第83話 哀悼
結局、帝国軍はルナリアに言われたとおりミーミルを放棄し、コウーロ伯の領地から撤退していった。
そして翌朝。
ヨハンは、カルセル、イリード兄弟とともに、誰もいなくなったミーミルを訪れる。
カルセル、イリード兄弟が撤退した帝国軍が残していった――というよりも回収する暇がなかった――物資から帝国軍の動向を知るヒントがないかを調査する中、ヨハンは一人、ここに来る途中に摘んできた花を手に村を散策していた。
レティアたちの故郷を帝国から取り戻せたことは、素直に嬉しい。
けれど、取り戻したからこそ、どうしても、余計に、痛感させられてしまう。
レティア、ラスパー、スレット、トムソン……最もこの場にいるべき四人を護ることが出来ず、死なせてしまった現実を。
(こんな調子でいたら、レティアあたりに心配されそうだな)
自嘲めいた笑みを浮かべた後、摘んできた花を供えるために、四人の生家を探すことにする。
小さな村だからか表札を掲げた建物は一つもなく、虱潰しに探すしかないと判断したヨハンはまずは手近にあった建物に入ってみる。
建物の中は木造家屋特有の暖かみを仄かに醸し出していたが、帝国兵士たちが寝食していた痕跡が色濃く残っているせいで、薄ら寒さの方がはるかに勝っていた。
テーブルの上に一本だけ転がる景気づけ用の酒瓶と、床やベッドの上に脱ぎ散らかされた帝国軍の軍服が、村人が住んでいた痕跡を完膚なきまでに踏み荒らしていた。
気を取り直して別の建物へ向かうも結果は同じ。
残存している建物の全てが帝国兵士の寝床として、乱雑に扱われていた。
レティアたちの生家を踏み荒らした帝国にますます怒りを覚えるも、折角取り戻したミーミルに憎悪という感情を持ち込みたくなかったヨハンは、何度もかぶりを振って怒りを鎮めた。
もともとレティアたちとの付き合いは短く、彼女たちのことをよく知らない自分では、たとえ帝国兵士に痕跡を踏み荒らされていなくとも、四人の生家を特定するのは困難。
そう無理矢理割り切ることにしたヨハンは、他に花を供えるのに適当な場所を探してみるも見つからず、やむなく帝国兵士たちの痕跡が比較的に少なかった建物に花を供え、黙祷を捧げることにした。
復讐を遂げ、帝国を叩き潰した後に短銃媒体を返すことをレティアに約束したところで瞼を上げ、建物を後にする。
村の入口へ向かうと、すでに諸々の調査を終えていたカルセルとイリード兄弟が、ヨハンのことを待っていた。
「すまない。待たせた」
「こっちもついさっき終わったとこだ。てめぇなんざ待っちゃいねぇよ」
素直に謝るヨハンに、ガイは悪態を返す。
「ちなみにだけど、今のガイの言葉を訳すと『もういいのか? なんだったら、もう少しだけ待ってやってもいいんだぞ』って意味だから」
「ぶん殴るぞ、カイ。つうか魔法士。てめぇはてめぇで何意外そうなツラしてやがる。おれが気ぃ遣ってるのは、てめぇじゃなくて帝国のクソどもに殺された村人に対してだ。そこんとこ勘違いすんじゃねぇ」
踵を返し、一人勝手に小山を下り始めるガイを、カイが「照れてる照れてる」とからかいながら追っていく。
そんな二人の背中を眺めながら、カルセルが聞きづらそうに訊ねてくる。
「ヨハン……このミーミルって村に……知り合いがいたの?」
「……ああ」
短く応じ、ヨハンは歩き出す。
その返答だけで大凡のことを察したのか、カルセルはそれ以上何も言わず、ただ黙ってヨハンの後を追って歩き出した。
◇ ◇ ◇
