第36話 フルードの町
王都を後にしたクオンは、その外で待機していた《終末を招く者》の構成員と接触し、長距離移動魔法〝グラウンドヴァイン〟を用いて、カウロウ伯の領地の近くまで移動する。
コークス王国内に確保された、魔導経脈の集約点――〝グラウンドヴァイン〟の出入り口は、なにも帝国領土内だけに限った話ではなかった。
その日はカウロウ伯領地には入らず、適当に立ち寄った町で宿をとり、そこで一泊。そして翌朝、カウロウ伯領地の玄関口として知られる町――フルードへ向かう商人の馬車をつかまえ、同乗させてもらって領地に潜り込んだ。
「どうも、ありがとうございました」
笑顔で商人に礼を言うクオンの風貌は、普段とは明らかに異なるものだった。
短かった髪を長く見せるために、自身の髪と同色のウィッグをかぶり、そばかすに見えるように化粧を施し、いかにも村娘が着ていそうな野暮ったいワンピースに身を包んでいた。
自分を知る人間が一人もいない国に潜入する場合は当然、こんな手の込んだ真似をする必要はない。
しかしこのコークス王国には、ブリック公国軍の生き残りが訪れている可能性があるため、万が一に備えて変装することにしたのだ。
(それに、本当にカウロウ伯の領地に《グラム騎士団》の本拠地があった場合、騎士となったブリック公国軍兵士と出くわす可能性も、ないとは言い切れませんからね)
あらゆる事態を想定し、備える。
当たり前のことのようで、その実完璧にやりきるのは難しい〝それ〟を怠らなかったからこそ、クオンは七至徒まで昇り詰めることができたのだ。
(さてと、まずはこの町で情報を集めるとしましょうか)
あくまでも、この地に《グラム騎士団》の本拠地があると仮定した場合の話になるが、長居しすぎるか目立つ行動をとらない限りは、フルードで《グラム騎士団》の監視がつくことはまずないだろうと、クオンは考えていた。
なぜならフルードは、カウロウ伯領地の玄関口であるがゆえに交易が盛んで、領内においては最も余所者の多い町になっている。
そんな町で、外からやってきた人間を逐一監視するのは、はっきり言って現実的ではない。
(まぁ逆に言えば、《グラム騎士団》は、フルードを出ていく余所者の中でカウロウ泊領内へ向かう者だけをチェックすればいいんですけどね)
思考を重ねながらも、木造家屋と石造家屋が混在するフルードの町を歩き、宿屋で、雑貨屋で、食堂で、聞き込んでいく。
帝国の侵攻を恐れて村から大きな町に移動してきた田舎娘が、道中はぐれた〝弟〟を探すという体を装って。
日が暮れるまで情報収集に勤しんだクオンは、聞き込みの際にちゃっかりと確保していた宿の部屋に戻り、今日一日で得た情報を整理する。
(やはりと言いますか、騎士団の「き」の字も出てこなかったですね)
カウロウ伯領地の玄関口であり交易地でもあるフルードで、普通の聞き込みで決定な情報を得られるとは毛ほども考えていなかった。
クオンが主に集めた情報は、カウロウ伯領地の内情。
架空の〝弟〟を探すには、まずは領地について詳しく知り、そこから〝弟〟が向かいそうな場所を推測する――などといった感じで出任せを言いながら集めた情報。
その中で、着目すべき情報は、
領内には山が多く、中にはオディックヘドロンが取れる鉱山があること。
農業と畜産業が盛んで、自給率が高いどころか、育てた農産物と畜産物を他の地方に売って相当な利益を上げていること。
そして、まさしくそれ絡みでフルードを訪れた他所の地方領主が、二日後に、この町でカウロウ伯と商談を行なうこと。
この三つだった。
前二つの情報は、カウロウ伯領地の物の〝入り〟が少なくても、大所帯であろう《グラム騎士団》を抱えることができた理由であり、証左でもあった。
三つ目の情報は、クオンにとっては願ってもない好機をもたらすものだった。
(カウロウ伯なら、ほぼ間違いなく騎士団本拠地の場所を知っている。リスクは大きいですが、手っ取り早く済ませるためにも直接訊かせてもらうとしましょう)
方針が決まったところで、クオンはさっさとベッドに潜り込んだ。
来たるべき〝二日後〟に備えて。
◇ ◇ ◇
〝二日後〟の早朝――
平原の片隅にある岩場で、ヨハンは今日も今日とて〝視〟る鍛錬に勤しんでいた。テストが見せる剣の型はいつも同じだが、それでもまだ、ヨハンには彼女の剣を〝視〟ることができなかった。
だが、
(〝視〟えてはいないが、朧気ながらも感じることはできている……気がする)
相変わらず〝武〟に関しては自信がないヨハンは、最後に弱気を付け加える。
(というより、ただ単に、今テストがやっている剣の型を憶えただけではないのか?)
