↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/53

「俺たちは嵌められたんだ」

 リサとウィルは一度深呼吸をして気を取り直した。


「三日前の夜中に、保管庫で火災があったのは知っているか?」


 リヴィウスは唇の端を下げた。


「知らねぇな」

「そこで三体のアウトローの死体が発見された」


 ウィルが懐から死体の写真と取り出して見せる。ブライトを出立する前に、バークスに要求したものだ。


「三人か……。あまりいい死に方じゃねぇな」


 焚火の明かりを頼りに写真をじっくりと見詰める。


「顔が判らねぇ。ここのもんと断言は出来ねぇよ」


 彼は写真を返しながら続けた。


「だがな、何日も前から若いのが七人ばかしいなくなっちまった。そいつら、生産地帯から食糧を盗むって意気込んでたんだ。馬鹿な真似はよせって言ったんだが、まさか本当にやっちまうとはなぁ……」


 憂えよりも呆れた様子の方が強かった。


「断言出来ねぇとは言ったが、十中八九ここの連中だろうな。けど、四人いないのが気に入らねぇ」


 リサとウィルもそれが引っ掛かった。内輪揉めでもしたのだろうか。


「仲間割れは考えられるか?」

「さぁな」


 リヴィウスが顎に手を当てて考え込む。二人は続けられる言葉を辛抱強く待った。


「少なくともあいつらは、ここのためを思ってやったはずだ。最近は亜人のせいで、狩りも野良仕事もまともに出来ねぇ」

「この辺りにも亜人が出るのか?」


 リサはソフィアの言葉を思い出した。彼女はウィルから、ソルジェンテ付近でも亜人の存在が確認されていると知らされて、それをリサに伝えたのだ。ソルジェンテで確認されているのだから、この近辺をうろついていてもおかしくはない。


「ああ。多分、遺跡を根城にしているんだろう。さっさと退治してもらわねぇと、俺たちは飢え死にしちまう」

「努力する」


 今重要なのは亜人の話ではない。話を戻そう。


「仲間割れは考えにくいってことだな?」

「四人ばかしで盗んだもん分捕ったところで、盗んだ食糧がなくなれば野垂れ死ぬ。四人ばかしで生きていけるほど、甘くはねぇんだ」


 実際に街の外で生活しているリヴィウスが言うのだから、その通りなのだろう。ならば、四人はどこへ消えてしまったのか。まだここに戻って来ていないだけか。死体となった三人とは別行動で、転移させた荷をここへ運んでいるのだろうか。

 リサは腕を組んできつく目を閉じた。

 最も考えられるのは、荷を運んでいる最中ということだ。重たい荷物を百袋運ぶのだ。相当な時間を要するはずだ。

 しかし、今一違和感を拭えない。あの爆発だ。爆発があったからこそ、納得が出来ないのだ。


 攻め方を変えよう。


「おまえたちは魔導石を持っているのか?」


 リサの問いに、リヴィウスは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。肩をすくめてしかつめらしく問い返す。


「持っているように見えるか?」


 念のために周囲を見回し、そしてゆっくりとかぶりを振った。


「いや、思わない」

「お嬢さん、もう少し頭を捻った質問をしろ」

「すまない」


 ウィルが密かに笑い声を立てたので、彼女は一睨みをくれてやった。

 だが、彼らが魔導石を所有していないとなると、やはりアウトローだけの問題ではなくなる。


「それで、魔導石がどうした?」


 ウィルがリサにうなずき掛ける。


「死体の傍で見つかったんだ。使用済みの魔導石が。けど、あんたらは魔導石を持っていないと言った。おかしいよな?」


 ウィルの低い声に、リヴィウスが眉をひそめた。三人を包む空気が張り詰めた。


「そういえば、変な男がきていたな。名前は判らねぇが、マントを羽織ってフードを目深に被っていた。俺は一言も話しちゃいねぇが、そいつがきてから若いのが騒ぎ出したんだ」


 二人は目を見開いた。その不審者が魔導石を持ってきたのだろう。二人は直感した。その男さえ判れば、この事件は解決する。


 突如として、辺りが騒がしくなった。何ごとかと思い、騒がしい方へと顔を向ける。すると、服を焦がして顔や手にやけどを負った青年が、情けない顔で仲間の肩を借りてやってきた。

