「それにここは常に夜、夜目は俺の方が慣れてんだよ、馬鹿野郎」
「……」
ラリシアやロズヴィアは夜を見通す魔法、暗視など一部の種族しか獲得出来ない魔法を保持していないため、夜目が効かない。
が、長く過ごした経験からロズヴィアの方が上手。
尚且つロズヴィアには地の利があった。
どこにどのような足場があるのか、地面がどのように歪んでいるのか、どこにどのような障害物があるのか、網羅していた。
それが明確な差であった。
しかし、ラリシアとロズヴィアには、更に大きな差があったのだ。
──それは。
◇
「なるほど、理解しました」
「ほぉん、分かったところで、対応できるのか?」
「はい、可能です」
「じゃあ、やってみなッ!」
──。
(障害物、右手に尖った岩が地面から突き出している、あぁ、いや、ならば後ろから回り込んで、足音は右の方にフェイントをかける…そして奴が左に避けた所を捕らえる…!)
ロズヴィアはかけ出す。
(姿勢、良好…アイツには…見えていないようだな、ならば、このまま足音をたてずに、ここだッ!)
ロズヴィアはラリシアの右に行った途端、その左に回り込んだ。
神速とさえ言える。
そして、
(──狩った!)
「は?」
そこでロズヴィアは、己の両腕が、関節部分から無いことを知った。
「え?ん?は?」
「私は、あまり武器を使う方ではありませんが」
ラリシアが取り出したのは、短剣。
ただの短剣ではない。悪魔王の牙が使われた特注品だ。
「傭兵ですので」
──ラリシアは武器の扱いにも長けている。
体術でも、魔法でも、耐久力も、攻撃力も。
結局、何一つロズヴィアはラリシアには及んでいなかった。
「また、負けるのか」
ロズヴィアは敗北を思い出す。
だが、ロズヴィアは、ここで死ぬのなら、それは本望だとさえ思った。
「いい、死に際だ…」
「では、さようなら」
ラリシアが黒紫に、月の逆光を浴びる刃を翳して、それを振り下ろした。
「──駄目だ」
そして、傭兵にして等級A上位は堅いであろう短剣を、男が指で摘んだ。
「…………どう、やって」
「……この男には死などという軽い刑では不十分、そう思わないか?」
黒い衣装を纏う、黒髪の青年。
ブラッド・リ・ディアベルが降臨した。
次から戦闘が続きます。