と、疑心暗鬼になっているヨハンの心中を〝視〟透かすように、突然、テストの剣が今までとは違った軌跡を描き始める。
剣の型が変わったことに気づいたヨハンは、
(やはり感じる……! テストの剣を……!)
本当に朧気だが。
剣を振るったということがわかる程度だが。
確かに、テストの剣筋を感じることできた。
初めて見る剣筋を。
「その延長線上にあるのが、〝視〟るという感覚だよ」
最後の一閃を刻んだテストが、武装媒体を懐に仕舞いながら、こちらに歩み寄ってくる。
「そうか……。だが、確かに、似て非なるものではあるが、魔力を感知する感覚に近いものがあるな」
得心するように、あるいは疑問を深めるように、ヨハンは呟く。
そんなヨハンを、テストは「ボクの言ったとおりだったろ」と言わんばかりの視線で見つめていた。
鍛錬を終え、朝食を済ませると、二人はすぐに移動を開始する。
テストの話によると、今日中には、《グラム騎士団》の本拠地となる砦を提供してくれた、カウロウ伯の領地に到着するとのことだった。
その道中、
「なるほどね。〝シルフィーロンド〟のような補助型の魔法とは違い、〝ブリザードグリム〟のような攻撃型の魔法を持続させることは、魔法士にとっては相当な負担になるわけか」
「ああ。持続時間が長引けば長引くほど魔力を消費するのは勿論、集中力も相応に削られるから、集中を乱されると魔法士側としても魔法の持続が一気に難しくなる。呪文を改編すればその限りではないのは今は置いておくとして、攻撃型の魔法の多くが瞬間的な破壊力を重視しているため、〝ブリザードグリム〟のような効果を持続させるタイプはそう多くない。だが、それでもその対処法は憶えておいて損はないはずだ」
今日も今日とて、ヨハンによる魔法の講義が行なわれていた。
復讐の相手が《終末を招く者》である以上、各種魔法の対策及び対処法は蓄えておくに越したことはない。
ゆえにテストは、比較的暇な移動中――澱魔に出くわした場合は話は別だが――に魔法についての疑問や質問をぶつけ、ヨハンはそれに快く応じていた。
内心、テストの弱みにつけ込んで〝武〟の鍛錬をつけてもらうことに後ろめたさを覚えていたため、心情的には有り難いとさえ思っていた。
そんな調子でしばらく歩き続け、休憩がてら昼食をとってからまた歩き続け……太陽が西側に傾き、その輝きが茜色に変わり始めた時分に、二人はとうとうカウロウ伯領地の玄関口――フルードに到着する。
フルードの通りは、日が沈みかけているにもかかわらず行き交う人の数は多く、活気に充ち満ちていた。
帝国の侵攻を受けている地方に隣接している、小さな領地の町とは思えないほどに。
「交易地とはいえ、予断を許さない状況でこれだけの活気を保てているのは凄いな」
心の底から感心するように、ヨハンは言う。
「確かに、こんな状況じゃ普通は悲観的になって、活気なんてなくなっていくものだけど……たぶんこういう地方だからこそ、〝長〟はここを選んだんだと思う」
帝国のスパイが潜り込んでいる可能性を考慮してか、「騎士団長」「本拠地」といった《グラム騎士団》を連想させる言葉を避けながら、テストは同意した。
やがて目抜き通りにたどり着いた二人は、気持ち早足になりながらも今日の宿を目指して歩いて行く。
帝国のスパイを警戒した《グラム騎士団》は、カウロウ伯領地の中で最も人の行き来の激しいフルードに、町人に扮した騎士を潜伏させていた。が、その任務ゆえに、同じグラムの騎士であるテストといえども緊急時以外の接触は禁止されているため、二人は自力で宿を調達しなければならなかった。
夕暮れ時という、人の行き来の激しい町で宿をとるには少々遅すぎる時間帯で。
しばらく目抜き通りを歩いていると、
「あの方は……」
