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「何かあるぞ」

 ベッドに寝転がったウィルが、やおら口を開いた。


「亜人について調べてみないか?」

「亜人を?」


 あまりにも突飛な提案に、リサは眉をひそめた。亜人が気になる気持ちは判るが、今回の一件には関係ない。亜人を調べることは命令違反だ。


「命令違反になるぞ」

「いや、ならねぇよ。下山しながら考えたんだ」


 寝転がったウィルが天井が仰いだまま言った。


 二人は下山し、一度教都へと入った。しかし、教都は規則に厳しい街だ。突然押し掛けた軍人を施設に泊めてくれるはずもなかった。駐屯地の寮も同様だ。

 彼女たちは終電を隣街のソルジェンテで降りた。ウィルが下りるぞと言い出したのだ。

 中央まで戻らなかったのは、報告の前にもう一度手掛かりがないか再確認するためだと言った。しかし、まだ報告に行きたくないというのが本心だったようだ。おそらく、先程ウィルが口にしたことに関係する。


 寮監の女性は溜息をつきながらも二人を受け入れてくれた。ただ、酒盛りは禁じられたのでブレインとレアードは自分の部屋で大人しくしているだろう。


「不審者は、何故か食糧を盗もうとした。けど、不審者は魔導石を持っていたものの危険は冒したくなかった。そこで、困窮しているアウトローを利用することを思いついた。アウトローは食糧が足りていなかったから不審者の計画に乗ることにした」


 ウィルが続ける。


「リヴィウスはこうも言ってたよな。亜人のせいで狩りも野良仕事もまともに出来ないと。つまりは、亜人さえいなければ困窮することもなかったってわけだ」


 少々強引だが、そう考えられるのも事実だ。


「亜人の出現でアウトローは困窮した。困窮さえしなければ、アウトローは保管庫の食糧を狙うなんてことは考えなかったかもしれない」


 ウィルが言わんとしていることは理解した。

 不審者はアウトローが亜人の被害に合っていることを知っていた。だから、計画に協力するだろうと考えた。不審者は亜人さえも利用したと考えられなくもない。


「それに、あいつは見慣れない恰好をしていたから街から出たばかりの人間かと思ったとも言っていた。それが、亜人の被害について知ってるのはおかしいだろ?」


 リサは顎を引いた。


「確かに調べる価値はありそうだな。けれど、上官の判断次第では処分ものだぞ?」

「アドルフ隊長も、俺をひとりで神殿に行かせるほど亜人の情報を欲しがってんだ。問題ないだろう」


 声には不遜な響きが含まれていた。リサの位置からウィルの顔は見えないが、きっと口元には不敵な笑みを浮かべていることだろう。


「明日は、あの遺跡だな」


 二人の目的地が決まった。




 翌朝、リサとウィルはソルジェンテ駐屯地の司令官と対面した。

 ソルジェンテも亜人の被害にあっている。クレムス同様、亜人について報告すると中央には手出しするなという命令を受けたようだ。それ故に、司令官は中央の軍人二人に良い顔を見せなかった。二人が司令室に入った瞬間、嫌な顔を隠そうともしなかった。


「中央の人間が何の用だ?」


 司令官という立場上、動くことはほとんどないのか立派な腹周りをしていた。


「亜人について調べようと思っています」


 交渉はウィルの担当だ。リサは黙したまま口を開かずにいる。


「確か、先日来た時には違うことを言っていたようだが」

「今も目的は同じですよ。第一保管庫の件です。ただ、過程が変わっただけです」


 にこやかな笑みを浮かべて言うが、司令官の仏頂面は緩まなかった。


「手柄が欲しいのならくれてやる。さっさとどうにかしてこい」

「してこい、ですか? つまり報告はしていなかったが、亜人が巣食う場所は知っているんですね?」


 うまい。ウィルはソルジェンテ駐屯地が持っている情報を聞き出そうとしているのだ。情報がない状態で亜人の根城に侵入するのは危険だと、神殿を調査した際に学んだ。特に、今回は転移石などの援助を受けることも出来ないのだ。


 司令官が唇を歪ませた。


「いえ、亜人が巣食っている場所は俺たちも判っているんですが、いかんせん土地勘がありませんので、地図をお貸しいただけないかと思いまして。報告義務の一環としても」


 あくまでもにこやかな顔を崩さないウィルに、司令官はうんざりと溜息を漏らした。しかし、報告義務を怠ったことが知られてしまった以上、手を貸さないわけにもいかないと判断したのか、机の引出しから一枚の紙を取り出した。それをウィルに差し出す。

