32 ときほぐす
止めを刺しに来た白虎の頭に、踵落としをきめる。 白虎は頭から地面にめり込んだ。
起き上がる前に今度はこちらが止めを刺そうとして……それに気づいて、やめた。
ヴェイグが最後までやらなくてよかった。
ただ、どうしよう。
迷っている間に、白虎は起き上がって僕に腕を振り下ろしてくる。ラムダと違って物理攻撃しかしないし、単調だ。
右手で掴んで受け止めると、反対の腕も襲いかかってきた。両手で両腕を掴んで、静止させる。
至近距離になった白虎の口からなにかの攻撃が出ようとするのを、スキルで創り出した盾で塞いで食い止める。
スキルに、他人に良い作用をもたらすものは、殆ど存在しない。
魔法のかわりに治癒や強化ができないかと試しても、そういうスキルは発現しなかった。
魔力に関する行為はスキルではなく、どうやら魔力量が多すぎる僕が新たに生み出した技術、というカテゴリらしい。
武器や防具は僕の手から離れて他人が使っていると、どちらも10分ほどで消えてしまう。
だから、咄嗟にダメ元で思い浮かべたこのスキルが、ステータスに表示されたときは、安堵と驚きが半々だった。
白虎の中に、ファウさんの気配が残っている。
ラムダのときは、完全に魔物だった。もしかしたら、という思いで、そのスキルを発動させる。
[解呪]。
白虎になったときの逆再生のように、身体が小さくなっていき、瓦礫の上には傷だらけのファウさんが横たわっていた。
呼吸はしっかりしている。傷は、こんなに付けた覚えはない。解呪の影響だろうか。
ファウさんを抱きかかえて、何処に運ぼうか悩んでいると、シュナさんたちが駆け寄ってきた。シュナさん以外にも、シスターの格好をした人が何人かいる。
「先生…先生は、もとに戻ったの?」
「うん」
魔物の気配は完全に消え去り、ファウさんは気を失っているだけだ。
「どこか休ませられるところ、ないかな」
教会の建物は、壊れたのは一部とはいえ、時間経過で倒壊するかもしれない。
シュナさんも辺りを見回していると、遠巻きに様子をうかがっていた町の人から声がかかった。
「教会の人が倒れてるんだって? うちの宿を使ってくれよ」
その言葉に甘えることにした。
◆◆◆
アルハが知らない部屋で、ベッドで眠るファウに治癒魔法を施している。
「ヴェイグ、起きた?」
“ああ。すまなか…”
「謝ることはないよ。それよりさ、体調はどう?」
“問題ない”
「それじゃ、起きてすぐに悪いけど代わってくれない? 僕じゃ追いつかない」
俺から交代する。しかし、ファウの傷は殆ど塞がっていた。
「本当にアルハでは不十分か?」
“ここまでやるのにどれだけ時間が掛かったと…”
中に入ったアルハが、心底疲れたという表情でため息をつく。
確かに、時間をかけて傷を塞いだ痕だ。
治癒魔法を当てながら、こうなった経緯を話してもらう。
俺が無様にやられた後、アルハは白虎にファウの気配があることに気付き、スキル[解呪]でファウに戻した。
町の宿屋に提供されたこの部屋で、誰かに治癒魔法を頼もうとした所、この町に魔法使いはいないという回答。
アルハの魔法では時間がかかること、治癒魔法は苦手で集中するには一人がいいと伝えて、他の者には席を外してもらったということだ。
話している間に治療は終わり、ファウがゆっくりと目を開けた。
「ここは…?」
「俺がわかるか、ファウ」
「兄様…えっ、兄様!? …あ、私、私……」
驚き、困惑し、混乱している。
「落ち着け。俺が使っているこの身体のことは、覚えているか」
「確か、アルハと名乗っておられましたね。…私は、アルハ様に大変失礼なことを…」
意識と記憶はしっかりしているようだ。
「アルハには、後で謝罪しておけ」
“いいってば”
「色々と聞きたいことはある。が、今は体力を消耗しているだろう。明日の朝聞くが、いいか」
「今すぐでも大丈夫です」
「それなら今聞こう。だが無理はするな。疲れたらすぐ言え」
ファウは改めて俺を見つめると、柔らかく微笑んだ。
「兄様がお優しいのは、変わらなかったのですね。よかった…」
そしてファウは、休憩を挟むことなく語りだした。
◆◆◆
ファウさんは幼い頃から呪術を学ばされた。ヴェイグに施された転生の秘術――正しくは『甦りの呪術』というそうだ――も、ファウさんが関わっている。
ヴェイグが呪術をかけられたのはヴェイグが生まれた時だ。ファウさんは、呪術の維持のため、物心ついたときから城の呪術師たちについて、手伝いをしていた。
他の王族と同じく、ファウさんに魔力は無かった。呪術は学びさえすれば扱える奇跡だ。兄の助けになりたくて、必死に取り組んだ。
ヴェイグが国を出て五年後、呪術の発動を感知した。しかしヴェイグは帰ってくるどころか、甦りもしない。
ファウさんをはじめ呪術者たちは時の王である父や重臣たちに責められた。
それから呪術を学び直し、新たな呪術を組み上げ、試した。
そうしていると、心の内に良くない考えや感情が積もっていった。
「兄様が戻らないのは、国や世界を意のままにできないため、と思い込んでしまったのです」
ファウさんは目を伏せ、胸のあたりをギュッと握りしめて告白する。
「十年程前から、魔物を積極的に喚ぶようになりました。はじめは、弱く小さなものしか喚べませんでした。私やディセルブの土地だけでは喚ぶ力が足りないと考え、こうして余所の土地で協会を隠れ蓑に。協力者を集めていたのです」
「では、グランシスターとは」
「私のことです」
「魔物を喚ぶのに、小さな魔法陣で事足りるのは何故だ?」
「幾度も呪術を使ううちに、そうなってしまいました。無数の呪術が掛け合わさり、この世の理に組み込まれたのです」
「それでは、解除できないではないか……」
ヴェイグが天を仰いで嘆息する。
「申し訳ありません。ですが、こうなった以上は解除の方法を探します」
「いや、もう呪術を使うな。ファウが魔物化したのは、呪術を使いすぎた結果だろう」
胸元を内側からノックするように合図する。察してくれて、交代した。
「あら…?」
「わかりますか? アルハです」
「はい、この度は大変ご無礼を…」
「あ、いやそのままで、謝罪はいいですから」
ファウさんがベッドの上で土下座しそうな勢いで慌てだす。それをなんとか押し留めて、普通に座ってもらった。
「呪術のことなんですけど、僕がスキルで解呪できるので、それを使ってなんとかします」
正直、『いつのまにかこうなっていたもの』に対して、どこでどう[解呪]を使えばいいのかは見当がつかない。
それ以上に、ファウさんには二度と呪術を使ってほしくない。




