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悪愛の復讐者  作者: 亜逸
第4章

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第87話 皇弟の策略

 誰も彼もが寝静まる深夜。

 ヨハンは帝国のスパイを釣り出すために、一人、野営地から離れたところにある林へ向かい、木々を的に短銃媒体(ピストル)の訓練を開始する。

 射撃訓練に励む(てい)を装いながら意識を周囲に巡らせ、夜陰に紛れてヨハンを尾行し、今は木陰に隠れてこちらの様子を窺っている気配の数を数える。


(三人か。……いや、一応、僕では察知できないほどに気配を殺しきっている者がいる可能性も考慮しておこう。実際、二重尾行しているはずのテストの気配は、全く察知できていないからな)


 射撃訓練を続けながら、さらに注意深く気配を探ってみるも、やはり三つ以上の気配を察知することはできなかった。

 ヨハンの行動が露骨すぎて罠の可能性を疑っているのか、三つとも、今しばらくは様子見に徹する構えのようだ。


 このままでは埒が明かない――そう思ったヨハンは射撃訓練を止め、


「舞い踊れ、風の精よ――〝シルフィーロンド〟」


 補助魔法を発動し、翠風を身に纏う。


 ()う。囮をやる上でヨハンがストレイトスに出した条件とは、魔法の使用を許可すること。

 ヨハンは己を狙うスパイを、対クオン用に組み上げた戦術の実験台に使うつもりなのだ。


(まずは〝右〟から試す……!)


 右手に持っていた短銃媒体(ピストル)を握ったまま、右掌に描いた詠唱省略の魔法陣を発動させる魔名を唱える。


「〝レッドハウンド〟」


 直後、ヨハンの周囲に、五つの火球(レッドボム)が具象する。

 それを見て、ヨハンの様子を窺っていた三つの気配がにわかにざわつき始める。


(右手を塞いだままでの発動には成功。後は、ちゃんと相手を追尾してくれるかだな)


 ヨハンは短銃媒体(ピストル)を握ったまま、気配の一つに向かって右手を振るう。

 その動きに合わせるように、ヨハンの周囲に浮かんでいた五つの火球が、木陰に隠れていた町民風の男に向かって発射された。

 男は舌打ちを漏らしながらも横に飛んで、五つの火球を回避するも、


「なッ!?」


 かわしたはずの火球の群れが旋回し、今度は背後から男に襲いかかり始める。


「追ってきただとぉッ!?」


 顔中に驚愕を溢れさせながらも、男は再び横に飛んで回避を試みるも、火球の一つが右脚に直撃し、小規模の爆発を引き起こす。

 吹き飛ばすまでには至らなかったものの、男の右脚に致命的な損傷を負わせた。


「ああああああッ!! 脚が……脚が……ッ!!」


 男が悶絶している間に、四つの火球は再び旋回しながら軌道を変える。が、その内の一つは木にぶつかって爆発したため、残りの三つが動けなくなった男に殺到。悲鳴を上げる男を容赦なく吹き飛ばし、物言わぬ肉片に変える。

 爆発の熱は男の周囲にあった草木に火を付け、夜闇に紛れていた残り二つの気配――農民風の男と商人風の男の姿を照らし出した。


 いや、姿を照らし出されたのはその二人だけではない。

 二人の背後、やや離れた位置に立っていたテストの姿も照らし出していた。

 どうやら二人は、背後にテストがいることに()()()()()()せいで、仲間を助けに行くことも、ヨハンに攻撃を仕掛けることもできなかったようだ。


「商人っぽい方はボクが相手をする。もう一人は、ヨハンの好きにするといい」


 そう言いながら、テストは懐から長剣媒体(ソード)を取り出し、光刃を具象させる。

 不幸にも、一目見ただけでテストの実力に気づく程度に腕が立つのか、商人風の男はただただ顔を青くしていた。


 そんな商人風の男とは対照的に、農民風の男は双眸に戦意と殺意を滾らせながら、懐から武装媒体(ミーディアム)を取り出す。

 男の武装媒体(ミーディアム)は、ヨハンと同じ短銃媒体(ピストル)だった。


(こいつは、〝左〟を試すのにちょうどいい相手だな)


