第94話 侵入
ヨハンが王城を目指して移動していた頃。
イリード兄弟は、すでに城内への侵入を果たしていた。
ヨハンはおろか、ガイたちと同様二人一組になってユーリッドの首を狙う、一〇人の手練れの騎士たちをも先んじての侵入だった。
「子供の頃によく利用していた抜け道が、こんな形で役に立つとはね」
城の二階にある、蔵書室の窓から床に降り立ちながら、カイは懐かしむように言う。
「まぁ、ガキの頃に比べて図体がでかくなっちまったから、ちょっと抜け道をでかくする必要があったけどな」
続けて降り立ったガイが、悪童じみた笑みを浮かべながら応じる。
イリード兄弟は、この王都ルタールで生まれ育っている。
子供の頃からグラムの騎士に憧れ、度々王城に侵入していた二人は、王都に住まう悪童ならば誰もが知っている城の抜け道にも精通していた。
たとえば、王城を護る石組みの城壁の中に、いくつか動かせる石があることを。
城の二階にある蔵書室の窓が、空中回廊の蔭に隠れているせいもあって何かと死角が多く、侵入には打ってつけの場所であることを。
「しっかし……」
ガイは埃っぽい蔵書室に視線を巡らせ、感慨深そうに言葉をつぐ。
「ようやく、王城に戻って来れたな」
「そうだね」
応じるカイの声音も、感慨に満ちていた。
流行病で両親を亡くし、当時まだ騎士団長ではなかったストレイトスの口利きで、子供の時分から騎士見習いとして奉公してきた二人にとって、王城は家であり、そこで働く人たちは家族のようなものだった。
だからこそ――
「取り返す。城も、王都も」
「取り返した後は追い出さなきゃね。この国から帝国の奴らを」
二人は武装媒体を持たない拳を突き合わせると、足音を殺して蔵書室の入口へ向かい、見張りの兵士がいないことを確認してから廊下に出る。
王城は、敵に攻め込まれた際に易々と国王の元にたどり着かせないようにするために、意図的に入り組んだ造りになっている。
ゆえに、帝国兵の多くが城の構造を把握しきれていないのは想像に難くなく、逆に熟知しているこちらは、どれほど大勢の帝国兵が城内の守りについていようとも、裏をかくことはそう難しい話ではなかった。
もっとも、
「さすがにここから先は、戦わずにってわけにはいかないね」
ユーリッドがいると目されている第一尖塔。
それに最も近い位置に屹立する、第二尖塔の階段を陣取る帝国兵を、廊下の曲がり角から覗き見ながらカイは言った。
帝国兵の数は一二人。
大人二人がかろうじて並んで歩ける程度の広さしかない階段を守るには、少々過剰に思える人数だった。
さらに付け加えると、城に侵入する前、空中回廊全域に感じた気配の数も大概に多かった。
それらを鑑みるに、
「ストレイトスの旦那は、ユーリッドとかいうクソ野郎は第一尖塔にいる可能性が高いっ言ってたけど、こりゃもう確定だな」
「だね。ユーリッドは間違いなく第一尖塔にいる」
断定するガイに、カイは同意する。
「それで、ガイ。どう攻める?」
「そりゃもちろん、強行突破だ」
「やっぱりね」
肩をすくめる弟に、ガイは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「やっぱりとぁなんだ、やっぱりとぁ」
「いやいや、いつもどおりだな~って思って」
「いつもどおりじゃねぇよ」
と言う兄に、カイは少しだけ眉をひそめるも、ほどなくして知っている気配がこちらに近づいてきていることを察知し、微笑を浮かべる。
「ああ、みんなで強行突破ってわけね」
「そういうこった」
ガイが獰猛な笑みを浮かべた直後、ガイたちと同じくユーリッドの首を狙う、四人のグラムの騎士――おそらく偶然合流できたのだろう――が、足音を殺しながらこちらに駆け寄ってくる。
「遅かったじゃねぇか。ハインツ」
笑みを深めるガイに、騎士の一人――ハインツが、肩をすくめながら応じた。
「お前たちが早すぎるだけだよ」
「他の三組は?」
カイの問いに、ハインツはかぶりを振る。
