第24話 凶兆再び
ストウロでは空き家を宿として再利用しており、村にやってきた《グラム騎士団》入団希望者たちはそこで寝泊まりすることとなった。
ご多分に漏れず、ヨハンたちも空き家一軒を宿として提供されたわけだが、さすがに五人で寝泊まりするには手狭な上、年頃の娘もいるということで、ヨハン、スレット、トムソンで一軒、レティアとラスパーの兄妹二人で一軒、計二軒の空き家を使わせてもらうことにした。
当然、宿泊費も二軒分請求されることになったわけだが、王都の宿と比べたら値段は半分以下で済んでいるので、そこまで痛手にはならなかった。と言いたいところだが、
「《グラム騎士団》に入ったら、給金もらえっかな……」
「どうだろうな……コーダさんの話では衣食住には困らないらしいけど……」
「へぇ……地方領主様々だな……」
椅子に身を沈めながら、遠い目をしたスレットとトムソンが、気の抜けた声で気の抜けたやり取りをする。
スレットたちは帝国兵に村を襲われ、着の身着のまま逃げてきた。
その際、深追いしてきた帝国兵を返り討ちにし、短銃媒体と一緒に有り金を奪って四人で分けたという話はラスパーから聞いていたが、その金もどうやら先の宿泊費を払ったことで底をついてしまったらしい。
もっとも、同じように分けていたはずのラスパーとレティアは、まだ懐に余裕がある様子だったが。
(おそらく町に立ち寄った際に、余計な散財をしてしまったんだろうな)
知らず、ヨハンの口からため息が漏れる。
「スレット、トムソン。ストウロでの食事は、どうするつもりなんだ?」
「ああ……近くにでっかい森があるからいけるいける……」
「そうだな……二日くらいなんとかなるだろ……」
金と一緒に魂が抜けたような返事をよこしてくる二人に、ヨハンは再びため息をついた。
「今夜だけは僕が奢ってやる。明日以降はラスパーにでも――」
「「本当か!?」」
完璧に声を重ねながら、二人が食いついてくる。
三度、ヨハンの口からため息が漏れたのは言うまでもない。
「本当だ。明日以降についてはラスパーにでも相談するんだな」
「するする!」
「だからラスパーとレティアちゃんも呼んで、とっとと食堂に行こうぜ。時間的にも夕食には、ちょうどいいだろ?」
流れ的に全員分の食事代を払わされる予感しかしないが、路銀はまだまだ余裕があるので、特段問題はなかった。
ブリック公国軍に従事していた時に得たお金は、生活費以外ではほとんど手をつけていない。
そのためヨハンは、公都ヌアークを発つ際、それこそ持てるだけの路銀を持ち出していた。
小さな村の食堂で四人分の食事代を奢るくらい、訳もないほどに。
ヨハンは四度目のため息をつくと、諦めたように二人に言う。
「わかった。ラスパーたちを呼んでくる」
「いやいや、さすがにここは俺たちが呼んでくるよ。なあ、トムソン?」
「そうだな。奢ってもらう相手を使いパシリにするのは、さすがに気が引けるしな」
そう言って、スレットとトムソンは空き家の外に出て行った。
あまりの落ち着きのなさに五度目のため息をつこうとするも、さすがにつき過ぎだと思ったヨハンは、意識してため息を噛み殺す。
(それにしても……)
心の中で何か言いかけ、かぶりを振る。