 焚火の前までくると、青年はがくりと膝をついた。


「すまねぇ……リヴィウス」


 立ち上がったリヴィウスに、視線で誰かと問い掛ける。


「行方をくらましたうちのひとりだ」


 顎で指された青年は、呆然とした様子で軍人二人を見上げた。


「あんたら軍人か……?」


 面倒なことになりそうだと身構えるが、青年は予想外の行動を起こした。恐慌状態で逃げるかと思いきや、彼は歩み寄ったウィルにすがりついたのである。


「軍人なら頼む! 俺たちは嵌められたんだ、あの男に! 仲間が死んじまった……っ。違う、殺されたんだ!」


 青年は怨みつらみを吐き出しながら泣き喚いた。


「俺ぁ、殺されたって構わねぇ! けど、あの野郎を……っ!」


 膝立ちになってすがりつく青年を、ウィルが指差す。リサを見て口を動かした。

 リサは心得たようにうなずき、青年に治癒魔法を掛けた。ただれた皮膚が徐々に治っていく。しかし、傷が治ったところでリヴィウスが青年の胸倉を乱暴につかんだ。制止する隙もなく、厳つい拳が青年の頬をとらえる。

 青年は突き飛ばされて、地面に尻餅をついた。先程まで子供のように泣き喚いていたのに、今や目をきょとんとさせている。


「お嬢さんよ。もう魔法は掛けなくていい。馬鹿者にはちょうどいい仕置きになるだろう」


 言われた通り、リサはもう一度治癒魔法を掛けることはしなかった。


「ここにいる二人がおまえに話を聞きたいようだ。話してやれ」


 その後リヴィウスは悪態をつきながらどこかへ行ってしまった。集まった野次馬も、ウィルが一睨みすると踵を返していった。


「話を聞かせてもらおう」


 頬を晴らした青年は黙したままうなずいた。


「男の名前は?」

「聞いてない」


 さっそく溜息を漏らす。名乗りもしない男と行動を共にするとは。長生きしたいのなら、もう少し警戒心を持った方が良い。


「じゃ、男が姿を現したのはいつだ?」

「十日くらい前だ。狩りに出た時に会った。見たこともない恰好してるから、街から出てきたばかりの奴だと思ったんだ」


 青年が続ける。


「街から出てきたんならここに来ないかって言った。そしたら、重罪だから迷惑を掛けるかもしれないって言って、その日はどっかへ行っちまったんだ。けど、次の日も見掛けて声を掛けたんだ」


 断わっておいてこの場から離れなかったということは、彼の言う通り七人は、一杯食わされたのだろう。あるいは、四人か。


「そしたら、あの男が保管庫から食糧を盗まないかって持ち掛けてきたんだ。俺は魔導石を持ってるから、絶対にうまくいくって。協力したら半分やるって言われた。リヴィウスにはとめられたが、俺たちも食糧が足りてなかったから話に乗ることにした」


 やはり魔導石を持っていたのは不審者だったようだ。


「魔導石はいくつ持っていた?」

「二つだ。荷物を運ぶ石と、俺たちが脱出に使う石って言ってた。けど、荷物を運ぶ石を使った奴と食糧はあの場から消えたのに、脱出用の石は爆発した」


 感情を抑えきれないのか、青年は握った手を震わせていた。再び興奮してきたのか、目を見開きながら話した。


「どうしておまえだけが助かった?」


 酷な質問だろうが聞かないわけにはいかない。


「俺は見張りで、少し離れた場所にいたんだ。あいつらは三人で石に手を掛けながら、俺を呼んだ。その時に石が爆発したから助かったんだと思う……」


 青年がすがるような目でリサとウィルを見上げた。


「あの男言ってたんだ……っ。使う石を絶対に間違えるなって!」


 不審者は、アウトローを捨て駒にしたのだ。計画を持ち掛けたのは、元から捨て駒に利用するためだったのだろう。


「その男と、残りの奴らとは別行動だったのか?」


 青年の話から、保管庫へ向かったのは五人だったということが判った。助かったもうひとりのアウトローは、爆発前に荷物と一緒に転移した。見つかった死体は三体だから、青年を含めこれで五人だ。


