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悪愛の復讐者  作者: 亜逸
第2章

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第33話 役者は集う

「コークス王国に、ですか」


 先程シエットの口から出てきた国の名を、クオンは小首を傾げながら反芻する。


 ヘルモーズ帝国、首都バルドルの中央に鎮座する皇城。

 その地下に設けられた《終末を招く者(フィンブルヴェート)》本部の一室で、クオンはシエットからとある〝要請〟を受けていた。


「そうだ。半月ほど前に、ルナリア推薦の七至徒候補――ラガル・ゴースティンが向かった国だ」

「そして、ヨハンが最後に目撃された国でもあるんですよねぇ」


 ニンマリと嗤うクオンに、シエットはウンザリとしたため息で応じる。


「渡りに船とでも言いたげな顔をしているが、あくまでも優先すべきは〝要請〟だからな」

「でも、あくまでも〝要請〟だから断ってもいいんですよね?」

「確かに、緊急時を除いて、七至徒に〝命令〟できるのは皇帝陛下ただお一人のみ。たとえ帝国軍の将軍であっても、貴様より上位の七至徒であっても、貴様に〝命令〟する権限は持ち合わせていない」

「だから今までシエットさんが、わたしに下していた〝命令〟も〝要請〟になっちゃうんですよねぇ? う~ん、どうしようかな~。受けようかな~。断ろうかな~」


 楽しげにクスクスと嗤うクオンに、シエットは淡々と釘を刺す。


「好きにしろ。わかっているとは思うが、断った場合は当然〝要請〟を出した七至徒の心証を悪くする。()()()()()()()()()()()()()()()()


 最後の言葉だけで察したクオンは、ほんの少しだけ片眉を上げた。


「ということは、シエットさんからの〝要請〟じゃないってことですね」

「そういうことだ」

「それなら受けるしかありませんねぇ」

「……私からの〝要請〟だった場合は、断るつもりでいたのか?」

「う~ん、それはどうでしょうねぇ?」


 クオンは()みを深めながら、顎に指を当てて小首を傾げる。

 自然、シエットの口からため息が漏れる。


「貴様に〝要請〟を出したのはジスファー殿だ」

「ジスファーさんって、第三位の?」

「そうだ」

「どうでもいい話ですけど、ジスファーさんって陛下と名前のニュアンスが微妙に似てますよねぇ」


 ヘルモーズ帝国皇帝の名はヴィクター。

 確かに、ニュアンスは微妙に似ているが、


「本当にどうでもいい。話を進めるぞ」


 にべもないシエットに、クオンはつまらなさそうに「は~い」と応じた。


「ジスファー殿が今、コークス王国平定のために、アルトラン将軍に助力していることは知っているな?」

「もちろん知ってますよぉ。ついでに言うと、〝要請〟の内容も大体の見当はついてますよぉ」


 シエットの鼻先にビシッと人差し指を突きつけ、断言する。


「ズバリ! 《グラム騎士団》絡みですね!」

「……そのとおりだ」

「やっぱりそうでしたか。まぁ、あの国の情勢を鑑みれば、言い当てるのはそう難しいことでもなかったですけど」

「つくづく、その狂いに狂った気性さえなければと思わずにはいられんな」

「いやぁ、そんなに褒められると照れちゃいますねぇ」


 微塵も褒めていないのにそんなことを(のたま)うクオンに、シエットはもう何度目かもわからないため息をついた。


「〝要請〟の内容は、コークス王国のどこかにある《グラム騎士団》本拠地の特定だ。(くだん)のラガルも名目上はそのためにコークス王国へ向かい、()()()()()()()()


 クオンは一瞬意外そうな顔を()()()()後、嘲るような()みを浮かべる。

 心の中で、安堵の吐息をつきながら。


「やっぱり、ヨハンに返り討ちにされちゃいましたか」

「グラムの騎士にやられたという線もあるがな」

「あ~……なるほどなるほど。もしかして、今まで《グラム騎士団》の本拠地を探しに行った人、けっこうな数が帰ってきてなかったりします?」

「……本当に、つくづくだな」


 呆れたように言った後、シエットは「そのとおりだ」と答えた。


「貴様の言うとおり、ラガルも含め、騎士団本拠地を探りに行った構成員の三割が生死不明になっている。ゆえに――」

「七至徒候補以上の手練れで、なおかつ、その手の任務が得意なわたしに〝要請〟がかかった。ということですね」


 シエットの言葉を奪いながら、小さく肩をすくめる。


「一つ確認しますけど、〝要請〟はあくまでも本拠地の特定だけで、スパイとして騎士団に潜り込むとかはナシですよね?」

「無論だ。《グラム騎士団》には、ブリック公国軍の生き残りが流れ着いている可能性がある。それについてはジスファー殿も承知しているから、場所の特定だけしてくれればいいとのことだ」

