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悪愛の復讐者  作者: 亜逸
第3章

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第46話 決戦前夜

 翌日。

 戦支度を終えた《グラム騎士団》は本拠地としていた山砦を放棄し、出陣する。

 それから、二日かけて決戦の場となるモニア平原へ移動。

 帝国軍に先んじて平原にたどり着き、一日かけて陣地を築いた。

 

 帝国軍がモニア平原に到着するのは、明日の朝。

 ゆえに、騎士も同志も、陣地の後方に設営したテントの中で早めの就寝につくこととなった。


 そんな中、ヨハンは一人陣地を離れ、しばらく歩いたところにある岩場に身をひそめる。

 周囲に自分以外の人間がいないことを確認すると、小脇に抱えていた布を地面に拡げ、懐から長剣媒体(ソード)を取り出し、光刃を具象。その光で地面の布を照らす。

 もはや言及するまでもないが、布には魔法陣が描かれていた。


 魔法陣に描かれた紋様に不備がないことを確認すると、布を四つ折りにたたみ、巻物のように巻いてから紐で縛る。

 それから数瞬、その手に持っていた長剣媒体(ソード)を見つめ、


「才能はなくても、持っていないよりはマシか」


 自分に言い聞かせるように呟いてから光刃を消し、懐に仕舞う。

 そして、代わりに、長剣媒体(ソード)とは別の武装媒体(ミーディアム)を懐から取り出した。


 取り出した武装媒体(ミーディアム)は、レティアの形見――短銃媒体(ピストル)

 扱い方を知っていたせいか、レティアの形見をみだりに使う気にはなれなかったせいか、いまだ一度も引き金を引いたことがない短銃媒体(ピストル)


 使うつもりがないのであれば、明日の決戦では置いていって、予備の長剣媒体(ソード)でも携行した方がいいのかもしれないが……どうしても、そんな気にはなれなかった。

 テストに言われたとおり、お守り代わりにするというわけではないが……どうしても、肌身から離す気にはなれなかった。

 ただなんとなく、置いていったらレティアが寂しがるような気がした。

 ただなんとなく、持っているだけでレティアが力を貸してくれるような気がした。


 結局、()()()()()()携行することに決めたヨハンは、その想いを表すように短銃媒体(ピストル)を懐に仕舞い込む。

 直後、


「……!」


 誰かがこの岩場に近づいてくる気配を感じ取り、ヨハンは()()()()()()()()()


(いつの間に僕は、気配なんてものを感じ取れるようになったんだ?)


 自問しても答えは返ってこなかった。が、気配を感じ取れるようになった理由は、はっきりしていた。


(テストに感謝だな)


 気配の主が、騎士か同志のいずれかということはわかりきっているが、念のためいつでも魔法を放てるよう身も心も構える。

 ほどなくして、岩場に現れたのは、


「どこに行ったかと思ったら、こんなところにいた~」


 ヨハンの友――カルセルだった。


「まったく、陣地の中を探しても見つからないわけだよ」

「すまない。明日に備えて装備の確認をしていたんだが、さすがに魔法陣の布を、他の人間に見られるわけにはいかないからな」

「あ~……確かにそれは、陣地の中で確認するわけにはいかないか」


 カルセルは、ヨハン、テスト、ストレイトスの三人以外で、ヨハンの魔法による奇襲作戦を知っている唯一の人間だった。

 副騎士団長のラムダスですら知らないことを――知っていたら確実に反対されるため、知られるわけはいかないが――カルセルが知っているのは、ひとえにカルセルがヨハンの友であり、ヨハンが禁を破って魔法を使うことへの忌避感が薄いためにあった。

 

「それより、探していたということは、僕に何か用でもあるのか?」

「ま~、用ってほどたいしたことじゃないんだけど……明日になったら、お互いどうなるかなんてわかったもんじゃないからさ。今の内にちょっと、聞いておこうと思って」

「カルセル。そんな弱気な考えでは――」

「わかってるわかってる。そんなんじゃ、明日の戦いは生き残れないって言いたいんだろ? そんなことはオイラもわかってるけど……ヨハンも知ってるだろ? どんな気構えでいようが、死ぬ時は死ぬってこと……」

