第35話 要請
コークス王国の王都ルタール。
三角屋根の建物が軒を連ねる、趣深い街並みで有名だった王都は現在ヘルモーズ帝国の占領下にあり、先の王都決戦の傷痕がそこかしこに残っていた。
王都民の多くは、王都決戦の直前に下された国王――まさしく王都決戦で命を落とした――の勅令により、帝国の侵攻がおよんでいない地方に避難していた。
しかし、生まれ育った街を離れたくない者や、離れられない事情を抱えた者は一定数存在しており、王都決戦が始まった後も、勅令を無視して王都に居座り続けた者も数多かった。
もっとも帝国に占領された今となっては、王都に残った人間のほとんどが、その選択に後悔しているか、選択の余地すらなかった己の境遇を呪っているか……王都決戦の際、戦いに巻き込まれて死んだ者を羨ましく思えるほどの扱いを受けているが。
帝国兵がのさばり、奴隷の如き扱いを受けた王都民が地べたを這いずる都の中央。堅牢な造りで知られていた王城を、黒髪緋眼の少女――クオンは呆れた様子で眺めていた。
「これはまた、派手にやっちゃってますねぇ」
クオンの目の前にある城門及び、城門に隣接していた城壁は、砲撃でも受けたかのように徹底的に破壊されていた。
「凄いでしょう? これ全部、ジスファー殿が一人でやったことなんですよ」
誇らしげに言う門兵に、クオンは思わず目を丸くする。
《終末を招く者》は、味方である帝国兵から見ても胡乱な組織だった。
最高幹部である七至徒はその中でも極めつけで、胡乱を通り越して畏怖の対象になることも、ままあることだった。
(七至徒の中では一番まともな人間だとシエットさんは言っていましたけど、まさかこれほどとは思いませんでしたね)
自分も含め、他の七至徒では帝国兵に憧憬の念を抱かせるのは不可能だろうと、クオンは思う。
門兵に王城の玄関広間まで案内された後、間を置かずにやってきたメイドに王城内を案内される。
現在この王城は、占領したコークス王国の執政のためにやってきた、ユーリッド・ロニ・レヴァンシエル――皇帝ヴィクター・ウル・レヴァンシエルの腹違いの弟の居城として使われている。
今クオンの前を行くメイドは、クオンが雇っているイレーヌと同じ――といってもイレーヌは見習いだが――帝室御用達のメイドだった。
クオンが滅ぼしたヌアーク城に比べて、妙に入り組んだ王城を歩くこと一〇分。
メイドは、王城の隅にある小部屋の前で足を止め、慎ましやかに扉をノックする。
「クオン・スカーレット様を、お連れしました」
「うむ、入ってくれ」
物腰の柔らかさを感じさせる、落ち着いた壮年の声が、部屋の中から聞こえてくる。言われたとおり中に入ると、円卓を挟んで椅子に腰掛ける、二人の巨漢がクオンを出迎えた。
一人は、灰色の髪と茶色がかった黒い瞳の、落ち着いた物腰をした巨漢だった。
その男が身に纏っているものは将軍服。
それを見たクオンは、彼こそが、コークス王国攻略の指揮をとるアルトラン将軍だと確信する。
そして、もう一人。
アルトランよりもさらに体の大きい、どこにでもある麻服に身を包む、頭巾で顔を隠した巨漢。
消去法で言えば、この巨漢が七至徒第三位ジスファー・ラウンドであることは間違いないが、
(消去法に頼るまでもなく、この人がジスファーさんで間違いありませんね。シエットさんから聞いた情報と完全に一致してます)
シエットから聞いたジスファーの情報は、巨漢であることと、自ら焼いた顔を頭巾や甲冑で隠していること。この二点だった。
ジスファーとは直接的な面識はなく、また、コークス王国から動けないという理由からクオンの七至徒選定にも関わっていなかったため間接的な繋がりもない。が、たとえこの場にアルトランがいなくても、一目見ただけでわかるほどにジスファーの風貌は特徴的だった。
「ご苦労だったな」
アルトランが言葉どおりに労うと、メイドは恭しく一礼してから静かに部屋を辞する。
帰りも案内してくれるのか、メイドの気配は部屋の前の廊下に立ったきり、微動だにともしなかった。
