第78話 囮
半日かけてコウーロ伯領にたどり着いたヨハンたちは、この戦線を指揮する壮年の騎士――テナンダに会うために《グラム騎士団》の陣地を訪れた。
ヨハンたちが来るという話も、ヨハンがミーミルに用があるという話もすでに通っていたため、四人はすぐにテナンダがいるテントに案内される。
そして、そこで聞かされた話にヨハンは驚愕を露わにした。
「敵が本陣を構えている場所がミーミルだと!?」
出てきた声音も、隠しようもないほどの動揺に揺れていた。
「ミーミル村がある場所は小山の頂上。陣を敷くには、ちょうどいいと思ったんだろうな」
「……そうか」
テナンダの私見を聞いたヨハンは、熱湯を飲み干すように、ゆっくりとミーミルの現状を受け入れ、
「本当に、どこまでも踏みにじってくれるな。あの帝国は……!」
熱湯すらも生温い、全てを焼滅せんばかりの怒りをその身から滲ませた。
真っ正面からヨハンの怒りを目の当たりにしたテナンダは、思わずといった風情で一歩後ずさる。
傍にいたカルセルとイリード兄弟も、後ずさりはしなかったものの、ヨハンの尋常ならざる怒気を前に息を呑んでいた。
心は灼熱のような怒りに満ちていても、あくまでも冷静な理性が場の空気を読み、このままでは話が進まないと判断して、ゆっくりと怒気を鎮める。
(ストレイトスさんが、ミーミルの状況如何によっては騎士団の〝お手伝い〟をしてもらうことになるとは言っていたが……)
まさしくその通りになったことに舌打ちを漏らしかけるも、どうにか堪えてテナンダに訊ねる。
「敵の本陣を落とす算段はあるのか?」
「勿論だ。後々のことを考えると、これ以上ここで手をこまねいているわけにはいかないからな。イリード兄弟さえ良ければ、今夜にでも仕掛けるつもりだ」
テナンダの言葉にガイが片眉を上げ、カイが得心したようにポンと手を打ち鳴らす。
「ぼくたちの力がご所望ということは、テナンダさんの狙いは奇襲ですね」
テナンダはカイに向かって一つ頷き、
「手始めに、我々本隊が夜戦を仕掛ける体で帝国軍を釣り出す。その隙にカイとガイには手薄になった敵の本陣を奇襲し、指揮官を討ってきてもらいたい」
「普段、おれたちとテストがやらされてることをやれってことっすね」
「そういうことだ、ガイ。実際、さっさと戦いを終わらせるにはこの手が一番手っ取り早いからな」
「確かにそうっすね」
と応じながら、ガイは獰猛な笑みを浮かべ、テナンダに「了解っす」と返した。
「ならば、僕も奇襲に参加させてもらうとしよう」
淡々と言うヨハンを、ガイは舌打ち混じりに睨みつける。
ヨハンの発言を予想していたのか、カイは特段驚いた様子もなく肩をすくめた。
「おい、魔法士。てめぇはお呼びじゃねぇんだよ」
「僕からしたら、お呼びじゃないのはそちらの方なんだがな」
「んだと!?」
一触即発の空気を醸し出す二人の間に、カルセルが「まあまあまあまあ」と言いながら割って入る。
「ヨハン。今の君は、魔法を使ったら面倒な立場にあるってこと忘れてない? できるかぎり魔法を使わないようにするためにも、ここはイリード兄弟と協力した方がいいよ」
「……確かに、そうだな」
カルセルに窘められ、ヨハンは素直に引き下がる。
続けてカルセルは、ガイを見やり、
「ガイも。確かにヨハンは魔法士だけど、帝国の奴らみたいに侵略のために使ってるわけじゃない。味方とは認められないまでも、敵ではないことは認めてもくれてもいいだろ?」
「実際、無理矢理敵に回す必要性なんてどこにもないしね」
肩をすくめながら同意する弟を一瞥した後、ガイは深々とため息をついた。
「わぁったよ。確かにヨハンがおれたちに敵意を向けたことは一度もねぇ。その点だけは認めてやらぁ。だが――」
再び、ガイはヨハンを睨みつける。
「てめぇ……本当に、魔法は使わねぇんだな?」
「ああ。レティアたちの故郷を荒らすような真似はしたくないからな。だが――」
先程のガイと同じように一呼吸挟み、事もなげに言葉をつぐ。
「必要に迫られた場合は使う。誰に止められようがな」
「こいつ……!」
ガイが怒号を吐き出したとした、その時。
「ぶふッ」
突然カイが噴き出し、声を上げて笑い出した。
腹を抱えて笑う弟に毒気を抜かれたガイは、眉をひそめながらも訊ねる。
