第22話 旅の途上
ヨハンがレティアたちと行動をともにするようになってから、三日の時が過ぎていた。
話し合いの結果ヨハンの助言に従うことにした、ラスパー、スレット、トムソンの三人は、道中立ち寄った町で鎧を売り払い、その金で買った、動きやすさと丈夫さを重視した服装に着替えた。
幸い三日前の戦闘以降、澱魔と遭遇することはなく、今ヨハンたちがいる地方はいまだ帝国の侵攻が及んでいないこともあって、ストウロ村への道程は順調すぎるくらいに順調だった。
短銃媒体の扱い方を教えてほしいという、レティアのお願いに付き合う余裕がある程に。
「やった! 当たったッス! またまた的に当たったッスよ!」
太陽が天頂に届く時分、喜色に満ちたレティアの声が森中にこだまする。
ラスパー、スレット、トムソンの三人は感心の吐息をつきながら、気の抜けた拍手をレティアに送った。
ヨハンはさすがに拍手を送ったりはしなかったが、ため息にも似た感心の吐息は、ラスパーたちと同じように口から漏れていた。
(短銃媒体の扱いなんて完全に門外漢だったが、存外教えられることもあるものだな)
現在レティアはヨハンの提案により、木の枝に吊した木片を的にした射撃訓練を行っていた。
レティアたちを助けた際に使用した〝レッドボム〟のように、魔法の中には相手に狙いを定めて放つタイプも数多い。
目標に命中させる技術が必要という点では、短銃媒体に通じるものがある。その延長線で、狙いの付け方や、魔法を発動した際に発射口となる掌――短銃媒体の場合は銃口――をブレさせないことなど、基本的なことをレティアに教えてみたところ意外や意外。
一発目こそ外したもの、それ以降は四回連続で的を射抜いてみせたのだ。
「よ~し! 後一発くらいは撃てたはずッスから、もう一発だけ――」
「駄目だ」
意気揚々と短銃媒体に魔力を込めようとしていたレティアを、ヨハンは有無を言わさぬ物言いで制止する。
「な、なんで駄目なんスか!?」
「わずかだが、息があがってきている自覚はあるだろ?」
「確かにちょっと疲れてきた感じはするッスけど、本当にちょっとだけッスよ?」
「君にとって、短銃媒体の弾丸一発に必要な魔力は大きい。今はその程度で済んでいるが、あと一回弾丸を顕現したら、君の魔力は確実に底をついてしまう。そして、魔力が枯渇した際は酸素欠乏に似た症状に襲われ、体の弱い者は最悪死に至ることもある。君も、訓練の度にそんな目には遭うのは嫌だろう?」
ヨハンの言葉に、レティアは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
「いいぞ、ヨハン。もっと言ってやれ。初めて試し撃ちした時とか、思いっきりやらかしてたからな」
「魔力の枯渇を甘く見るのは駄目だよ、レティアちゃん」
「ああ、そういえばスレットも、一度だけやらかしたことがあるんだっけか」
さらにラスパー、スレット、トムソンが続き、レティアの肩がいよいよ縮こまっていく。
さすがに寄ってたかって責めるのは気の毒だと思ったヨハンは、わざとらしく咳払いをして会話の流れを断ち切った後、彼女をフォローの言葉を口にする。
「まあ、向上心はあるに越したことはない。個人差はあるが、魔力は使えば使うほどその総量を増やすことができるからな」
瞬間、レティアが笑顔の花を咲かせた。
「ほらほら、聞いたッスか? 向上心ッスよ向上心。ラスパー兄ちゃんたちは寄ってたかってわたしをいじめて、向上心をへし折るつもりッスか?」
「調子に乗んな。ヨハンは向上心はあるに越したことはないと言っただけで、魔力が枯渇するまでやれとは一言も言ってねえぞ」
ラスパーの言葉に、レティアはまたしても「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
「とにかく訓練タイムは終わりだ。腹拵えしたら、とっとと出発するぞ」
立ち上がり、歩き出すラスパーたち三人に向かって、レティアは「べ~っ」と舌を出して、ささやかに反撃をする。
そんな彼女を見て、ヨハンは小さくため息をつくと、今度はラスパーたちをフォローする言葉を口にする。
「ラスパーたちは、君のことを想って言っている。そう邪険してやるな」
「それは……わかってるッスけど……」
それでもやはり、寄ってたかって責められたことが釈然としないのか、レティアはどこか不服そうな顔をしていた。が、すぐに気を取り直し、唐突にこんなことを言ってくる。
「今もそうッスけど、ヨハンさんっていっつもこ~んな顔をしてるけど、めっちゃ良い人ッスよね」
「こ~んな顔」を表しているのか、レティアは人差し指を使って両の目尻を吊り上げた。
「……そんなことはない」
