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悪愛の復讐者  作者: 亜逸
第3章

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第38話 再会

「久しぶりですね、ヨハン」


 横合いから聞こえてきた声に、ヨハンは思わず瞠目する。


 公都ヌアークが陥落した時の、嫌というほど見慣れた悪夢を見て。

 怒りと哀しみで()()ぜになった心を鎮めるために夜のフルードを歩いて。

 気がつけば郊外にたどり着いて。

 なんとなく足を止めて星を眺めていたら。


「クオン……!」


 会いたくて会いたくてたまらなかった、復讐したくてしたくてたまらなかった女と再会することができた。

 鎮めようと努めていた、怒りが、哀しみが、ヨハンの心を瞬く間に塗り潰していく。


 ヨハンは懐から長剣媒体(ソード)を取り出し、光刃を具象。

 怒りに駆られようが、クオン相手に剣で挑む愚を犯すヨハンではなく、右手に持った長剣媒体(ソード)をぶん投げると同時に、そのまま掌を前方に掲げ、


「〝レッド――」


 刹那、視界に映っていたクオンの姿がかき消え、ぶん投げた長剣媒体(ソード)が空を切る。が、


「――ボム〟!」


〝視〟えないまでも、背後をとろうとするクオンの動きを感じ取ることができたヨハンは、テストに感謝しながらも、右掌ごと振り返って火球(レッドボム)を放った。

 しかし、


「ちぃ……!」


 半身を引くだけであっさりとかわされてしまい、彼方へと飛んでいった〝レッドボム〟は、射程限界に達したところで緩やかに消え失せていった。


「すごいですね、ヨハン。もうわたしの動きを追えるようになるなんて」


 クオンは心底感心したようにパチパチと拍手を送りながら、ゆっくりとヨハンから離れていく。

 近すぎず遠すぎず、落ち着いて話をするのに適した距離で足を止めると、艶然と嗤いながら言葉をついだ。


「ですが、わたしの動きに〝ついていく〟ことは、まだできなさそうですね」


 まさしく今実感したことを指摘され、ヨハンは忌々しげに歯噛みする。

 わかっていたことだが、数日〝視〟る鍛錬をつけただけで打倒できるほど、クオン・スカーレットという怪物は甘くなかった。


「なぜ、お前がここにいる?」


 詠唱の隙を探りつつ、思っていた疑問をそのままぶつける。


「そんなの決まってるじゃないですかぁ。ヨハンを《終末を招く者(フィンブルヴェート)》に勧誘するためですよ。そろそろ色よい返事が聞けるかな~って思いまして」

「色よい返事か……ならば聞かせてやる。何度誘われようが、僕の答えは『ノー』だ。お前も、《終末を招く者(フィンブルヴェート)》も、帝国も、僕がこの手で潰してやる……!」


 睨むだけで人が殺せそうな、殺意に満ちた視線でクオンを射抜く。


 その時――


 わずか。

 本当にわずかだが、嘲笑うような()みを浮かべていたクオンの表情が、一瞬だけ揺らいだような気がした。

 

「……そんなに、わたしのことが憎いですか?」

「ああ」


 しかし、それを気にとめる余裕など今のヨハンにあるはずもなく、憎しみを吐き出すような声音で容赦なく肯定した。


「……殺したいほどに、ですか?」

「ああ」


 続く問いへの答えも、一切の躊躇も容赦もなかった。

 

「そうですか……やっぱり、そうですか……」


 ブツブツと呟いた後、


「ふふふ……あはは……あははははははははっ!」


 突然、クオンは声をあげて嗤い出す。

 ヨハンをして気圧される程の、凶気と狂気を撒き散らして。


(今なら、詠唱する隙があるかもしれない。だが……!)


