第5話「レシート」
午後九時十七分。
大学生は、駅前の店を出た。
友達と別れたあとだった。
夕飯をどうするか迷って、結局、一人で入った。
注文したのはチーズバーガー。
飲み物は水。
食べている間、特に何も考えていなかった。
講義のこと。
明日の課題のこと。
サークルのこと。
スマートフォンに届いたメッセージ。
どれも、店を出る頃にはどうでもよくなっていた。
腹は満たされた。
それで十分だった。
「ありがとうございました」
「どうも」
店員に軽く頭を下げる。
外へ出る。
夜風が少し冷たい。
大学生はイヤホンをつけた。
駅へ向かう。
途中でスマートフォンを見る。
友達から、
『課題やった?』
と来ている。
『まだ』
返す。
『俺も』
すぐ返信が来た。
『終わったな』
『終わった』
二人ともまだ何も終わっていない。
大学生は笑った。
家に着いたのは午後九時四十分だった。
「ただいま」
返事はない。
一人暮らしだから当然だった。
靴を脱ぐ。
鞄を置く。
冷蔵庫を開ける。
水を取り出す。
飲む。
机に座る。
ノートパソコンを開く。
課題のファイルを開く。
五分ほど眺める。
閉じる。
「明日でいいか」
またスマートフォンを見る。
動画を見る。
気づけば三十分経っていた。
「やば」
もう一度パソコンを開く。
午前一時十二分。
課題を一つ終えた。
「終わった……」
大学生は椅子にもたれた。
もう一つ残っている。
でも今日は無理だった。
保存して、パソコンを閉じる。
机の上を片付ける。
そのとき、財布が目に入った。
財布を開く。
レシートが何枚か入っている。
コンビニ。
学食。
ドラッグストア。
そして、さっきのハンバーガーショップ。
「……」
大学生はレシートを一枚ずつ取り出した。
特に意味はない。
財布が膨らんできたから、捨てようと思っただけだった。
一枚目。
コンビニ。
二枚目。
学食。
三枚目。
ハンバーガーショップ。
商品名。
チーズバーガー。
金額。
時刻。
客数。
1
「まあ、そりゃそうか」
独り言。
自分一人で来たのだから。
レシートを折る。
ゴミ箱へ入れようとする。
そこで、ふと止まった。
「……あれ?」
レシートをもう一度見る。
何かがおかしい。
大学生は眉を寄せた。
商品名を見る。
チーズバーガー。
合っている。
金額を見る。
合っている。
時刻。
だいたい合っている。
客数。
1。
「……何だっけ」
大学生は思い出そうとした。
店に入った。
注文した。
食べた。
出た。
普通だ。
何もない。
もう一度レシートを見る。
紙の一番下に、見慣れない項目がある。
小さく印字されていた。
保存:1
「……?」
大学生はレシートを近づけた。
読み間違いではない。
確かに、
保存:1。
何を保存したのか。
そんなことは書いていない。
「保存……?」
少し考える。
レシートにそんな項目があるはずがない。
大学生はスマートフォンを手に取った。
検索画面を開く。
検索欄に、
『ハンバーガー レシート 保存:1』
と入力しかける。
そこで止まった。
「……まあ、いいか」
眠かった。
明日も一限がある。
くだらない印字ミスかもしれない。
大学生は検索をやめた。
レシートを丸める。
ゴミ箱へ。
ぽい。
それだけだった。
午前一時二十五分。
布団に入る。
スマートフォンを充電する。
電気を消す。
「明日起きられるかな……」
目を閉じる。
数分もしないうちに眠った。
翌朝。
大学生は目覚ましを止めた。
「……眠い」
起きる。
顔を洗う。
着替える。
鞄を持つ。
家を出る。
昨日のレシートのことは、
もう覚えていなかった。
午前十時。
大学。
講義室。
大学生は後ろの席に座った。
友達が隣に来る。
「昨日やった?」
「一個だけ」
「俺も」
「終わってんな」
「終わってる」
二人で笑う。
教授が入ってくる。
講義が始まる。
大学生はノートを開いた。
シャープペンを持つ。
黒板を見る。
昨日のことを思い出すことはない。
ハンバーガーの味も。
店員の声も。
レシートの文字も。
何も。
その日の昼。
大学生は学食へ行った。
友達と並んでいる。
「今日何食う?」
「カレー」
「昨日も食ってなかった?」
「知らん」
「知らんのかよ」
二人で笑う。
食券を買う。
料理を受け取る。
席に座る。
普通の昼だった。
その頃。
昨夜、大学生が捨てたレシートは、
ゴミ箱の中にあった。
他の紙くずに埋もれている。
誰も見ない。
誰も拾わない。
そこに印刷された、
保存:1
という文字だけが、
大学生の知らないところで残っていた。
そして。
その数字は、
昨日から変わっていない。
増えてもいない。
減ってもいない。
ただ、
1。
それだけだった。




