第23話 グラムの騎士
「あっ! アレそうじゃないッスか!?」
朝と呼ぶにも昼と呼ぶにも中途半端な時分、レティアが丘の向こうに見える村を指さしながら声を弾ませた。
「間違いなさそうか?」
同意を求めてくるラスパーに、ヨハンは首肯を返す。
「情報どおり大森林のすぐそばにある。ストウロ村と見て、まず間違いないだろう」
ヨハンの言葉に、レティアたちは歓喜の声をあげた。
あれからさらに二日の時が過ぎ、ヨハンたちはとうとうストウロ村に到着したのであった。
しかし、
(喜ぶのはまだ早い)
村の入口まで来たところで、ヨハンはそれとなく先頭に立ち、神経を張り詰めさせながら村に足を踏み入れる。
この辺りはまだ帝国の侵攻が及んでいないとはいっても、《終末を招く者》をはじめとする、帝国のスパイが潜んでいないという保証はどこにもない。
そして、ストウロ村に《グラム騎士団》の使者が来るという話が帝国の罠だった場合、希望は絶望に変わり、歓声は叫喚に変わる。
最悪の事態に備えながら歩を進め、茅葺き屋根の家屋がポツポツと点在する小さな村を観察するも、
(……平和だな)
老爺が家の傍にある畑を耕し、若い夫婦が逃げ惑う鶏を追い回し、子供たちが無邪気に遊び回る光景は、まさしくヨハンの所感どおり。
帝国の罠どころか、その影すら感じさせないほどに平和だった。
罠はないと確信したヨハンは、人知れず安堵の吐息をつく。
自分にとってはハズレだったが、これで当面は、レティアたちが危険に晒される心配はなくなった。
復讐は必ず果たす。
だが、そのためならば他の人間がどうなってもいいとは、ヨハンにはどうしても思えなかった。
(やはり僕は、どうしようもないほどに温い人間なのかもしれないな)
ほんの一瞬、自嘲めいた笑みを浮かべた後、歩速を落としてラスパーに先頭を譲り、今一度視線を巡らせて村を観察する。
村人の様子を見る限り、こちらのことをチラチラと見てくる者はいるものの、あくまでも好奇の視線のみで、警戒の視線を送ってくる者は一人もいなかった。
誰も彼もが、ヨハンたちが村を訪れた理由を把握しているような風情だった。
(どうやら、こちらの方は空振りにならずに済みそうだな)
その見立てが正しかったことを証明するようなタイミングで、行く先にある、食堂と思しき建物から喧噪が聞こえてくる。
「これは、もしかしてもしかするんじゃないスか?」
期待の声を上げるレティアに、ラスパーは首肯をしながら応じる。
「行ってみようぜ」
ラスパーたちは足早に食堂へ向かい、ヨハンもそれに続く。
果たして、食堂には期待どおりの光景が広がっていた。
「腕っぷしには自信があるんだ! だから騎士団に入れてくれ!」
「これ以上帝国の連中に好き勝手されるのは我慢ならないんだ!」
「雑用でもなんでもいいわ! 帝国の奴らを倒す手伝いをさせて!」
《グラム騎士団》の入団希望者と思しき十人前後の男女が、食堂中央付近のテーブル席にいる三人を取り囲み、口々に意気込みを語っていた。
そしてその三人は、コークス王国民ならば誰もが知っている、白を基調にした《グラム騎士団》の騎士服に身を包んでいた。
情報が当たりだと確信したレティアは、ラスパーの肩をペシペシ叩く。
「わたしたちもウカウカしてられないッスよ!」
「そ、そうだな!」
レティアたちも参戦し、いよいよ混乱の坩堝に陥ったところで、壮年騎士の声が食堂中に響き渡る。
「わかったッ!! わかったから落ち着いてくれッ!!」
皆を宥めるように「まあまあ」と両手を上下させた壮年騎士は、ある程度静かになったところで言葉をつぐ。
「俺は小隊長のコーダって者だ。まあ、一応明言しておくと《グラム騎士団》の騎士をやってる」
と、言い終わった瞬間、周囲から歓声が上がり、コーダは弱ったような顔をしながら苦笑をこぼす。
「やれやれ……五日経っても誰も来ないから、この村での募集は空振りに終わると思ってたのに……。ゲイツ、頼む。代わってくれ」
「嫌です」
ゲイツと呼ばれた、年若い騎士が笑顔で拒否する。
「じゃあ、テストは――」
「遠慮させてもらうよ」
ゲイツよりもさらに若い、下手をするとレティアと同年代と思われる中性的な顔立ちをした騎士が、顔立ちと同様、中性的な声音でコーダの言葉を遮り、貴公子然とした物言いで拒否する。
にべもない部下たちにガックリと肩を落としたコーダは、周囲の期待に満ちた視線を見やり、諦めたように、弁解するように、皆に言った。
「いや~、やる気満々のところ悪いけど、騎士にふさわしいかどうかの適性を見るのは《グラム騎士団》の本拠地にいる騎士団長がやることで、俺たちの役目じゃねえんだわ」
