第75話 イリード兄弟
「なるほど……平面ではなく立体か」
「うん。戦う場所を選ぶ必要があるけど、その条件を満たせばクオンを相手に有利に立ち回れると思うよ」
感心したようにヨハンは言い、一つ頷いてからテストが答える。
二人は今、《グラム騎士団》が用意した幌付き馬車に乗って、騎士団の仮の本拠地として使われているシリウス伯の砦に向かっていた。
ヨハンにしろテストにしろ移動中の時間を無為に過ごすことを良しとせず、いずれ必ず訪れさせるクオンとの戦いに備えて対策を練っていた。
「そうなると、詠唱を省略させるのは〝レッドボム〟ではなく、立体的な動きの助けとなる魔法の方が良さそうだな」
「その方がいいと思うよ。〝レッドボム〟を使うくらいなら、それこそ短銃媒体で攻撃した方が早いしね」
というやり取りを交わしたところで馬車が停まり、御者台と荷台を隔てるカーテンから御者が顔を覗かせ、「着いたよ」と報せてくる。
幌馬車を降りると、直上から照りつけてくる強い日差しと、対帝国の最前線にふさわしい堅牢巨大な石造りの砦、そして、金髪碧眼の小太りの騎士――カルセルが二人を出迎えた。
「待ってたよ。二人とも」
笑みを浮かべて歓迎するカルセルに、ヨハンとテストも微笑で応じる。
カルセルがすでにシリウス伯の砦にいるのは、ヨハンよりも先に傷が癒えて退院し、ストレイトスの召集を受けて一週間ほど前に砦に向かったという経緯があってのことだった。
「まずは君たちの部屋に案内するから、オイラについてきてくれ」
挨拶もそこそこに砦の中に入っていくカルセルの後に続いて、ヨハンたちは歩き出す。
砦の規模は、モニア平原の決戦前まで《グラム騎士団》の本拠地として使わせてもらっていた、カウロウ伯の隠し砦よりも倍以上大きかった。
その砦に、グラムの騎士と地方領主軍の精鋭を中心とした、騎士団の主力が集っていた。
階段を上っては下り、何度も曲がり角を曲がりながら廊下を歩くこと一〇分。
三人は目的地となる部屋に到着する。
二台のベッドが左右の壁に寄り添う形で置かれているだけの、簡素な部屋だった。
「キミたちの部屋とは言ってたけど……」
「そういえばテストくんもヨハンも、客員ということでカウロウ伯の砦じゃ個室をあてがわれていたね。けど、こっちじゃストレイトスさんですら二人部屋だから、ここはオイラたち下っ端の気持ちも少しは味わってくれということで」
渋面を作るテストに、カルセルは冗談交じりに言う。
騎士団の中で、テストが女であることを知っているのはヨハンとストレイトスのみ。テストにとっては、男と同部屋は冗談では済まない状況である。
とはいえ、騎士団長のストレイトスですら二人部屋の現状で、個室にしてほしいなどというワガママを言えるはずもなく、テストは渋い表情をそのままに、ただ「わかった」と返すことしかできなかった。
(まあ、ベッドが一台しかなかったフルードの宿屋よりはマシだな)
などと思いながら、それとなく話題を変えるべく、ヨハンはカルセルに訊ねる。
「ところで、ストレイトスさんと同部屋になった人は誰なんだ?」
「ラムダスさんだよ」
笑いを堪えながら、カルセル。
ストレイトスにとって最悪の相手が同部屋になっていることを聞いて、渋い顔をしていたテストが一転して噴き出しそうになる。
ヨハンでさえも、苦笑を堪えるのにそれなりの努力を要した。
「ま、まあ、逆にラムダスさん以外の人がストレイトスさんの同部屋になった場合は、それはそれで可哀想だから当然といえば当然の組み合わせかもしれないね」
テストの言葉に、ヨハンとカルセルは同意したように頷いた。
直後、テストは視線だけを部屋の入口へ向け、遅れて気づいたヨハンが彼女の視線の先を追う。
ほどなくして聞こえてきた、無遠慮な足音とともに部屋にやってきたのは、
「やっと来やがったなテスト! 次こそはおれが勝つから勝負しろ!」
橙髪蒼眼の、猛々しい顔つきをした騎士――ガイ・イリードと、
「いつも言ってるけど、ぼくと二人がかりでようやく五分の相手に一人で挑むのは、さすがに無謀だと思うよ、ガイ」
橙髪蒼眼の、ガイと相似の容貌でありながらも、ガイとは対照的な穏やかな顔つきをした騎士――カイ・イリードだった。
「あ? なんだぁ? おまえも来てたのかよ、魔法士」
敵意を隠そうともしない視線で、ガイはヨハンを睨みつける。
ヨハンが入院した病院には、《グラム騎士団》の戦傷者たちも大勢入院していた。