 どんな魔法を使っても、クオンには届かない。

 なぜか、直感的に、そう確信してしまう。


 ひたすら嗤い続け、ひたすらヨハンを圧していたクオンだったが、唐突に嗤うのをやめ、弾かれたように市街地の方角に視線を向ける。

 クオンの視線の先を追ってみると、


「グランデルに似た、人外の気配を感じて来てみれば……」


 そこには、テスト・アローニの姿があった。


「キミ、七至徒だろ?」


 現れるなり、テストはクオンに向かって不躾に訊ねる。


「さあ? どうでしょう?」


 一方クオンは、先程までの凶気と狂気は鳴りをひそめているものの、その表情は不気味なまでの()みに彩られていた。


 問答は無駄だと悟ったのか、テストは数瞬クオンを〝視〟ることに注力していたが、


「……!? ヨハン! 彼女がどこからやってきたかわかるかい!?」


 唐突に目を見開き、そんなことを訊ねてくる。


「向こう側からだ」


 動揺も露わにするテストのことを怪訝に思いながらも、ヨハンは自身の背後に続く外周路――クオンがやってきた方角を見もせずに指し示した。


 テストは歯噛みした後、睨むような視線をクオンにぶつける。


「キミの体中に染みついた死の気配……! カウロウ伯の別荘で、いったい何をしていた!?」


 その言葉を聞いて、テストが狼狽した理由を察したヨハンもまた、クオンを睨みつける。


「まさか、お前がこの地に来たのは――」


《グラム騎士団》の本拠地を探るためか!?――という言葉は、あくまでも冷静な理性が紡がせなかった。

 なぜならその言葉は、クオンに余計な情報を与える言葉だったからだ。

 しかし、


「なるほどなるほど。ヨハンは《終末を招く者(フィンブルヴェート)》ではなく《グラム騎士団》に入るつもりなんですね」


 怪物(クオン)は、わずかなヒントだけで大凡(おおよそ)のことを察する。

 ヨハンがこの町に訪れた理由だけではなく、


「そしてあなたは、ヨハンを案内するグラムの騎士といったところですか」


 テストの素性さえも。


 これ以上言葉を交わすのは危険だと判断したのか、テストはクオンに応じることなく懐から長剣媒体(ソード)を取り出し、光刃を具象させる。が、機先を制したクオンの方だった。


「いいんですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 絶妙な言葉だった。

 カウロウ伯が生きているかどうかもわからない。

 けれど、生きていたとしても()()()()()()()どうなるかわからない。

 そう思わされる絶妙な言葉だった。


 テストの表情に逡巡が浮かび、クオンは嗤みを深める。


 次の瞬間に起きることを幻視したヨハンは、


()()()()()()()()()!! だから行けッ!! テストッ!!」


 クオン(こいつ)は僕の獲物だ――という魂の叫びを言外に込めながら、テストの迷いを断ち切る言葉を吐き出す。


 転瞬、テストとクオンは全く同時に地を蹴り、ヨハンの視界からかき消えた。

 テストは、カウロウ伯の安否を確かめるために別荘の方角に向かって。

 ヨハンが幻視したとおり逃げの一手を打ったクオンは、別荘とは反対の方角に向かって。


 ヨハンは、クオンを追って走り出しながらも、


「舞い踊れ、風の精よ――〝シルフィーロンド〟!」


 機動力を劇的に向上させる、風属性魔法を発動。

 すでにその背中すら見えなくなったクオンを追って、町の外周路を駆け抜け――否、()()()()()


(やはり、クオンの速さは〝シルフィーロンド〟を使った僕よりも数段上か……!)


 込み上げてくる悔しさと、クオンに逃げられてしまうかもしれない焦りと、尽きることのない怒りが渾然一体となり、ヨハンを突き動かす。


「……なんだ?」


 はるか前方から、馬が(いなな)くような声が聞こえた。ような気がした。

 少しすると、まさしくその前方からやってきた一頭の馬が、ヨハンとすれ違っていく。

 続けてもう一頭、外周路の隣に拡がる田園地帯を駆け抜けていく馬を見て、ヨハンは瞠目しながらも確信した。


「まさか……!」


《グラム騎士団》本拠地に移動する際は、フルードの厩舎に一定数預けてある、騎士団が別名義で所有している馬に乗っていく手筈になっている。

 そのためヨハンも、厩舎の位置はしっかりと頭に記憶していたわけだが、


「厩舎の馬を全て放し、足を奪うと同時に攪乱するつもりか……!」


 苦々しげに、言葉を吐き出す。

 少しして、厩舎の近くにたどり着くと、予想どおりの光景がヨハンを出迎えた。

 厩舎の中で暴れたり、我関せずと言わんばかりに干し草を()んだり、市街地に向かって走り出したり、町の外に拡がる平原の闇に消えていったり……解き放たれた馬たちが、思うがままに振る舞い、クオンが逃げた痕跡を踏み散らかしていく。