「初めまして。七至徒が第七位、クオン・スカーレットと申します」
恭しくわざとらしく挨拶した後、悪びれもせずに、自分よりも上位の七至徒と帝国軍の将軍を指さしながら訊ねる。
「一応確認しますけど、アルトラン将軍とジスファーさんで合ってますよね?」
そんなクオンに対し、アルトランは嫌な顔一つせずに首肯を返し、
「そのとおりだ。それよりも長旅で疲れているだろう? そこの椅子に座るといい」
円卓の下に用意された、一つだけ余っていた椅子に座るよう促した。
「コークス王国内に長距離移動魔法の出入り口がいくつも確保されていたおかげで、長旅にはならなかったですけどねぇ」
そう言いながらも、素直に椅子に腰掛け、心の中でため息をつく。
実のところ〝仮面〟のクオンにとって、アルトランのようないかにも真っ当そうな人間はやりにくい相手だった。
こういった相手に〝仮面〟の狂気を振り撒くのは、〝素〟のクオンにとっては、少々良心に咎めるものがあるからだ。
(とはいっても、〝仮面〟のわたしを徹底するしかないんですけどね)
諦めたように結論づけていると、またしてもアルトランは、クオンに対して真っ当な反応を示してくる。
「それにしても……若いな」
〝仮面〟の狂気で誤魔化してはいるが、クオンも所詮は一七歳の小娘にすぎない。
真っ当な視点で見れば、クオンのような少女が、《終末を招く者》などという胡乱な組織の最高幹部を務めているとは夢にも思わないだろう。
「だが、彼女は七至徒だ」
そんな真っ当な意見を一蹴するように、唐突に、ジスファーが口を開く。
アルトラン同様落ち着いているが、彼に比べて厳格さを感じさせる、やけにかすれた声音をしていた。
「わかっている。このお嬢さんが見た目ほど可憐でないことくらいはな」
「将軍さ~ん。その言い方、ちょっとひどくないですか?」
「おっと、これは失礼」
おどけたように謝りながらも、アルトランは円卓の中央に丸まっていた大きな紙を広げる。
続けて、重し代わりに用意したと思われる、空の物も含めたインク壺を紙の四隅に置いた。
「これは……コークス王国の地図ですか」
腰を浮かせて紙を見下ろすクオンに、アルトランは「うむ」と応じる。
「我々が最初に侵攻した北部と、ここ――王都がある東部を中心に、現在コークス王国の六割が帝国領土になっている」
そう言いながら、アルトランは懐から取り出した羽ペンの先をインク壺に浸け、帝国領土となった箇所を黒く縁取っていく。
「もう聞いているとは思うが、クオン嬢に頼みたいのは《グラム騎士団》の本拠地の特定。そして、今示した帝国領土内には当然、《グラム騎士団》の本拠地は存在しない。現在侵攻中の地方も除外して構わないだろう」
続けて、侵攻中の地方も羽根ペンで縁取った。
「我とアルトランは、騎士団の本拠地は、我々の侵攻から最も遠いルナルド伯の領地にあると考えている。ルナルド伯の領地は、コークス王国南西部において最も広大。騎士団という大所帯を匿うには――」
「持ってこい、というわけですね」
ジスファーの言葉を奪い、クオンは試すようにニヤリと嗤う。が、
「そのとおりだ」
特段気分を害した様子もなく、ジスファーは淡々と相槌を打った。
(七至徒の中で最もまともというよりも、最も人間ができている感じ……っぽいですね)
などと思いながらも、クオンはアルトランに質問する。
「糧食とか、武装媒体の元となるオディックヘドロンとか、そのあたりの物の流れは調べてます?」
「うむ、勿論だ」
クオンは、アルトランが事前に用意していた、ここ一ヶ月間のコークス王国内の物の流れを記録した紙の束に目を通し、眉をひそめる。
「これは……見事なまでに、ルナルド伯の領地に物が流れ込んでますね」
アルトランは首肯を返し、
「ゆえに、我々はルナルド伯の領地が最も怪しいと見立てている。我々に反旗を翻すほどの大所帯となると、糧食にしろオディックヘドロンにしろ、相当な量が必要になるからな」
「見立てているとは言っても、いかにもすぎて別の意味で怪しいとも思っている。だから、わたしに〝要請〟を送った……そうでしょう?」
