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「魔導石だ」

 しかし、苦労しただけの収穫はあった。


 リサが入れるほどの隙間がつくられ、彼女が地下室へと侵入を試みた。

 地下室は真っ暗だった。照明魔法で部屋を照らし、リサは息を呑んだ。直後、口元を緩める。

 狭い地下室の隅で、照明魔法の光を幾重にも反射する物があった。水晶のように輝く石。近寄って確認せずとも、それが何かすぐに理解出来た。

 使用済みの魔導石だ。それが無数、床に転がっている。他にも、床には石が擦られたような形跡があった。


「どうだー? 何かあったかー?」


 地下室に唯一光を取り込む穴からウィルの声がした。


「入ってこられるか、ウィル?」

「少し時間が掛かる」


 上にいる者たちが再び砕けた岩を退かし始めた。その音を聞きながら、リサは腕を組んで思考を始めた。

 階段を崩壊させたのは、明らかに何者かによる隠蔽工作だ。そして、亜人の巣窟に放置された使用済みの魔導石は、亜人と何らかの関係があると疑わざるを得ない。床の擦られた跡も、何かの隠蔽を謀ったのだろう。

 隠蔽工作をした者。アウトローの前に現れた不審者。必ずしも一致はしないが、関係があると考えるべきだ。

 だが、本当に亜人と魔導石に関係はあるのだろうか。この遺跡には使用済みの魔導石があったが、神殿には何もなかった。あるとすれば、あの魔方陣の扉の奥だろうか。


 リサは無意識のうちに首を振るった。浮かび上がった疑問を一蹴する。

 魔方陣の核となっていた魔導石は傷だらけの古いものだった。この遺跡の階段を崩壊させたよりも遥か昔の物だ。あの魔方陣は、亜人の存在が確認される以前から存在していた。

 同じ亜人の巣窟なのに、共通点が見つからない。


「何かが……」


 ――待てよ。


 リサは転がっていた魔導石のひとつを手に取った。


 ――試してみる価値はある。


 右手の人差指を弾き、光源を浮遊させる。空いた右手で軍靴の内側に隠していたナイフを取り、魔導石に刃を突き立てた。

 かち。

 もう一度。

 かち。

 硬い音が小さく鳴るだけで、魔導石が壊れることはない。だが、それは想定内だ。彼女は魔導石を壊したかったわけではない。


 何度も魔導石にナイフを打ちつけると、刃が毀れてしまった。リサは刃毀れに頓着せず、邪魔なナイフを鞘にしまう。そして、手にした使用済み魔導石を光源に反射させてみた。

 表情は真剣そのものだった。眉根を寄せて、目を凝らす。瞳には、ほんの些細な変化も見逃さないという信念が宿っていた。

 透明で解りにくいが、反射具合によっては細い筋のような傷がいくつも見られた。ナイフによる傷だ。壊すことは出来なくとも、傷をつけることは可能のようだ。つまり、傷があっただけで古いと断言は出来ない。


