第91話 とっておき
王都奪還戦は、わずか数時間で終わったモニア平原の決戦とは違い、長期戦の様相――帝国が籠城を選んだ時点で当然の帰結ではあるが――を呈していた。
《グラム騎士団》が攻めあぐねているという理由もあるが、帝国が初日以降は騎兵を使わずに守りに徹しているため、損耗は互いに軽微。
騎士団にとって最大の狙いである斥候の潜入自体は何度か成功しているものの、騎士団の陣地まで帰って来られた者は、いまだ一人もいない。
戦いの最中に捕まえた捕虜を尋問しても当然口を割らず、だからといって帝国がやっているように、拷問などという非人道的な行為をとるわけにはいかないので、捕虜から王都の情報を得ることは至難だった。
時間だけが浪費していく中、ストレイトスは斥候が戻ってくるのを辛抱強く待ち続けた。
そして、王都奪還戦が始まってから一週間が過ぎた頃。
たった一人だけだが、斥候が帰還に成功する。
斥候が文字どおり命を懸けて持ち帰った情報をもとに、ストレイトスとラムダスは策を練り……明晩、勝負に出ることを決断した。
◇ ◇ ◇
「明日の夕刻、この一週間時間どおりに戦いを切り上げていたタイミングで、総攻撃を仕掛ける」
その夜、騎士団長用のテントに呼びつけられたヨハンは、ストレイトスの第一声を聞いて、いよいよか――と、気を引き締めた。
呼びつけられたのはヨハンだけではなく、テストとイリード兄弟の他に、《グラム騎士団》の中でも選りすぐりの手練れが一〇人、テントに集められていた。
副騎士団長であるラムダスがこの場にいないのは、今日の戦いの死傷者の確認と、明日の戦いに向けての準備に忙殺されているがゆえのことだった。
ストレイトスは続ける。
「君たちにやってもらいことは、まあ、大方想像がついているだろうが、総攻撃のドサクサに紛れて敵将を討ち取ってもらいたい」
「結局、やることはいつもと同じってことっすね」
望むところなのか、ガイは獰猛な笑みを浮かべながら言った。
「身も蓋もないが、その通りだ。斥候が持ち帰った情報によると、向こうの兵力はこちらの倍近くあるらしいからな。まともにやり合ったところで、数の差で磨り潰されるか、タイムリミットまで粘られるのがオチだ」
タイムリミットとは勿論、敵方の援軍――帝国本土から送られてくる一万の軍勢の到着を指した言葉だった。
もっとも、敵方の援軍が到着する直前に王都を奪還したところで、敵援軍が足を止めることなくそのままこちらを押し潰しにくるのは必定。
ゆえに、実際のタイムリミットはもっと前――一万の兵力を迎え撃つ準備を整えられるだけの時間的余裕を残した上で、王都を奪還しなければならなかった。
「今回、君たちに討ち取ってもらいたい首は二つ。ヘルモーズ帝国皇弟――ユーリッド・ロニ・レヴァンシエルと、帝国軍将軍――アルトラン・ラントランだ」
そう言ってストレイトスは、イリード兄弟に、続けて一〇人の手練れに見えない目を巡らせる。
「ユーリッドの首は、ガイくんとカイくんを中心に、君たちの手で討ち取ってもらいたい」
ガイたちが応を返すのを確認した後、今度はテストを見やる。
「アルトランの首はテストくん、君に任せる。後で説明するが、君には総攻撃の際に我々と連携をとってもらうことになるから、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」
「それで、そのどちらの首も狙わないヨハンには、何をさせるつもりなのですか? 騎士団長」
カイの問いに、ストレイトスは「それも後で説明する」と応じながら、簡易テーブルの上に王都の地図を拡げた。
「敵軍の主な配置は大方こちらの予想どおり、ジスファーに破壊された外壁と、そこを含めた全ての壁上、門の周辺に集中している。なお、外壁とは別にジスファーに破壊された、王城の城門と城壁は修繕の途中で、そこまでたどり着くことができれば、王城への侵入は容易いとのことだ」
そう前置きしてから、ストレイトスはガイたちに言う。
「斥候からの情報を俺とラムダスで精査した結果、ユーリッドが、陛下がお使いになられていた第一尖塔の寝室にいる可能性が高いと判断した」
侵略者が、あろうことか敬愛する主君の寝室を再利用している――その事実に、ガイも、手練れの騎士たちも双眸に怒りを滲ませるが、カイ一人だけが、あくまでも冷静にストレイトスに応じた。
「脱出という選択肢を度外視すれば、陛下の寝室ほど要人を匿うのに最適な場所はありませんからね。尖塔の壁も、ちょっとやそっとの砲撃ではビクともしないくらいに分厚いですし」
「それ以前に、あちらさんは、我々がみだりに城を傷つけないことを知っている。その上で、陛下の寝室にユーリッドを匿うことにしたんだろうな」