「ああ、そうだ……。疑うわけじゃないけどって。あいつらも今ごろ……!」

「別行動なら、どこに向かったか判るか?」


 リサは地図を取り出して青年に見せた。すると、彼は震えた指先で地図の一点を指す。


「この辺りにある洞窟だ」


 彼が指差したのは、ここから北西に位置する山の中だった。地図上ではここからあまり離れてはいないが、険しい山だ。登るとなると時間が掛かる。


「わかった。俺たちは明日そこへ向かう。だから、魔導石を持ってきた男の特徴を教えてくれ」


 青年は自らたちを罠に掛けた男の特徴について、覚えている限りのことを二人の軍人に話した。




 東の空が薄く明るくなるころ、二人は静かに集落を出ようとした。起き出した者はいない。どこかの掘立小屋から、盛大ないびきが聞こえていた。

 静かに足を進めると、小屋の陰からひとりの人間が姿を現した。リヴィウスだ。


「何も言わずに出ていくとは、礼儀がなってねぇな」

「見送りなんてするなよ。別れるのが辛くなっちまう」

「野郎に言われても嬉しくはねぇな」


 二人は喉の奥で笑った。一晩の付き合いだというのに、馬が合ったようだ。

 不意にリヴィウスが真面目な顔を取り繕う。年齢故か、彼が表情を引き締めると空気が張り詰めるような緊張感を帯びた。


「あんたらには悪いことをした。若い連中が迷惑を掛けちまったからな」

「ああ。いい迷惑だ。もう二度と危ない橋は渡るなよ」


 リサの言葉にリヴィウスが表情を緩めた。


「お嬢さんは、あれだな。口は悪いが、意外と慈悲深い。あいつのことも見逃してくれたようだ」


 彼が口にしたあいつとは、昨夜保管庫から生還した青年のことだ。


「言っただろう? 話を聞きに来ただけだと」

「待てよ。俺が慈悲もないみたいな話の流れになってんだけど」

「坊主。男ってのは黙っている方が信用されるんだ」

「なるほど。俺は信用されてないって言いたいんだな、おまえは」


 リヴィウスが揶揄の笑みを浮かべてウィルの肩を叩いた。


「じゃ、元気でな」

「ああ。世話になった」


 二人が握手を交わしている姿を見て、ウィルはこれ見よがしに溜息をついた。しかし、リヴィウスに手を差し出されると、何も言わずに手を握り返す。


「山に雲が掛かってやがる。季節外れの雨だ。気をつけろよ」


 若い軍人二人はうなずいた。そして、彼の隣を通過する。


 何歩か歩いて、リサはリヴィウスを振り返った。


「軍がくるかもしれない。早くここから離れた方がいい」

「高原にでも移動するさ。あそこには遺跡があるからな。気が向いたら、またこいよ。あんたらなら歓迎する」


 リヴィウスが手を振ったが、リサは振り返すことなく踵を返した。


 相変わらず、山は雲に覆われていた。急な坂を上り山の中へと入るにつれ、雲が厚みを増す。そして、とうとう最初の一粒が落ちた。一粒が落ちると、堰を切ったように雨が降り出し、埃っぽかった地面が色を変えた。

 二人が登っている山は、クレムスの西に聳える山と違い岩肌が多かった。それは標高が高くなるにつれて顕著になり、徐々に木と木の間隔が広くなった。

 リサとウィルは髪から水滴を滴らせながら足を進める。雨避けのマントを羽織るが、完全に防ぐことは出来ない。軍服が雨を吸い込んで重くなった。


 だが、リサはそんなことに頓着はせずに、昨夜青年から聞いた話を頭の中で整理していた。しかしながら、青年から聞き出した不審者の特徴は実際にはあまり参考になるものではなかった。

 身長はウィルよりも低く、体格も彼ほどしっかりはしていないと言っていた。顔はフードを目深に被っていたので判らない。ただ、目つきは判らなかったが、頬から下を見た限りでは三十代といったところだったようだ。