 馬を使ったにしろ使わなかったにしろ、クオンがこの町を離れたのは想像に難くなかった。

 だが、どの方角に逃げたのかを想像するのは困難極まりなかった。


 平原の闇に消えた馬は、一頭や二頭の騒ぎではない。

 ヨハンの目では闇の彼方にいるであろうクオンの姿を捉えることはできず、また、そこかしこから聞こえてくる蹄音(あしおと)のせいで、クオンの足音も捉えることはできなかった。


 クオンがこの地に来た理由が本当に《グラム騎士団》の本拠地を探るためなら、そこに向かった可能性は極めて高い。が、テストは情報を漏らさないよう、あくまでも直接足を運ばせる形での案内に徹していたため、ヨハンは騎士団本拠地の場所をいまだ知らされていない。


 状況的に完全に詰んでいることを、完全にクオンを取り逃がしてしまったことを悟ったヨハンは、憎々しげに地面を蹴りつけた。


「……クソッ!」

 

 馬が放たれたことで、市街地の方でも騒ぎになりつつある。

 ここに留まっていては面倒に巻き込まれると判断したヨハンは、踵を返し、テストと合流すべくカウロウ伯の別荘へ向かう。


 果たして、別荘は喧噪に包まれていた。

 別荘の中は勿論、外でも使用人と思しき者たちが慌ただしく駆け回ったり、あるいは呆然としていたり、あるいは泣きじゃくっていたり……厩舎の有り様にも匹敵するほどの混沌が、ヨハンの視界に拡がっていた。


 別荘の入口からテストが出てくるのが見え、すぐさま駆け寄る。

 ヨハンの姿を認めたテストは、それだけで全てを察し、断定する


「そっちは、どうやら逃げられたみたいだね」


 ヨハンは苦々しげに首肯を返す。


「カウロウ伯は?」


 テストは瞑目しながら、かぶりを振り、


「殺されていた。……護衛についていた騎士も一緒に」


 そう言って、別荘の脇を視線で示す。

 その先には、首の辺りを血の赤に染めた、燕尾服の男が二人倒れ伏していた。

 この二人が、夕暮れ時に目抜き通りで見かけた、カウロウ伯と一緒に馬車に乗り込んだ者たちと同じ服装をしていたことを思い出し、《グラム騎士団》の中でも有数の手練れであることをテストがほのめかしていたことも思い出す。


 外套を身に纏っていたため断定はできないが、クオンが怪我をしている様子は見受けられなかった。

 それはつまり、《グラム騎士団》の中でも上位の実力を持った騎士でさえも、クオンに傷一つ負わせられなかったことを意味している。自然、表情に浮かんだ苦みが増していく。

 それを〝視〟て踏み込むべきかどうか迷ったのか、テストが遠慮がちに訊ねてくる。


「あの女が、キミの復讐の相手なのかい?」

「……ああ。あの女のせいで、僕は全てを失った……! なのに……なのに……!」


 またしても手も足も出ず、あまつさえ取り逃がしてしまった。

 怒りと悔しさが、沸々と込み上げてくる。


「キミほどの魔法士が、あそこまで必死に〝武〟を求める理由がよくわかったよ。去り際に見せた彼女のスピード……あれは明らかに人の域を超えている。魔法士にとっては天敵と断言していい相手だ」