ミーミルを出て小山を下り、行きと同様馬車で半日かけてシリウス伯領の砦に戻ったヨハン、カルセル、イリード兄弟は、到着してすぐにストレイトスの執務室へ向かい、ミーミルで起きたことの全てを報告した。
「〈狭間の世界〉……ですか」
たまたま報告に居合わせた副騎士団長ラムダスが、先程ヨハンの口から出てきた言葉を噛み締めるように反芻する。
「にわかには信じられない話だな……と言いたいところだが、国崩しのためにディザスター級澱魔の召喚なんてやらかすような連中だからな。我々の理解の及ばぬ悪巧みをしていても、そう不思議なことでもないさ」
いまだ理解が追いついていないラムダスとは対象的に、あっさりとそういうものだと割り切ったストレイトスが肩をすくめた。
「しかし、ルナリアとかいう七至徒の言うとおり〝繋げる〟ためにミーミルを占領していたとして、帝国はいったい何と何をそんなに繋げたがっていたんだ?」
ストレイトスは見えない目を、ラムダス、カルセル、カイ、ガイの順に巡らせると、訳知り顔で頷いてからヨハンに話しかける。
「〝視〟たところ、どうやら君だけは当たりをつけているようだな。ヨハンくん」
相変わらず、盲いているとは思えないほどよく〝視〟えるストレイトスの〝目〟に舌を巻きつつも、ヨハンは応じた。
「あくまでも私見になるがな」
「構わん。話してくれ」
「……先に断っておくが、帝国が何のためにそんなことをしているのかは、僕も皆目見当がつかない。僕が推測できたのは、帝国が何と何を繋げようとしているのか……それだけだ」
「君にしては随分持って回った言い方をするということは、その推測、かなり荒唐無稽な話のようだな?」
つくづく話の早い騎士団長に呆れすら覚えながらも、ヨハンはルナリアと交わした会話の内容にも触れながら、要点をまとめて皆に私見を述べた。
「〈狭間の世界〉という名前を聞いた時点で、それを挟む世界の片割れが現世だろうとは思っていたが……まさか〈魂が巡る地〉の名が出てくるとはな」
ヨハンの私見を聞いて難しい顔をするストレイトスに、ラムダスが相槌を打つ。
「民間伝承などに出てくる伝説の地……確かに荒唐無稽な話ですが、現世と天上というヨハン君の最初の推測が『当たらずとも遠からず』だったことを考えると、これ以上の答えもないように思えます」
「オイラも同意見です。実際、〈狭間の世界〉自体が〈魂が巡る地〉と同じくらい、あり得ない世界でしたから」
カルセルが同意する一方で、眉根を寄せていたガイが弟に訊ねる。
「〝びふれすと〟って何だ?」
「わからないなら、今は黙っていた方がいいと思うよ。ガイ」
ストレイトスは「しかし」と、ますます難しい顔をしながら疑問を口にする。
「ヨハンくんの言うとおり、帝国が現世と〈魂が巡る地〉を繋げようとしていると仮定したとして、帝国はいったい何が目的でそんなことをしてるんだ? 軍単位の移動には向かない長距離移動魔法の代わりに、〈魂が巡る地〉を利用するつもりなのか?」
「それが目的なら、僕たちにバレた時点で〝繋ぐ〟のをやめると思うがな」
ヨハンの言葉に、ストレイトスは「確かに」と頷く。
「判断する材料が少ない以上、考えても仕方がない。後でコウーロ伯に使いを送って、ミーミルを監視するよう頼んでおくから、とりあえず今は、この件については忘れてくれ」
「今はってことは……まさか!?」
ここぞとばかりに反応したガイに、ストレイトスは決然と首肯を返す。
「ああ。君たちがミーミルに行っている間に、帝国の防衛線を押し下げることに成功した。テストくんが戻ってくる明日、王都奪還の段取りを皆に伝える。準備が整い次第、帝国に最後の決戦を仕掛けるぞ」