 渡された地図はその形状から遺跡のものと判断出来た。リヴィウスの推測は正しかったようだ。


「これは調査に入った後に描いた地図ですか?」

「違う。昔からある古い地図だ。我々は侵入を試みたが、奥までは行っていない。遺跡の内部が、今どうなっているかは判らない」


 地図が得られただけでも上首尾だ。これで、詮索経路を考えられる。


「司令、俺たちは二人で亜人の巣窟に乗り込みます。ですが、俺たちだけで亜人を殲滅することは不可能でしょう」

「人を貸せというのか?」


 ウィルはゆっくりとうなずいた。


「出来れば、一度遺跡に入ったことのある者を」


 司令官は渋面をつくりつつも、討伐隊を編制した。

 初めは司令官も協力的な態度を見せなかった。しかし、ウィルが得意の屁理屈を並べて説得すると、ようやく決断を下したのである。


 ウィルの屁理屈はこうだ。

 自分たちの任務は亜人の調査ではないが、任務を完遂するために亜人の調査が必要になった。任務をどう進めるかは一任されているから、ソルジェンテ駐屯地に協力を仰いだ。司令はその協力要請を受諾するだけだ。それのどこが命令違反となるのか。

 命令違反となれば、罰せられるのは司令官ではなく協力を仰いだ側である。

 司令官がかぶりを縦に振ったのは、実のところ責任を逃れる道を提示したことが大きかった。しかしながら、それでも無能な人間なら頑なに拒んだだろう。彼は英断を下したのだ。


 頭数は十人と多くはなかったが、遺跡の規模も大きくはない。総勢十二人なら、何とか退路を確保した上で調査を進められるはずだ。余裕があるとはいえないが。

 十人の中にはリサとウィルの同期であるブレインとレアードも含まれていた。酒盛りをしていた時とは違い、至って真面目な顔をしていた。


 遺跡の近くまで来ると、何度か亜人と戦闘になった。驚いたことに、ソルジェンテ周辺の亜人は、クレムスの亜人と大きな差はなかったものの、弱体化しているように思えた。背丈も一回りから二回り小さく、攻撃にも重みは感じられなかった。

 遺跡への道中、リサとウィルは能天気二人組に亜人の話を聞いた。ここの亜人は、夜になると活発に動き出すのだという。だが、活発に動き出すと言っても街へ害をなすことはほとんどなかった。遺跡から出だすのが夜だということだ。無害というわけではないが、クレムスの亜人ほど好戦的ではなかった。

 ソルジェンテの亜人は、はっきりと言ってしまえば弱かった。これで遺跡の奥まで調査を出来なかったとは思えない。


「単純に、調査の最中に中央から命令されたってだけだ。調査を中止して、帰還しろってな」


 ウィルが疑問に思ったことを尋ねると、ブレインがそう答えた。


「続行することも出来たんだけど、万が一にも犠牲者を出したらって脅されたみたいだ」


 レアードがブレインの言葉を補足する。さらに彼は続けた。


「その後、何度か中央の人間が調査に入ったみたいだけど、まだ亜人はうろついてる」

「手ぇ出すなって言うなら、最後の一匹まで始末しろってんだ」


 ウィルには頭の痛い話だろう。亜人の調査を担当する隊の一員なのだから。リサも彼と同じく特務隊の一員だが、配属されてまだ日が浅い。他人事といえばその通りだ。


 それにしても、遺跡の奥まで調査を出来なかった理由が戦力的問題ではなかったのなら、初めからいってもらいたいものだ。

 そう考えたが、これは司令官のほんのささやかな反抗だったのだろう。この亜人の強さならば充分な人数を確保してくれたのだから文句は言えない。


 森が開けて遺跡の全貌が明らかになる。

 遺跡はアスクルの文明が繁栄を極めた時代のものだ。二百歩ほど離れた場所から見ても、遺跡となった建物が現在の中央の建物と類似していることが判る。

 遺跡となった建物は二つあった。ひとつは遺跡となる前は高い建物だったのだろう。しかし、中層部より上は崩壊してなくなっている。下層部も半分以上が崩壊していて入るのは困難だ。

 もう一方は、組積造の低い建物だった。建物の半分以上は、隣の建物から落下した瓦礫に潰されてしまっている。屋根は抜けてしまっているが、一部に三角の骨組みが残っていた。柱などに施された装飾が、どことなく神殿を彷彿とさせた。

 司令官から借りた地図は、組積造の建物のものだ。この地図をもとに、遺跡内をどう進むか計画した。


 何故このような建物が各地に残されているのかといえば、それは大戦の記憶を風化させないため、ということだった。だが、現在では遺跡都市以外の遺跡に行くことは禁止されている。だからこそ、存在はするものの手入れなどはされていない。足を運ぶ者もいない以上、壊す必要もなかった。各地に遺跡が存在する理由は、ざっとこんなところだ。


