第四十話 時間のズレ
「では、行くか。お前たち、手を合わせろ」
ブラッドは三人に手を差し伸べる。
三人はそれに応えるように手を握る。
「発動──ッ!」
光が包む。
最初に第五層に来る時に使った転移よりも幾分か性能が良い。
故に視界はブレない。
はっきりと視界が変わる。
すると、昼のフィリア国に出た。
「すぅ」
ブラッド達は久しぶりに外の空気を吸う気がした。
「…あ、マリーさん」
ラリがマリーへ語りかける。
良く名の似た二人だ。
「僕たち、迷宮に入ってどれくらい?」
正直それはブラッドも聞きたいことであった。
何故だろうか。迷宮内は体内時計が狂う。
「えぇ」
迷宮受付嬢、ラリーは目を細めて言った。
「十五分です」
「……!?」
「…あら、ご存知なくて?」
「…一体どういう」
「何か、不思議じゃありませんでしたか?」
「……!そう言えば」
ブラッド達は思い出す。自分たちが全く空腹にも睡眠欲にも駆られなかった理由。
「はい。外と内とでは時間が違います。外の一分が、ちょうど中の一日に限りなく近いです」
「…な」
それは、ブラッドをしても信じられない代物だった。
(時間の経過が違う?そんな神の御業のような…)
「ですが、疑問でもあるはずです。何故、動きは出来るのに、空腹にもならないのか。今のところ調査が完全に済んでいる訳ではないですが、どうやら迷宮内へ侵入すると特殊な波長が発生するらしいです」
「…波長」
「その波長により時間感覚が狂わされます。そして、その際、外に置いていかれるものがあります」
「置いていかれるもの?」
「食欲、睡眠欲、性欲です」
「…な」
「それらが置いていかれるので、迷宮内では飯いらず、布団要らず、女要らず、やったじゃないですか〜」
「…置いていかれる?どういうことだ?」
「分離されるというのでしょうか。とにかく三大欲求が消え去るのです」
「…待てよ。時間感覚の延長。という事は」
「はい。迷宮はそれを込みの難易度です。つまり、一層攻略するのに、何年かかかる層もあるそうですよ。あっ、ちょっと洒落ましたかね?」
「…なるほどな」
ブラッドは合点がいく。
迷宮攻略の難易度が高いのは敵が強いからではない。
その攻略に、精神的に莫大な負担をかけるから。
途中で心折れたものから去っていく。
それこそ、迷宮。
「だそうだが、お前たちは迷宮攻略を続けるのか?」
「はい、俺は続けるつもりです」
「あ、僕も」
「私もよ」
「分かった。しかし、とりあえず今日は解散としよう」
「たったの十五分しか入っていないのに?」
ラリーはにたァと笑みを浮かべる。
皮肉な顔だなぁ、とブラッドは思った。
「精神休養だ」
◇
とは言えブラッドのやることは多い。
三人と分かれた後、世界最強の傭兵、SSSについて調査せねばならない。
「さて、どうしたものかな」
手当り次第、話を聞きまくると言う手は、あまりにもバレやすい。露骨にバレずに、しかし向こうはブラッドの存在に気づいているので、なんとか上手く虚偽の情報へ誘導させたいものだ。
『では、直接会ってもうさっさと捕まえてしまえば?』
『相手が世界最強の傭兵じゃなきゃ、かなり楽だろうな。しかし、捕縛するのは一筋縄じゃいかない』
何らかの手段をもってして、逃げ道を防がねばならない。
「考えるか〜」
◇
第八十九層、ボス。大森林の大木。
「大木そのものか…ッ!」
「なるほどな。大木、そのものが階層ボス!」
「厄介だけれど、範囲魔法でどうにかならないかしら?」
「どうだろ〜…浅葱に何とかしてもらうしか無いんじゃねー」
「毎回アイツに頼りすぎだよアンタたち。時にはアタシ達で何とかしないと」
「じゃが、しかしこれをどうするんじゃ?」
暴れ回る大木。
大きな木を鞭のようにしねらせ、地面へ叩きつける。
ドシン、と地が大きく揺れた。
「う、ぉ」
「浅葱は何をしておる?」
「さっき帰っちゃいました!!」
「はぁっ!?」
会話の付近を巨木が神速の鞭で叩きつける。
「…ッッ!じゃあディレベルを呼んでよ」
「もう居るさ」
「おぉ、ディレベル」
赤き服装に身を纏った、軍人のようなその人は、迷宮攻略連合、その総司令。
最高位司令官、最高位権力者、全責任者。
ディレベル。
彼もまた、人ならざる力を持ったものだ。
浅葱が小手技を得意とするのと違って、彼は広範囲の殲滅魔法を得意とする。
「さぁ、いくか」
ディレベルから大量の魔力が溢れ出す。
「っお!」
周囲を覆うような、魔力の渦。
「さらばだ、大木。──隕石」
地上千メートル付近に、巨大な石が現れた。