 魔法士という言葉を使ったからか、テストは、近くにいた使用人が遠ざかっていくのを確認してから言った。


「やはり、君もそう思うか」


 忌々しげに応じた後、今度はヨハンの方からテストに訊ねる。


「それより、今すぐここを離れることはできるか?」

「事後処理のことなら心配いらないよ。先程騒ぎを聞きつけてやってきた、フルードに潜伏していた騎士団の連絡員に、隊長クラスの騎士を連れてくるよう頼んでおいたからね。それに、あの女――クオンは、カウロウ伯から騎士団の本拠地を聞き出している可能性が高い。ボクとしても今すぐにでも追いかけたいところだけど……」


 テストは、庭の隅で使用人に宥められている、無闇矢鱈に荒ぶっている馬を一瞥し、


「厩舎は今、どうなっているんだい?」

「クオンが全ての馬を放したせいで、無茶苦茶になっている。おそらくもう人も集まっているから、なおさら馬を調達するのは難しいだろうな。カウロウ伯の馬車を引いていた馬を使わせてもらった方が、おそらく手っ取り早い」

「いや、それが……あの馬がこっちに来た際、驚いて馬車ごと逃げてしまったようでね」


 ヨハンは、あの馬――先程テストが一瞥した馬を見やり、嘆息する。


「となると、あの馬(アレ)に二人乗りで行くしかなさそうだな」

「それ以外に選択肢はなさそうだね」


 方針が固まったところで、二人は馬を宥めている使用人のもとへ向かう。

 どうやらテストは話を通しやすくするために、自分がグラムの騎士であることを明かしていたらしく、テストがその馬を使いたいと頼むと「騎士様の頼みなら」と二つ返事で了承してくれた。

 

 この馬が騎士団が所有している馬かどうかわからなかったので、テストは駄賃(チップ)込みで馬の代金を使用人に渡し、厩舎の主に渡すようお願いする。


「僕が手綱を握る。構わないな?」


 と、訊ねながらも、一秒でも早くクオンを追いかけたかったヨハンは、テストの返事を待たずに馬に乗ろうとする。

 だが、


「ブルルルルル……!」


 馬に威嚇され、さしものヨハンも一歩後ずさってしまう。


「キミはもう少し、心のゆとりを持つことを覚えた方がいい。殺気とまではいかなくても、抜き身の刃のような〝気〟を振り撒かれたら、隣にいる者としては落ち着かない。そんなんじゃ敵からも味方からも恐がられるだけだよ。この子のように、ね」


 そう言いながらテストは馬に近づき、優しく頬を撫でてあげる。

 すると馬は、見る見るうちにおとなしくなっていった。


「どうやら、ボクが手綱を握った方がよさそうだね」

「……みたいだな」


 なんとなく覚えた敗北感は、状況が状況なので呑み込むことにする。

 テストが馬に跨がり、続けてヨハンが近寄ろうとするも、再び馬が威嚇し始めたのでテストがそれを宥めて……そのおかげか、ヨハンの雰囲気に慣れたのかはわからないが、ようやく馬の許しを得たヨハンがテストの後ろに乗る。


()()()()()は掴まないよう頼むよ」


 真っ先にこんなことを言うところは、年頃の少女らしいと思いながらも、


「腹に腕を回すつもりだが、それで構わないか?」

「……うん。構わないよ。荒っぽい操馬になるだろうしね」


 テストの耳と頬が微妙に火照っているところを見るに、かなり妥協した上での了承であることは容易に察することができた。


「まずは、外周路と目抜き通りが合流する地点に向かう。上手くいけば、宿屋に置いてきた荷物を回収するよう頼んだ連絡員と落ち合えるはずだ」


 こういう抜け目のなさは年頃の少女とはかけ離れていると思っている内に、テストの掛け声に応じた馬が走り出す。


 ここでクオンと出会えたことは、ヨハンにとって好機なのか、あるいは危機なのか……それは、神のみぞ知ることだった。

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新作「孤高の暗殺者は、王女を拾い育てる」がファンタジア文庫より7月17日に発売されマース。
本作とはまた違った方向性のダークファンタジーになっておりマスので、興味が湧いた方は下の画像リンクから特設サイトを覗いていただけると幸いデース。

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