 外壁が抜けているため遺跡への侵入経路はいくつかあった。しかし、この人数ではひとつの脱出口を確保するだけで手一杯だ。

 彼らは侵入口で二手に分かれた。あらかじめ担当となった二人が侵入口の見張りをする。

 見張りの役目は脱出経路を確保すると共に、亜人の出入りを可能な限り絶つことにある。出入口を通過する亜人は、すべて始末するように決められた。

 遺跡の通路は、二人が並んで歩いても余裕がある。並んで戦うには少しばかり手狭だが、注意すれば問題はない。

 リサとウィルは殿を受けもった。先頭はブレインとレアードだ。能天気二人組と呼ばれていた彼らだが、士官学校での成績は上位だった。二人に任せておけば心配はないだろう。


 侵入可能な部屋はしらみつぶしに調べた。目にした亜人は容赦なく殺す。

 今回は調査だけが目的ではない。ソルジェンテ駐屯地の人間は、亜人を殲滅したいと考えているのだ。無論、出入り可能な場所が何箇所もあるのだから、殲滅は現実的に不可能だ。つまりは、それと同等のことをしたいということである。

 亜人の数も、神殿と比べて多くはなかった。ただ、厄介なことがひとつだけあった。それは、亜人が逃げることだ。侵入したばかりは亜人も向かってきたのだが、返り血を浴びた人間の姿を見て戦いてしまったようだ。

 討伐を目的のひとつとしている以上、亜人に逃げ惑われるのは厄介だった。


「力仕事は俺らに任せろ」


 リサに向けてブレインが言った。手には重たそうな建物の残骸があった。


「全部塞ぐんだ。少し時間が掛かる」


 決して利口ではない作戦を考えたのは、ウィルだった。

 遺跡内に、亜人を追い込むことが出来る場所があった。礼拝堂だ。戦うには充分な広さがある。亜人が逃げ惑うことを利用して、そこに追い込むことが出来れば、大多数の亜人を殺すことが容易になる。

 しかしながら、そのためには準備が必要だった。今彼らがやっている作業がその下準備だ。あらかじめ、亜人が脱出可能な場所に人を配置し、亜人が遺跡外に出るのを防ぐ。その間に、手の空いた人間が瓦礫を運び、脱出口を塞ぐのだ。


 作業には二時間を要した。その後十人は散らばり、礼拝堂へと亜人を追い込んだ。途中、何体かが兵と兵との間をすり抜けて逃げようとしたが、手のひら大の石を投げつけると驚いて、自ら礼拝堂の奥へと逃げて行った。

 中庭に面したアーチ状の出入口を潜る。内部は薄暗かったが、照明魔法を唱えずとも充分な明るさはあった。

 追い詰められた亜人の唸り声がいくつも重なった。彼らの退路は断たれた。背後にあるのは川でなく壁だが、彼らにとっては背水の陣である。


 抜き身の軍刀を構えた十人は、二列に並んでゆっくりと亜人を壁際に追い込む。前列に七人、後列に三人の陣形だ。前列が始末しきれなかった亜人を、後列が対処する。

 意を決したように、一体の亜人が咆哮を上げて突進した。その亜人はリサに向かってきたが、彼女は振り下ろされた斧を半歩引いて避け、刹那、剣を水平に薙いだ。切っ先が喉を裂き、血しぶきが上がる。

 他の亜人も次々と突撃してきたが、ことごとく撃退された。またしても逃げようとした亜人がいたが、彼らは後列の人間によって斬り殺された。


 数の差は倍以上だったが、危なげなく戦闘は終了した。

 各々が剣に付着した血を払い、鞘へと戻した。


「これで粗方、亜人は殺したな」

「おまえの面倒な作戦のおかげでな」


 レアードがウィルの肩を叩いた。

 司令官に召集された十人は、今回の調査にあまり乗り気でなかった。中央の人間に良いように使われるのが面白くなかったのだ。しかし、大多数の亜人を討伐した今では、その成果に満足しているように見えた。


「褒め言葉として受け取っておく」


 相棒が同期と戯れている中、リサは側廊を奥へと進んだ。地図によればその先に階段があり、上下階へと移動出来るはずなのだが……。


「階段が壊れている」


 崩壊していた。それも、両の側廊共に。


「まぁ、古いからな。壊れていてもおかしくない」


 ――いや、おかしい。


 リサは片膝を着いて、崩れた階段を睨み据えた。二つの階段を見て確信を得る。


「両方の階段共に、割れた面の色が違う。崩壊してから、あまり時間が経っていない。それに壊れたのは同時期だ」


 ウィルが顎に手を当てた。


「偶然とは考えにくいってわけだな」


 彼も隣にきて、崩れた階段を見下ろした。


「下に何かあるぞ」

「けど、どうやって行くんだ? 魔法で床でもぶち抜くか?」

「危ないこと考えるなぁ」


 二人の会話を聞いていたレアードが呆れたように呟いた。


「ここは遺跡だぞ。古いからどこまで壊れるか判らない。それに、魔力が強いから魔法の威力も増す。下手したら全員生き埋めだ」


 確かに、それは危険だ。最後の手段ということにしておこう。


「ならどうする?」

「肉体労働だ。幸いにも石が砕けているから何とかなるだろう」


 レアードの言葉に、ウィルは派手に顔をしかめた。


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