「わっかりましたぁ」


 と、応じたクオンだが、思い出したように掌を打ち鳴らし、


「あ、やっぱりもう一つだけ確認してもいいんですか?」

「なんだ?」

「〝要請〟さえちゃんとこなしたら、後はわたしの好きに動いてもいいですよね?」

「……ヨハン・ヴァルナスと接触するつもりか?」

「はい。口説き落とすには良い機会かなぁと思いまして」

「やるべきことをやった後なら、私もジスファー殿も文句はない。好きにしろ」

「は~い。好きにさせてもらいま~す」


 その後、〝要請〟について細々(こまごま)とした話を詰めてから、クオンは部屋をあとにする。

 荘厳華麗な皇城(うえ)とは正反対の、崩落とは無縁なまでに頑強さだけを突き止めた無骨な廊下を歩きながら、今一度〝仮面〟の下で安堵する。


 ラガルが生死不明になったということは、当面はヨハンの危機は去ったと思っていいだろう。

 ディザスター級澱魔(エレメント)を単独で討伐したヨハンとラガルとでは、魔法士としての実力が天と地ほどかけ離れている。

 けれど〝人を殺す〟ことにかけては、対人戦に難がある――あくまでもクオンの見立てだが――ヨハンよりも、間違いなくラガルの方が上だ。

 おまけに、ラガルに敗北することは、拷問用の魔法で(なぶ)り殺しにされることを意味している。

 正直な話、この半月の間は内心気が気でなかった。


(でも、ラガルさんは生死不明になった。ヨハンにやられたのか、グラムの騎士にやられたのかは知りませんが、生きている可能性は低いでしょう)


 だから、当面ヨハンは大丈夫。のはずなのに、なぜか胸中に暗雲のような不安が立ち込めてくる。


 もしかしたら、ラガルと相討ちになったのかもしれない。

 そうでなくても、重傷を負ってしまったのかもしれない。

 あるいは、心に深い傷を負ってしまったのかもしれない。


 そんな不安ばかりが立ち込めてくる。


(手早く〝要請〟をこなしてヨハンに会えば、この不安も消えるはず……!)


 そう自分に言い聞かせるクオンの歩調は、焦りすら感じさせるほどに早かった。



 ◇ ◇ ◇



 ()()は山を削って造られた砦だった。

 山そのものは峻険とは言い難いものの、その代わりと言わんばかりに高々と成長した木々が山肌を緑色に覆っているため、傍目からはそこに砦があるようには見えない。


 ひっそりと身を隠すようにして造られたこの山砦(さんさい)は、所謂(いわゆる)隠し砦。

 現時点における、《グラム騎士団》の本拠地となっている場所だった。


 その砦に通じる地下通路を、数十人もの男女が列を成して歩いていた。

 列は主に、《グラム騎士団》への入団を希望する者たちと、《グラム騎士団》の保護を受けることに決めた、過疎化した村の住民たちで構成されていた。


 列を導いているのは勿論、《グラム騎士団》の騎士。

 先頭に一人、最後尾に二人の騎士が配されていた。

 もっとも、本拠地を目指して出発した際に騎士服から旅装に着替えているため、傍目からはグラムの騎士とはわからないが。


 地下通路は一本道になっており、通路の幅は大人が肩を並べて歩くのが困難なほどに狭い。

 たった三人で大人数を護りながら進むのに適しているのは勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()造りになっていた。


 やがて、地下通路の終点にたどり着く。

 終点には扉が設けられていた。

 その先に続く階段を、しばらく歩いていくと、天井、壁、床に至るまで石で造られた大広間と、


「やあやあ、皆さん! よくぞおいでくださった!」


 容姿、仕草、声音に至るまで胡散臭いことこの上ない男が、入団希望者と村民を出迎えた。


 男は、これが正装だと言わんばかりに燕尾服とシルクハットに身を包んでおり、双眸が完全に隠れるほどに長い、黒色の前髪の下には、得意げな笑みを浮かべていた。

 三人の騎士が揃って呆れた顔をしているあたり、《グラム騎士団》の関係者であることは間違いないようだが、それにしたって胡散臭すぎると、この場にいる誰もが思ってしまう。