 大きくなった穴から、ウィルが苦労して地下室に降り立つ。


「何かあったのか?」


 現れたウィルに向けて、手にしていた魔導石を放り投げた。すると魔導石は光源の光を反射し、空中で一瞬だけきらりと煌めいた。

 リサは一度目を見開いた。そして、再び口元を緩める。

 彼女はこの遺跡と神殿との共通点を見つけた。それと同時に、先程のレアードの言葉を思い出し、一層笑みの色を強くした。


「使用済みの魔導石だな」


 受け取った石を見下ろしながら、ウィルが呟いた。


「お。大量にあるじゃねぇか」


 彼は転がっていた魔導石の山の前まで移動し、腰を下ろした。他の魔導石をいくつか手に取って見詰める。


「何か思いついたって顔してんな」


 首を捻じ曲げて振り返った彼は、唇の端を上げていた。


「ここに魔導石があるくらいだ。おまえも亜人と魔導石に関係があると思っただろう?」

「まぁな」

「その他にも、階段の崩壊とアウトローの前に現れた不審者も何かしらの関係があるはずだ」


 ウィルは黙したまま顎を引いた。


「けれど、不審者が何者かまでは判らない。だから今は置いておく」


 リサは続けた。


「問題は亜人の出現場所だ。私はソフィアから、クレムス、ソルジェンテ、アルトシュタットの三都市付近で確認されたらしいと聞いた」


 その情報を流したのはウィルだ。情報を知っていたのだから、彼は軽く相槌を打つだけだった。


「クレムス周辺の亜人は、神殿を根城にしていた。ソルジェンテはこの遺跡だ。なら、アルトシュタットはどこだか判るか?」

「調査出来ていないはずだ」


 ただと言って、ウィルは言葉を紡いだ。


「神殿は遺跡の一種だ。そう考えるなら、アルトシュタットの亜人もそうなんだろうな」


 アルトシュタットは遺跡の街だ。大規模の遺跡を利用して新しい街がつくられた。しかし、街から離れた場所にも遺跡がいくつも存在する。


「そうだ。亜人は遺跡に巣食っている。じゃあ、遺跡の共通点は何だ?」

「七百年前に滅んだ文明の遺産」

「もっと詳しく」


 ウィルは黙り込んだ。そういえば、彼は座学が苦手だったと思い出す。


 各地に遺跡が残されたのは、大戦の記憶を風化させないためだ。遺跡の保存を主張したのは、リガス教だった。七百年前の大戦を全面的に支援した教会は、過ちを反省し近代兵器の製造及び使用禁止と遺跡を残すことを主張した。

 彼らの主張は新政府に受け入れられた。かくて、各地に記憶碑に代わる遺跡が残されたのだが、リガス教が主張した影響か、遺跡はかつての教会が多いのだ。


「遺跡のほとんどは教会だ。そして、レアードの言葉を聞いて思い出した」


 リサは一旦口を噤み、ウィルの目を見返した。


「レアードの?」

「ああ。あいつは、魔力が強いと言っていた」


 ウィルが納得したように何度もうなずいた。


 教会は構造材の一部に、神殿がつくられた際に切り出された石を使っているという話だ。その影響で、教会は魔力が強いのだという。


「神殿に侵入する時、あんな派手に崖を崩したのは態とじゃなかったのか」


 あの時はすっかり忘れていた。迫り出した岩は、確かに頑丈なものではなかっただろう。だが、予想よりも大きく崩れたのは、魔力が強いという土地柄の影響を受けて魔法の威力が増したからだ。


「けど、それ以外の共通点は何だ? アルトシュタットは確認のしようもないが、ここと神殿にまだ共通点があるのか?」


 リサは落ちていた魔道石を顎で指した。


「魔導石だ」

「神殿にはなかった。開かずの扉の奥にあるっていうのか?」

「あったんだ」


 ウィルが理解出来ないとばかりに顔をしかめる。


「どこに?」

「亜人を誘き出すのに石を投げただろう? あの石、松明の光を反射してこう光ったんだ」


 リサは使用済みの魔導石を手に取って放り投げた。魔導石は先程ウィルに投げ渡した時と同様、宙で光を反射して煌めいた。


「……なるほど。確かに普通の石じゃ、そんな反射の仕方はしないな」


 ウィルが納得したのを確認し、リサは最後に魔方陣についての推測を話した。


 ソルジェンテ駐屯地の司令官への報告は、リサとウィルではなく駐屯地の人間に任せた。

 二人は、その日も駐屯地の寮で一夜をすごした。

 亜人と魔導石、そして不審者。三つの関係がおぼろげに見えてきた。しかし判然としない。

 リサは亜人騒動と保管庫での一件、アウトローキャンプで聞いたことを反芻するが、進展は得られなかった。


「亜人と魔導石が関係している可能性は高い。一体どんな繋がりがある……?」


 思案を巡らすが、一向に閃きが舞い降りない。

 そもそも、亜人の生態が謎なのだ。新種の魔物なのか、数を減らしていた在来種が徐々に行動範囲を広げたことにより、目につくようになったのか。


「――判らない」

「考えたって判らねぇなら、動くしかねぇだろ? アルトシュタットに行くしかない」


 確かに次に出来るのはアルトシュタットへと行き、亜人の巣を捜し出すことだ。亜人の巣に入れば、今回のように何か手がかりが見つかるかもしれない。

 ただ、あてもなく遺跡を調査するには何日も掛かる。リサはアルトシュタットへ行く前に、確認したいことがあった。


「その前に、採掘所へ行ってみないか? 魔導石が盗まれている可能性がないか調べてみよう」

「採掘所へ?」


 魔導石の採掘所は、中央の東隣にある工業都市ケルンから行ける。採掘所はケルンの北に位置し、生存圏で唯一魔導石を採ることが出来る場所だ。なだらかな山で、上空は結界と結界の切れ目になっているが、採掘をしているのは地下なので結界の外に出ようが問題はない。


「魔導石を一般人が自由に使えるわけがない。入手経路を調べる必要がある」

「採掘所でも盗むのは難しいと思うぞ」

「ああ、難しいだろうな。けれど、確認しておいても無駄にはならないさ」


 ウィルが顎を引き、二人は翌朝採掘所へと出立した。

 ケルンと採掘所を繋ぐはモノレールではない。ブライトと保管庫を繋ぐ貨物列車と同様のものだった。乗り心地の悪い貨物列車に揺られて一時間ほどで、二人は採掘所に到着した。