戦傷者たちの中には魔法そのものを良く思っていない者も少なからずおり、彼らが今のガイのように、ヨハンに悪感情を向けてくることが度々あったため、こういう反応をされることには正直慣れていた。
おまけにヨハン自身が、以前と比べて周りの目を気にしなくなっているものだから、一応は味方である人間に敵意を向けられても、心は小波ほども揺らぐことはなかった。
そんなヨハンの反応を見て、ヨハンがそういう人間であることを悟ったガイは舌打ちを漏らす。
「やっぱてめぇは、背中を預ける気にはならねぇ野郎だな」
「ていうか、背中を預ける気がないのはヨハンの方じゃない?」
「あぁ。確かにそうだな。この野郎は敵の前だろうが味方の前だろうが、抜き身の刃みてぇな〝気〟を振り撒いてやがるからな」
全てとは言わないが、なまじイリード兄弟の言い分に間違いがない分、テストもカルセルも口ごもってしまう。
そんな中、槍玉に挙げられている当の本人が、弁明と呼ぶにはあまりにも独り言じみた物言いで呟く。
「抜き身の刃ような……か。以前テストにも同じ指摘を受けたから、一応は抑えているつもりなんだがな」
敵意を向けられることに関しては欠片ほども気にとめていない物言いに、ガイが「あ?」と威圧的な声を漏らす。
「まるで、おれらのことなんざ眼中にないって言い草だな、おい」
「眼中にないわけじゃない。ただ、敵意を持って接してくるような人間と友好的な関係を築こうとは思わないだけだ」
「あ、それは確かに一理あるね」
「おまえは黙ってろ、カイ!」
双子の兄に怒鳴られ、カイは苦笑しながら肩をすくめた。
「言っておくぞ、魔法士。ストレイトスの旦那が何と言おうが、おれは絶対におまえのことは認めねぇ。魔法を使ってどれだけの戦果をあげようが絶対に認めねぇ。魔法なんてもんがこの世にあるせいで、数え切れねえほどの仲間が死に、数え切れねえほどの澱魔が生まれ、その澱魔の手によってまた数え切れねえほどの人々が殺されちまってる。武装媒体も確かに殺すだけしか能がねぇ代物だが、魔法はそれ以下だ。不必要な死をばらまく害悪でしかねぇ。魔法を平気なツラして使ってるてめぇなんざ、おれは絶対に認めねぇぞ」
そう言って、ガイは再びヨハンを睨みつける。
先と同様、ガイの言い分に間違いはなかった。
魔法という〝力〟は武器や兵器以上に〝殺し〟に特化している。
一応、扱い方次第では何かを救うことにも使えるが、使えば使うほどに、人間のみを襲い、殺す、澱魔を生み出してしまうため、結局は〝殺し〟に帰結してしまう。どれだけ美辞麗句を並べたところで、その事実を消し去ることはできない。
ストレイトスのように、魔法の存在を武装媒体と同じただの〝力〟と見なす方が異端であることを、魔法士であるヨハンは誰よりも承知していた。
「認めたくないのならば、それならそれで構わない。だが――」
不意にヨハンの体から、身を焦がすほどに激しい憎悪と、心が凍えるほどに悍ましい殺気が滲み出る。
「これだけは言っておく。僕の復讐の邪魔だけはするな。万が一にも邪魔した場合は、相応程度では済まない覚悟をしてもらうぞ」
そのあまりの〝圧〟に、ヨハンの眼前に立つガイはおろか、その隣にいたカイも、カルセルさえも息を呑んでしまう。
ただ一人ヨハンの〝圧〟に呑まれていなかったテストは、数瞬痛ましげな表情を浮かべた後、見かねたように口を開いた。
「カルセル。砦に到着したことをヨハンと一緒に、ストレイトスさんに報告しに行きたいんだけど、案内、頼まれてくれるかい?」
「あ……ああ。もちろん」
まるで呪縛から解き放たれたようにカルセルが応じ、ヨハンは自戒するように憎悪と殺意を鎮めていく。
「ガイ。そういうわけだから、勝負はまた別の機会にしてくれ」
ガイは忌々しげに舌打ちすると、先程よりも幾許か覇気のない声音で、
「わぁったよ」
と答え、そっぽを向いた。
テストに急かされる形でヨハンたちが部屋から出ていき、二人残された双子の兄弟はしばし無言のまま佇む。
「……いやはや、不覚にも鳥肌が立ってしまったよ」
沈黙に耐えかねたように、カイ。
表情は穏やかなままだが、額には冷たい汗が滲んでいた。
「あのジスファーを一騎打ちで倒した野郎だ。ただの魔法士じゃねぇってのは初めからわぁってたさ」
とは言いながらも、ガイは露骨に不機嫌な顔をしていた。
どうやら、ヨハンの〝圧〟に呑まれたことが相当悔しかったらしい。
「一応抑えてるつもりだって言ってたの、嘘じゃなかったみたいだね、ガイ」
からかうように言う弟に、先よりも明らかに覇気のない声音で「うるせぇ」と応じるガイだった。





