第90話 王都奪還戦
二日後。
《グラム騎士団》はついに、王都ルタールにたどり着いた。
ようやくここまで来た――などと感慨に耽る余裕などあるはずもなく、王都から一・五キロほど西に離れたところにある川を背に、騎士団は大急ぎで陣地を築いていく。
「戦いにおいて〝単純に強い〟ことほど厄介なものはないな」
ストレイトスは見えない目で王都を遠望しながら、ため息まじりに独りごちる。
今の独り言は、王都の守りに対して言った言葉だった。
王都は平原の只中に築かれているため、要害と呼べるものは何もない。
それゆえに、王都の守りは堅牢に造られている。
ヨハンとカルセルの故郷――公都ヌアークを彷彿とさせる背の高い外壁に、周囲を囲う深い堀。
単純だが、それゆえに攻略が難しい組み合わせだった。
外壁には大砲媒体の射撃口となる砲眼がいくつも設けられているから、なおさらに。
事実、王都が帝国に攻められた際は、ストレイトスの指揮も手伝って、ジスファー・ラウンドという化け物が戦線に投入されるまでの間は、見事に帝国の攻撃を凌ぎきってみせた。
だからこそ、なおさら思い知らされる。
その単純かつ強力な守りの堅さを。
「とはいえ、あの守りを突破しないことには王都奪還は叶いません」
独り言と知ってか知らずか、ストレイトスの傍らにいたラムダスが応じる。
「わかってるさ。言われるまでもなくな」
「それならばお聞きしますが、騎士団長は、あの堅牢な王都をどう攻めるおつもりで?」
「まずは、ジスファーがぶち壊してくれた箇所を突く。急いで修繕したせいか、元々あった外壁よりも随分脆そうに〝視〟えるからな」
そう言ってストレイトスは、他とは色合いが違う外壁の一角を指で示した。
偶然二人の背後を通りかかった騎士が、目が見えないのに何でそんなことまでわかるんすか?――とでも言いたげな顔をしながら去っていったが、常日頃からストレイトスと接しているラムダスが今さらこの程度のことで驚くわけもなく、何事もなかったように話を続ける。
「それを聞いて安心しました。正直騎士団長がいつ、外壁くらいならヨハン君の魔法で吹き飛ばしても構わないだろう――などと言い出すか、気が気でありませんでしたから」
「よく言う。外壁とはいえ、目の前で魔法で王都を壊す様を見せてしまったら、士気が落ちるどころか内紛すら起きかねん。それがわからない君ではないだろう」
「ええ、勿論。騎士団長が、そこまでわかっていながら平然と言い出しかねない人間であることも、勿論わかっていますよ」
言われて露骨に見えない目を逸らす、ストレイトス。
自覚がある分、余計にタチが悪い――そんな視線を向けてくるラムダスから逃げるように。
「と、とにかくだ。初手は先程言った箇所を攻めつつ、隙を見て王都の中に斥候を潜り込ませる。本格的に攻めるのは、斥候が持ち帰った情報を聞いてからだ」
「それでよろしいかと。いくら時間に余裕がないとは言っても、拙速で落とせるほど王都も帝国も甘くはありませんから。ただ、潜入工作に長けている《終末を招く者》が、そう易々と情報を持ち帰らせてくれるかは微妙なところですが」
「そこは味方を信じるしかないな。それに王都は我々の庭。潜入工作の手練手管では劣っていても、決して分の悪い勝負にはならないはずだ」
言ってから、不意に、ストレイトスは眉をひそめる。
「? どうかしまし――」
訊ねようとしていたラムダスを片手で制し、ストレイトスは王都を注〝視〟する。
「やはり、そういう使い方をしてきたか」
その言葉に合わせるように、王都の外壁の一角に設けられた門が開き、騎兵部隊が次々と外に飛び出してくる。
「ここで打って出てきますか……!」
陣地を築いている最中だからか、ラムダスの口から漏れた声は殊更苦かった。
「モニア平原の決戦において、あちらさんは実質騎兵を温存したようなものだからな。使わない手はない」
「し、しかし、ヨハン君の魔法を警戒して籠城を選んだというのに、打って出るなど――」
「あり得ない。そう思わせたと判断したがゆえの一手だな。それに騎兵の機動力ならば、そう易々と魔法の餌食にはならないとも判断したのだろう」
ストレイトスは踵を返し、ラムダスから離れていく。