 坑道の入口付近にある作業用事務所へと入る。

 事務所には、作業員の他に警備の兵も常駐していた。彼らは突如として現れた見知らぬ軍人に眉をひそめた。


「どこの人間だ?」


 軍服を纏った男が問うた。


「中央の窓際部署だ」

「窓際?」


 ウィルは肩をすくめた。いかにも仕方ないといった様子で答える。


「特務隊だ。極秘任務でな」


 この言葉はとても便利だ。大抵の人間は極秘任務だと告げると、説明を要求することなく質問に答えてくれた。特に、目の前にいるような比較的若い軍人には効果的だった。

 若いといっても、二人よりは年嵩の軍人だ。それでも敬語を使わないのは、今後会うこともないと割り切っているからだ。


「協力を拒否するのは、命令違反になる。俺からの命令じゃなく、隊長からの命令ってことになるからな」


 男は息を吐き出した。彼の目が拒否するつもりはないと言っていた。


「了解」


 命令違反に近しいことをしているのはウィルの方だが、彼はどうしてか相手に協力するのが当然のように思わせることが出来るのだ。それが厄介なことに一種の特技でもある。


「とある事件を調べてるんだが、その首謀者と思しき奴らが魔導石を使っていることが判った。けど、魔導石なんて個人が使えるような代物じゃないだろ? だから、その入手経路について調べてるんだ」


 事件の内容については伏せることにしていた。余計なことをいえば、こちらが命令違反の瀬戸際だということが知られかねない。危険は避けるべきだ。


「不審者なんかは見なかったか?」

「あやしい奴を目撃したって報告はないな」


 男が顎に手を当てながら答えた。


「つまりは、ここから魔導石が盗まれたか確認しているんだろ?」


 リサとウィルはうなずく。


「採掘量とぼた山、それに出荷量におかしいところはない」

「ぼた山?」

「採れた石が全部魔導石になるわけじゃない。魔力の含有量が低ければ、魔導石として使うことは出来ないんだ。ぼたってのは、魔導石になりそこねた石のことだ」


 そとに山積みになっている石があったが、おそらくはそれがぼたなのだろう。初耳だという反応を見せた二人に、男は呆れた様子になった。


「確かに、魔導石については詳しい人間のが少ないけどな、カンヘルも意識しないうちにその恩恵を受けているんだ。少しくらい覚えておけよ」


 男は魔導石について少しばかり説明をしてくれた。


 採取しただけの石は、正確には魔導石とは呼ばない。原石は魔力が多く含まれた石でしかないのだ。原石を手にしていれば、アスクルも魔法を使うことは出来る。しかし、原石の場合は魔法を発動するために呪文を唱えねばならない。

 魔導石の真価は、呪文を必要としないことだ。原石に特殊な加工を施すことで、呪文を唱えずとも魔法が使用可能となる。


 アスクルが原石を手にすると、カンヘルと同じよう魔法が使用出来るようになる。カンヘルは石がなくとも魔法は使えるが、ウィルがクレムスの湖畔で何度も失敗したように練習が必要だ。アスクルも原石を手にした状態では、練習なくして魔法は使えないのだ。

 だが、原石でなく魔導石となれば石自体に呪文が記憶されているため、練習せずとも一発で魔法を使うことが出来るというわけだ。

 魔導石を所持している方がカンヘルとしても圧倒的に便利なのだが、貴重品故に配給されるのは最低限のものだけだ。そしてその加工方法故に、ひとつの魔導石は一種類の魔法しか使えない。それが魔導石の不便な点である。

 ただ機械の動力源となるだけの石には特殊な加工は施さないという。必要最低限、魔力の含有量を増やす程度の加工だ。


「何の魔導石が使われていたかは判らないが、普通盗むのなら加工後の石だろ?」


 男は腕を組んで言った。


「ここじゃなくて、ケルンの工場で聞いた方がいいと思うぞ。尤も、魔導石が盗まれていたのなら騒ぎになっているはずだけどな」


 彼の言う通りだ。魔導石が盗難にあっているのなら、とうに報道や報告なりされているはずだ。模倣犯を防ぐために規制がされていなかったのなら、だが。


「それに、魔導石についてもっと詳しく知りたいのなら、ランセルって奴のところに行くといい。工場に併設されている技術開発局にいるはずだ」


 男が立ち上がった。時計の針を気にしているようだ。


「それじゃ、休憩時間終わるから」

「協力感謝する」


 最後にリサとウィルは低頭し、足早に採掘所を後にした。

 二人はケルンの工場へと向かった。魔導石について詳しく知りたいとは思わなかったが、ランセルという者を訪ねれば二人が気づかぬ何かを指摘してくれるかもしれない。会って損はないだろう。


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