第70話 強襲
シエットとともにヌアーク城にたどり着いたクオンを出迎えたのは、門兵と思われる無数の焼死体だった。
そして、その焼死体をつくったのが、
「くく……はは……はははははッ!! そうだ……これが俺の力だッ!! ヨハン・ヴァルナスごときに後れをとったのは、何かの間違いだったんだよぉッ!!」
城門から城に続く道の途上で馬鹿笑いしている、一人の《終末を招く者》の構成員。その構成員も当然、仮面と外套に身を包んでいるわけだが、
(三日前、ヨハンの魔力感知力を確かめるのに利用した〝彼〟ですね)
声音と気配だけで、クオンは断定する。
どうやら〝彼〟は、地下水路でヨハンに負けたことが相当尾を引いているらしく、今は公都の外でディザスター級澱魔と戦っているであろうヨハンの名をしきりに口に出し、自分の方が優れているだのなんだのと、〝彼〟の戦いぶりを見物していた二人の構成員に吹聴していた。
(まったく。今はできるだけヨハンのことを考えないようにしたいのに、ヨハンヨハンって連呼して……)
と、心の中で愚痴っていた矢先のことだった。
城門の方角から風のように影のように現れた一人の構成員が、シエットに駆け寄り、耳打ちする。
誰も彼もが仮面と外套に身を包む中、迷うことなくシエットを特定した洞察力と足音一つ立てない身のこなしを見るに、この構成員は、自分と同じ養成施設上がりだろうとクオンは推測する。
逆に、〝彼〟と行動を共にしている者たちは、〝武〟の気配をほとんど感じないことから、〝彼〟と同じく魔法士としての実力を買われて《終末を招く者》にスカウトされた者たちだろうと推測する。
そんな益体もないことを考えている間に構成員はシエットから離れ、シエットがこちらに仮面を向けてくる。
「ヨハン・ヴァルナスがディザスター級を倒した。貴様の見立てどおりにな」
シエットの言葉に、クオンは仮面の下で〝仮面〟の嗤みを浮かべ、
「ほぉら、言ったとおりだったでしょう」
それ見たことか――と言わんばかりに、嘲笑を交えた声音で言った。
ヨハンがディザスター級に勝利したことに安堵している、心の内を隠しながら。
一方、それなりに距離が離れているにもかかわらずクオンたちの会話が聞こえていた〝彼〟は、またしてもヨハンに敗北感を植え付けられ、わなわなと震えていた。
そんな外野をよそに、シエットはただ言葉を羅列したような無機質な物言いで、クオンに言う。
「手練れの魔法士とディザスター級との戦いは、〝実験〟の場を温めるには打ってつけ。そして、ディザスター級を単独で打倒するのは、手練れ程度の魔法士では不可能に近く、抹殺対象を葬るにも打ってつけ。セルヌント公の気性と国主しての能力から、ディザスター級討伐のためにヨハン・ヴァルナスの魔法を解禁するという貴様の見立てを聞いた時は一石二鳥になるかと思ったが……ディザスター級がヨハン・ヴァルナスに撃退されるというもう一つの見立てに関しては、正直外れると思っていたぞ」
「外れると思っていた割には、公都に雑魚澱魔をバラ撒くというわたしの案、あっさりと採用しましたよね?」
「ディザスター級を公都外に召喚する必要が出た時点で、イレギュラーに対応するための手は打てるだけ打っておくべきだと判断したまでだ」
「あ~なるほど。そういうことでしたか」
わざとらしくポンと両手を打ち鳴らすクオンに、シエットは相も変わらぬ淡々とした物言いで訊ねる。
「この後、ヨハン・ヴァルナスがどう動くか予測できるか?」
クオンは「もちろん」と首肯し、
「間違いなくお城に来ますね。ヨハンのセルヌント公に対する忠誠心は相当ですから」
「そうか。わざわざ向こうから来てくれるというのであれば好都合だな」
「こちらから始末しに行く手間が省けますからねぇ」
肩をすくめながら、思ってもいないことを平然と言ってのける。
決して表には出ない心の奥底で、血の滲むような痛みを覚えながら。
