第74話 落としどころ
帝国との戦いの最前線に位置するシリウス伯領の砦の一室で、《グラム騎士団》は、騎士団長ストレイトス、副騎士団長ラムダスを中心に、王都奪還に向けての会議を行なっていた。
「まだまだ不安は残るが、さすがにもうこれ以上、練兵に時間をかけるわけにはいかなさそうだな」
斥候からの情報により、帝国本土からの増援が来るまであと一月もないことを知った、ストレイトスの言葉だった。
「一万二〇〇〇まで兵力を増やせたことは予想以上だが、その内の四割が義勇兵ってのも予想以上に頭が痛いな」
言葉どおり痛そうに、後方に撫でつけた黒髪の上から頭を抱える盲目の騎士団長に、ラムダスが応じる。
「しかし、義勇兵たちの士気の高さもまた、こちらの予想を上回っております。それに、義勇兵とほぼ同数の地方領主軍の練度はかなりのものです。勝負を仕掛けるにしても悲観するほどのことではないかと」
「勝算の有無に関しては、確かに悲観するほどではないのかもしれんが、一騎士としては……本来ならば我々が護るべき者たちにまで血を流すことを強いる現状に、悲観の一つや二つしたくもなる」
自責の念に満ちた騎士団長の言葉に、神経質そうな顔立ちをした副騎士団長も、列席した指揮官クラスの騎士たちも、押し黙ってしまう。
「しかし、ヘルモーズ帝国の力はあまりにも強大です。我々騎士団だけでは、渡り合うことすらできないほどに」
「それはわかっている。……すまん、ラムダス。己のあまりの不甲斐なさに、つい愚痴が零れてしまった」
などと殊勝な言葉を吐いた後、ストレイトスはこれ見よがしに話題を変える。
「ところでラムダス。ヨハンくんが戦線に復帰できるほどにまで回復したらしいが、彼の扱いについてはどうする?」
騎士団の力だけでは帝国には敵わないという話をした直後に、これである。
先の悲観云々の話がヨハンの話に繋げるための布石であることに気づいたラムダスが、じっとりとした視線でこちらを睨んできたので、ストレイトスは素知らぬ顔で見えない目を逸らした。
「当然、魔法の使用は禁止すべきでしょう」
騎士の一人が、毅然と己の意見を述べる。
「しかし、先程副騎士団長が仰ったとおり、我々の力だけでは帝国と渡り合うのは難しい。ヨハン殿の魔法は武装媒体と同様、あくまでも帝国を打ち倒すための〝力〟として扱うべきなんじゃないか?」
さらに、ストレイトスの誘導にまんまと乗った騎士が反対の意見を述べる。
そこから先は紛糾の一語に尽きるものだった。
モニア平原の決戦における、ヨハンの破格の戦果を理由に魔法を肯定する意見が出れば、まさしくその魔法に友を殺された者が怒鳴るように否定する。
理屈と感情が入り乱れた議論に収拾などつくはずもなく、それを悟った騎士たちは示し合わせることもなく、自然と、結論を騎士団長と副騎士団長の二人に委ねていった。
議論中、不気味なまでに沈黙を保っていたラムダスの方から口を開く。
「当然、私は魔法の使用には反対です。世界的に禁止されている魔法の使用を容認することは、法を犯す者を容認することと同義。真っ当な騎士であれば忌避感を覚えるのは必定。それゆえに、最悪、騎士団全体の士気が下がることもあり得ます。そうなってしまった場合、魔法という〝力〟を得る以上に、多くの〝力〟を失うことになってしまいます。……ですが……」
諦めたような視線でストレイトスを一瞥したラムダスは、一つため息をついてから言葉をつぐ。
「モニア平原の決戦で騎士以外の多くの者がヨハン君の魔法を、それによってもたらされた多大な戦果を目の当たりにし、新たに加わった一万近くの同志たちも、それについて聞き及んでいます。今ここでヨハン君に魔法の使用を禁ずるのは、騎士以外の士気を下げることになりかねません。そうなってしまった場合もまた、多くの〝力〟を失うことになってしまうことになるでしょう」
「だから、双方が納得できる落としどころが必要。だろう?」
ここでようやく口を挟んだストレイトスに、ラムダスは首肯を返す。
「私としては、ヨハン君の魔法はあくまでも最後の切札として扱うのが妥当だと思いますが、いかがでしょう?」
ストレイトスだけではなく、この場にいる全ての騎士を見回し、ラムダスは問う。
完全には納得できていないが、さりとてこれ以上の落としどころも思い浮かばない――誰も彼もがそんな顔をするだけで、一つの反論も返ってこなかった。
「騎士団長も、それで構いませんね?」
「ああ。異論はない。俺も、それくらいの扱いが妥当だと思っていたからな。だが……」
最後の付け加えられた「だが」を聞いた瞬間、結論が出たことで弛緩しかけていた空気が再び張り詰める。
「ヨハンくんは、見た目や態度ほど和を乱すような人間ではないから、会議の結論を伝えれば魔法の使用は控えてはくれるだろう。それは彼を〝協力者〟として招き入れた俺が保証する。だが……だ。ヨハンくんの目的はあくまでも復讐。そのために必要だと判断した場合は、彼は躊躇なく魔法を使うだろう」
「その場合は、相応の罰を与えるしかないと――」
と、騎士の一人が発言しようとしたところで気づく。
先程ストレイトスの口から出てきた言葉のとおり、ヨハンはあくまでも《グラム騎士団》の〝協力者〟にすぎないことを。
「ヨハンくんの在り方は、我々騎士とも、我々の指揮下に入る同志とも大きく異なる。復讐を果たすために我々に協力しているというだけで、我々の存在が復讐の足枷になると判断した場合、彼は何の迷いもなく我々のもとを離れるだろう」
沈黙が部屋に満ちる。
この場にいる騎士の中で、ヨハンのことを気にくわないと思っている者は少なくない。
だが、今ここでヨハンに抜けられることが《グラム騎士団》にとって――いや、コークス王国にとってどれほど痛手であるかを理解していない者は、一人もいなかった。
「ヨハンくんがモニア平原の決戦であげた最大の戦果は、運用次第では戦況を一変させる力を持った魔法士が《グラム騎士団》の味方についていると帝国に思わせることができた点にある。ヨハンくんがいるだけで、帝国は否が応でも彼の魔法に備えなければならない。それが我々にとってどれほどのアドバンテージになるかは、グラムの騎士たちを指揮する立場にある諸君ならば、論ずるまでもないだろう?」
再び、沈黙が部屋に満ちる。
この沈黙が肯定の沈黙であることを察したストレイトスは、三度の沈黙をもたらす言葉で、ヨハンの扱いについての議論を締めくくった。
「ヨハンくんには、極力魔法を使わないようにしてくれとは伝えておく。だがそれは、決して強制できるものではないということを理解しておいてくれ」





