第73話 武器選び
モニア平原の決戦から一ヶ月。
テストの予想どおり《グラム騎士団》が〝待ち〟に徹した結果、騎士団勝利の報を聞いたコークス王国の地方領主や若者たちが決起し、決戦前は援軍を合わせても三〇〇〇にも満たなかった騎士団の兵力は、瞬く間に一万二〇〇〇にまで膨れ上がった。
その一方で、ヘルモーズ帝国軍は先の敗戦によりコークス王国内における兵力を二万強から一万七〇〇〇にまで減らしたものの、それでもなお数においては《グラム騎士団》よりも上。
さらに、皇弟ユーリッド・ロニ・レヴァンシエルの命により、帝国本土から一万の増援が送られる手筈になっていた。
だが、帝国本土からコークス王国の行軍は、どれだけ足が早くても一ヶ月半はかかり、天候などの影響次第では二ヶ月を超えることもあり得る。
《グラム騎士団》は兵力差を埋めるために〝待ち〟に徹していたが、当然、帝国本土の援軍が到着するまで待ってやるつもりはない。
そしてそれは、帝国側も承知している。
コークス王国内で二年以上に亘り繰り広げられていた《グラム騎士団》と帝国の戦いは、今まさに終わりに向かおうとしていた。
◇ ◇ ◇
モニア平原の決戦後、銀髪碧眼の魔法士――ヨハンは、ジスファーとの死闘で負った傷の回復に専念した。
それから三週間が経ち、概ね傷が癒えたところで、療養中にすっかり鈍った体を一〇日かけて鍛え直した。
そして、ようやくテストとの特訓の再開に至ったわけだが、
「よく〝視〟ていてくれ」
ヨハンが入院していた病院がある町の、郊外にある林の中で、朱髪朱眼の騎士――テストは長剣媒体を脇に構えながら真剣な声音でヨハンに言う。
彼女の眼前には、地面に突き刺した、背丈ほどもある長い棒が二本並立していた。
なんでもヨハンの武器選びに関わる話とのことだが、テストはいったい今から何をしようとしているのか、ヨハンには皆目見当がつかなかった。
「いくよ」
そう宣言した刹那、テストは二本の棒に向かって横薙ぎを放ち、右から左に振り抜かれた長剣媒体が神速の軌跡を描く。
数秒後、今さらながら斬られたことに気づいたように、左側の棒だけが中ほどからずり落ちていく様を見て、ヨハンは瞠目した。
神速の斬撃が通り過ぎたにもかかわらず、平穏無事に佇む右側の棒を見つめながら、ヨハンは訊ねる。
「よくは〝視〟えなかったが……斬撃の途中に光刃を消して、右の棒を通り過ぎた後に再具象して左の棒だけを斬ったのか?」
テストはコクリと首肯し、
「一ヶ月前の決戦でクオンと戦った際、ここぞというところで彼女が使ってきた〝技〟だよ」
クオンの名前を聞いた瞬間、ヨハンの双眸に怒気と殺気が滲みかけるも、一つ息をつくことで無理矢理抑え込み、感情を押し殺した声音で話を続けた。
「……どういう〝技〟か、詳しく聞かせてくれ」
「見てのとおり、武装媒体の消失と再具象を一瞬の内に行なうことでこちらの防御をすり抜ける、厄介極まりない〝技〟さ。動かない的や余程の格下が相手ならともかく、実力の近い相手に対してこの〝技〟を完璧に実行するのは……正直、ボクでもできる気がしない」
剣の腕に絶対的な自信を持っているからか、最後の言葉には露骨なまでに悔しさが滲んでいた。
「武装媒体の光刃は具象する度に魔力を消費をするため乱用はしてこなかったけど、『こちらの防御をすり抜けてくる』と意識させられるだけでも充分すぎる脅威だ。人間離れした機動力に、二本の軽刃媒体による圧倒的な手数、そして消える斬撃……この組み合わせの前では、たとえキミが一流の剣士に匹敵する技術を身につけたとしても、間合いに入られたら三〇秒と持たないだろうね」
知らず、ヨハンは歯噛みする。
ヨハンの剣才では、人生の全てを剣に捧げたとしても、一流の剣士の域に到達できるかどうかも怪しい。
テストの言葉は、事実上クオンの間合いに入り込まれた時点でヨハンに勝ち目がないと断言しているようなものだった。
さらにクオンは風属性魔法をも凌駕する、人の域を逸脱した機動力を有している。間合いに入り込ませないようにすることも、間合いを離すことも、至難と言わざるを得なかった。
そんなヨハンの心中を察してか、テストは先よりもやや明るい声音で本題に入る。
「ここでようやく武器選びの話になるわけだけど……ヨハン、いっそのこと武装媒体による接近戦を捨ててしまうというのは、どうだろうか?」
テストの言わんとしていることに気づいたヨハンは、今もしっかりと懐に仕舞っていたレティアの短銃媒体を取り出し、彼女に見せる。
正解であることを示すように、テストは一つ頷き、
「ジスファーとの戦いでは、その短銃媒体が決め手になったことは聞いている。狙いをつけて攻撃するという点は一部の魔法と共通しているから、キミにとっては剣や槍よりも余程相性が良いはずだ。それに……これはあくまでもボク個人の意見だけど……形見だからこそ、もっとちゃんと使ってあげた方がいいと、ボクは思う」
確かに、テストの言うとおりかもしれないとヨハンは思う。
レティアは帝国と戦うために、この短銃媒体を手にし、《グラム騎士団》への入団を希望した。
そのレティアが、形見だからといっていつまでも後生大事に扱われることを望むとは、とてもじゃないけど思えない。
それに接近戦を捨てるというテストの助言に関しても、確かにその方がいいのかもしれないと思う。