通りの端に止めてあった馬車に乗り込む初老の男と、護衛と思しき若者たちを見て、テストはわずかに目を細める。
全員が乗ったところで馬車が走り出し、遠ざかっていく中、ヨハンはテストに訊ねた。
「あの馬車が、どうかしたのか?」
「いや……」
数瞬迷う素振りを見せるも、話しても構わないと判断したのか、すぐにテストは答えた。
「馬車に乗り込んだ人の中に、初老の男性がいただろう。その方がカウロウ伯なんだ。たぶん、地方領主同士による商談を行なうために、フルードを訪れたんだと思う」
「ということは、一緒に乗っていたのは君の仲間か?」
「うん。お世話になっている方だからね。〝もしも〟すら起きないよう、相応の人材を使用人として雇ってもらっている」
暗に《グラム騎士団》の中でも有数の手練れを、使用人という形で護衛につけていることを説明する。
察したヨハンは、黙って首肯だけを返した。
そうこうしている内に、目抜き通りにある、フルードで最も大きな宿屋にたどり着く。
だが、
「申し訳ございません。本日は満室でして……」
と、断られたので、気を取り直して別の宿を当たってみるも、やはりというべきか、どこの宿も満室になっていた。
「さすがに、町まで来て野宿は避けたいところだね……」
「同感だな……」
すっかり日が沈み、街灯に照らされた通りを、二人はトボトボと歩いていた。
今二人が向かっている宿屋が、フルードに残っている最後の宿屋。
そこも満室だった場合、先の会話どおり、町に来ておきながら野宿するハメになってしまう。
ここまでの道中ずっと野宿していたせいもあって、さしもの二人も、それだけはどうしても避けたいと切に思っていた。
やがて二人は、フルード最後の宿屋にたどり着く。
こぢんまりとしているせいか、あるいは木造ゆえの雰囲気のせいか、否が応でも「満室」の一語が脳裏をよぎってしまう。
だが、
「ちょうど少し前に、部屋を引き払ったお客さんがいましてね。一人部屋なのでベッドが一台しかない上に、お二人で使うには少々手狭ですが、いかが致します?」
ベッドが一台だけしかないことを気にしたのか、テストは返答に窮した様子だった。
(なんだかんだ言っても年頃の娘だからな。男と同部屋になるのを躊躇うのは、当然と言えば当然か)
と、ヨハンは小さくため息をつき、宿屋の主に訊ねる。
「さすがに男同士で同衾は避けたい。寝袋の類は置いてあるか?」
「寝袋はございませんが、予備の毛布なら御用意できます」
「それで充分だ。部屋の案内を頼む」
宿泊代を支払い、案内された部屋に入り、宿屋の主が受付に戻ったところで、テストはようやく口を開く。
「すまない。ベッドが一台だけしかないと聞いて、少しだけ動転してしまった」
今さらながら気恥ずかしさが込み上げてきたのか、それともベッドが一台だけしかないことを言及してしまったからか、テストの頬にはほんのりと朱が差し込んでいた。
そんなテストに対し、ヨハンは「だろうな」と、素気なく返す。
テストの反応を見た際、少々初心すぎるなと思ったことは、さすがに口には出さなかった。
「お詫びと言ってはなんだけど、ベッドはキミが使ってくれ。ボクは床で寝させてもらうよ」
そう提案してくるテストに、ヨハンはこれ見よがしなため息で応じた。
「男のフリをしているなら、もう少し男の面目というものを学んでおいた方がいい。この状況で、女性を床に寝かせる男がどこにいる」
テストは、わずかな沈黙を挟み、
「……わかった。ベッドは有り難く使わせてもらうよ」
納得半分不服半分といった風情で了承した。
わかればいいと言わんばかりに、ヨハンは一つ頷き、部屋に備えつけられていた椅子に腰を下ろす。
この時、ヨハンは知る由もなかった。
自分たちが宿を訪れる少し前にこの部屋を引き払った人物が、クオン・スカーレットであったことを……。





