第79話 異変
ヨハンとカルセルは夜闇の中、木々に紛れてミーミル村の入口付近まで移動する。
入口といっても門が設けられているわけではなく、帝国軍が設けた木柵の隙間――だいたい幅三、四メートルくらい――に、立哨の兵士が二人がついているだけの簡素なものだった。
ヨハンは、傍にいるカルセルに小声で言う。
「まずは僕が入口にいる二人を撃ち殺す。敵がそれに気づかなかった場合は、そのまま村に忍び込み、ジーゴを狙う。気づかれた場合は、予定どおり派手に暴れて敵の目を引きつけるぞ」
「了解」
返事を聞くや否や、懐から短銃媒体を取り出し、「顕現せよ」と念じて、装弾数の限界――六発の魔力の弾丸を弾倉に込める。
続けて立哨の兵士の頭に狙いをつけ、引き金を絞る。
微かな発射音が耳朶に触れたのも束の間、弾丸は見事兵士の頭蓋を撃ち抜き、糸が切れた操り人形のようにその場に頽れる。
異変に気づいたもう一人の兵士が瞠目するも、その頃にはもう狙いを定めていたヨハンは、再び引き金を絞って頭蓋を撃ち抜いた。
呻き声一つあげさせることなく仕留めることができたので、このまま村に忍び込んでジーゴを狙おうかと考えるも、
「入口の兵士がやられてるッ!? 敵襲ッ!! 敵襲だッ!!」
村の中にいた兵士に、死体が二体出来上がっていることに気づかれてしまったため、予定どおり囮になるべく、ヨハンとカルセルは木陰から飛び出して村に突入する。
だが、敵の動きが予想以上に早く、村の中央にいるジーゴを護るようにして人壁を形勢する兵士たちを前に、ヨハンとカルセルはやむなく、村の入口を抜けてすぐのところで足を止めた。
壁となった二〇人近い兵士たちが、各々の武装媒体を構えながらジリジリとこちらに近づいてくる。
ヨハンは、兵士たちの中に遠距離攻撃が可能な武装媒体を持っている者がいないことを確認しながら、懐中の短銃媒体を握り締める。
カルセルは戦斧媒体の光刃を具象させながら、ヨハンの隣に並ぶ。
相対距離が一〇メートル程度にまで縮まったところで、兵士たちは足を止める。
その間、木造の建物の蔭に身を隠しながら回り込んでくる兵士が、右側に二人、左側にも二人いることを、ヨハンは気配だけで把握する。
場の空気が加速度的に張り詰めていく中、帝国兵の一人が眉をひそめながらヨハンを顎で示した。
「おい……アレ。もしかしてヨハン・ヴァルナスなんじゃねえのか?」
「そうみたいだな。人相書きとソックリだ」
「てことは、あいつを仕留めりゃ……」
「ああ。たんまり報奨がもらえる!」
帝国兵たちの会話を聞いていたヨハンは、まだ少し緊張が見え隠れしているカルセルに向かって、あえて軽口を叩く。
「どうやら僕は、自分で思っている以上に帝国に目をつけられていたみたいだな」
「ヨハン……もしかして『望むところだ』とか思ってない?」
「否定はしない……!」
刹那、ヨハンは懐の短銃媒体を抜き、今まさに右側の建物の蔭から飛び出してきた兵士二人の眉間を撃ち抜いた。
ほぼ同時に、左側の建物の蔭から飛び出してきた二人の兵士がこちらに肉薄してくるも、
「うおおおおおおおおおおおおッ!!」
ヨハンが狙いをつけるよりも早くに、カルセルが戦斧媒体の一振りで、二人の兵士をまとめて両断。
それを契機に、壁となっていた二〇の兵士たちが一斉に襲いかかってくる。
(魔法戦に置き換えれば、〝シルフィーロンド〟なしで、詠唱省略した〝レッドボム〟で応戦といったところか……!)