「侵入する場所もタイミングもバラバラだったからな。サイアスの組は第一尖塔と天守の出入り口を押さえる手筈になっているから、こっちに来ないことは知ってるが、他の二組が今どこで何をしているのかは、さっぱりだ。そもそも俺たちがこうして上手いこと合流できたのも、第一尖塔を攻めるなら第二尖塔からが一番だってことを知ってたからっていう、必然の賜物だしな」
「となると、この六人で派手に暴れ回って、向こうから見つけてもらうのが一番手っ取り早そうだね」
カイの言葉に、ガイも、ハインツを含めた四人の騎士も首肯を返す。
「じゃあ、早速行かせてもらうぜぇッ!!」
一番手は誰にも渡さないと言わんばかりに、ガイは真っ先に曲がり角から飛び出し、大剣媒体を片手に一二人の帝国兵を強襲する。
「て、敵し――ゅッ!?」
声を張り上げようとした兵士に大剣媒体を振り下ろし、文字どおり真っ二つに断ち斬った。
続けてガイは斜の切り上げを放ち、三人の兵士をまとめて斬断する。
残った八人の兵士が、慌てて武装媒体を構えようとするも、
「鈍すぎだよ、きみたち」
ガイと取って代わるようにして現れたカイが、その手に持った細剣媒体で目にも止まらぬ刺突を繰り出し、八人全員の利き腕を刺し貫く。
そして、最後の仕上げと言わんばかりに、長剣媒体を持ったハインツたちが兵士たちを一人残らず斬り捨て、あっという間に階段前を制圧した。
「悪いな。おいしいところを持っていって」
おどけるように言うハインツに、ガイは「はんッ」と鼻を鳴らす。
「そういう台詞は、ユーリッドをぶった斬ってからにしろっての」
「確かにな」
「そうそう。無駄口を叩いてると、二人とも置いてっちゃうよ」
そう言いながら、カイは階段を駆け上がり、三人の騎士が続いていく。
「カイ、てめぇ!」
「確かに無駄口が過ぎた!」
ガイはハインツとともに、慌てて四人の後を追う。
それから階段を上って上って上り続け、立ちはだかる兵士を斬って斬って斬り殺し……とうとう、空中回廊と連絡する階層にたどり着く。
その階層は円形の広間になっており、階段から見て左と右に、空中回廊に続く大扉が備えつけられていた。
そして、第一尖塔に続く左側の大扉には、実に二〇人もの兵士が武装媒体を手に守りを固めていた。
「ガイ。ここは一気に行こう」
「だな」
転瞬、ガイとカイは全く同時に床を蹴り、兵士たちに肉薄する。
かろうじて反応できた四人の兵士が、長剣媒体と尖槍媒体で攻撃を仕掛けてくるも、
「ふ……ッ!」
その悉くを、カイは細剣媒体で突き、払い、いなしてみせる。
その間、大剣媒体を脇に構え、極限まで体を捻り、〝溜め〟をつくっていたガイが、
「うぉおおおぉおおおらぁッ!!」
カイの前に出てると同時に、裂帛の気を吐きながら〝溜め〟を解放。
防御を弟に任せ、ただ全力で振り抜くことだけに全霊を注いだ一閃が、九人の兵士をまとめて腰から両断した。
人外じみた斬撃力を前に、残る一一人の兵士は、目の前に敵がいることも忘れて唖然としてしまう。
その隙に、ガイは先の一閃の勢いをそのままに体を捻り、再び〝溜め〟をつくる。
兵士たちが慌てて攻撃を仕掛けるも、抜け目なくカイがそれを阻止。
今度はカイが後ろに下がり、
「だぁあああぁあああらぁッ!!」
残った一一人の兵士を、一閃のもとに両断した。
たった二振りで二〇人の兵士を両断せしめたガイを前に、ハインツは頬を引きつらせる。
「いつ見ても、現実に起きた事とは思えない威力だな」
そんなハインツの言葉に、三人の騎士たちは同意したように何度も頷く。
「何と言っても、ガイの数少ない特技の一つだからね」
「おいこら」
睨みつけてくる兄を前に、カイは明後日の方向を見ながら口笛を吹く。
露骨に逃げる弟を前に、ガイは諦めたようにため息をつくしかなかった。
「まぁいい。このまま一気に第一尖塔まで――」
と言いかけたところで、気づく。
階段の下と、右側――第三尖塔に続く大扉の向こうから、大勢の気配がこちらに近づいてきていることに。
「味方より先に敵が集まっちまったか……!」
舌打ちを漏らすガイに、ハインツは叫ぶ。
「ここは俺たちが食い止める! ガイとカイは、先に第一尖塔に行ってくれ!」
「いいのか? マジでおいしいとこ持っていっちまうぞ?」
