第32話 懇願
「すまない。待たせてしまったね」
焚き火の準備をしていたヨハンのもとに、男物の旅装に身を包んだテストがやってくる。
あの後ヨハンは半ば追い返される形で食材探しに戻り、その間にテストは身を清め、体を拭いて、旅装に着替えた次第であった。
テストは、ヨハンの背後に置いてある野草の山に目を向ける。
「それじゃあ手筈どおり、ボクは野草の調理にとりかかるから、その間にキミは湖で身を清めていてくれ…………というのは、さすがに虫が良すぎるかい?」
「確かに、虫が良すぎるな。だが、僕は別にそれでも構わないと思っている」
ヨハンの言葉が意外だったのか、テストは目を丸くした。
「構わない、というのは?」
「言葉どおりの意味だ。君が話したくないと言うのであれば、無理に話す必要はない。ワケありという点では僕も大概だからな。話したくない話を強いられることにどれほどの苦痛を伴うかは、一応理解しているつもりだ」
「だから、話さなくても〝構わない〟と?」
「ああ」
「……まったく、キミという人は……」
テストは呆れたようにため息をつき、淡い微笑を浮かべる。
女性かもしれない。その疑念が疑念ではなくなったせいか、彼女の髪が乾ききっていないせいか、そこはかと色香を感じさせる微笑だった。
「抜き身の刃のような雰囲気を醸し出してる割りには、実直というか人が良いというか……」
淡い微笑が楽しげな笑みに変わった瞬間、なんとなく目を逸らしてしまったヨハンは、ごまかすように「ふん」と鼻を鳴らす。
そんなヨハンに、テストは好ましげな視線を送った後、先程よりも真摯な声音で言った。
「話すよ。性別を偽ってまで《グラム騎士団》に入った理由」
「……いいのか?」
「いいも悪いも、大凡の見当はついてるんだろう?」
「ということは、やはり復讐のためか」
「うん……そのとおりだよ」
ほんの一瞬、テストの双眸が鋭く底光りする。
ヨハンをして背筋に氷塊が伝うような、それこそ先程彼女の口から出てきた抜き身の刃を思わせるような、そんな眼差しだった。
「ボクの魔力感知力について話した時、ボクの剣の師匠について触れたことは覚えているかい?」
ヨハンは数瞬顎に手を当てながら記憶を掘り返し、頷きながら答える。
「対魔法士戦では、魔力を感知し、〝熾り〟を見切ることが肝要……だったか。キミの師匠が、それを持論にしていると言っていたことは憶えている」
「もう一つ訊くけど、《終末を招く者》には、七至徒と呼ばれる最高幹部がいることは知ってるかい?」
期せずして初めて耳にする情報を得たヨハンは、わずかに目を見開きながらも首を横に振る。
「その七至徒の第一位……グランデル・ホーエンフェルトに、殺されたんだ。ボクの剣の師匠……ゼクウおじいちゃんが……。その際に、ボクの故郷であるジンクリット公国も《終末を招く者》の国崩しにあって滅ぼされた。一年くらい前の話だ」
涙こそ見せなかったが、テストの瞳の奥はどこまでも哀しげで、悔しげで……七至徒第一位と 《終末を招く者》に対する怒りを滲ませていた。
「ジンクリット公国……確か、大陸西部と南西部の境目あたりにあった国だったな」
ヨハンの言葉に、テストは少しだけ驚いた表情を見せる。
「知ってたのかい?」
「僕は大陸南西部出身だからな。そういった情報は嫌でも耳に入ってくる。それにしても、ジンクリット公国が滅んだという話は聞いていたが、まさか《終末を招く者》の国崩しが原因だったとは……」
心の奥底から沸々と、《終末を招く者》に対する怒りが湧いてくる。
しかし、それはテストが抱くべき怒りであって自分の怒りではないと戒め、話を進めるためにも心を鎮めながらテストに訊ねた。
「《グラム騎士団》に入ったのは、やはり、その勇名ゆえに《終末を招く者》に目をつけられると考えてのことか?」
テストはコクリと首肯し、
「実際、目をつけられていたしね。騎士団が王都を護りきれなかったのは、《終末を招く者》の工作によって騎士たちが分断されたことと、七至徒第三位のディザスター級澱魔に匹敵する武力に因るところが大きかったからね」
「ディザスター級に匹敵する武力だと……!?」
「ボクは工作に嵌められた組だったから、実際に戦っているところを見たわけじゃないけど、オディックヘドロン製の甲冑に身を包んだ大男で、たった一人で城門の護りと、城門そのものを潰滅させたという話らしいよ」
その場にいることができたなら――そんな悔恨が、テストの表情から滲み出ていた。
その一方で、ヨハンはただただ驚愕を露わにしていた。
武力。甲冑。この言葉だけで、七至徒第三位が魔法士ではないことは容易に想像できる。
だからこそ、なおさら信じられなかった。
魔法なしでディザスター級澱魔を討伐する場合、数百人規模の軍隊が必要だと言われている。
これは、兵士が魔法士よりも劣っているという話ではなく、武装媒体では魔法ほどの威力を出すことができず、結果、ディザスター級を倒すには手数に頼らざるを得ないという理由があっての話だった。
魔法もなしに、それと同等の力を一個人が有しているなど、
「正真正銘の化け物だな。七至徒第三位の男は」