「ささっ、皆さん。そんなところでボサッとしてないで、こちらにこちらに。これからについて、大事な話をさせていただきますので」


 手招きをする男の姿が悪徳商人にでも重なって見えたのか、騎士を除いた皆が二の足を踏んでいた。


「……申し訳ない。遺憾ながら、あの人が騎士団の関係者であることも、大事な話があることも事実だ。言うとおりにしてやってくれ」


 騎士の一人が、弁解するように言う。

 入団希望者も村民も、大広間の中央にいる胡散臭い男は信用できなくても、ここまで導いてくれた騎士の言葉は信用しており、渋々といった風情で男のもとへ向かっていった。

 しかし、必要以上に近づくことにはどうにも抵抗があるらしく、男から五メートル以上離れた位置で皆が自然と立ち止まり、人だかりを形成する。


「いや~……もう少し近づいてくれた方が話しやすいんだけど……」


 おずおずと催促するも、誰も彼もがかぶりを振って拒否したため、男は傷ついたようにガックリと肩を落とした。

 そんなやり取りをしている間に、騎士の一人は砦の奥に繋がる廊下の前に移動し、残りの二人は、先ほど自分たちが上がってきた階段の入口の前に移動。立哨(りっしょう)さながらに、その場で直立不動になる。

 ()()()()()()()()()()()()()と、言わんばかりの風情で。


「まあ、うん、こうなったら仕方ない。奥の手こと自己紹介といかせてもらうとしましょうか!」


 そう言って、男は両手で前髪をかき上げる。

 男の精悍さと陽気さが同居した容貌と、()()()()()瞳が見えた瞬間、大広間に歓声がこだました。


「騎士団長様だったんですか!?」

「本物だッ!! 本物の騎士団長だッ!!」

「どうしてそんな格好をッ!?」


 この場にいるほとんどの人間が、にわかに色めき立つ。

 普段は前髪を後方に撫でつけているため誰一人として気づかなかったが、今彼らの目の前にいる胡散臭い男こそが、《グラム騎士団》の騎士団長その人だった。


「はいは~い。静かに静かに」


 騎士団長が前髪をかき分けていた手を下ろし、口元に人差し指を立てる。

 すると先程とは打って変わり、皆は即座に彼の言葉を受け入れ、五秒と経たずに静かになった。


「ご存じのとおり、俺こそが、目が見えないくせに《グラム騎士団》の騎士団長を務めてさせてもらっている、ストレイトス・ユアン・ベイルでございます。で、ここから本題なんだが……ちょっとそこの兄ちゃん」


 人だかりの後方にいる、二十代半ばほどの青年を指さし、事もなげに言う。


「あんた、帝国のスパイだろ」


 直後、皆の視線が青年に集中する。

 青年は困った顔をしながらも、気弱そうな口調で反論した。


「ちょ、ちょっと待ってくださいッ。僕が帝国のスパイってッ!? 冗談はその格好だけにしてくださいよッ!」

「ほう……さらっと俺のガラスのハートを傷つけにきたな。泣くぞ、マジで」

「泣きたいのは、こっちですよッ!?」


 必死に抗議する青年をよそに、近くにいた入団希望者が、村民が、少しずつ少しずつ彼の傍から離れ、新たな人だかりを形成していく。


「な、なんでみなさん離れていくんですかッ!? これじゃ本当に僕が帝国のスパイみたいに見えちゃうじゃないですかッ!」

「そうだな。確かに今はその疑惑があるってだけで、あんたがスパイだと確定したわけじゃないな」


 ストレイトスがそう言った瞬間、青年は救われた顔をしながら食いついてくる。


「だ、だったら! そんな笑えない冗談やめ――」

「笑えないのは、あんたの方だ」


 不意に、ストレイトスの声音が冷たくなる。

 その響きからは、先程までのふざけた調子は欠片ほど感じられなかった。


「今までいったい、どれだけの人間を殺してきた? あんたからは、戦場のど真ん中よりも血腥(ちなまぐさ)い臭いがするんだよ」


 反論は、こなかった。

 言葉と同時にストレイトスの深奥から放たれた圧が、青年の心胆を凍えさせたがゆえに。


「あ……あ……」


 先程までの〝フリ〟とは違う。

 青年は真実怯えながら、一歩後ずさった。


「なまじ腕が立つってのも不幸だな。俺があんたを逃がすつもりがないことも、あんたじゃ絶対に俺には勝てないことも、わかっちまう」


 騎士を除いた皆が、飲み込めない状況の代わりに固唾を呑み込む中、ストレイトスはゆっくりと青年に近づいていく。

 命の刻限を宣告するように、ゆっくりと。


「詳しい話は砦の奥で、ゆ~っくりと聞いてやる。だから、あんたは――って、コラッ!」


 転瞬、青年は懐に手を伸ばし、その動きに即応したストレイトスが、刹那にも満たぬ間に青年と人だかりの間に割って入る。

 人だかりの中には、腰の曲がった老人もいる。

 ストレイトスの行動は、そういった人たちを人質にさせないためにとった行動であり、弱者を護る騎士ゆえの条件反射に近い行動でもあった。


 だが、


(しくった……!)


