第93話 大役の担い手
「よくやった! カルセル!」
「殊勲ものの働きだったぞ!」
「道を空けてくれ! 魔力枯渇寸前なんだ!」
大盾部隊に守られながら、カルセルは全力で退避していた。
その手に持った、ジスファー・ラウンドが使っていた大盾とともに。
魔力が尽きる寸前まで大砲媒体を連発したせいか、常よりも体が重く、息苦しい。だが、ここはまだ安全圏とは言い難いので、部隊の皆に励まされながらもカルセルは必死に走り続けた。
(まさか、オイラがこんな大役をやり遂げるなんて……)
実感よりも先に湧いてきたのは、これは本当は夢なのではないのかという疑問だった。それほどまでに、今、自分が、戦いの趨勢を左右するほどの働きができたことが信じられなかった。
(ま~、信じられないと言えば、オイラがこんな大役に選ばれたこと自体がだけど)
昨夜、ストレイトスに呼ばれた時のことを思い出す。
その時も、カルセルは小事を受けるつもりで騎士団長用のテントへ向かい……ジスファーの大盾に内蔵された大砲媒体を使って帝国が修繕した外壁を破壊し、突破口を開くという大事中の大事を任されたことに仰天した。
その際こちらを気遣ってか、ストレイトスがやけに懇切丁寧に話をしてくれたことを、カルセルははっきりと覚えている。
回収したジスファーの大盾を、ストレイトスが秘密裏に修繕し、ラムダスにも黙って己の荷物としてここまで運んできたことを。
自分にジスファーの大盾を託す理由は、大盾を扱えるほどの膂力を有すると同時に、大砲媒体を連発できるほどの魔力を有しているからだということを。
魔力に関しては、それこそ《グラム騎士団》の中でもトップクラス――さすがにヨハンと比べたら格段に劣るが――であることを。
ミドガルド大陸最高の魔法士を擁していただけあって、ブリック公国の人間は、他の国の人間よりも魔力の量が多い傾向にあるのではないかと、ストレイトスが私見を述べていたことを。
そして、カルセルにジスファーの大盾を託すことについて、ストレイトスがヨハンの意見を聞いた際、カルセルならば必ずやり遂げてくれると言っていたという話を聞いたことを……。
カルセルは走りながらも振り返り、先程自分が破壊した外壁を、そこに雪崩れ込もうとする味方の軍勢を見やる。
大砲媒体はおろか、戦斧媒体さえも使えるかどうか怪しいほどに魔力を消費してしまった以上、自分が今宵の戦いに復帰するのは難しいだろう。
だから、自分の役目はここまで。
(ヨハン……相手がクオンちゃんじゃ、素直に「後は任せた」なんて言えないけど……頑張りなよ)
何に対して頑張れとは言わなかった。
ただ、何でもいいからヨハンにエールを送りたかった。
それだけだった。
やがて第三陣を抜け、軍の後方にたどり着いたところで、カルセルはようやく一息つく。
休んでいる間、誰も彼もが次々と褒めてきて、今さらながら自分が大役を果たしたことを実感する。
けれど、後は戦況を見守ることしかできないことが、少しだけ歯痒かった。
◇ ◇ ◇
第二陣の後方で、遠眼鏡を使って戦況を確認していた《グラム騎士団》の同志が、騎馬に乗って指揮を執っていたストレイトスに向かって声を張り上げる。
「先頭が敵陣を突破しました!」
同志からの報告に、ストレイトスは頷き返し、
「これより第二陣は王都に攻め入る! 伝達兵! この場は第三陣に任せるとラムダスに伝えてくれ!」
「了解しました!」
進軍を開始しつつ、ストレイトスは見えない目を壁上に向ける。
そこでは、テストとアルトランが激闘を繰り広げており、アルトランは指揮を執る余裕はない様子だったが、敵軍の動きからは統制の乱れを見受けることはできなかった。
(こういう言い回しは業腹だが、王都は敵の本拠地。掃討軍を率いていた、モニア平原の決戦とは違い、アルトランの代わりに軍全体の指揮を執れる人間の一人や二人くらい、いて当然というわけか)
壁外で王都を防衛していた敵陣にしても、突破は許したものの陣そのものは崩れていない。
先にこの敵陣を掃討しないことには、第二陣全てを王都に攻め入らせることはできない。
(やはり今回は、指揮に徹するしかなさそうだな)
あわよくば、テストかイリード兄弟たちの加勢に向かおうかと考えていたが、やはりと言うべきか、事はそう上手くは運ばせてもらえないようだ。
(第二陣の全騎士には、王都内にいる帝国兵を撃滅しつつ王城を目指すよう伝えてある。少しは王城組の手助けになればいいんだが……)
事がそう上手く運んでくれるかは、ストレイトスの〝目〟をもってしても見通せそうになかった。
◇ ◇ ◇
夕陽が完全に沈みきり、夜の帳が下りた頃。
ヨハンは、《グラム騎士団》が攻め入っている方角とは反対側の外壁の上に立っていた。
すでにその身に纏っている、翠風――〝シルフィーロンド〟の機動力に物を言わせて外壁の反対側まで回り込み、壁上に上って短銃媒体で見張りの兵士を撃ち殺し、敵に気づかれることなく王都への侵入を果たしていた。
一人別行動をとっているのは、帝国に目をつけられているため戦場からだと王城に侵入するのが難しいという理由もあるが、魔法を使っているところを味方に見られるのを極力避けたいという理由があってのことだった。
ヨハンは外壁から飛び降り、音もなく民家の屋根に着地する。
潜入のために用意した闇色の外套は、翠風に護られているため、ほとんどはためくことはなかった。
(ストレイトスさんの読みどおり、敵は、魔法陣魔法や最上級魔法による強行突破は警戒していても、補助魔法を使っての潜入に対しては警戒が薄いな。まあ、さっきみたいに敵を殺す場合、魔法だとどうしても派手になってしまうから、魔法士が隠密行動には向いていないという見解は間違いではないが)
そういう意味でも、やはりレティアの短銃媒体を得物に選んでよかったと心の底から思う。
(それにしても……)
屋根から屋根に飛び移り、移動しながら王都の様子を観察するも、
(本当に、人がいないな)
帝国が勝利した、先の王都決戦の直前に、国王の勅命により王都民のほとんどが他地方に避難し、国王の勅命に背いて王都に残っていた者も、つい先日《グラム騎士団》が保護した。
だから、今王都にいるのは帝国人のみ。
皇弟ユーリッドをはじめとした、政に携わる人間も来ているとは言っても、コークス王国がいまだ戦時中であることを考えると、その数はそう多くない。
将兵に関しても騎士団の倍近い数がいるというだけで、この広大な王都――それこそヨハンの故郷、公都ヌアークよりも何倍も広い――を守るには致命的に足りない。
王都全域に人を行き渡らせることなど、できるはずもなかった。
だからこそ敵は、見張りを徹底し、騎士団が攻めてくるポイントに兵力を集中させることで必死に数的有利を保っているのだ。
(余裕がないのは、お互いさまというわけか)
それならそれで都合が良い――そう思っていると、はるか遠くから、かすかに、何か崩れる音が聞こえてくる。
(今の音……まさか、カルセルが壁の破壊を成し遂げたのか?)
知らず、頬に微笑を刻む。
(だとしたら、僕も負けていられないな)
友の活躍に奮起しながらも、可及的速やかに、されど、あくまでも静かに、王城を目指して屋根の上を駆けていった。