 そう思ったヨハンは、あえて跳躍し、逃げ場のない空中に移動する。

 バカめ――と言わんばかりに、男はヨハンに銃口を向ける。

 ほぼ同時に、ヨハンは左掌を真横にかざしながら魔名を唱え、


「〝グリーンガスト〟」


 ルナリアも使っていた、突風で相手を吹き飛ばす魔法――それを改編し、相手ではなく術者であるヨハン自身を吹き飛ばす魔法を発動。

 ヨハンの体は右側に吹き飛ばされ、そのわずか半瞬後に男が放った魔力の弾丸がヨハンがいなくなった空間を貫いた。


 逃げ場のない空中にいたヨハンが必中の一射をかわした事実に、男は吃驚する。

 その隙にヨハンは、吹き飛んだ先にあった木の幹に着地。

 重力に引きずり下ろされる前に幹を蹴り、その身に纏った翠風(シルフィーロンド)の力を借りて飛翔する。


 男は慌てて短銃媒体(ピストル)を構え直し、ヨハンに銃口を向けようとするも、


「〝グリーンガスト〟」


 左掌から起こした突風で、ヨハンは再び空中で軌道を変え、男の後ろ上空を押さえる。

 あり得ない機動力に目がついていかなかったのか、ヨハンの姿を見失って狼狽える男に向かって、ヨハンは短銃媒体(ピストル)を構える。

 四肢に狙いをつけ、四度引き金を絞る。

 放たれた四つの弾丸は狙いを違えることなく四肢を貫き、男は短銃媒体(ピストル)を取り落として地に倒れ伏した。


 上手く無力化できたことに安堵の吐息をつきながらも、ヨハンは着地する。

 今回の目的は、帝国のスパイを捕まえること。

 対クオン用の戦術を試すのは、あくまでもついでに過ぎない。

〝レッドハウンド〟の殺傷能力が高いことはわかっていたため、町民風の男に関しては殺してしまっても仕方がないと割り切っていたが、だからといってスパイを皆殺しにしてしまっては元も子もない。


 ヨハンは無力化した男のもとに歩み寄り、様子を確認するも、


「……ちっ」


 思わず、舌打ちを漏らしてしまう。

 舌を噛み切ったのか、それとも歯に毒でも仕込んでいたのか、男は口から血を垂らして事切れていた。


「話には聞いていたけど、まさかここまで躊躇がないとはね」


 武装媒体(ミーディアム)を懐に仕舞いながら、テストがこちらに歩み寄ってくる。


「まさか、テストの方も?」

「ああ。自殺されてしまったよ」


 テストは表情に苦みを滲ませながら応じると、徐々に林を侵食していく炎を見やり、ヨハンに言う。


「〝レッドハウンド〟だったか。できれば、王都での使用は控えてほしい魔法だね」

「確かに、町中で火属性魔法を使おうという考え自体が軽率だったな」


 素直に反省したのは、炎に包まれた生まれ故郷――公都ヌアークの光景が脳裏をよぎったせいか。

 兎にも角にも、このままでは火が燃え広がる一方なので、ヨハンは鎮火のために水属性魔法を発動する。


「慈悲の雨よ、降り注げ――〝ブルーレイン〟」


 直後、その呪文のとおり降り注いだ慈悲の雨が、草木を燃やしていた炎を鎮めていった。


(飛び道具系の下級魔法を複数具象し、追尾能力を付加するよう改編した魔法――〝ハウンド〟。王都への被害を極力抑えるためにも、岩の砲弾を発射する〝ブラウンショット〟あたりを改編した方が良さそうだな)


 今回の実験における反省点と結論が出たところで、ヨハンはテストに訊ねる。


「スパイの死体はどうする?」

「一応、野営地まで運ぼう。望みは薄いけど、着衣や持ち物から情報を得られるかもしれないからね。まあ、〝レッドハウンド〟で殺した焼死体だけは、ここに埋めていった方が無難だろうけど」

「そうだな。誰かに焼死体を見られて、魔法を使っていたことがバレてしまったら面倒だからな」


 テストは首肯を返した後、野営地の方角に視線を向ける。


「後は、ストレイトスさんたちが上手くやっていることを祈るしかないけど……」


 浮かない顔をするテストに、ヨハンは訊ねる。


「何か気になることでもあるのか?」

「いや……別に何か〝視〟えたわけじゃないんだけど……」


 テストは言い淀みながら、言葉をつぐ。


「なんとなく、嫌な予感がしてならないんだ」


 そしてその予感どおり、野営地では今まさに、ストレイトスの想定すら上回る災禍が降りかかろうとしていた。



 ◇ ◇ ◇



「今まで捕まえた連中も大概だったが、今回はまた輪をかけてひどいな。何をどうしたら、ここまで自分の命を軽視できるんだか」


 騎士団長用のテントの中で、ストレイトスはため息をつく。

 足元には、ストレイトスが返り討ちにし、あっさりと自死を選んだスパイの死体が倒れ伏していた。


「騎士団長。よろしいですか?」


 外からラムダスの声が聞こえてきたので、入るよう促す。

 ラムダスは倒れ伏すスパイを見て、先程ストレイトスが吐き出したものと同種のため息をついた。


「どうやら状況は、こちらと同じのようですね」

「ということは、ラムダスを襲ったスパイも自殺したのか?」

「遺憾ながら、その通りです。自分の命に見切りをつける判断があまりにも早すぎて、止める暇もありませんでした」

「それは俺も同じだ。恐ろしいことに出会ってから死ぬまでの間、心音も汗の匂いもほとんど変化がないときたものだから異常としか言いようがない。暗殺に来たというよりも死にに来たんじゃないかと、疑いたくなるほどにな」


