第86話 保護
翌日。
《グラム騎士団》は予定どおり、王都奪還に向けて動き出した。
地方領主軍が帝国の防衛線全域に攻撃を仕掛け《グラム騎士団》の精鋭四〇〇〇が、いまだ軍の再編が出来てない箇所を強襲。
予想以上に容易く、防衛線を突破することに成功した。
「どうにも引っかかるな」
野営地のテントにて、行軍についてラムダスと話し合っていたストレイトスが眉根を寄せる。
「順調にいきすぎていることが、ですか?」
ラムダスの問いに、ストレイトスは首肯を返した。
あらかじめ用意していた四〇〇〇人分の馬と馬車で、可及的速やかに行軍すること二日。
防衛線を突破して以降、何の障害もなく軍を進められている現状に、ストレイトスは違和感を覚えていた。
「あるいは、我々を誘い込もうとしているのかもしれんな。それこそ、モニア平原で帝国軍を待ち構えていた我々と同じように」
「ということは、帝国軍は王都に近い位置で、陣を構えている可能性が高そうですね」
「いや。おそらく帝国は籠城を選ぶだろう。こちらとしても、野戦ならともかく、取り戻すべき王都に向かって対軍レベルの魔法を使わせるわけにはいかんからな」
「なるほど。ヨハン君の魔法を封じるための籠城ですか」
得心したように頷いた後、ラムダスは呆れたようにため息を漏らす。
「ヨハン君がこちらにいるだけで、帝国は否が応でも彼の魔法に備えなければならない……まさしく、騎士団長の言葉どおりの展開になりましたね。いったいどこまで〝視〟えていたのですか?」
「ヨハンくんの魔法に備えなければならないとは言ったが、帝国がどんな手で来るかまでは〝視〟えちゃいないさ。実際、今回はしてやられた可能性が高そうだしな」
「してやられたとは、どういう意味です?」
「帝国を統べる皇帝ヴィクターは、人質をとるという行為を毛嫌いしているという話は、君も聞いたことがあるだろう? 帝国軍にしろ《終末を招く者》にしろ、末端の人間ならばやらかす可能性もあるが、将軍クラスの人間が皇帝の意に背くようなことをやらかすなどまずあり得ない。それがアルトランなら、なおさらにな」
「つまり……帝国は王都の民たちを解放してくると?」
「ああ。戦の只中でなければ、諸手を挙げて喜ぶべきところなんだがな」
ストレイトスが言わんとしていることを察したラムダスは、表情に苦みを滲ませる。
「騎士団長の推測どおりになった場合、抱えるにしろ逃がすにしろ、我々は何百何千の王都民を護るために兵力を割かなければならない……そういうことですか」
「ああ。それも、帝国のスパイが混じっているのを承知の上でな」
二人の間に、重い沈黙が横たわる。
「まだ帝国が王都民を解放すると決まったわけではありませんが、そうなる可能性があることは皆に伝えたおいた方がよろしいかと。心構えが出来ているのといないのとでは、天と地ほどの差がありますから」
「そうだな。明日の朝、出発前に皆に伝えよう」
ストレイトスは深々とため息をつくと、願望が多分に混じった言葉を、暗澹とした声音で呟く。
「杞憂で済めば、それに越したことはないんだがな」
その四日後。
王都ルタールの目と鼻の先のところまでたどり着いたところで、ストレイトスたちは杞憂では済まなかったことを思い知ることになる。
◇ ◇ ◇
「まさか本当に、ストレイトスさんが言ったとおりの事態になるとはな」
先程保護した、一〇〇〇人を超える王都民を遠目に見ながら、ヨハンは独りごちる。
《グラム騎士団》が王都民を保護した場所は、王都ルタール西部に拡がる丘陵地帯。先行させていた斥候が、王都から離れるようにして丘陵地帯を移動していた王都民を発見し、保護した次第だった。
現在王都民は、騎士団が配給した兵糧を食べつつ、疲弊した体を休めている。
王都民の誰も彼もが、ここまで歩いてきた疲れ以上に、帝国の属民として奴隷同然に扱われていたことに疲れ、傷ついている様子だった。
「この様子じゃ、しばらくは進軍できそうにないね」
傍にいたカルセルの言葉に、ヨハンは首肯を返す。
「おそらくそれも、帝国の狙いの一つなんだろうな」
「それを言うなら、王都の人たちが揃いも揃って空腹に喘いでいたのも、帝国の狙いの一つっぽいな~」