「それより、いつまでもこんなところで油を売ってていいんですか? 先にお城に突入した人たち、だいぶ苦戦してるみたいですよ」
他人事のように言うクオンに、シエットはため息まじりに応じる。
「状況がわかっているのなら、さっさと行って道を空けてこい」
「はいはぁい」
と、軽い調子で返しながらも、ここから十数メートル向こうにある城の入口――魔法によって破壊された大扉の向こうに見える城の玄関広間を注視する。
玄関広間では、数十人から成るブリック公国軍兵士と、十数人から成る《終末を招く者》の精鋭たちが、一進一退の攻防を繰り広げていた。
当然と言えば当然の話だが、城内にいる兵士の中には、見知った顔もそれなりに混じっていた。
(やる前から心を痛めようだなんて……我ながら烏滸がましいですね)
狂気の〝仮面〟を深く深く被り直し、
「それじゃあ、ちゃっちゃと片づけてきますね」
地を蹴り、刹那にも満たぬ間に城内に突入。
城外にいる、シエットを除いた全ての者たちの目には、突然クオンの姿がかき消えたようにしか見えない神速の踏み込みだった。
玄関広間の中央に到達すると同時に、クオンは懐から武装媒体を取り出す。
長剣媒体ではなく、ナンバー90の得物――二本の軽刃媒体を。
転瞬、十の斬撃が閃き、同じ数だけの兵士が首筋から血飛沫を上げ、倒れ伏す。
忽然と現れ、十人の命を一瞬で奪った仮面に敵味方問わず驚愕し、数瞬の間、時が止まったような静寂が玄関広間を支配する。
直後、静寂をもたらした張本人が、神速の踏み込みで玄関広間の奥――中央階段に通じる大廊下に突貫。
道すがらに五つの首を刎ね飛ばし、それを見た兵士と《終末を招く者》が戦闘を再開したことによって、玄関広間を支配していた静寂が打ち破られる。
クオンは戦いの喧噪を背に、大廊下を護る大勢の兵士を、斬り、裂き、刎ね……所詮自分は《終末を招く者》だと言い聞かせるように、慈悲なく容赦なく鏖殺。大廊下を血の赤で染め上げた。
大廊下の終点――閉め切られた大扉の向こうにある中央階段にも、相当な数の兵士が配されていることを気配だけで把握するも、
(まぁ、道を空けてこいとしか言われてませんし、今は玄関広間の方を優先するとしましょう)
すぐさま玄関広間に引き返し、味方に加勢。
一進一退の攻防を続けていた戦場を、クオンはものの数分で平定せしめた。
「どうやら、腕は鈍っていないようだな」
玄関広間にやってきたシエットが、淡々と言う。
遅れてやってきた〝彼〟と二人の構成員は、玄関広間に拡がる屍山血河に少々圧倒されている様子だった。
「まぁ、久しぶりの全速力なので、足がビックリしちゃいましたけどね」
というクオンの戯言を無視し、シエットは、クオンを含めた全ての《終末を招く者》に告げる。
「今から玉座の間に通じる三つの階段を制圧する。先行部隊は右翼側から攻め上り、階段を制圧した後に、部隊の三分の一を残してその場を死守。残りは玉座の間を攻め落とせ。後発の三人は左翼側から攻め上り、階段を制圧した後にその場を死守。ナンバー90、貴様は上階も含めた左翼側にいる兵士を鏖殺しろ」
クオンは己を指差しながら、シエットに訊ねる。
「わたし、玉座の間を攻め落とす手伝いはしなくていいんですか?」
「構わん。〝実験〟に必要なのは魔法士と澱魔。魔法が使えない貴様が居ては、むしろ邪魔になるだけだからな」
「邪魔だなんてひどいですねぇ。それで、中央階段はやっぱりシエットさんが?」
「無論だ。〝実験〟の邪魔が入らないようにするためにも、玉座の間と直通になっている中央階段は塞いでおく必要があるからな。私一人の方がやりやすい。さらに言えば、玄関広間並びに城門の守りについても心配は無用だ。外にいる構成員たちに、手が空き次第守りに入るよう命じてある」
クオンのさらなる質問を待ったのか、それとも他の者から質問が出るのを待ったのか、数秒の沈黙を挟んだ後、シエットは、号令と呼ぶにはあまりにも静かな声音で言う。
「いけ、《終末を招く者》よ。この国に終末をもたらすために」