「「「え~~~~っ!」」」
という露骨に残念がる声が重なり、コーダはますます弱ったような顔をしながら苦笑を深める。
「しかしまあ、騎士の適性云々はともかく、俺たち《グラム騎士団》が一人でも多くの同志を欲しているのは事実だ。帝国とやり合うには、まだまだ数が足りないからな」
そう言った後、コーダは皆に視線を巡らせ、
「見たところお前さん方は前線に立ちたいみたいだが、騎士以外の人間が前線に立てる可能性は、ぶっちゃけ低い。そして、騎士になれる人間も、ぶっちゃけそこまで多くない。それでも構わないってんなら明後日の朝、この食堂の前に集まりな。俺たちの本拠地に連れて行ってやるからよ。あ、ちなみに本拠地がどこにあるのかって質問には答えられね――」
「ああ! それでも構わねえよ!」
「明後日の朝、食堂の前に来ればいいんだな!」
「帝国の奴らに一泡吹かせられるんなら、なんだっていい!」
喧噪が蘇り、その勢いに気圧されたコーダが仰け反りながら閉口する。
立ち振る舞いが、いちいち頼りない小隊長である。と言いたいところだが、
(あのコーダという騎士、見た目ほど場の空気に呑まれていないな)
ヨハンは少し離れた位置で喧噪を見守りながら、コーダという男が、《グラム騎士団》の騎士がアテにできる者たちがどうか、注意深く観察していた。
(いや……呑まれていないどころか、場をコントロールしている節さえあるな)
事実、コーダが「落ち着け落ち着け。他のお客さんの迷惑になるだろ」と宥めると、数秒と経たずに、皆が皆話し声を小さくしている。
見た目どおり頼りない人間だったら、こんな芸当はまずできないだろう。
(それに……雰囲気がどことなくザック将軍に似てるな)
一瞬だけ表情に哀切を滲ませた後、年若い騎士に視線を移す。
(ゲイツという騎士は……おそらく僕と同年代くらいか。以前の僕と比べたら、格段に落ち着いた物腰をしているな。それから――)
そして最後に、テストと呼ばれた騎士に視線を移した。
炎と呼ぶにはあまりにも美しく、血と呼ぶにはあまりにも鮮やかな朱色の瞳。
瞳と同じ色をした髪は短いものの、中性的な美貌のせいか、美少年というよりも美少女という印象を強く受けてしまう。
(まあ、《グラム騎士団》は女性を入団させないという不文律があるから、ああ見えて男なのだろうが……だからこそ尋常ではないな)
テストの風貌は、一目見れば嫌でも視線を引きつけられるほどに印象的だった。
しかし、《グラム騎士団》への入団を希望する者たちの中に、テストの存在を気にとめる者は一人としていない。
ヨハン自身、〝観察〟という明確な目的がなければテストの存在を気にもとめなかっただろう。
それほどまでに、テストの存在感は希薄だった。
それこそ、空気と同化しているのではないかと思えるほどに。
(意図的にやっているのだとしたら、それこそクオンと同じ領域の人間……いや、人外かもしれないな)
ただの直感と言えばそれまでだが、もし当たっていた場合は、
(《グラム騎士団》……接触する価値は十二分にありそうだな)
そう結論づけた直後、入団希望者たちに詰め寄られていたコーダが、心底参った声で懇願する。
「もういい加減お開きにしてくれ~。スープが冷めちまってるよ」
◇ ◇ ◇
コーダの懇願が効いたのか、はたまたゲイツの「そんなことよりも皆さん、宿をとらなくて大丈夫なんですか?」発言が効いたのか。
全ての入団希望者が食堂から出て行ったところで、コーダは深々とため息をつき、すっかり冷たくなった野菜スープに視線を落とす。
「ったく、ブランチがランチになっちまったよ」
「いや、私はそうでもないですよ」
「右に同じ」
ゲイツとテスト、薄情な二人の部下に恨めしそうな視線を送っていると、食堂の女将がやってきて、冷たくなった野菜スープを温かいものと取り替える。
「冷たいのよりも温かいのがいいだろ? こいつはサービスしとくよ」
「いや~お気持ちは嬉しいけど、さすがにそれは悪いというか……」
「気にしないでおくれよ。アンタたちが来てくれなかったら、この村は二進も三進もいかなかったからね。これくらいのサービス、安いもんさ」
そう言って、女将は豪快に笑いながら厨房に戻っていった。
コーダたちは、なにも同志集めのためだけにストウロ村を訪れたわけではなかった。
コークス王国内では、帝国の侵攻を恐れて国外に逃げる者も少なくない。
大きな町ならともかく、ストウロのような小さな村では一人でも人が出ていってしまうと、瞬く間にその噂が村中に広まってしまう。
