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12.幻想の中の現実


 気が付くと、闇が僕を取り囲んでいた。何も見えない中、気味の悪い音――声?――だけが響き(わた)っていた。必死に耳を塞ぐのに、その「音」は僕を容赦なく追い詰めていく。


――助けて。


 その場にうずくまり、思わず目を閉じる。元々暗闇だから全く変更は無いんだけど。

 ふと光が射した。目を閉じていても判る強い光。思わずその光に向かって立ち上がり、手を伸ばす。


「カリンさん」

 夕日の差し込む病室で目を覚ました僕は、彼女の腕を掴んでいた。

「大丈夫ですか?」

「うん。ごめんね」

 手を放した。それでも彼女は心配げに僕を見ていた。

「うなされてましたよ」

「……そうか」


――彼女にだけは聴かれたくなかった……。


「恥ずかしい所を見られちゃったな。――って今更か」


 今更だよ。そう、誰かが僕の中で呟く。――その声は、明らかに僕の声だった。


          *           *


「……」

「あの……」

 沈黙に耐えかねて僕は口を開く。「何か……?」

 何だか向こうまで記憶を喪ってしまったかのように、「お母さん」――だよな?――は僕を覗き込んでいた。

「煙草……吸われるんですね」

――え? タバコ? 一瞬理解出来ず、思わず手元を見てしまう。

 ああ、煙草(コレ)か。

 考え事をしながら、病院の廊下を目的も無く歩いていたら、偶々喫煙所を見付け思わず入ってしまったのだ。僕の手にはまだ、点けたばかりの煙草の火が揺らめいている。――あれ?


「僕…煙草吸わなかったんですか?」――その割には手間取らなかったな。まるで自分自身の監視カメラでも見たかのように思い出しながら、そう思った。

「……少なくとも実家で吸っているところは、見たこと無いですね」

 困ったように「母」は答える。こういう時、僕の記憶喪失が他の人にもたらした影響を考えずにはいられない。いかに自分が何も覚えていないのか――何も思い出せていないのか――を相手に思い知らせてしまう。

「ああ、ごめんなさいね、邪魔をしてしまって――。それじゃあまた」

「すみません……」自分の事を監視カメラ風に考えている場合では無いのだ……。今にも消えそうになる声で謝る僕に、母はふふと笑う。


「それは変わらないわね」――え? 自分の駄目さ加減に項垂(うなだ)れていた僕は、思わず顔を上げ、相手の顔を見る。「昔から変なとこ真面目で融通が利かなくて。そこはもう少しドンと構えて良いのよ」

 立ち去ろうとした母は、本当に「ドン」と構えているように腰に手を当てて、まるでそうすれば、僕をよく見れるように首を傾けて、そう言った。その母は――相変わらず何も思い出せないけれど――いかにも「母親」という感じがした、と、「じゃあね」と今度こそ去って行くその人の後ろ姿を見ながら僕は思った。

――こういう時、そう思った事を伝えた方が良いのか、むしろ悪いのか考えてしまう僕は、やっぱりドンと構えられないんだろうなと思った。――そういえば、その見本がいたな。見本にしたくはないけど。



「あれ、どうしました?」

 和馬(かずま)のお母さんが振り返ると、そこには和馬の上司が立っていました。

伊達(だて)さん……、いつも息子がお世話になっております」

 深々と頭を下げるお母さんに伊達七海(ななみ)さんは、いえいえ、とにこやかに応じます。もし和馬が居合わせたなら、母親にそんなことしなくていいからと言い、不思議がられたかも知れませんが、生憎(あいにく)、誰もいませんから、ごく普通の挨拶になりました――というのも変ですか――。

「自分の性分です」と七海さんは実に正直に言い、「そんなことより……何か気になることでもありましたか?」

「あの……」お母さんは少しだけ考え、やがて、和馬のことなんですけど、と前置きをしてから話し出しました。「あの子……煙草吸ってましたか」

「は?」思わず、その質問に七海さんは素で間抜けな声を出してしまいます。「あ、ああ……煙草……ね。そうか、ご実家では吸わないんですね、息子さん」

 お母さんは頷き、「ええ、今思い返しても……」「そうですか。私たちの前ではよく吸っていました、というより、考え事をしていると吸ってしまうみたいで。「刑事」という職業柄、機会は多かったですね」

「そうだったんですか……」どうやらお母さんにとっては、初めて知る事実だったみたいです。それで七海さんは調子づき、「ええ、無意識の内に吸うので、禁煙席でも取り出してしまって。こっちが注意したこともありましたよ」と、誰も(ツッコミ係が)いないので、実に余計なことを付け加えます。普段は七海さんがこういうところを和馬に注意されるんですけどね。「こっちが」というのはそういうこと。

「まあ、すみません。お手を煩わせてしまって」と謝るお母さんと「いえいえ(楽しんでますから)」と笑う七海さんという、和馬たちがいたらあり得ない光景が繰り広げられました。

考え事しながら無意識の内に煙草吸う人って、カッコ良いと妄想の果てにこうなりました。

あと、七海さんの愛想が良いところを。でもダーク(?)な面の方が張り切って描いてます。もっと全開に描きたい……。今回ほど自分の筆力の無さを実感してます。

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