「待機させていた兵力を使って迎撃する。陣地まで攻めさせるつもりはないが、一応備えておいてくれ」
「了解しました……!」
◇ ◇ ◇
敵の騎兵部隊による牽制により、陣地の形成は遅れに遅れた。
結果、陣地を築き終えたのは日が沈んだ後。
この日《グラム騎士団》は、ついぞ王都に攻撃を仕掛けることができなかった。
「それじゃヨハン、お休み~」
カルセルは欠伸を漏らしながら、テントの中に入っていく。
斥候が王都に潜り込み、情報を持ち帰るまでは待機となっているヨハンとは違い、カルセルは王都に攻撃を仕掛ける兵力に組み込まれている。
ゆえに、カルセルは明朝から始まる戦いに備えて早めの就寝につき、現状は取り立ててやることがないヨハンは、ストレイトスに頼まれて、夜の見張り番につくことになっていた。
カルセルと別れた後、陣地前面に築かれた二基の物見台を目指して歩き出す。
その途上、ヨハン同様夜番につく者や、寝る前に夜風に当たっていた者など、幾人もの人間とすれ違ったが、そのほとんどが挨拶の代わりに嫌悪に満ちた視線をこちらに投げかけていた。
やはりというべきか、士気を上げるためにヨハンが吐いたことにした侮蔑と増長の言葉は、多くの人間の反感を買っているらしい。
とはいえ、ヨハンに反感を覚える者のほとんどが、騎士だからか、露骨に無視したり嫌がらせをするような小さい人間は一人としていなかった。
その点に関してはヨハンも素直に感心していた。
もっとも、ヨハンを許容できない理由もまた、騎士だから、なのかもしれないが。
やがて物見台にたどり着き、ストレイトスから見張りをするよう頼まれた、こちらから見て左側にある物見台の梯子を上っていく。
上にたどり着くと、そこには先客――テストの姿があった。
「早かったじゃないか、ヨハン」
そう言って、テストは半顔だけを振り返らせる。
テストもヨハンと同様、斥候が情報を持ち帰るまでは待機となっているため、ストレイトスから見張り番をするよう頼まれていた。
なお、イリード兄弟もまた待機組なので、もう一基、右側にある物見台で見張りをするようストレイトスから――こちらはヨハンとテストとは違って完全に部下なので――命じられていた。
「先に来ていた人間に、そう言われてもな」
ヨハンは、あるかなきかのため息をつき、テストの隣に並び立つ。
「どうやら、余計な気を遣わせてしまったみたいだな」
「何の話だい?」
「見張り番の交代の話だ。今の僕の立場を考えて、前任の見張り番と接触させないよう、早めに物見台に来て引き継ぎを済ませておいてくれたのだろう?」
重ねて言うが、ヨハンは騎士団内において、多くの人間から反感を買っている。
すれ違うだけなら睨まれる程度で済むが、見張り番の交代となると、多かれ少なかれ見張りについて引き継がなければならないことがあるため、必然、言葉を交わすことになる。
そうなった場合、相手によってはヨハンに悪意をぶつけてくるかもしれない。
最悪、諍いに発展することもあり得るだろう。
だからテストは、ヨハンよりも先んじて物見台に来て、事前に見張り番の交代を済ませておいてくれたのだ。
図星を突かれたからか、今度はテストがあるかなきかのため息をつく。
「とぼけ甲斐がないな、キミは」
「誰かさんに〝視〟る鍛錬をつけてもらってるからな」
軽口を叩き合った後、テストから引き継ぎの内容を聞いてから二人は王都を注視する。
さすがに視界が悪い夜に騎兵を出撃させるつもりはないらしく、日中はほとんど開きっぱなしになっていた外壁の門は、今は堅く閉ざされていた。
距離があるためよくは見えないが、無数の松明に照らされた壁上では、こちらと同様、見張り番の兵士が警戒に当たっている様子だった。
「ボクは左側の平原を見る。ヨハンは王都とその周辺を見てくれ」
異論は全くなかったので、ヨハンは「わかった」と即答する。
テストが、〝視〟る力だけではなく見る力も尋常ではないことを知っていたがゆえのことだった。
それに正直な話、目に映る景色のほとんどが闇に閉ざされた左側の平原を、何一つ見落とすことなく見張れる自信はヨハンにはなかった。
それから二人は、他愛ない会話をしながら見張りに勤しむ。
