11.夢の合間
――ごめん。
思えば、最初から最後まで彼は謝っていた。
私は、最初から最後まで間違っていた。
私は自分の過ちを告白出来ずに、やり過ごそうとした。
――そして、現在も。
「まーったく、しょうがないね、あいつは。昔っから詰めが甘くてね。正義感が強くて勢いはあるんだけど、続かなくてね」――呆れるでしょ?と七海さんが苦笑します。
その話しぶりに――まるでダメ息子をしょうがないんですよ、と話す父親みたいな口調に姫さんは苦笑を返します。七海さんみたいに大袈裟なものではなく、ごく控えめなものでしたが。
――いっそのこと告発でもしてくれればいいのに。
なんて他人任せだろうと心の中で苦笑します。
――流れるままに。
私の罪が明らかになるのも、ならないのも、もう良い。
だから、また同じ過ちを繰り返そうとしています。――最後まで。
――上手くいったかな。
七海さんは姫さんの笑顔を見て心の中で満足します。彼女には穏やかな笑みを返したように見えたでしょう。
――ま、こんなもんだろ。
和馬がバカな以上、取り敢えずは「姫さん」を信頼させ、思い通りに動かすしかありません。最初から、姫さんが和馬の「恋人」のわけが無い事は、判っていました。それでも黙っているのは「当事者」の姫さんが、このまま和馬の傍にいなければならないからです。
「大丈夫」
手を彼女の頭の上に乗せ、言い聞かせます。「和馬は君を追い返さない。君が誰であろうとも、君を追い返す権利なんか、誰にも無い」
――信頼させるために。
「だから、さあ、行ってきなさい」
――国安伽凛。二度とお前を、和馬の元に行かせない。
「ありがとうございます」
手をどかすと、「姫さん」は少しだけ笑顔の割合が増えた、それでも困ったような表情で丁寧にお辞儀をして病院の建物の方へと走っていきました。
――さて、どうやって調べよう。
七海さんは、遠ざかっていく後ろ姿を見ながら思案します。あの人のことーー「泥棒石」のことを。彼女だけが知るその素顔を。
和馬は「そのこと」を知っていた。――だから彼女の傍にいた。
ーーそうでなければならない。
七海さんは、本人がいなくなったので、隠す必要も無くなった、怒りを顔に表し、もうその姿が見えなくなった道を見つめます。
「泥棒石」の唯一の目撃者。――あの女はただ、それだけなのに。
泥棒石の正体を知る為には、話を聴かなくてはなりません。――ああ、会わずに済ましたい。
つい、そう思ってしまった七海さんは、いつもの決意を胸の中に込めます。
泥棒石が分かれば、あの女と縁が切れる。
――悪いな、姫さん。もうしばらく付き合ってもらうよ。警察苦手なのは解るけどさ。俺も嫌なんだよ。ま、泥棒石の正体が掴めたら自由になっていいからさ。その後は――いい加減和馬に決めてもらえ。
――え?
誰かがいる。何も無くなった真っ白で空っぽな空間で。
誰かが酷く自分を睨んでいる。
――怒っている。
何か怒鳴っている。僕の耳では聞き取ることが出来ない――したくない。
なのに、無理矢理その声は、僕の耳に入ってくる。
「お前は――」
止めて。お願いです、止めて下さい。
「お前は――何をしたのか、分かってるのか!」
――分かっていますから。
「お前は――」
その「続き」を僕は知っている。
景色がめまぐるしく変わっていた。
僕は走っていた。全速力で。下を向き、愛用の擦り切れた靴で。――記憶のない僕に、その靴を見た覚えなど無い筈なのに、「その時」の僕は、その靴を知っていた。
――あれ? そもそも下を向いているので、景色など見ていない筈――
――え?
突然、光に包まれた。奇妙なほどの明るさに目が霞み、思わず目を閉じてしまう。
視線を感じた。
おそるおそる目を開けると、誰かが僕を睨んでいた。
――何?
ゾッとした。その誰かの顔は見えないのに、物凄く恐ろしかった。もし僕が凶悪犯と戦って――そんな場面があれば、だけど――追い詰められて、殺されそうになる瞬間――それは有り得そうだな――の、そんな場面の、例えて言うなら、
殺気。
容赦の無いそれに、身が竦む。狂いそうな光の中、動けずに相手を見るしかない。見えないけど、それしか僕には出来ない。
「お前が――」
あの声がその見えない顔に被る。余計に恐ろしさが増し、蛇に睨まれた蛙のごとく、ますます動けなくなってしまう。
と、突然腕が伸び、僕を両側から押さえ込むようにして持ち上げられる。もう、その瞬間には恐怖は吹き飛んでしまった。自分がどうなるのか、分かったからだ。
思った通り、僕はそのまま運ばれ、呆気なく手を離された。
そのまま、猛スピードで僕は落ちていった。深い深い闇に堕ちていくその最中、僕には相手が誰なのか判っていた。堕ちていく僕に、余すことなく殺気を注いでいたそいつは――生まれた時から知りながら、生まれて初めて見る顔で――僕を見下ろしていた。
――夢だ。
僕は唐突にそんな事を思った。
長い、長い夢を見ていると。
――ああ、お前は、そんな顔をしていたのか、ずっと。
夢の話を終わらせる筈だったのに、長くなってしまって持ち越すことに。副題にその無念がこもっています。でも、夢だと書かなかったらいきなり何の話? みたいになりそうだったな。
長いのは、七海さんのせいだ! いや、元は和馬か……。