あくまでも魔法戦の延長線のつもりで、魔法を使う時と同じように迫り来る兵士の眉間に狙いをつけ、魔法を放つ時と同じように引き金を引き、発砲する。
天才魔法士の名を欲しいままにしていたヨハンは、当然攻撃魔法の命中精度もその名に恥じぬほどに図抜けている。
ヨハンが放った弾丸は、入口前の二人を仕留めた時と同様、ほんわずかの狂いもなく眉間を貫いた。
だが、弾丸一発で一〇倍近い兵士の勢いを止められるわけもなく、間合いに入り込んできた三人の兵士が、その手にもった長剣媒体で斬りかかってくる。
(僕がどれだけ〝武〟の才がなくとも――)
ヨハンは左斜め上方から迫る光刃を半身になってかわすと同時に、兵士のこめかみに銃口を押しつけて発砲。一人目を仕留める。
続けて、二人目と三人目が同時に繰り出してきた刺突を、後ろに倒れる勢いを利用しながら上体を反らして回避。
背中が地面に触れる寸前に二度引き金を絞り、二人目と三人目の心臓を撃ち抜いた。
(――テストの剣よりもはるかに鈍い奴らに、ジスファーの〝圧〟の足元にも及ばない奴らに、後れをとったりはしない!)
いよいよ地面に倒れたヨハンは受け身をとりながら立ち上がり、短銃媒体に念じて弾丸を装填。
波のように押し寄せてくる兵士を迎え撃つ。
一方カルセルは、
「ふんぬッ!」
向こうが迫ってくる前に地面を蹴り、見た目に反した激烈な瞬発力を利用して、先頭にいた兵士に体当たりをぶちかます。
常人離れした瞬発力と小太りな体躯が合わさった衝撃はかなりのもので、体当たりによって吹き飛ばされた兵士は後続の三人を巻き込み、諸共倒れ伏した。
直後、巻き込まれずに済んだ兵士の一人が、その手に持った尖槍媒体で刺突を放ってくる。
(少しずつかもしれないけど――)
カルセルはそれを瞬発力に物言わせて飛び下がって回避し、着地と同時に地を蹴って戦斧媒体の届く間合いに入り込む。
刺突が空振り、慌てて尖槍媒体を構え直そうとしていた兵士の首を一振りで刎ね飛ばした。
(――オイラだって強くなってるんだ! ブリック公国軍にいた頃のオイラとは違うんだ!)
決然と兵士たちを、ブリック公国を滅ぼした敵を睨みつける。
ヨハンもまた、敵を睨みながら短銃媒体を構える。
その〝圧〟に押されたせいか、それとも、瞬く間に半数近い味方をやられたせいか、いまだ数の上では勝っているはずの兵士たちが二の足を踏み始める。
ヨハンたちの役割は、あくまでも囮。
敵の注目を集め、それなりの数を釘付けにできたことに、ヨハンとカルセルが揃って勝ち気な笑みを浮かべた。
直後、
「また敵襲だッ!! こっちは六人もいやがるぞッ!!」
村の奥から聞こえてきた胴間声に、ヨハンたちの前に立ちはだかっていた兵士たちが動揺を露わにする。
「まさか、こいつらは囮だったのか!?」
「二人しかいないから、おかしいとは思っていたが……!」
「おかしいと思ってたなら初めから言――へ!?」
注意が逸れた兵士に向かって、ヨハンは容赦なく銃撃を浴びせる。
冷静になる隙など与えないと言わんばかりに。
「クソがッ!! とにかく今はこいつらを仕留めるぞッ!!」
兵士たちは怒号をあげながらヨハンたちに殺到する。
その間にも六人の騎士たちは次々と兵士たちを斬り殺し……こちらの狙いどおり、場は混乱の坩堝に陥っていった。
◇ ◇ ◇
「味方が来るのを待つのではなく、こちらから山を下りて味方と合流しろだと!? たわけたことを抜かすな!」