レティア、ラスパー、スレット、トムソンとともに行動するようになってから、安らぎにも似た心地よさを覚えていることを自覚し、同時に、それに身を委ねてはいけないと自戒する。
自分の目的は、あくまでも復讐。
そこに、安らぎなどという温い感情が介在する余地は一片もないと、自分に言い聞か――
「ヨハンさ~ん。スレットさ~ん。トムソンさ~ん。入ってもいいッスか~?」
不意に玄関からレティアの声が聞こえ、ヨハンは険しくなりかけていた表情を、無意識の内に和らげた。
「構わないが、スレットとトムソンとは出会わなかったのか?」
「出会わなかったッスけど――」
と、言いながらレティアは玄関をくぐり、
「まさかとは思うッスけど、スレットさんたち、わたしとラスパー兄ちゃんを呼びに行ってるとか?」
「そのまさかだ。昼間に訪れた食堂で、皆で夕食を食べようという話になったんだ……僕の奢りでな」
「ほんとッスか!?」
スレット、トムソンに勝るとも劣らない食いつきっぷりに、ヨハンは苦笑する。
「本当だ。そもそも、奢ってやらなければ夕食にありつけない人間が二人ほどいるからな」
「あ~……スレットさんとトムソンさん、こんな状況になっても金遣い荒いまんまなんスね……」
呆れたように言った後、レティアは責めるように言葉をつぐ。
「ヨハンさんもヨハンさんッスよ。奢ってくれるのは嬉しいし、今さら取り消させる気もないッスけど、どうせお金がスッカラカンになった二人のことを見かねて、奢ってやるとか言っちゃったんでしょ?」
図星を突かれたヨハンは決まりが悪そうに押し黙り、それだけで察したレティアは小さくため息をつぃ。
「ほら、やっぱり。ラスパー兄ちゃんの言うとおり、ヨハンさんってほんと筋金入りのお人好しッスね。こ~んな顔してるのに」
そう言って、レティアは両手の指で目尻を吊り上げた。
「悪かったな。こんな顔のお人好しで」
「いやいや、悪いだなんて言ってないッスよ。むしろわたしは、ヨハンさんのそういうところが好きなんスから」
思わず、ヨハンは目を見開いてしまう。
そんなヨハンの反応を訝しがっていたレティアだったが、先程の自分の言葉を心の中で反芻し、
「……あ……」
間の抜けた声が漏れたのも束の間、顔がみるみる朱に染まっていく。
「いいい今のはあれッスよ! ひ、人としていう意味であって、男としてという意味じゃないッスから――って、別にヨハンさんが男として魅力がないって話じゃないッスからね!? って、やっぱ今のもなしっ!! 今のも聞かなかったことに――……って、ヨハンさん……?」
半ば混乱していたレティアだったが、ヨハンが、自分とは対照的に顔を真っ青にしていることに気づき、心配そうに訊ねてくる。
「その……大丈夫ッスか?」
「ああ、大丈夫だ」
とは答えたものの、ヨハンの顔色は青くなる一方で、額には脂汗が滲んでいた。
『ヨハンのそういうところ、大好きですよ』
先程レティアが言っていたものと同じ言葉が、クオンが事あるごとに言っていた、今となっては呪いに等しい言葉が、ヨハンの脳裏で何度も何度も反響する。
レティアが、ヨハンを苦しめるために言ったわけではないことは、わかっている。わかりきっている。
そもそも「好き」という言葉は、人を苦しめるために口にする言葉ではない。
だからこそ、先のレティアの言葉は、ヨハンを苦しめていた。
(そうか……そういうことか……!)