 言葉の内容そのものは一笑に付したくなるようなものだったが、スパイたちの死に様を考えるとそういうわけにもいかず……重い沈黙が、二人の肩にのしかかる。

 

「……我々を狙った暗殺は、陽動と見て然るべきでしょうか?」

「おそらく、その可能性が高いだろうな。兵糧と馬の警備についている者たちからの報告は?」

「今のところは何も。イリード兄弟を警備につかせておりますので、滅多なことは起きないかと」

「保護した方々の警備は?」

「王都民の数が数なので万全とは言えませんが、それでも、こちらに関しても滅多なことは起きないかと。王都民にテントを貸し与えた騎士をそのまま警備につかせておりますので、光らせる目の数には事欠きません」


 と言った矢先のことだった。


「騎士団長失礼しま――ああ! 副騎士団長も! 丁度いいところに!」


 一人の騎士のがこちらの返事も待たずに、テントの中に入ってくる。

 その慌てようから火急の用件だと判断した二人は、すぐに話すよう促した。


「そ、それが! 王都民の方々が眠っているテントが、次々と燃えているのです!」

「なッ!?」


 文字どおり火急だったことにストレイトスが眉根を寄せ、ラムダスの口から驚愕が吐き出される。


「しっかり警備をするようにと、あれほど念を押したのに放火を許すとはどういう――」


 ラムダスの口から叱責が飛び出すも、ストレイトスはすぐにそれを片手で制し、騎士に訊ねた。


「もしかして火は、()()()()()()()()上がったんじゃないのか?」


 その内容にラムダスは瞠目し、騎士は「そ、その通りです!」と答え、言い訳も込みで報告する。


「テントが燃え上がるところを見た者は皆、口を揃えてこう言うんです。テントの外には誰もおらず、火はテントの内側から燃え広がっていった――と。テントの外側からの放火ならば阻止する自信はありますが、内側からとなると……」


 騎士は悔しげに唇を噛み締める。

 火事に気づいた者が増えたのか、テントの外がにわかに騒がしくなる。


「ちなみにだが、燃えたテントの中で寝ていた方々は?」

「今のところは誰も助かっていません。テントが燃えているというのに、誰一人として外に出てこなかったんです」


 王都民に貸し与えたテントは、一張あたり四~五人が横になって眠られる程度の大きさを有している。

 だからこそあり得ないのだ。

 テントの中から火がついたにもかかわらず、一人として外に出てこないなどということは。


「スパイは、同じテントに寝ていた方々を殺し、薪代わりに使って火を(おこ)したと見て間違いないだろうな」


 珍しくも、ストレイトスは顔中に不快感を滲ませながら吐き捨てる。


「ちょっと待ってください! それじゃあスパイは――」

「一緒に、燃え死んだことになるな」

「そ、そんな……」


 こうも自分の命を軽視する人間がいることが信じられなかったのか、騎士は助けを求めるような視線をラムダスに向ける。

 ラムダスは「残念ながら」と首を横に振り、


「王都民の中に紛れ込んだスパイは、どうやら自分の命を何とも思っていない手合いのようです。事実、そこにいる男も、騎士団長に気取らせないほど平静に己の命を絶ったという話ですからね」


 突然の火事で動揺して視野が狭くなっていたのか、今さらながら男の死体に気づいた騎士が絶句する。


「しかしこれは……どうにも、今までの帝国の手口とは、少々違うように思えますね」


 独り言めいたラムダスの言葉に、ストレイトスは首肯を返す。


「少なくとも、アルトランの仕業ではないな」

「だとすれば、いったい誰の?」

「ある意味、人質として使うよりもタチの悪い策略を、こうも遠慮も躊躇もなく実行できる人間など、俺の知る限りでは一人しかいない」

「ま、まさか……!?」


 すでに察したラムダスに構わず、ストレイトスはその忌まわしい名を口にした。


「ヘルモーズ帝国皇弟――ユーリッド・ロニ・レヴァンシエルだ」

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本作とはまた違った方向性のダークファンタジーになっておりマスので、興味が湧いた方は下の画像リンクから特設サイトを覗いていただけると幸いデース。

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