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悪愛の復讐者  作者: 亜逸
第3章

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第47話 開戦

 太陽が東の地平から顔を出したばかりの時分、アルトラン率いる掃討軍はモニア平原に到着していた。


「やはり、騎兵対策はしてきたか」


 愛馬から降りたアルトランは、部下から受け取った遠眼鏡で、平原の彼方に布陣している《グラム騎士団》と、その前方に設置された拒馬(きょば)――木組みの障害物――の群れを睨みつけた。

 カウロウ伯の領民にでも手伝ってもらったのか、拒馬の数は無数としか形容しようがないほどに多く、人が通るには容易く、馬が通るには難しくなるよう配置されていた。

 それが《グラム騎士団》の陣地いっぱいに拡がっているものだから、騎兵は事実上封じられたも同然。自然、アルトランの表情が険しくなる。


 肝心要の《グラム騎士団》の兵力は、目算でおよそ三〇〇〇。その内の半数が、グラムの騎士を象徴する真白い騎士服に身を包んでいた。

 残りは、カウロウ伯や他地方から送られてきた援軍と思われる、軍服に身を包んだ兵士が一〇〇〇強。

《グラム騎士団》が各地で募った、同志と思しき者たちが五〇〇弱。

 同志たちの着衣は、騎士や兵士とは違って統一されておらず、思い思いの服装で決戦に臨んでいた。

 

「攻めるならやはり、身の程も弁えずに戦場に出てきた者たちからだな」


 独りごち、遠眼鏡を部下に返していると、


「我も異論はないが、油断は禁物だぞ」


 甲冑の音とともに、やけにかすれた男の声が背後から聞こえてくる。

 振り返るまでもなく声の主がジスファーだとわかったアルトランは、彼方にいる《グラム騎士団》に視線を固定したまま応じた。


「わかっている。あのストレイトスが、ただの数合わせで素人を戦場に放り込むとは思っていない。だが、だからといって放置するわけにもいくまい」

「勝負所で手札を()()()()よりは、早期の内に手を出して手札を()()()()ということか」


 アルトランは「うむ」と応じた後、右手に見える、平原を区切るようにそびえ立つ山に視線を移す。

 麓にしろ山肌にしろ草木はそれなりには生えているものの、あくまでもそれなりなので、まとまった数の人間――例えば伏兵などを隠すには向いていない。

 そもそも、山はこちらの陣地からは五キロ近く離れているため、伏兵どうこう以前に奇襲を仕掛けられるような距離ではない。

 だが、


「少し、気になるな」

「それならぁ、わたしが見て来ましょうか?」


 背後から女性の声が聞こえ、アルトランは思わず目を見開いた。

 声をかけられる寸前まで、彼女――クオンの気配を察知できなかったがゆえに。


「ギリギリまで気づかせないとは、さすが七至徒というべきか……」


 そう独りごちながら、アルトランは半顔だけを振り返らせ、ジスファーの隣に並ぶクオンを見やる。

 戦場で《終末を招く者(フィンブルヴェート)》の構成員姿――古拙(アルカイック)な仮面とフード付きの外套は悪い意味で目立つと考えたのか、今の彼女は帝国軍の軍服に身を包んでいた。