最後の言葉は、ジスファーに向けられたものだった。
ジスファーは一つ頷くと、頭巾の下で感心の吐息がつく。
「シエット殿から、気性にさえ目を瞑れば極めて優秀だとは聞いていたが、まさしくその通りのようだな」
「感心するのはまだ早いですよぉ。優秀なところを見せつけるのは、ここからですからぁ」
頭巾の隙間から見えるジスファーの目がわずかに、アルトランの目が明確に見開かれる。
「まさか、騎士団本拠地の場所がもうわかったのか?」
アルトランの問いに、クオンは大仰にかぶりを振った。
「それこそまさかですよ。ただ大凡は絞れましたけどね」
そう言ってクオンは、帝国が現在侵攻している地方に隣接する、王国西部にある小さな領地を指でさし示した。
「ここ、カウロウ伯の領地の物の流れなんですけど、出ていく分はむしろ多いくらいなのに、入ってくる分は不自然なまでに少ないんですよね。まるで、自分たちは怪しくないですよ~ってアピールしているみたいに。おまけにこの位置なら、決起したらすぐに帝国領土に攻撃を仕掛けることができちゃったりなんかします。さすがに断言はできませんけど、この地に《グラム騎士団》の本拠地がある可能性が高いと、わたしは思いま~す」
「……なるほどな。その観点で見れば、我々の領土から最も遠いルナルド伯の領地は決起に不向き」
「こちらとしても攻め込まれる前に動きを察知し、余裕をもって迎撃の準備を整えることができる。だが、カウロウ泊の領地から攻め込まれると、そうもいかないからな」
ジスファーとアルトランが納得の声をあげるも、それに水を差すように、クオンはわざとらしく肩をすくめる。
「先程も言いましたけど、断言はできませんからね。単純に力を蓄えるだけなら、いつ帝国の侵攻が及ぶかわからないカウロウ伯の領地よりも、現状は安全圏になっているルナルド伯の領地の方が向いてますし」
「だが、調べる価値はある。そうだろう?」
ジスファーの問いに、クオンは首肯で返した。
「というわけなので、わたしは早速カウロウ伯の領地に潜入しようと思います」
「いや、そこまでわかれば君が行くまでもない。軍の方で斥候を――」
「ダメですよぉ、将軍さん。そんなことをしても、生死不明になった《終末を招く者》の構成員と同じ轍を踏むだけですよ」
「軍の斥候で事足りるなら、我もわざわざ〝要請〟など出したりしない」
揃って駄目出しされ、アルトランは「ぐぬ……」と口ごもる。
「ちなみにですが、連絡員とかも用意しなくてけっこうですから。わたし一人の方が動きやすいですし、カウロウ伯の領地くらい小さいと外から流れてきた人間も把握しやすいから、監視がつけられる可能性もありますし」
「その監視の役目をグラムの騎士が担っていたとしたら、《終末を招く者》の構成員ですら戻って来られなかったのも頷ける話だな」
「戻って来れなくても連絡さえちゃんとしてくれたら、本拠地についての情報が多少なりとも入ってきてもおかしくはないんですけど……この場合、《グラム騎士団》が上手なのか、手柄欲しさに個人で動いてたおバカさんが多かっただけなのか」
「後者だった場合、弱肉強食を是とする《終末を招く者》のやり方が裏目に出た形になるな」
まさしくその組織の最高幹部でありながらも、どこか他人事のように、クオンとジスファーは語る。
もっとも、そういう人間だからこそ、七至徒に選ばれたのかもしれないが。
「兎にも角にも善は急げということで、わたしはこの辺で失礼させていただきますね」
「もう発つのか」
驚いたように言うアルトランに、クオンはコクリと首肯する。
「さっきも言ったとおり、〝グラウンドヴァイン〟のおかげで長旅でもなんでもなかったおかげで元気は有り余ってますからぁ」
クスクスと嗤いながら部屋を出たクオンは、廊下に立っていたメイドに話しかける。
「それじゃ、帰りも案内お願いしますね」
「かしこまりました」
踵を返して歩き出すメイドに続き、クオンも歩き出す。
早く〝要請〟を終わらせて、早くヨハンに会いたい――そんな想いを抑えながら。