恋人に裏切られてなお、異性と普通に接し、異性の言葉を信じることができた理由を得心する。
恋人に騙され、裏切られたことで、確かにヨハンは心に深い傷を負った。
しかし、その傷を負わせたのは、女性という存在そのものではなく、女性に好意を抱かれるという事象だったのだと、ヨハンは確信する。
事実、自分は今恐れている。
異性に好意を抱かれることを。
レティアの「好き」が、 村の外で出会った初めての異性だから興味を持っただけで、本当の意味での「好き」ではないことを、切に願っている。
先程の彼女の言い訳どおり、人としてという意味での「好き」であることを、切に望んでいる。
出会って一週間も経っていない少女に好意を抱かれるほど、自分は魅力的な人間ではないと、切に思っている。
それこそ、駄々をこねる子供のように。
「もしかして……わたしに『好き』って言われるの……そんなに嫌だったん……スか……?」
ほんの少しだけ涙が滲んだレティアの声が耳朶を触れ、我に返る。
さすがに、こんな形でレティアのことを傷つけたくなかったヨハンは、
「いや、そんなことはない。ただ……僕に向かって『そういうところが好き』と言った女性に……裏切られて、そのせいで生まれ故郷を滅ぼされて……どうにも、そういった言葉がトラウマになってしまっているようだ」
決して話す気はなかった身の上話をすることで、レティアを落ち着かせようとする。
しかし、いよいよレティアの目尻から涙が溢れるのを見て、ヨハンはいまだ心を抉り続ける痛みを忘れ、表情に悲痛を滲ませながら謝った。
「すまない……! だけど、これだけは信じてくれ。僕は君を傷つけるつもりは――」
「違うッス! そうじゃないッス!」
大きな声でこちらの言葉を遮り、レティアはポロポロと涙をこぼしながら謝り始める。
「ごめん……なさい……。何も知らずに……勝手に盛り上がって……あんなこと言って……ヨハンを傷つけて……ごめんなさい……!」
先程までとは別の意味で弱ってしまったヨハンは、レティアの肩に手を置こうとして……やっぱりやめて……散々言葉を探してから、我ながらうんざりするほど気の利かない言葉でレティアを慰めた。
「君は何も悪くない。悪いはずがない……」
「でも……」
「僕の言っていることは事実だ。だから、頼むから、それで納得してくれ。何も悪くない君に泣かれる方が正直……余程堪える」
こちらの想いが届いたのか、レティアは目元を袖でゴシゴシと擦り、ニッカリと笑う。
「しょうがないッスね。ヨハンさんは」
「ああ、そうだな。しょうがない奴だよ、僕は……」
自嘲気味に応えた直後のことだった。
明確な魔力な昂ぶりを感じたヨハンは、その方角に向かって、半ば反射的に振り返る。
村から四キロほど離れたところにある、魔導経脈の集約点から感じたものだった。
「ど、どうしたんスか、ヨハンさん!?」
突然明後日の方向に振り返るヨハンに驚いたレティアが、素っ頓狂な声をあげる。ヨハンは最悪極まりない既視感を覚えるも、だからといって無駄に不安を煽るのもよろしくないので、
「村から四キロほど離れたところで、澱魔が生まれる兆しを感じた」
嘘の中に少しだけ真実を交えながら、そこまで深刻さを感じない声音でレティアに伝えた。
「澱魔が生まれる兆しって……ヨハンさん、そんなことまでわかるんスか!?」
「魔力感知と経験則を合わせればな。とにかく、手早く対処すれば大事になることはない。逆に対応が遅れたら面倒なことになるから、僕は今からその場所に向かおうと思っている」
そう言って、ヨハンは懐から貨幣の入った袋を取り出し、レティアに渡した。
「君たちが夕食を食べ終わるまでには終わらせるつもりだが、間に合わない可能性もないとは言い切れない。だから、レティアは貨幣袋を持って、ラスパーたちと一緒に先に食堂に向かっててくれ」
「で、でも、お金だけもらって先にわたしたちだけ食べるのは、さすがに悪いというか……」
「そこは気にしなくていい。レティアたちに先に行ってもらうのは、席を確保してもらうという理由もあるからな」
「あっ。そういえばあの食堂、席の数はそこまで多くなかったスね」
「そういうことだ。だから――」
「了解ッス! ヨハンさんも、怪我だけは気をつけてくださいッス!」
「ああ」
ヨハンは踵を返し、空き家の外に出る。
当然と言えば当然だが、外はもうすっかり夜闇に包まれていた。
(唐突な魔力の昂ぶり……あの時は微かな昂ぶりだったが、どうしても重ねてしまうな)
あの時――公都ヌアークが陥落する兆しとなった、地下水路から感じた魔力の昂ぶりと。
先程感知した魔力の昂ぶりが、ストウロ村が滅びる兆しになるとは限らない。
しかし、どうしても重ねてしまう。
どうしても結びつけてしまう。
(もし、仮に、そうだとしたら……今度は絶対に阻止してみせる……!)
ストウロ村の住民だけではない。
ラスパーを、スレットを、トムソンを護るためにも。
あの無垢で、無邪気で、優しい少女を護るためにも。
ヨハンは魔力の昂ぶりを感じた地点を目指し、すぐさま走り出した。