「ヨハン・ヴァルナスはいいのか?」

「そのヨハンがですね、ここから見た限りだと、どこを探しても見つからないんですよぉ」

「だからか」


 納得したように応じた後、アルトランは顎に手を当て、数瞬黙考する。


「……ジスファー。クオン嬢。七至徒第四位の女性は、確か帝国随一の魔法士だったな? 彼女なら、あの山から奇襲を仕掛けることは可能か?」

「不可能だな」


 ジスファーが即答する。


「ルナリアがどうこう以前に、あれだけの遠距離から攻撃できる魔法が存在しない。風属性魔法を使えば一気に距離を詰めることも可能だが、さすがにこの距離は遠すぎる」

「わたしも概ね同意ですけどぉ……ヨハンなら、どちらもできちゃうような気がするんですよね~」


 ニコニコ嗤いながら、笑い事ではないことを(のたま)う。

 もっとも、笑えていないのはアルトランだけで、ジスファーは甲冑の下で興味深げな笑みを浮かべているが。


「やはり、警戒しておくに越したことはない……か。クオン嬢、頼めるか?」

「はぁい、もちろんです。わたしから言い出したことですから。それに、あの山にヨハンがいなくても、高いところからなら見つけられるかもしれないですし」

「そういうことなら、遠慮なく頼むとしよう」

「頼まれましたぁ」


 ビシッと敬礼した後、クオンは軽やかな足取りで、アルトランのもとから去っていった。

 クオンの姿が見えなくなったところで、ジスファーはどこか楽しげな声音で訊ねる。


「さて、アルトラン。我をどこで使()()つもりなのか、聞かせてもらおうか」

「ストレイトスが、バカ正直に倍の兵力を相手取るとは思えない。何かしらの秘策を用意してあるはずだ」

「向こうが秘策(それ)を切った時……その時が我の出番というわけか」

「うむ。どれほど優れた策でも、突出した一個の〝武〟には敵わないことを存分に思い知らせてやれ」

「承知した」



 ◇ ◇ ◇



 帝国兵が慌ただしく陣形を形成する最中(さなか)を、クオンは一人小走りで走り抜けていく。


(ダメですね……)


〝仮面〟の()みをそのままに、心の中で嘆息する。

 まるで余裕がなかった。

 はっきりと自覚できるほどに余裕がなかった。


 帝国掃討軍とともに王都を発って以降、カウロウ伯の領地に近づけば近づくほどに焦燥が募り、余裕が失われていくのを手に取るように自覚できた。

 そして、決戦直前になって()()がピークを迎えたことも自覚できた。


 クオンの余裕を根こそぎ奪っている存在は、もちろんヨハン・ヴァルナス。

 フルードの町で再会した時に見せた彼の憎悪と殺意は、確実にクオンの心を蝕んでいた。


 しかし、それでもなお、ヨハンへの想いが揺らぐことはなかった。

 だからこそ、ヨハンのことが心配で心配でたまらなかった。


 今ヨハンは、ジスファーという怪物に目をつけられている。

 魔法士でもないのにディザスター級澱魔(エレメント)を単独で討伐する、正真正銘の怪物に目をつけられている。

 その怪物によしんば勝てたとしても、帝国がヨハンのことを脅威と見なし、排除する方向に向かうのは必至。

 勝っても負けても、ヨハンに未来はない。


(ヨハンが、決戦に参加していないことを祈るしかありませんね……)


 そう願いながらも、そんな都合の良いことは絶対に起きないと、諦めにも似た確信を心の奥底で抱いていた。


 この世界は、理不尽で、不条理で、残酷で、最低で……どれほど罵詈雑言を並べても足りないくらいにロクでもない。

 ただ(ナイア)と一緒にいたい――そんな些細な願いさえも、まともに叶えさせてはくれないのだから。

 だから、そんな都合の良いことは起きない。絶対に起きない。


 そもそも《グラム騎士団》に身を寄せている以上、ヨハンが決戦に参加しないなんてことがありえない。

 騎士の多くは規律にうるさいため、禁忌となる魔法を使わずに決戦に参加する可能性もなくはない。

 だが、そうなったらそうなったで、ヨハンが生き残る可能性は極端に低くなる。

 魔法を使わないヨハンの強さは、平凡かそれ以下だ。

 ジスファーに狙われるまでもなく、命を落とす可能性が極めて高い。


 それに、話に聞いていたグラム騎士団長ストレイトスの曲者っぷりを考えると、ヨハンに魔法を使わせないなんてことはありえないだろう。

 ヨハンについて報告した際、ジスファーもアルトランも、《グラム騎士団》がヨハンに魔法を使わせないという選択肢を除外して話を進めていたことが何よりの証左だ。


 だから、誰よりも早くにヨハンを見つけ、無力化する。

 その後のことは……その時に考える。


 そんな結論しか出てこないことに、クオンは内心頭を抱えそうになる。


(本当に、余裕がありませんね)


