第五十四話 降臨
ブラッドは迷宮から帰還すると、すぐさま三人へ別れを告げる。
「すまん、じゃあまた明日な」
「あ、はい」
「んー」
「おう」
ブラッドは己の泊まっている宿へ行き、そこで、一日の疲労をとろうとした。
「……」
シャワーを浴び、そして布団へと飛び込む。
ぼふっ、という反動とともにブラッドの体は軽く跳ねて、その後布団へ沈んだ。
「……すぅぅぅぅ」
息を吸い込み、
「ふぅぅぅぅ」
大きく吐く。
「あぁ、疲れた」
ブラッドは特に何も考えたくなかった。それほどまでに精神をすり減らすものなのだ。迷宮とは。
『そういえば、迷宮って年取らないのか……?』
『とらないんじゃないですか?多分肉体の成長はあまりないんじゃ。だってブラッド様は迷宮内に何年もいたのに髭の一本も生えず毛も伸びませんでしたよね?』
『じゃあほぼ永遠の命がある、みたいなものか』
もっとも、モンスターが溢れ同じ人が全くいない場所でずっと生きていたいなどと思うものは少数だろうが。
「不死は魅力的だからな。やってる奴がいてもおかしくは無い、か」
ブラッドは腰をひねり、ポキポキと骨を鳴らす。
「……」
何か思い出すべきことがあったように思えたが、あまりの疲労でそんな思考も出来ず、夢へと落ちた。
◇
「よし」
ディアはブラッドから譲り受けた短刀をくるりと回す。
「しかし、短刀かぁ。一応持ってたはずなんだが…まぁいっか。予備は多いに越したことはないしな」
そしてディアは少し憂鬱になりながら、歩を進め、目的地へついた。
南国フィリア、そのギルドへ。
「よぉ」
ディアは雄々しく手を広げフィリア国にひとつしかない弱ショアギルド内へと入る。
「……貴方は、確か…」
「迷宮探索者だよ。一から五十層までまとめた書類を作ってきた。あんたらの依頼だぜ?忘れたとは言わせねぇ」
それを本物か確かめるため、ギルドの受付嬢はその書類を読む。
そして、読み進めるにつれ、顔が青ざめていく。
「…………ぎ、ぎ、」
「……?」
「ギルドマスターに報告してきます…!」
受付嬢は小刻みに震えながら外へ出ていく。
それも無理はない。
彼らが完成させた書類。迷宮攻略の書は完成されたものである。
通常、迷宮全域についての情報を全て書き込むことは不可能だ。
そして、それはディアにもラリにもヨーネにも同様に不可能である。
圧倒的に広大な迷宮を、一層だけでなく五十層まで全て観察し尽くすなど不可能。
仮に一層完成させるだけでも、迷宮内で百年は必要だろう。
それほどまでに情報を取得し、それをまとめるというのは難しい。
しかし、彼らのうち一人に、単独でそれを可能とする者がいた。
彼の魔法──、領域把握が無ければ。
「……」
慌てて受付嬢が帰ってくる。
一人の女を引き連れて。
「……あなたは……!」
「……はぁ。いかにも、私が、ここのギルドマスター。マリーちゃんでーす…はぁ」
「……」
それは、迷宮の出入りの管理人。
いや、違う──それはディアの勘違い。
彼女は元来、フィリア国のギルドマスターの役職。
「何故、私がここに、って顔だね」
「……は、はい」
「……私はね、ここのギルドマスターをそれなりにやってるんだけどね。まぁ、小さなギルドだったよ」
「……」
「そんな矮小なギルドのやつらはね、いつも迷宮に行ってしまう。そして、いつも帰っては来ない。それは何故か。答えは簡単で、迷宮内でモンスターに殺されたから、だよ」
「……」
「見兼ねた私は、国に相談し、迷宮への出入りの管理所を作成してもらったって訳さ。さ、じゃ本題に入ろうか」
「……ぉ、ぁあ」
「これね、これ」
ピンピン、と指で迷宮攻略の書類を弾くマリー。
「……な、そ、それは大切なものだぞ…!」
「だけどあんたは作成してないだろう?」
「……!」
「こんな高等な真似が出来るのはあの子だろうからね。しっかし、一体どんな魔法使えばこんな風に出来んのかなー」
「……と、とにかく報酬だ…ッッ!」
「おぉ。そうだね。いくら位だろうね。五百くらい?」
「……五百……少なくないか…?」
「ん?ぁあ、いや万じゃないよ。億、億」
「……え、ん?あ?」
「ええっ!?」
ラリーの隣にいた受付嬢まで驚く。
「そりゃあこんなもん、国からの褒賞が出るだろうからねー。一括は無理でも、一月ずつとかなら可能だろうね」
「そ、そうですか」
ディアは一周まわってかしこまった。
「……で、では」
「もう行くのね」
「あ、はい」
「気をつけなー。五十層以降はモンスターも強い」
ラリーはそう言ってニッと笑った。
◇
「いやぁ、久々にこのギルド、冒険者の集いの場にきたわねー。久々すぎるわー」
「マリーさんがいなくて結構大変でしたよ」
受付嬢とギルドマスターは談笑を交わす。
「あはははは」
「あは、それでさ、その男が──」
コツコツコツコツ。
「……そうしたらね──」
コツコツコツコツ。
コツコツコツコツ。
靴の音。
高級な革靴の足音がする。
ギルドの門が、真夜中近くに開かれた。
黒い手袋をした男が、手を広げギルドへ入ってくる。
それだけでない。
後ろには民族の衣装を来た男や、蒼い装甲に身を包んだ者、鉄槌のような物を掲げている女性など様々いた。
「ごきげんよう!冒険者登録へ参りました」
これは、前戯。
ただの余興に過ぎない。
彼らは、特異兵。
SSSの尖兵である。
筆頭、
元傭兵ランクSS。ザール。
身長は高い。だがしかし大男という印象は抱かせない。威圧感もない。平凡といった、様相である。
「────ッッ!」
ギルドマスター、兼迷宮受付嬢マリーは──
──この世のものとは思えないおぞましさに身を震わせた。