部下の進言を、ミーミルに布陣する帝国軍の指揮官――ジーゴ第六軍団長は怒鳴り飛ばした。
「我々は、この地を護るよう皇帝陛下から仰せつかっている! 今度また同じことを抜かしたら素っ首刎ね飛ばすぞ!」
「も、申し訳ございません!」
「謝ってる暇があったら、さっさと敵をぶっ殺してこいッ!」
「は、はいッ!」
ジーゴの外見が禿頭に巨躯というあまりにも威圧的な組み合わせのせいか、部下の兵士は恐れを為して逃げるように敵の迎撃に向かった。
「しかし、まさか一〇人足らずで攻めてくるとはな……!」
ジーゴは忌々しげに独りごちながら、テーブル代わりに用意した、木箱の上に拡げたミーミル周辺の地図を拳で叩く。
その際、地図上に置かれていた、敵と味方の軍を表す、二色に色分けされた石の数々がガシャリと音を立てて木箱の上から跳ね落ちていく。
木箱を囲う形で四方に立てた大松明が、地面に落ちた石たちを所在なさげに照らしていた。
現在、兵士の大半を敵の迎撃に向かわせているため、ジーゴの周りにいる兵士の数は二〇にも満たない。
正直、少人数で敵陣に突っ込んでくるような精鋭が相手では、心許ない人数だ。
ジーゴ自身〝武〟に関してはそこそこ以上に自信があるが、グラムの騎士が相手では分が悪い。
不安ばかりが胸中に渦巻いていく。
「ええい! 物見台に向かわせた兵士は何をしている!」
ジーゴは六人の精鋭騎士が村に侵入した時点で、兵士の一人に物見台に向かわせ、敵襲を受けたことを、麓にいる味方に松明を用いた合図を送って報せるよう命令していた。はずなのに、物見台の頂上では、松明の明かりはおろか人影すら見えなかった。
夜闇のせいで兵士の姿が見えていないだけだと思いたいところだが、この状況でそんな楽観を抱くのは現実逃避に等しい。
物見台にたどり着く前に敵にやられてしまったと考えるのが妥当だろう。
「クソ! こうなったら俺が直々に――」
「イリード兄弟だ! イリード兄弟が現れたぞ!」
「何ぃいぃいぃッ!?」
現在敵襲を受けている方角とは真逆から聞こえてきた叫び声に、ジーゴは頓狂な声を上げた。
ストレイトスがギリギリまでその存在を隠していたという理由もあるが、どちらかと言えば裏方仕事が多いテストよりも、何かと戦場に現れることが多いイリード兄弟の方が、帝国軍兵士にとっては脅威としては馴染み深い。
予期せぬ奇襲を受けて混乱していたところに、その脅威が現れたのだ。
いよいよ状況を受け入れられなくなった兵士たちが恐慌を起こすのも、無理もない話だった。
「も、もう駄目だッ!!」
「おおお俺は逃げるぞ!!」
「待ってくれッ!! 待ってくれッ!!」
兵士たちが悲鳴を上げながら敵前逃亡を図ろうとするも、不運にも彼らが逃げた先に、イリード兄弟の兄――ガイが姿を現した。
顔を真っ青にしながら立ち止まる兵士たちに向かって、ガイは大剣媒体の切っ先を向ける。
「戦意のねぇ奴を斬る趣味はねぇ。捕虜として扱ってやるから武装媒体を捨てて地面に伏せてろ」
と、降伏を促すガイの言葉をかき消すように、ジーゴが怒鳴り声をあげる。
「莫迦者どもがあああああああああああッ!! それでも貴様ら帝国男子かあああああああッ!! 俺の目の前で降伏なんてしてみろッ!! 素っ首刎ね飛ばしてやるからなッ!!」
最後の言葉が嘘ではないことを示すように、カルセルと同じ武装媒体――戦斧媒体の光刃を具象させる。