 知らず、〝仮面〟の隙間から苦みが漏れる。

 それに気づく余裕すらも、今のクオンにはなかった。


(まずは将軍さんに頼まれたとおり、あの山を調べましょう。人一人捜すのは正直面倒な規模ですが、幸いヨハンは気配を殺す(すべ)を知りません。気配を探ることに注力すれば、わたしの脚ならそこまで時間を取られることはないはず)


 やがて味方の陣を抜けると敵に発見()()()()よう、文字どおり目にも止まらぬ速さで駆け出し、山へ向かった。


 自分のためでもなく、帝国のためでもなく、ただ愛する人(ヨハン)のために。



 ◇ ◇ ◇



《グラム騎士団》陣地最奥。

 そこに築いた物見台の騎士から叫び声が上がるのと、対峙する帝国掃討軍から(とき)の声が上がるのは、全く同時のことだった。


「来ます!」


 敵方の鬨の声が耳を圧する中、人の域を超えたストレイトスの聴力が、物見台の騎士の叫びをしっかりと聞き取る。

 そして、味方に向かって、鬨の声を圧するほどの大音声で叫んだ。


「聞けいッ!! グラムの――いや、コークス王国の勇士たちよッ!! この戦いは、王都を取り戻す第一歩の戦いでありッ!! その趨勢を左右する決戦でもあるッ!! 敗北は一度だけで充分だッ!! 眼前の痴れ者どもを蹴散らしッ!! 王都をッ!! 王国をッ!! 帝国から取り戻すぞぉおおおおおおおおおおおおッ!!」


 直後、掃討軍のそれを上回る鬨の声が平原を揺らす。

 その雄々しさたるや、一聴して掃討軍(むこう)の士気を上回っていると確信できるほどのものだった。


「相変わらず見事ですね、騎士団長」


 ストレイトスの隣にいた、副騎士団長――ラムダスが、言葉どおり感心したように言う。


「世辞はいい。それより〝仕込み〟の方は上手くいきそうか?」

「ご心配なく。戦力の配分には細心の注意を払いましたので」

「そいつはけっこう。後は、テストくん次第だな」

「山を越えてのアルトラン暗殺ですか。……いくらテスト君といえども、かなり厳しいと言わざるを得ませんが、それ以外に手がないのも事実ですね」


 テストが別行動をしている()()()理由を口に出され、ストレイトスは人知れず肝を冷やす。


 ラムダスは知らない。

 別行動をしているのはテスト一人だけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()ヨハンが同行していることを。

 本当はアルトラン暗殺作戦ではなく、ヨハンの魔法による奇襲作戦であることを。


 ラムダスという男は、良い意味でも悪いでも生真面目で、規律にうるさい。

 融通は全く利かないというわけではないが、それでも、利きにくい部類であることに間違いはない。

 だからこそストレイトスは、ラムダスを副騎士団長に据えたことはさておき、禁忌とされている魔法を率先して使うような作戦を組んだことを彼が知れば、


(下手をすると、決戦の後に決戦が勃発する可能性すらあるな)


 だがその心配も、この戦いを乗り切ってこそのもの。


 ラムダスに二時間超の説教をくらうことになろうとも、部下の騎士たちに糾弾されることになろうとも、この戦いに勝つためにはヨハンの魔法が必要不可欠。

 ヨハンの魔法が想定どおりに決まれば、確実に敵味方問わず混乱に陥る。

 だが、魔法を受けた敵側の方が混乱が大きいのは言うまでもなく、味方側の混乱は自分ならば一声で収めることができる。

 その差を利用し、さらには「魔法で攻撃されるかもしれない」という疑心暗鬼をも利用して、敵軍を一気呵成に叩く。

 それがストレイトスが見出した、勝利への道筋だった。


 それ以外の方法でこの戦いに勝つとなると、それこそ本当にアルトラン暗殺などという無茶な作戦をテストに押しつけ、成功させてもらう他なかっただろう。


(まあ、それよりマシというだけで、奇襲作戦も大概に無茶ではあるがな)