そして、噂に釣られる人間が出てしまったが最後、瞬く間に過疎化の一途を辿ることとなる。
出ていった人間が多かったがために空き家が増え、コーダたちや入団希望者たちに宿として提供できたことはさておき、国外に逃げる体力のない老人や子供を抱えている家庭は村を出て行くこともままならず、このまま村に残って朽ち果てるか、いずれやってくるであろう帝国兵の略奪に遭うかの、悲惨な二択を突きつけられていた。
ストウロの現状は、まさしく女将の言うとおり二進も三進もいかない状態だった。
ここまで言えばもはや言に及ばないが、《グラム騎士団》は、なにも散り散りになった騎士団員や同志を集めるためだけに、コークス王国内を奔走をしているわけではない。
過疎化によって滅びの時を待つしかない小さな町や村の住民の保護も、同時に行なっていた。
《グラム騎士団》の勇名は強さだけが理由で築かれたわけではなく、だからこそ、王国内において《グラム騎士団》の人気は絶大なものになっていた。
コーダは温かいスープを一口啜り、舌鼓を打ったところでこんな話をテストに振る。
「で、あの中に、騎士になれそうな腕っこきはいたか?」
「騎士にはなれそうにないけど、一人だけ気になる人間がいたね」
「もしかして……後ろの方で俺たちのことをガン見していた、ゲイツと同じくらいの若い兄ちゃんのことか?」
テストはコクリと首肯し、ゲイツが「ああ」と思い出したように声をあげる。
「彼のことなら僕も気になっていましたよ。ですが僕の目には、テストが気にするほどの使い手には見えなかったですけどね」
「俺もゲイツと同意見だ。それなりに鍛えてはいるようだが、あくまでもそれなり――って、待てよ。テスト、お前さんさっき『騎士にはなれそうにないけど』って言ったよな? それはつまり〝武〟とは別の部分で、あの兄ちゃんのことが気になったってことか?」
食後の紅茶に口をつけていたテストは、ティーカップを置き、再び首肯する。
「おそらく彼は、騎士として〝視〟たら凡庸だと思う。だけど、魔法士として〝視〟たら――」
「ちょちょちょっと待て! あの兄ちゃん魔法士だっていうのか!? てかなんで、んなことわかんだよ!?」
「なんでと言われても、そういう風に〝視〟えたとしか」
「ああ、なるほど……そういう風に〝視〟えたのね……。だったら、間違いないってことか」
「そのようですね」
コーダの言葉に、ゲイツは同意する。
〝視〟えたというテストの言葉を、一分も疑うことなく信じているような、そんな反応だった。
「で、テスト。あの兄ちゃん、お前さんの見立てでは、魔法士としてどれくらいやれそうなんだ?」
「実際に戦っているところを見ないことにはなんとも。ただ、今まで斬ってきた帝国の魔法士とは比べものにならないほどの使い手だと、ボクは〝視〟ている」
「何が『なんとも』だ。充分すぎるくらいわかってるじゃねえか」
「〝視〟ているとは言ったけど、正直勘によるところが大きいからね。参考程度に聞いていてくれると助かるよ」
「その勘も、大概アテになるわけですけどね」
「あくまでも勘だよ。必要以上にアテにされても困る」
ゲイツはテストに向かって、わざとらしく肩をすくめた。
「それで、どうするんですかコーダさん?」
「どうするんですかって訊かれても、俺たちのやることは変わらねえよ。あの兄ちゃんが一緒に来たいってんなら本拠地に連れて行く。そんでもって後のことは騎士団長にぶん投げる。それだけさ。それにあの兄ちゃん、帝国のスパイってわけでもないんだろ?」
最後の問いは、テストに向けられたものだった。
「〝視〟たところ、だけどね」
「その言葉が聞けりゃ充分だ」
「仮にスパイだったとしても、それはそれで釣れたことになりますから、結果としては決して悪いものじゃないんですけどね」
「俺にとっては悪いわ。ったく、虎の塒に首突っ込む奴なんざ、騎士団長一人だけで充分なんだよ。あの騎士団長相手に人を見る〝目〟って言うのもおかしな話だが、とにかく、テスト以上にそういうのに自信があるからって、帝国のスパイを本拠地に引き入れて捕まえて情報を引き出そうとか、リスクの方がよっぽどでかいっての」
散々愚痴った後、コーダは一つ息をつき、先程までよりも気持ち真剣な声音で二人の部下に言う。
「この辺りは帝国にとっちゃ敵地に等しいから、団体様が村に押しかけてくる心配はねえだろうが、今話題に出したスパイに関しちゃその限りじゃねえ。出発までの二日間、絶対に気ぃ抜くんじゃねえぞ」
念を押すような小隊長の言葉に、テストとゲイツは揃って応を返した。