「カイ。てめぇ、何笑ってんだ」
「いや……だってさ……くくッ……ヨハンってば馬鹿正直に答えすぎでしょ? 嘘でも『使わない』で済ませておけばいいのに、あんな余計な一言付け足す普通?」
言うだけ言った後、カイは再び腹を抱えて笑い出した。
そのあまりの笑いっぷりに、いよいよヨハンも眉をひそめ始める。
ガイはうんざりとした顔をしながら、片手で軽く頭を抱え、
「よく双子は以心伝心がどうとかって話を聞くが、弟の笑いのツボだけはマジでわけわかんねぇ」
「ま、まあ、双子だからってなんでもかんでもわかるってのは、さすがに幻想がすぎるとオイラも思うよ」
カイはひとしきり笑った後、兄の肩をバンバンと叩きながら言う。
「ガイ、ぼくはヨハンが奇襲に参加することに賛成させてもらうよ。どうも彼、魔法士だという色眼鏡で見たら勿体ないタイプの人間みたいだし」
「勿体ないってどういう意味だぁ?」
「言葉どおりの意味だよ」
そう言ってカイはケラケラ笑い、弟の言いたいことがまるでわからないガイは、げんなりと肩を落とす。
「ったく……わぁったよ。カイの言うとおり、馬鹿正直に『魔法を使う』って答えるような馬鹿なら、一応は信用できるってもんだしな」
「誰が馬鹿だ」
というヨハンの抗議を無視し、ガイは先以上に獰猛な笑みを浮かべながら言う。
「それにおれとカイがいりゃ、てめぇが魔法なしだと何にもできねぇクソ雑魚でない限りは、てめぇが魔法を使う状況になんざならねぇしな」
「そういうこと」
カイは同意しながらも、兄とは対象的な穏やかな笑みを浮かべる。
話がついたところで、ヨハンたちはテナンダの提案どおり、今夜の内に奇襲を仕掛けることで合意した。
◇ ◇ ◇
その夜。
テナンダ率いる《グラム騎士団》の軍は、コウーロ伯の軍と連携して帝国軍に夜戦を仕掛けた。
本陣となる小山の、西と東の二方向から敵が迫っていることを知った帝国軍は、山麓に布陣していた戦力をその二カ所に集中し、小山を背にする形で《グラム騎士団》を迎え撃った。
そして、戦闘開始から一時間後――
いつもどおり帝国軍が守りに徹したことにより戦況が膠着状態に陥りつつある中、ヨハン、カルセル、イリード兄弟、グラムの騎士の精鋭六人を合わせた計一〇人からなる奇襲部隊は、夜闇に紛れ、山麓に敷かれた帝国軍陣地の隙間を縫って、山中への侵入を果たしていた。
どうにも帝国軍は少人数による奇襲までは想定していなかったらしく、夜闇も手伝って山中に侵入することはそう難しいことではなかった。
侵入後も、小山全体に緑が生い茂っているおかげで身を隠す場所には事欠かず、特殊な蓄光石――エヴァーライトを光源とするランプを片手に巡回する帝国兵を悠々とやり過ごしながら、ヨハンたちは小山の頂上――ミーミル村のすぐ傍までたどり着いた。
木に登ってミーミルの様子を確認してきたカイが、村の状況を語る。
「村に残っている兵士の数は、ざっと見て一〇〇以上。建物の数はその半分程度だけど、略奪した際にやらかしたのか、燃え落ちてる建物もそこそこあった。村の端っこに物見台があったけど、夜だからか上にのぼってる兵士はなし。それでもって面倒なことに、明らかに後から設けたっぽい、高さ三メートルほどの木組みの柵が村をグルッと囲っていたよ」
カイの報告を聞いて、精鋭騎士の一人が言う。
「やはりというべきか、本陣も大概に守りが厚いようだな……」
言い回しに引っかかりを覚えたヨハンは、騎士に訊ねる。
「本陣もというのは?」
「言葉どおりの意味さ。この地で戦う帝国軍は、やけに守りが厚くてね。コウーロ伯から奪った領地を守っているというよりも、この小山を守ってるんじゃないかって疑いたくなるほどさ」
肩をすくめる騎士の言葉にますます引っかかりを覚えたヨハンだったが、奇襲直前に考えても詮無いことなので、今は棚上げを決め込むことにする。
「カイ。向こうの指揮官の……ジーゴだったか? そいつの姿は確認できたか?」
「それなんだけど、ジーゴの特徴は『禿頭の巨漢』で合ってたよね?」
カイは騎士の一人に訊ね、首肯が返ってくるのを確認してからガイに答えた。
「村の中央をこれ見よがしに陣取ってたよ。周りを護衛の兵士で固めてたから、ジーゴ一人をこっそり殺すのは難しそうな感じかな」