 ヨハンとテストには聞かせられない独白を最後に、ストレイトスの表情から緩みが消える。


「もう少し前に出て指揮を執る。征くぞ、ラムダス」



 ◇ ◇ ◇



 第二陣に配されたカルセルは固唾を呑みながら、光刃を具象した戦斧媒体(アックス)を握り締める。


 敵の先陣は予想どおりの魔法士部隊。

 無数の掌から放たれた火属性魔法が、拒馬ごと焼きつくさんと味方の先陣に降り注ぐ。

 だが予想どおりと称したとおり、先陣を行く味方の手には、魔法に抗する〝手段〟が握られていた。


「いまだッ!! 構えろッ!!」


 隊長の騎士が叫ぶのと同時に、オディックヘドロン製の大盾を持った騎士たちが前に出る。

 大盾を構えた瞬間、その表面が薄く青白い魔力の光で覆われた。


 直後、降り注いできた多種多様の火属性魔法が大盾に直撃。

 その衝撃で、踏ん張っていた騎士の足が十数センチ地面を削るも、火傷一つ負うことなく火属性魔法の雨を凌ぐことに成功する。


 転瞬、大盾部隊の後方に配されていた騎士たちが、武装媒体(ミーディアム)を手に前線に躍り出る。

 敵先陣からも、魔法士部隊の後方に配されていた兵たちが、武装媒体(ミーディアム)を手に騎士たちを迎え撃とうとするも、


「つ、強い……!」

「ぐああああああああああああああッ!!」

「怯むな! 前に出――ぐふッ!?」


 個々の〝武〟でグラムの騎士に敵うはずもなく、あえなく返り討ちに。

 騎士たちは勢いをそのままに魔法士部隊に斬りかかり、敵先陣をズタズタに切り裂いていく。


 初手は完全に《グラム騎士団》の流れだった。にもかかわらず、敵先陣の指揮官の表情に焦りはなかった。


「ふん……グラムの騎士が手強いことは、今までの戦いで嫌というほど理解している。だから――」


 指揮官は、グラムの騎士でもなければ、地方領主軍の兵士でもない、素人くさい服装をした者たちが密集している陣を見やる。

 さながら、獲物を見つけた狩人のような視線で。

 事実、素人どもの陣は獲物だった。

 陣の脇腹に食いつこうとしている、指揮官が送り出した別動隊にとっての。


「愛国心からか功名心からかは知らんが、素人が戦場に出てきたこと、たっぷりと天上(あの世)で後悔させてやれ……!」


 拒馬と拒馬の間を駆け抜け、別動隊はその手に持った武装媒体(ミーディアム)で素人どもの陣を強襲する。

 次の瞬間に起きたのは、一方的な蹂躙。

 ()()()()()()()()()()()()()、一方的な蹂躙だった。


「なあああああああッ!?」


 余裕すら窺わせていた指揮官が、別動隊が返り討ちに遭う様を見て、顎が外れそうなほどに大口を開ける。

 指揮官は知らない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 素人――《グラム騎士団》の同志たちは、騎士服や軍服を身に纏い、後詰めとして陣の後方に配置されていたことを。


「いまだッ!! 第二陣、かかれええええええッ!!」


 ストレイトスの号令がかかり、カルセルのいる第二陣が一斉に突撃を開始する。


(今度は、逃げることなく最後まで戦うんだ!)


 ただそれだけを胸に、カルセルは戦場を駆ける。

 ほどなくして目についたのは、大口を開けたまま呆然としている敵先陣の指揮官。

 武勲に興味が持てるほどの余裕はないが、好機を見逃すほど余裕がないわけではない。


 転瞬、カルセルは地を蹴り砕き、唯一最大の武器である瞬発力をもって、敵指揮官に肉薄。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 突貫の勢いをそのままに、戦斧媒体(アックス)で敵指揮官を(はす)に両断した。

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新作「孤高の暗殺者は、王女を拾い育てる」がファンタジア文庫より7月17日に発売されマース。
本作とはまた違った方向性のダークファンタジーになっておりマスので、興味が湧いた方は下の画像リンクから特設サイトを覗いていただけると幸いデース。

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