事実、ジスファーとの戦いにおいて、ヨハンは接近戦を捨てていた。
携行していた長剣媒体にしても、ジスファーの接近を許した際に騎槍媒体の間合いから逃げるために使ったきりで、有効に使えていたとは言い難い。
その点短銃媒体は遠距離にいる敵にも攻撃できるため、魔法士であるヨハンにとっては長剣媒体よりも、はるかに使いどころが多い。
それに、使い方次第では接近戦もこなせないわけではないので、敵の接近を許した際の対抗手段としてもそれなりに機能するのも大きい。
「……そうだな。レティアの短銃媒体、使わせてもらうとしよう」
決然と言い切り、短銃媒体を懐に仕舞った。
「そういうわけだから、キミに武術を教えるのはここまでだね」
肩をすくめながら言うテストに、ヨハンは眉をひそめる。
「ここまでだと?」
「ああ。ここまでさ。銃は完全に専門外だからね。ボクがキミに教えてやれることは……何もないよ」
最後の言葉は、どこか寂しげな響きが入り混じっていた。
それに気づいたヨハンは、
「確かに、銃の扱いに関しては教えてもらうことはないのかもしれないが、君の剣を〝視〟るだけでも僕にとっては大きな糧になる。君さえ良ければだが、模擬戦に付き合ってほしいとも思っている。それに、クオンと直接戦った君には、僕がどういう戦い方をすればクオンを相手に有利に立ち回れるのかも教えてほしいと思っている。僕には、まだまだ君の力が必要だ」
あえて馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻を鳴らし、断言した。
テストには、少々刺激が強い言葉を添えてしまったことにも気づかずに。
◇ ◇ ◇
「そ、そうか……」
と応じながら、テストは、さりげなくヨハンから顔を背け、背けきれなかった半顔を掌で隠す。
急激に頬が熱くなっていくのを自覚したがゆえの行動だった。
「そ、そういうことなら、喜んで力にならせてもらうけど……今日のところは自主鍛錬に専念してくれないか。ボクと模擬戦をするにしろ、クオンとの戦い方を考えるにしろ、短銃媒体を使いこなせるようにならないことには始まらないからね」
「確かに、そのとおりだな」
納得したヨハンは「試し撃ちをしてくる」と言って林の奥へ向かい、彼の背中が見えなくなったところで、テストは、深々とため息をつきながらその場にうずくまった。
「落ち着け……ヨハンが必要だと言ったのはボクの〝力〟だ……ボク〝が〟必要だと言ったわけじゃない……」
そう自分に言い聞かせるも、無駄に高まった鼓動はいつまで経っても収まってくれず、頬の熱は耳まで侵食し、隠しようがないほどに濃い赤色に染め上がっていく。
モニア平原の決戦以降、自分がますますヨハンに惹かれていることは自覚していた。
自覚していたからこそ、認めるわけにはいかなかった。
自分にもヨハンにも、復讐という何よりも優先しなけばならない目的がある。
そんな感情に現を抜かしている余裕など、ない。
(それに……ヨハンは……)
否が応でも思い出す。
モニア平原の決戦で死闘を繰り広げた、敵であるにもかかわらずテストが女だということを秘密のままにしてくれた、ヨハンのことを「預ける」と言ってきた、〝彼女〟の言葉を。
『恋人だった――って言ったら、テストさんは信じます?』
そう言った後すぐに〝彼女〟が逃げるように去っていったため、言葉の真偽を、そこに込められた真意を確かめることはできなかった。
……いや、仮に〝彼女〟がその場に留まっていたとしても、真偽と真意を確かめることはできなかっただろうとテストは思う。
〝彼女〟の真意はともかく、言葉の真偽については確かめるアテはあるが……ヨハン本人に聞くのは彼の心の傷に塩を塗り込むようなものだし、ヨハンの友人であるカルセルに聞くのはヨハンの心に土足で踏み込むようなもの。
そんな厚顔無恥な真似がテストにできるはずもなく、この一ヶ月の間、悶々と〝彼女〟の言葉を胸の内に抱え続けていた。
抱え続ければ続けるほどヨハンのことが気になり、ますますヨハンに惹かれていくことを自覚しながら。
それに……なぜか、どうしても、〝彼女〟の言葉を、その際に交わした会話の内容を、ヨハンに伝えることに強い抵抗を覚えていた。
ますますヨハンに惹かれていることを自覚してからは、抵抗がどういった感情から生まれるものなのか、なんとなくわかってきたような気がするが、だからこそ、ヨハンへの想いと同様、認めるわけにはいかなかった。
そこまで懊悩したところで、テストはかぶりを振り、軽く両頬を張って無理矢理気持ちを切り替える。
胸の内に抱える以外に選択肢がない以上、結局のところ棚上げする以外にやれることはない。
それならば、今しばらくは〝彼女〟の言葉を忘れて、ヨハンが〝彼女〟に負けない戦い方を思案する方が、余程有意義というものだ。
そうして無理矢理自分を納得させたテストは、頬の火照りが鎮まっているのを確認してから、射撃訓練をしているヨハンのもとへ向かった。
今回は、お待たせしすぎたお詫び&ブクマ100件超えた記念&あわよくばランキングにのりたい(本音ダダ漏れ)という諸々の事情により連続的に投稿させていただきマース。というわけなので(どういうわけだ?)、ブクマ&評価をいただけると幸いデース。