「かもね。けど、化け物であってもその肉体はあくまでも人間。斬れば死ぬことに変わりはない」
言外に、剣で倒せる相手ならば負けないと断言する、テスト。
そんなテストを見て、やはり彼女しかいないと、ヨハンは心の中で確信する。
「少々話が逸れてしまったね。とにかく、そうした経緯もあって騎士団は《終末を招く者》の情報を現在進行形でかき集めている。そしてそれが、ボクが騎士団に入ったもう一つの理由になるってわけさ」
ヨハンは「なるほど」と頷き、
「情報収集は、個人でやるよりも組織でやった方が効率が良いからな」
「そういうこと。それで、まあ、ここからがキミが一番知りたい話になるだろうけど……ボクが騎士団に入れたことには当然理由がある。と言っても、そこまで大層な理由じゃないというか……正直、身も蓋もない話になるけど……」
テストはポリポリと頬を掻いてから、言いにくそうに言葉をつぐ。
「ゼクウおじいちゃんの縁で、《グラム騎士団》の騎士団長とは昔から面識があってね。女のボクが騎士団に入れたのは、言ってしまえば、ただのコネだったんだ」
「本当に身も蓋もないな」
「……言わないでくれ」
懇願するように言われ、ヨハンはため息をつくことで了承する。
「とにかく、君は騎士団長と接触し、無理を言って男として入団させてもらったというわけか」
「それが……『無理を言って』ってほどでもなかったんだ……」
先程よりもさらに言いにくそうに、テストは言う。
思わず眉をひそめたヨハンに向かって、乾いた笑みを浮かべながら。
「《グラム騎士団》に入団しようがしまいが、女はまともに戦わせてもらえないことはわかってたから、相当無理を言うことになると思ってたんだけど……」
テストはたっぷりと沈黙を挟んだ後、身内の恥を晒すように、訥々と言った。
「ノリノリ……だったんだ……」
「……ノリノリ?」
思わず聞き返してしまったヨハンに、テストは片手で頭を抱えながら首肯する。
「騎士団長……ストレイトスさんは、『それ面白そうだな!』とか言って、ボクの入団を二つ返事で了承してくれたんだ。さすがに女のまま入団させるのは他の者が絶対に許さないだろうからって、性別を偽る形で入団させてもらうことになったけど」
「……色々と型破りなところがあると言っていたのは、そういうことか」
「そういうことだよ。入団を許してくれたことは本当に感謝してるけど……正直に言うと、一緒にいるのは少々、いや、かなり疲れるタイプの人なんだ」
再び、テストは乾いた笑みを浮かべる。
色々と型破りな騎士団長のせいで色々と苦労しているのが一目でわかる、虚ろな笑みだった。
「ちなみにだが、テスト・アローニという名前は偽名か?」
テストは「いや」とかぶりを振り、
「本名だよ。幸い知り合いらしい知り合いはストレイトスさんしかいなかったし、男とも女ともとれる名前だったしね。他に何か聞きたいことは?」
しばし黙考した後、ヨハンはかぶりを振る。
「今のところは、特に思い浮かばないな」
「そうか……」
と言った後、わずかな沈黙を挟み、先程よりも神妙な口調でテストは話を切り出す。
「一つ、キミにお願いしたいことがあるんだけど……」
「他言はするな、だろう?」
「うん。現状、《終末を招く者》に近づくには、《グラム騎士団》に身を寄せるのが一番だからね。女であることがバレて、騎士団に居られなくなるような事態になるのだけは避けたい。だから、このとおりだ」
テストは、深く深く頭を下げた。
距離をとっている状況ならいざ知らず、互いに手を伸ばせば届くほどの近距離にいる、この状況。戦闘になった場合、ヨハンがテストに勝てる可能性は皆無に等しいだろう。
にもかかわらず、テストは剣で脅すような真似はせず、深く深く頭を下げた。
気高さすら覚えるテストの在り様に、素直に、真摯に、応えてあげたいところだが、
(優先すべきは、あくまでも復讐……)
そう自分に言い聞かせ、自己嫌悪を覚えながらも、彼女の弱みにつけ込んだ言葉で応じた。
「条件がある」
頭を下げたまま、テストの体がビクリと震え、それだけで彼女が何を想像したのかを察する。
話の流れが流れだ。
そういうことが彼女の脳裏によぎるのも、仕方のない話だった。
「先に断っておくが、君の尊厳を踏みにじるようなことだけは絶対にしない。それだけは信じてほしい」
テストは、おずおずと顔をあげ、
「いや……これまでのキミを〝視〟て、そういうことを考えるような人間じゃないことはわかってるんだけど…………すまない」
「いや……今のは僕の言い方が悪かった。僕の方こそ、すまない」
「いや……それこそ、謝るようなことじゃないよ」
「いや……」の応酬を重ねたせいか、妙な沈黙が二人の間に横たわる。
さすがに、このままでは話が進まないと思ったのか、テストは、おずおずと口を開いた。
「それより……条件、というのは?」
その問いを聞いた瞬間、今度はヨハンが頭を下げた。
テストが目を丸くするほどに深く深く頭を下げた後、力のこもった声音で懇願する。
「剣でもなんでもいい。僕に武術を教えてくれ!」