と、答えたものの、答えるまでに妙な間ができてしまったことを自覚していたヨハンは、ラスパーたちを追う体を装いながら、逃げるように歩き出す。
そんなヨハンの反応を見て、レティアはニンマリと笑いながら隣に並んだ。
「ラスパー兄ちゃんも言ってたスよ。『最初見た時は絶対にやばい奴だって思ったけど、ありゃ筋金入りのお人好しだ』って」
ラスパーの声真似をしながら、レティア。
自然、ヨハンの歩速が速くなる。
「もしかして照れてるッス?」
「……照れてない」
またしても妙な間ができてしまい、ちゃっかり気づいていたレティアが楽しげにニマニマと笑う。
ヨハンはわざとらしく、ため息をつきながら、
(お人好しか……否定はできないな)
口には出さず、心の中だけで肯定した。
愛していた少女に、あれほど手酷く裏切られたというのに、普通にレティアと接し、彼女の言葉の一つ一つを普通に信じている。
お人好しどうこう以前に、我ながらただただ度し難いとヨハンは思う。
復讐のためではなく、故郷の村を取り戻すために戦いたいというレティアの言葉に、少なからず感銘を受けたという理由もある。
レティアが、他人を欺けるような人間には見えないという理由もある。
しかし、自分がクオンに受けた仕打ちは、そんな些細な理由を吹き飛ばすほどに、女性不信に陥ってもおかしくないほどに、最低最悪のものだった。
にもかかわらず、今目の前にいる少女の言葉に疑いの念を微塵も抱かないものだから、やはり、我ながら度し難いと言わざるを得ない。
(まあ、いい。これでまた裏切られたら、僕には女性を見る目がなかったというだけの話だ)
そんなことを考えながら、からかってくるレティアを置いてきぼりにする勢いで、早足でラスパーたちの背中を追うヨハンだった。
◇ ◇ ◇
「チッ、コークス王国に来たのはいいものの、やっぱたった一人の野郎を探し出すのは骨だなんてもんじゃねぇな」
山麓で夜営していた、フード付きの外套に身を包んだ痩せぎすの男――ラガルが苛立たしげに独りごちる。
「そもそも、ヨハン・ヴァルナスがなんだってんだ。どうせ親の七光りだろ? そもそもその親父も、大陸最高の魔法士っつう触れ込み自体が胡散くせぇ」
ヨハン抹殺のために三〇人もの手勢を引き連れている〝くせに〟と言うべきか、〝ゆえに〟と言うべきか、ラガルの言葉はどこまでも強気だった。
「まぁ、その七光りを殺すだけで、あのクソアマの七至徒入りを白紙にできるんなら、これほど楽な話はねぇか」
そこまで言ったところで、自分の手が意味もなく震え始めていることに気づき、苦々しく舌打ちする。
「クソが……! こんな回りくどいことやってんのは、あのクソアマが七至徒になっちまったからであって、あのクソアマにビビッたわけじゃ断じてねぇ……! クソ……クソ……!」
ひとしきり悪態をついたところで、例によってフード付きの外套に身を包んだ部下の一人が、こちらに歩み寄ってくる。
ラガルは気づいていないが、明らかにラガルの癇癪が収まるのを見計らったタイミングだった。
「ラガル様。別件になりますが、ご報告したいことがあります」
「なんだぁ? 言ってみろ」
「先行させていた斥候の話によりますと、ここから五日ほど歩いたところにあるストウロと呼ばれる村に、《グラム騎士団》の使者が同志集めにやってくるという情報を掴みました。使者を捕えて奴らのアジトを聞き出すことができれば、この地に来た名目上の目的を果たすと同時に、この地にいらっしゃる七至徒第三位――ジスファー・ラウンド様への良い手土産になると思うのですが、いかが致しましょう?」
「フェイクの可能性は?」
「ないと思います。《グラム騎士団》の騎士三人が、ストウロへ向かうところを見たという報告もありましたので。あえて一つ問題をあげるとすれば、ストウロがある地方はいまだ我々帝国の侵攻が及んでおらず、この大人数では警戒の目を掻い潜ってストウロに向かうのは困難だという点ですね」
部下の言い回しに引っかかりを覚えたラガルが、片眉を上げる。
「〝あえて〟ということは、たいした問題じゃねぇってことか?」
「はい。ストウロ村の近くに、魔導経脈の集約点があるという報告も受けていましたので」
そこまで聞いたところで、ラガルは口の端を吊り上げる。
「悪くねぇな。二重の意味で」
その言葉を聞き、今度は部下の方が口の端を吊り上げた。
「使者を捕えるか、アジトの場所を聞き出した後は、村を好きにしてもいいということですね?」
「ああ、勿論だ。それに、ヨハン・ヴァルナスが《グラム騎士団》との接触を考えていた場合は、それこそ三重の意味でおいしい話になるかもしれねぇしなぁ」
邪悪な笑いが夜の森にこだまする。
危機は、着実に、確実に、ヨハンたちに迫っていた……。