「〝ぽい〟どころか、まさしくこちらの兵糧を削るために、空腹の状態で王都民を解放したと見て間違いないだろうな」
「そして、彼らを護るための戦力を割かせることが、最後の狙いといったところだろうね」
背後からやってきたテストが会話に割って入ってきたので、ヨハンとカルセルは揃って振り返る。
「ヨハン。ストレイトスさんが、ボクとキミに話があるらしい。一緒に来てくれないか」
「わかった。まあ、話の内容は大体想像はつくがな」
「それからカルセル。ラムダスさんが呼んでたから、キミはそっちの方に行ってくれ」
「了解したけど、こっちは呼ばれた理由が全く想像がつかないのが嫌だな~……」
嫌そうな顔をするカルセルに、ヨハンとテストは微苦笑を浮かべる。
それからすぐにカルセルはラムダスのもとへ、ヨハンとテストはストレイトスのもとへ向かう。
ストレイトスは、つい先程設営したばかりの騎士団長用のテントの中にいた。
「テントを立てたということは、今日はもうここで野営するつもりなんですか?」
テントに入るなり質問を投げかけるテストに、ストレイトスは首肯を返す。
「今頃ラムダスが、皆に野営の準備に取りかかるよう声を張り上げてるだろうな」
そう言って肩をすくめる、ストレイトス。
まさしくカルセルは野営の準備に駆り出されたのだろうと思いつつも、ヨハンもストレイトスに質問を投げかける。
「まだ昼を過ぎたところなのに野営の準備を進めているのは、保護した王都民のためか?」
「ああ。保護した方々は疲れきっているからな。まあ、中には全く疲れていない輩もいるだろうがな」
皮肉めいたストレイトスの言葉を聞いて、ヨハンは確信をもって質問を重ねる。
「やはり王都民の中に、帝国のスパイが混じっているのか?」
「これまでの連中の手口を考えたら十中八九な」
やれやれと言わんばかりに、ストレイトスは再び肩をすくめた。
「さすがに、スパイを抱えたまま戦うわけにはいかんからな。保護した方々には護衛を五〇〇つけて、明日の朝一番に防衛線の外を目指して出発してもらうことにした。だから、連中が仕掛けてくるとしたら今夜しかない」
「まさか……話というのは、スパイを釣り上げるために、ボクたちに囮をやれというものだったんですか?」
「半分正解で半分ハズレだ、テストくん。どうにもこちらが思っている以上に、帝国はヨハンくんにご執心らしくてな。囮役はヨハンくん一人にやってもらうつもりだ。キミには影からヨハンくんを護衛すると同時に、釣り上げたスパイを捕まえてもらいたい」
「ボクは構いませんが……」
と言いつつ、テストは気遣わしげな視線をヨハンに向ける。
「僕の心配なら無用だ。囮になることで情報源を捕まえられるのなら、むしろ望むところだからな。それより先程、『こちらが思っている以上に』と言っていたが、僕に関わる何かしらの情報でも掴んだのか?」
「掴んだというよりは、転がり込んできたという方が正しいがな」
そう前置きしてから、ストレイトスは言葉をつぐ。
「保護した方々に兵糧を配っていた騎士から、こんな噂話を聞いたという報告があってな。『クオン・スカーレットは王城にいる』という、ただの噂で済ませるにはあまりにも露骨すぎる話をな」
次の瞬間、ヨハンの表情が憎悪に歪む。
この場にいるのがテストとストレイトスでなければ気圧されるだけでは済まない、凄絶な怒気がテント内を満たしていった。
「……間違いなく罠だと思うよ。ヨハン」
言葉を選ぶように、慎重な声音でテストは忠告するも、
「それならそれで構わない。罠ごと〝奴〟を叩き潰すまでの話だ」
クオンの名前を聞いた時点で、ヨハンの中に〝慎重〟という言葉などあるはずもなく、テストの忠告は激しい怒気を前に虚しく吹き散っていった。
どこかやるせない表情をしているテストを、ストレイトスは見えもしないのに横目で見やってからヨハンに訊ねる。
「話を戻すが……ヨハンくん。囮役、引き受けてくれると思っていいんだな?」
「ああ。だが、一つだけ条件がある」
「頼んでいるのは、こちらだからな。俺の権限でどうにかできる条件なら、なんだって聞こうじゃないか」