「それなら、ヨハンが短銃媒体で、村の外から狙撃するというのはどうだろう?」
カルセルの提案に、ヨハンは首を横に振る。
「短銃媒体の最大射程は一〇〇メートルにも満たない。ジーゴが村の中央にいる以上、村の外からの狙撃は不可能だ」
「そっか……」
残念そうに言うカルセルをよそに、ガイが「はんッ」と鼻を鳴らす。
「魔法が使えようが使えまいが、こいつの〝力〟なんざハナからアテにしちゃいねぇよ。相手はたった一〇〇人ぽっちだ。ジーゴに逃げられることだけを気をつけてりゃいい」
一〇倍以上の敵を前に気後れ一つなく豪語するガイに、カルセルと騎士たちが揃って息を呑む。
そんな中、カイを除いて唯一動じていかなかったヨハンが、淡々とガイに噛みついた。
「だったら、嫌でもアテにさせてやるまでだ」
「言うじゃねぇか。だったら、どうやってアテにさせるか言ってみろよ。まさかとぁ思うが、魔法を使ってだなんていったら今ここでぶった斬るぞ」
「いやはや、護衛する人間に言う台詞じゃないね」
などと楽しげに言うカイを無視して、ヨハンは応じる。
「現状は魔法を使うつもりはないから安心しろ。以前カルセルにも言われたことだが、モニア平原の決戦を機に、どうにも僕は帝国に目をつけられているらしくてな。事実、この一ヶ月の間に僕を狙って騎士団に潜入しようとしていた《終末を招く者》を何人も仕留めたと、ストレイトスさんは言っていた」
本当は生け捕りにしたかった――ともストレイトスは言っていたが、今の流れで付け加えるような話でもないので、ヨハンはここで言葉を切り、ガイの反応を待った。
「……その話のどこに、てめぇをアテにする要素があんだよ」
「相変わらず鈍いね。ガイは」
揶揄するような弟の物言いに、ガイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「ほっとけ。つうか、さっさと教えろ」
「はいはい。結論から言うと、ヨハンは囮になるって言ってるんだよ。帝国に目をつけられているのを利用してね。いやはや、護衛される人間が言う台詞じゃないね」
どこか楽しげにカイは答え、ガイは少しばかり悔しげに舌打ちを漏らす。
「……ちっ。認めたかねぇが、確かにそいつはアテにできそうだな」
「いやいや認めたら駄目だよ……!」
慌てたように、カルセルが異を唱える。
「カイの言うとおり護衛される人間が言う台詞じゃないし、わざわざ危険に飛び込むことも――」
「この程度のことを危険だと思っているようでは、〝奴〟には勝てない。〝奴〟ならば村にいる連中を一人で皆殺しにすることくらい、造作もないはずだからな」
言葉を遮ってまで反論するヨハンに、カルセルは口ごもる。が、すぐに唇を引き結び、決然とヨハンに告げた。
「だったら、オイラもヨハンに付き合って囮になるよ」
「!? 何を馬鹿なことを!?」
「馬鹿なことをやろうとしてるのはヨハンの方だろ。それに、ヨハンがテストくんに稽古をつけてもらっているように、オイラもストレイトスさんに直々に稽古をつけてもらってる。ブリック公国にいた頃と違うのは、ヨハンだけじゃないよ」
揺るぎなく言い切るカルセルを前に、今度はヨハンの方が口ごもる。
やがて、諦めたように息をつき、
「わかった。背中は任せる」
「ああ。任されてあげるよ」
と、カルセルが応じたところで、カイが小さく手を打ち鳴らした。
「二人の話がまとまったところで注目注目。奇襲の段取りがまとまったから、今から説明するよ。まずはヨハンとカルセルが突っ込む。二人だけじゃ当然向こうも囮だということに気づくと思うから、続けて精鋭騎士に、さも本命だと言わんばかりにジーゴに奇襲をかけ、場を荒らしてほしい。頼まれてくれるかい?」
騎士たちが首肯を返すのを確認した後、カイは言葉をつぐ。
「締めは、ぼくとガイでジーゴの首を狙う。けど、これはあくまでも段取りにすぎないから、ジーゴを討てると思ったらいつでも誰でも討っちゃってくれて構わないよ。そうしてくれたら、ぼくも楽でいいしね」
穏やか笑みを浮かべながら戯言を付け加えるカイに、カルセルと騎士たちは苦笑いを浮かべ、ガイは「いや、よくねえよ」と片手で頭を抱えた。