「……ああ。嫌というほどな」


 沈黙が下りる。

 二人の脳裏に去来するのは、公都ヌアークが陥落した日。

 主君の命が、仲間の命が、あっけなく散った夜。

 あの時の記憶が蘇り、ヨハンも、カルセルも、己の無力さをそれこそ嫌というほど噛み締めた。


 このままではずっと黙ってしまいそうだと思ったのか、カルセルは無力感を振り払うようにかぶりを振り、口を開く。


「あの時……ヨハンと再会した時は、クオンちゃんが《終末を招く者(フィンブルヴェート)》だったって話になって有耶無耶になったけど……あの地獄からおめおめと逃げたオイラのこと……ヨハンはどう思ってる?」


 どこか覚悟を滲ませたカルセルの顔を見て、ヨハンは気づく。


「許せない――そう言ってもらいたそうな顔をしてるな」


 どうやら図星だったらしく、カルセルは気まずそうに口ごもった。


「何の罪悪感も感じずに、のうのうと生きているだけだったら君といえども許せなかっただろうが、カルセル・マルセルがそんな人間でないことは僕が一番よくわかっている。現に、今も罪悪感で押し潰されそうな顔をしてるしな。そんな顔をしている友人に向かって『許せない』と言えるほど、僕は冷酷にはなれないよ」

「は……はは……そうか……やっぱり……そうか……」


 弱々しく、カルセルは笑う。

 許してもらえたことを喜ぶように。

 許してもらえたことを拒むように。


「どうせ僕が許しても、カルセル自身が自分のことを許せないだろうから言っておく。自分を許せないからって、明日の戦いで死に急ぐようなことをしたら……それこそ僕は、君のことを許さない……!」

「〝そっち〟は許さない、か。やっぱりヨハンは……どれだけ変わってもヨハンなんだね……」

「悪かったな」


 不機嫌そうに言うヨハンに、カルセルは笑う。

 どこか嬉しそうに。

 どこか吹っ切れたように。


「良い意味で言ったんだよ。正直に言うと心配してたんだよ? 今のヨハンときたら、口調だけじゃなくて、コミュニケーション能力までレグロ並みになっちゃってるし」

「……あそこまではひどくないぞ」

「じゃあ聞くけど。この二週間、オイラとストレイトスさんとテスト()()以外の人と、まともに喋ったことある?」


 思いっきり、口ごもってしまう。

 言われてみれば、グラムの騎士はおろか、騎士団に協力する同志とも、まともに会話を交わした記憶がなかった。

 後者に関しては、立場上は〝協力者〟であるヨハンと同じだから、もう少し接点があってもおかしくないのに、会話を交わした記憶が全く言っていいほどなかった。


「まさかとは思うけど、一匹狼を気取ることにハマってたりなんかしないよね?」

「するか……ッ」


 と、反論するヨハンの語気は、いまいち力強さに欠けていた。


「しょうがないから、()()()()()()()()()()ヨハンが孤立しないよう、オイラがフォローしてあげるよ」


 その言葉に、ヨハンは一瞬目を丸くし、微笑を浮かべる。


「少しは、自分を許せたみたいだな」

「許してないよ、少しも。ただ、ヨハンと喋ってたら……少しだけ、心が軽くなった」


 カルセルも微笑を浮かべながら、ヨハンに向かって拳を突き出す。


「そうか」


 どうやら言葉どおりに心が軽くなったようで、カルセルの表情が先程までよりも若干明るくなったことに安堵しながら、ヨハンは拳を突き合わせた。


 そんな二人のやり取りを聞いていた第三者――テストは、岩場の影に隠れたままため息をつく。

 なんとなくヨハンのことが気になって探していたら、カルセルがこの岩場に向かうのを見かけ、後をつけたのだ。

 ヨハンの未熟な気配察知力では、毛ほども感じ取ることができないほどに気配を殺して。


(こういう時の男というか男の子というか……とにかく、ちょっと、羨ましく感じるのはなんでなんだろうね)


 心の中で独りごちた後、もう一度ため息をつき、立ち上がる。


(何をやってるんだろうな。ボクは)


 そして、二人に気づかれないよう、静かに、静かに、この場から立ち去っていった。

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