 何故フードをとらないのかと尋ねたところ、ひどいやけどの痕があるからだと答えたらしい。しかし、それは虚言である確率が高い。素顔を隠すためにフードは外したくなかったが、頑なに外さずにいるのは不審だ。だから、顔にやけどの痕があると言ったのだろう。

 ウィルが声と話し方を真似てみろと言い青年に真似をさせたが、それが似ていたかどうか彼女たちには判断出来なかった。青年いわく、声も話し方も落ち着いていたとのことだ。恐怖で人を支配するようなことはしなかったと言った。


 せめて、カンヘルかアスクルかさえ判断出来れば良かったのだが、目を見ていないのでは仕方ない。

 青年と話して得られた不審者の情報はこの程度だった。この情報のみで人捜しをするのは無謀だ。今から向かう洞窟に不審者の手がかりが残っていれば良いのだが、期待は出来ない。


「この辺りじゃないか?」


 足をとめて辺りを見回すが、洞窟は見当たらない。


「少し探してみよう」


 来たこともない山の中だ。別行動はとらなかった。こんなところで遭難でもしたら、洒落にならない。


 しばし周辺を彷徨っていると、岩屋を発見する。大きな岩二つが互いを支え合うように傾いていた。その足下に入口がある。

 入口の手前でリサは照明魔法を発動する。出来あがった光源を、洞窟の中へと投げた。

 光源は岩に当たり、すぐに消えてしまった。それでも、一応内部の様子を見ることは出来た。どうやら、大きな洞窟ではないようだ。獣の気配もない。


 リサはもう一度照明魔法を唱え、ゆっくり内部へと足を踏み入れた。

 やはり、洞窟は大きくなかった。高さはリサの三倍くらいで、奥行きは五十歩ほどだ。しかし、奥行きは進める範囲だ。驚くほどに透明な水が進路を阻んでいる。水位が高く、天井が下がっているので泳げたとしても奥まで行くのは不可能だ。


 そして、二人は嘆息を漏らした。洞窟には人が足を踏み入れた形跡はひとつもなかったのだ。


「どういうことだ?」


 転移を補助する魔法陣もない。魔法陣がなくとも転移石だけで移動は可能だが、今回の件は量が量だ。正確さを求めるのなら、魔法陣は必ず使う。だが、足下の岩は凹凸だらけだった。ここでは魔法陣を描くことは出来ない。


「転移先がここだということ自体、虚言だったのかもしれない」


 リサは唇を噛んだ。思考が足りなかった。


「最初から出し抜くつもりなら、転移先なんて適当に誤魔化しておけばいい。危険な保管庫にはアウトローだけ行かせて、同行した二人はどこかで殺したんだろう」


 保管庫で荷物を転移させたアウトローは、洞窟ではなく本来の指定場所へと転移した。おそらく、そこには不審者の仲間がいて、共に転移したアウトローも殺されてしまった。

 これで見事に、保管庫から大量の食糧を盗み出すことに成功したというわけだ。


 ウィルに説明すると、彼は納得したようにうなずいた。


「不審者はどうしても捕まりたくはなかったわけだ。だから、保管庫にはアウトローだけを行かせた」


 不審者に保管庫へ行く覚悟があったのなら、そもそも彼らはアウトローを利用することも考えなかっただろう。警戒がずさんな保管庫へひとりで侵入し、転移石を使えば良かったのだから。

 しかし、万が一にも失敗して捕まることを恐れた。そこで、困窮しているアウトローを利用することを思いついたのだ。

 不審者たちが何故食糧を欲したのかは判らない。自身で述べた通り、重罪を犯して街から脱走したばかりの者なのかもしれない。どちらにせよ、どこから魔導石を入手したのかは不明のままだ。


「ここまでの道のりも決まってなかった以上、俺たちだけで死体を捜し出すのは不可能だ」


 ここまで山道があったわけではない。二人は歩き易そうな足場を選びながら、ここまで上ってきたのだ。それに、死体を見つけたところで手掛かりがあるとは思えなかった。


「雨さえ降ってなけりゃ、何か手掛かりが見つかったかもしれねぇのにな」


 雨は弱まる気配を見せない。

 山登りは骨折り損の草臥れ儲けに終わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。