ここでようやく、ストレイトスはヨハンに顔を向ける。
それだけで察したヨハンは、場の空気を読んで怒気を抑えながらも、それでもなお抑えきれなかった、場の空気を凍てつかせるほどの殺気を滲ませながら、ストレイトスに訊ねた。
「クオンがユーリッドを守っている……そういうことだな?」
「斥候からの情報を総合した結果、その可能性が高いというだけで断定はできないがな。ただ少なくとも、『クオン・スカーレットは王城にいる』という噂どおり、都の方ではクオンの姿は影も形も確認できなかったと斥候は言っていた」
「……そうか」
「つうことは、てめぇは王城に来るってわけか、魔法士」
嫌そうに言うガイに、ストレイトスは、ヨハンに代わって答える。
「確かにヨハンくんも王城に攻め入ることになるが、ガイくんたちとは別々に行動してもらうつもりでいる。その方が、お互いのためだからな」
「……? まぁ、そうっすね」
最後の言葉の意味がいまいちわかっていないガイは、曖昧に同意する。
一方、最後の言葉の意味を理解していたヨハンは、あえて口を挟むような真似はしなかった。
ヨハンは明日の総攻撃で、誰になんと言われようが魔法を使う気でいる。
それを承知していたからこそ、ストレイトスは「その方が、お互いのためだからな」などという言い回しをしたのだ。
ただでさえ反感を買っているヨハンが、魔法の使用に忌避感を覚える騎士たちの前で魔法を使えば、余計な諍いが起きる恐れがある。
そうなってしまっては、それこそお互いのためにならないというものだ。
「それで、アルトランの方だが……面倒なことに、奴は状況に応じて王都内を移動し、要所要所で直接指揮をとっているせいで、特定の場所に留まることがない。だから、こちらから奴が直接指揮しなければならないほどの激戦地をつくり、おびき寄せる」
「連携をとってもらうとは、そういうことですか」
得心の声をあげるテストに、ストレイトスは首肯を返す。
「そういうことだ。アルトランを討った後、余力が残っていたら王城組の手助けをしてやってくれ」
「手助け? んなもんいらねぇっすよ」
と言うガイに、この場にいるほとんどの者が「言うと思った」という顔をした。
「ところで騎士団長。王城組が城に攻め入る算段は、どうなっているんです?」
兄の発言をなかったことにしながら、カイは訊ねる。
「そのことなんだが、一つ君たちに聞きたいことがある。この一週間ずっと俺たちが攻めていた、あちらさんが勝手にぶっ壊して勝手に直した外壁があるだろ? あの、王都の職人が手がけた物とは比ぶべくもないブッサイクなやつ。正直、アレだけは壊してしまっても構わないと俺は思うんだが、君たちはどう思う?」
「確かに、アレは見るに堪えないものがありますね」
「個人的には、帝国が手がけたものが、王都の一部として組み込まれていると考えただけでも悍ましいです」
「総攻撃前に、今と同じ言葉を皆に言えば、むしろ士気を高められると思いますよ」
手練れの騎士たちが次々と賛同する中、カイは引き続きストレイトスに疑問を投げかける。
「しかし、どうやって壁を壊すつもりなんですか? いくら大義名分があるとはいっても、ヨハンの魔法で壊させたら、間違いなく騎士団全体の士気が下がりますよ。おまけに、行軍速度を優先したから大砲媒体なんて一門もありませんし」
「それについては心配ない。一門だけだが、大砲媒体は持ってきておいたからな」
そう答えるストレイトスに、カイはおろか、他の者たちも眉をひそめる。
この場にいる誰も彼もが知っているのだ。
ともに王都まで進軍してきた馬車の中に、大砲媒体などという大荷物を運んでいたものがないことを。
そしておそらく、保護した避難民に紛れていたスパイからの情報により、帝国にもこちらに大砲媒体がないことが伝わっているだろう。
事実、この一週間の戦いの中で、帝国がヨハンの魔法を警戒する様子は見て取れたが、大砲媒体の砲撃を警戒している様子は微塵もなかった。
「だからこそだ」
この場にいる全員の思考を読んだかのように、ストレイトスは言う。
「今回の進軍は早さが命。それに、騎士団は王都を傷つけたくないから大砲媒体を使うことはない。敵には勿論、味方にさえもそう思わせるために、俺は一門だけ用意していた〝とっておき〟を隠し、運ばせていた」
「まさか……!」
ある意味では当事者であるヨハンが、次いでテストが、ストレイトスの言う〝とっておき〟に気づき、瞠目する。
二人の反応に満足したのか、ストレイトスは、
「そのまさかだ」
と言って、悪童じみた笑みを浮かべた。