「あくまでも『先に』だ! お前たちがユーリッドの護衛を倒した後で、ゆっくりとおいしいところを頂かせてもらうって寸法さ!」
「はんッ、言ってろ」
鼻を鳴らすと、ガイは左側の大扉に手をかけ、
「こんだけ派手にやりゃ、もうさすがに他の連中もこっちに気づいてるはずだ。そいつらと合流するまでは、あんま無茶すんじゃねぇぞ」
「心得てるよ」
そのやり取りを最後に、大扉を開け、カイとともに空中回廊に出る。
道幅は三メートル、左右に高さ一・五メートルの壁が設けられた、走り抜けるには充分に広く、戦闘を行なうには不充分な程度に狭い回廊は、八本の尖塔を全てを経由する形で、外から内に螺旋を描いていた。
そのため直線の道は存在せず、始点の第八尖塔から終点の第一尖塔に至るまでずっと湾曲が続いていた。
王城は、広大かつ巨大な主館の上に天守が乗っかる形で建てられているため、中高になっている。
そのため、天守から伸びる第一尖塔は、主館から伸びる第二~第八尖塔に比べて背が高く、第一尖塔と第二尖塔を繋ぐ空中回廊には緩やかな傾斜がつけられていた。
ガイとカイは顔を見合わせ、頷き合ってから空中回廊を駆けていく。
少しして、背後――第二尖塔から激しい戦闘音が聞こえてくるも、二人とも振り返る素振りすら見せなかった。
ハインツたちは、騎士団選りすぐりの手練れ。
必要以上に心配することは、ともすれば彼らを侮辱することに繋がることを二人は心得ていた。
満天の夜空が見守る中走り続け、第二尖塔と第一尖塔の中程までたどり着いたところで、カイはポツリと呟く。
「来るよ、ガイ」
その言葉どおり、左右の壁を飛び越えて現れた、古拙な仮面と外套に身を包んだ者たちが六人、挟撃を仕掛けてくる。
地属性魔法を応用して空中回廊の真下に足場を造り、敵が来るまで身を潜めていた、《終末を招く者》の構成員だった。
《終末を招く者》の練度は、帝国兵の比ではない。
並みの騎士ならば、この挟撃に対応できたかどうかは微妙なところだが、
「あめぇよ」「あまいよ」
ガイは一振りで、右から襲い来る三人の首を刎ね飛ばし。
カイは精緻極まる刺突で、左から襲い来る三人の、視界確保用に設けられた仮面の隙間から脳幹を貫き、瞬の間に返り討ちにした。
いくら《終末を招く者》といえども、音に聞こえしイリード兄弟が相手では分が悪かった。
ただそれだけの話だった。
もっともそれは、〝並み〟の構成員に限った場合の話だが。
「はんッ。おととい来やが――」
言いかけたその時だった。
いつの間にかガイとカイの間に、一人の少女が割り込んでいた。
二本の軽刃媒体を手にした、黒髪緋眼の少女だった。
やばい――と、二人を構成するありとあらゆる細胞が、最大級の警鐘を鳴らす。刹那、悍ましい鋭さで振るわれた斬撃が、二人の首筋に襲いかかった。
「――らぁッ!」「――ッ」
絶死の刃を、二人はすんでの所で光刃で受け止める。
防がれたことに驚いたのか、少女は少しだけ目を見開かせると、大きく飛び下がって距離をとった。
イリード兄弟をして、かろうじてでしか視認できないほどの速さで。
「殺ったと思ったんですけどねぇ。見るからに双子だから、まさかとは思いましたが、あなたたちが、かの有名なイリード兄弟ですね?」
少女は、少女らしからぬ婀娜っぽい嗤みを浮かべながら訊ねる。
嗤み以上に少女らしからぬ、ジスファーと同種の気配を漂わせながら。
その気配を前に、急激に喉が渇いていくのを感じながらも、あくまでも強気にガイは応じる。
「あぁ、そのとおりだ。で、そういうてめぇは何者だ?」
「何者ですか……そうですねぇ。折角〝こんなもの〟を着ちゃってるわけですし、そろそろ大々的に名乗っちゃうのも悪くないかもしれませんね」
少女は、カソックを思わせる黒色の儀礼服の裾を摘まみながら言うと、嗤みを深め、宣言するように、あるいは宣告するように言葉をついだ。
「わたしは《終末を招く者》七至徒が第七位、クオン・スカーレット。あ、以後お見知りおきする必要はありませんよ? 厄介そうなあなたたちには、ここで死んでいただきますからぁ」