 見えない目の代わりに異常なまでに発達した、他の知覚が青年の狙いを看破し、舌打ちする。

 青年の、緊張に満ちた汗の匂いが、覚悟に満ちた心音が、ストレイトスに一つの確信を抱かせる。


(あいつ、自決する気だ……!)


 青年が懐から取り出したのは、ナイフ。

 武装媒体(ミーディアム)ではない、明らかに自決のためだけに用意された、ただのナイフだった。


 青年が、そのナイフで自身の首を掻っ切るつもりでいることはわかっている。

 わかっているが、それでもストレイトスは動くわけにはいかなかった。


 優先すべきは、あくまでも弱者。背後にいる人だかりの守護。

 下手に自決を止めようとした結果、青年の矛先が自身から人だかりに変わる可能性がないとは言い切れない。

 リスクを背負ってまで得た情報源だが、護るべき者たちとどちらが大事かと言えば、間違いなく後者。

 天秤にかける必要すらないほどに自明だった。


 三人の騎士(ぶか)に期待したいところだが、


(距離的に無理だな、こりゃ)


 内心ため息をついた直後、ストレイトスの背後から、何者かが青年に仕掛けようとしている気配を察知する。

 背後の人だかりにいるのは、戦う力を持たない村民と、()()()()()()()()()()()()()()()騎士団の入団希望者。

 後者の内の誰かが、青年の狙いと騎士団(こちら)の目論見を看破し、行動に移そうとしているのだ。


 ストレイトスがニンマリと笑んだ刹那、まさしく背後から飛び出した男が、飛矢の如きで勢いで青年に突貫する。

 青年がその手に持ったナイフを首筋にあてようとした瞬間、男は勢いをそのままに肩から青年にぶつかり、吹き飛ばした。


 ナイフが宙を舞い、硬い音色を響かせながら床に落ちる。

 吹き飛ばされた青年の体が、二度床を跳ね、四度転がったところで勢いが止まり、仰臥する。

 青年を吹き飛ばした男もまた勢い余って二度ほど床を転げるも、こちらはすぐさま立ち上がり、仰臥する青年を睨みながら身構える。が、


「……もしかしてオイラ、やりすぎた?」


 ピクリとも動かない青年を見て、男は引きつった声を漏らした。


「いや、大丈夫だ。呼吸も心臓も止まっていない」


 そう言いながらストレイトスは男の隣に立ち、ポンと背中を叩く。


「何はともあれ、あんたのおかげで、あの兄ちゃんを生きたまま捕まえることができた。礼を言わせてもらうよ」

「あ~……お礼を言われるようなことじゃないですよ。あいつが本当に帝国のスパイなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ほう……」


 ストレイトスは、(かせ)を持った騎士が青年のもとへ駆け寄る様子を眺めながら――実際には見えていないので顔を向けているだけだが――興味深そうに吐息をついた。


「《グラム騎士団(うち)》に身を寄せたのは、帝国に復讐するためかい?」

「そういう目的も確かにあるけど、一番の目的は罪滅ぼし……ですかね」

「それはまた、込み入った事情がありそうだな」

「はい。どうせ後で詳しく話すことになるだろうし、今はこれ以上の話は勘弁してもらえるとありがたいです」

「了解した。後ほど、ゆっくり聞かせてもらうとしよう」


 そう言って、ストレイトスは男の肩を叩いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の肩を。


「だが、名前くらいは今ここで聞いても罰は当たらんだろう?」

「まあ、確かに、そうですね」


 男は曖昧に応じると、ストレイトスの方に向き直り、気持ち背筋を伸ばしながらこう名乗った。


「カルセル・マルセルです」

第2章終了。次章の投稿は五月上旬くらいに開始する予定デース。

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新作「孤高の暗殺者は、王女を拾い育てる」がファンタジア文庫より7月17日に発売されマース。
本作とはまた違った方向性のダークファンタジーになっておりマスので、興味が湧いた方は下の画像リンクから特設サイトを覗いていただけると幸いデース。

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