指揮官に降伏を封じられた兵士たちは、半ば破れかぶれになりながら各々の武装媒体を構え、ガイに襲いかかった。
「はんッ。やっぱこうなるか」
吐き捨てるようにカイが言った刹那、光刃の届く間合いまで突っ込んできた四人の兵士が、一斉に武装媒体を振り下ろ――
「おぉおおおらッ!!」
――すよりも早くに、大剣媒体にあるまじき速度で振るわれた颶風の如き横薙ぎが、四人の兵士をまとめて腰から両断する。
豪快極まるガイの一振りに、ジーゴは顎が外れんばかりに驚愕を露わにしてしまう。
「な……なぁああッ!?」
「ぐぐぐ軍団長ッ! あ、ああ、あそこッ!」
兵士の一人が悲鳴じみた声を上げながら、夜闇の一角を指し示す。
ジーゴはどうにかこうにか開いた口を塞ぎ、兵士が指差す方角を見やると、
「やれやれ。物見台に向かう兵士の相手をしてたら、ガイに先を越されちゃったよ」
ガイと相似の容貌をした、イリード兄弟の弟――カイの姿が見え、閉じたばかりのジーゴの口があんぐりと開く。
「く、くそぉおぉおおぉおおぉぉぉッ!」
自棄を起こした兵士の一人が尖槍媒体を握り、カイの胸先目がけて突進の刺突を放つも、
「いやはや」
カイは、いつの間にか取り出し、いつの間にか光刃を具象をさせた細剣媒体で易々と刺突を受け止めた。
信じられないことに、細剣媒体と尖槍媒体の切っ先を突き合わせる形で。
「ガイよりも攻撃が雑だよ、きみ」
転瞬、細剣媒体を持つカイの腕が霞み、これが手本だと言わんばかりに兵士の心臓を刺し貫く。
これもまた信じられないことに、心臓を貫いた細剣媒体の切っ先は、背中の皮膚を突き破る一ミリ手前で止めていたため、兵士の体までは刺し貫いていなかった。
わかる人間にしかわからない絶技を披露する弟に、ガイは呆れた声を投げかける。
「いっつも言ってるけどよ、そんなめんどくさいことやる必要あんのか?」
「いっつも言ってるけど、これも鍛錬の一環だよ、ガイ」
軽口を叩き合うイリード兄弟を前に、ジーゴは知らず一歩後ずさってしまうも、
「先を越されたか」
「もともとの役目が囮だったことを考えたら、上出来だと思うよ。オイラは」
後ずさった先――背後から聞き慣れない声が聞こえてきたので振り返ると、最初に村に襲撃をかけてきた二人の男が、累々と横たわる兵士たちの死体を背に、短銃媒体と戦斧媒体を構えていた。
六人の騎士の迎撃に向かわせた五〇人超の兵士たちは、いまだ戦闘を続けているものの、その数はもう半分以下にまで減らされており、こちらの援護に呼び戻すどころか全滅の憂き目に晒されていた。
絶体絶命。
この一語が、ジーゴの脳裏を埋め尽くす。
三方から精鋭に囲まれたこの状況を、自分と一五にも満たない兵士だけで、どうこうできるとは思えない。
こうなったらもう戦って死ぬしかない――そう覚悟を決めようとしたその時。
天の助けか、あるいは冥府の誘いか。
奇跡という言葉さえも霞む、文字どおりの意味でこの世のものではない現象が、ジーゴたちを救った。
ドクン――
空間が――否、世界そのものが鼓動を刻んだかのような、魂の底まで響く音色が耳朶に触れ、ジーゴたちはおろか、イリード兄弟たちまでもが動くを止めてしまう。
ドクン――
空耳ではないと言わんばかりに二度目の鼓動。
六人の騎士たちが、騎士たちと戦っていた兵士たちが、戦いの手を止めてしまう。
ドクン――
そして、三度目の鼓動が聞こえた瞬間。
世界が崩れるように。
ジーゴの視界に映る空間が歪み、色褪せていった……。