黙って見張りをしないのは眠気対策の一環。
話していれば眠くなりにくい上に、返答の仕方から相手が睡魔に襲われているかどうかを判断することができる。
ゆえに《グラム騎士団》では基本、夜の見張り番は二人一組でやらせるようにしていた。
やがて一時間が経ち、二時間が経ち……時間の感覚が曖昧になってきたところで、テストが唐突に、予想だにしなかった話題を投げかけてくる。
「クオン・スカーレットのことで、一つキミに忠告しておきたいことがある」
ヨハンは思わず、王都に固定していた視線をテストに向けてしまう。
平原の見張りをしているテストはこちらに背を向けた状態になっているため、今彼女がどんな表情をしているのかは確認することができなかった。
テスト自身、復讐のために《グラム騎士団》に身を寄せている。
その彼女が、復讐をやめろなどというくだらないことを言うとは思えない。
おそらく、無益な話にはならないはずだ。
そう思ったヨハンは、
「聞くだけは聞こう。忠告に従うかどうかはわからないがな」
「それで構わないよ」
応じた後、一つ息をついてからテストは言う。
「無理にとは言わない。機会があればでいい。クオンがなぜ《終末を招く者》に属しているのか、その理由を確かめておくことを勧めておくよ」
「そんなことを確かめて何になる?」
「逆に聞くけど、復讐の相手が死を望んでいるような手合いだった場合、その相手をただ殺したところで、それは、復讐を遂げたことになると思うかい?」
「思わない」
と即答しつつも、ヨハンは素直に感心する。思考の死角を突かれた心地だった。
あくまでも仮の話だが、〝奴〟が死にたがりだった場合は、殺したところで〝奴〟の望みを叶えるだけ。それでは復讐を果たしたとは言い難い。
「本当は、生き甲斐が何なのかとか訊いた方が確実だけど、いきなりそんなことを訊かれて答える人間なんてまずいないからね」
「だから、《終末を招く者》に属している理由を確かめろと言ったわけか」
「そういうこと。クオン・スカーレットという人間を知る上では、そこが一番の切り口だと思うからね。……まあ、それ以外の切り口を知ってるなら話は別だけど」
なぜか最後の言葉に違和感を覚え、今一度テストを見やる。が、彼女の背中を〝視〟たかぎり、特段変わった様子は感じられなかった。
「とにかく、ボクからの忠告は以上だ。どう受け取り、どう行動するかは、キミに任せるよ」
それきり、テストは黙りこくる。
眠気対策としては会話を続けた方がいいのかもしれないが、なんとなく今はこれ以上話をする気になれなかったので、ヨハンはテストに倣って、今しばらくは沈黙に身を委ねることにした。
◇ ◇ ◇
言うだけ言ったところで、テストは心の中でため息をつく。
(これが限界だね。ボクが〝二人〟にできることは)
〝二人〟とは勿論、ヨハンとクオンを指した言葉だった。
もっとも、諸々の罪悪感をごまかすために〝二人〟という言葉を使っただけで、その実クオンただ一人のためにこんな忠告をしたのは、薄々ながらも自覚していた。
ヨハンに抱く、認めるわけにはいかない感情も。だからこそ、二重の意味で敵に塩を送っていることも。だからこそ、これが限界であることも。
薄々ながら、自覚していた。
(でも、やはりヨハンはクオンのことを、もっとよく知るべきだと思う)
それこそ、自分が垣間見たものよりもっと深いところまで。
ヨハンの方から踏み込めば、おそらくそれは、そう難しいことではないはずだ。
(それにしても……結局のところ、ヨハンとクオンの間に、余人が入り込む隙なんてないのかもしれないね)
そこに込められた感情が〝負〟に満ちていようとも、ヨハンの頭がクオンのことで一杯になっていることは事実。
クオンに関しては、最早言わずもがなである。
二人の関係は、愛や恋などと呼ぶにはあまりにも歪で、あまりにも血腥いが、自分が入り込む隙間がないのは疑いようがなかった。
少なくともテストが〝視〟たかぎりでは、そうとしか思えなかった。
妙に胸が痛むのは、果たして何が原因なのか。
あえて考えることを放棄したテストは、今は無心で、見張りに勤しむことにした。





