33 ファウのリスト
「ですが…ですが私は、どのように償えば…」
ファウさんは今にも泣きそうなのを、懸命にこらえている。
今度はヴェイグから交代の合図が来た。
「呪術を使った場所はどこだ?」
「最近は教会が主だった場所でしたが、あちらこちらで」
「呪術を教えた者達の動向は把握しているか」
「全てはとても…」
「覚えているだけでいい。書き出しておいてくれ」
「兄様…?」
「償う方法は、自分で考えろ。呪術の後始末は俺と…アルハでやる」
「はい…はい……」
ファウさんは顔を覆って、静かに泣き出した。
「すまない、アルハ」
“何が?”
ファウさんを残して部屋を出ると、ヴェイグがいきなり謝ってきた。
「アルハの力を当てにしている」
“なんだ、そんなことか”
僕はへらり、と笑ってみせた。
“ヴェイグはいつも、自分を頼れって言うくせに”
「いや、俺はアルハに頼りすぎている」
“僕にしかできないことを、任せてくれてるだけだよ”
「物は言いようだな」
一夜明けて、ファウさんが書き出したメモを手渡された。ヴェイグに無理をするなと言われていたのに、殆ど寝ないで書いていたようだ。
いくつかの地名と、百人近い名前。その中に、オイデアの名前と…。
「トイサーチ…。そうだったな」
受け取ったヴェイグ越しに、僕もリストを見る。
ファウさん自身が呪術を使った場所はこの大陸のみだ。
他の人が何処で使ったか、細かくはわからない。
ただ、オイデアは、ずっと僕たちの側にいた。
「オイデアとご一緒でしたか。今どちらに?」
「ディセルブの城で眠っている」
ヴェイグはわざと婉曲した言い方を使った。それで、ファウさんは察してくれた。
「すみません」
「いい。それより…アルハ、行くぞ」
会話の途中で突然、ヴェイグが慌てた様子になる。
僕の返事を待つのももどかしい、と言わんばかりに、転移魔法が展開された。
「すぐ戻る」
ファウさんに向けてそれだけ言って、僕らはその場から転移した。
▼▼▼
メルノとマリノは、いつものようにクエストを受けて森に入っていた。
受けたクエストは、難易度Fのビッグイーター討伐。3匹討伐すれば達成の、二人がよく受けるクエストである。
だからといって二人に油断は無かった。
手順はいつもどおりに、気を抜かずに、不測の事態が起きても慌てずに。
冒険者を始めたときから心がけていることだった。
以前、アビスイーターに変化したときは対応しきれず、アルハが助けてくれなければ終わりだった。
そのことを忘れてはいない。命は常に危険にさらされている。
それでも二人は、今日もクエストに挑むのだった。
あれから、アルハやヴェイグと共にクエストを受ける内、二人もレベルが上がり、経験や実力も伴った。
少し多めにクエストを受ければランクアップも狙えるが、二人を過剰に心配するアルハ達にそれとなく止められている。
しかし、アルハ達は、長い間留守にしている。
今のうちに強くなって、驚かせたい。
そういう欲はあったかもしれない。
「マリノっ!」
いつもなら止めになっていたマリノの精霊の一撃で、仕留めきれなかった。
それどころか精霊は攻撃を受けて消えてしまい、ビッグイーターがマリノに襲いかかる。
メルノは思わず、マリノを突き飛ばし、前に出た。
「っ!」
ビッグイーターの毒牙を左肩に受ける。毒を防ぐ薬は飲んであるはずなのに、立っていられない程の目眩がする。
「おねえちゃん!!」
マリノが新たに精霊を喚ぼうとするが、別のビッグイーターも仕留めきれておらず、威嚇され、竦んでしまう。
「逃げなさい、マリノ!」
ふらつく身体を気力だけで支えて、マリノの前へ出る。
せめて、マリノだけでも。
攻撃魔法の発動より、ビッグイーターの動きのほうが速かった。
ビッグイーターより更に早く、メルノの視界を長く伸びた黒髪が覆った。
●●●
「アルハさん!」
「マリノのコマちゃんがヴェイグに知らせてくれたよ」
アルハさんの左手が、ビッグイーターを掴んでいました。アルハさんの大きな手でも握りきれないほど太いビッグイーターが、普通の蛇みたいにくねくねして、逃げられないみたいです。
私の肩の傷を見て、右手が触れて、治癒魔法の光が溢れました。魔法を使ってくれるのはヴェイグさんです。
「アルハ兄!」
マリノが近づいてくると、右手が今度はマリノの頭をわしわしと撫でてくれます。
「間に合ってよかった」
アルハさんはふわりと笑ったかと思うと、ビッグイーターに向き直りました。
「蛇は嫌いだな」
いつもと違う、怖い声で小さく呟いたかと思うと、ビッグイーターが紙の筒みたいに握りつぶされました。
消えかかっているビッグイーターをぼとりと無造作に落とすと、別のビッグイーターの方へ。
心なしか、ビッグイーターが逃げ腰になっている気がします。
魔物は、人を見れば見境なく襲いかかってくるはずなのに、変です。
それだけアルハさんが強いのでしょうか。
膠着状態は一瞬でした。
気がついたら、ビッグイーターは無数に切り裂かれていました。
◆◆◆
ヴェイグが突然転移した先は、トイサーチの家の前だった。
[気配察知]を発動させてみれば、メルノ達の近くに、少し強めの魔物の気配が二つ。
急いで向かってみれば、ビッグイーター相手にピンチになってる二人。
本当に、間に合ってよかった。
蛇を討伐して、改めて二人と向き合う。随分久しぶりな気分だ。
「あの、アルハさん」
メルノが申し訳無さそうに目を伏せる。
「しばらくクエストは受けないほうがいい」
「で、でもっ」
本音を言えば、二人には冒険者をやめてもらいたい。危ない目に合わせたくない。
二人を余裕で養えるだけ、稼げる。
前にそれとなく、冒険者以外の仕事はやらないのかと聞いたことがある。
返答は『これ以外を知らない』だった。
他の職業ができない、就けない、ではなく、知らない。
なんだか初めから選択肢がないような言い方だったので、それ以上突っ込んで聞けなかった。
「今、魔物が全体的に強くなってるんだ。どうしてもクエストを受けるなら、1つか2つ、ランクを下げてほしい」
「それだと…」
「わかった!」
食い下がろうとしたメルノを遮って返事をしたのは、マリノだ。
「おねえちゃん、危なかった。危ないの、ダメ。魔物がもとに戻るまでだから」
マリノがいつになく真剣だ。
そんなマリノを見て、メルノは肩の力をふっと抜いた。
「わかりました」
メルノの返事を聞いて安心できた。
簡単に事情を説明して、転移魔法を使うためにヴェイグに代わると「少し待て」って。
メルノに近づいて、僕への感覚を遮断してなにか囁いた。
メルノはビクッとなって、ヴェイグを見て、うんうんと頷いた。
“何を言ったの?”
「メルノを納得させただけだ。安心しろ、もう無茶はしないと思うぞ」
“?”
メルノ達に見送られて、転移魔法で運ばれた。
メルノの笑顔が少しぎこちないのが気になる…。
●●●
「メルノに何かあれば、アルハは世界が滅ぶほど暴走するぞ。俺でも止められん」
ヴェイグさんにそう囁かれました。
先程までの、ビッグイーターに対するアルハさんの態度を思い出しました。
クエストはなるべく受けずに過ごすことにします…。




