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第15話「数えない」


 午後六時四十分。


「今日は増量じゃないよ」


「知ってる」


「限定もないよ」


「知ってる」


「じゃあ何で来たの」


 ノエは答えなかった。


 ぱんでむの入口を見た。


 赤と黄色の布看板。


 いつもの石壁。


 いつもの匂い。


 その前を、人が普通に出入りしている。


「気になるんでしょ」


「……まあ」


 ミナが先に入った。


「だったら食べながら気にしよう」


「強いな」


「お腹すいたから」


     ◆


 二人分を注文した。


 肉挟み。


 芋。


 冷茶。


 木札には、


客 2


 それだけ。


「普通」


「よかったね」


「何も起きてないのに安心する店って何なんだろうな」


「でも来る」


「それは飯がうまいから」


「はいはい」


 今日は窓際が空いていた。


 二人で座る。


 第二陽が低い。


 あと少しで、輸送獣の帰還時間が始まる。


 ノエは外を見た。


「来るかな」


「何が?」


「影」


「来るでしょ。毎日飛んでるんだから」


「そっちじゃなくて」


「分かってる」


 ミナは芋を一本取った。


「でもさ」


「うん」


「昨日の子、よかったよね」


「……うん」


「弟と食べられたなら」


 ノエは肉挟みを一口食べた。


「本当に弟だったのかな」


「知らない」


「怖くない?」


「ちょっと」


「じゃあ何でそんな普通なの」


 ミナは少し考えた。


「嬉しそうだったから」


 それだけだった。


     ◆


 最初の輸送獣が来た。


 街が暗くなる。


 二人とも、


 何も言わなかった。


 影が店内へ滑り込む。


 床。


 椅子。


 卓。


 ノエの手。


 ミナの冷茶。


 何も起きない。


 影は通り過ぎた。


 光が戻る。


「……普通」


「今日は普通だね」


 ノエは少し肩を落とした。


「残念そう」


「違う」


「顔が言ってる」


「怖いけど、何もないとそれはそれで」


「面倒な客」


 二人で笑った。


     ◆


 二頭目が来た。


 また暗くなる。


 今度も何もない。


 三頭目。


 何もない。


「ほら」


 ミナが言った。


「もう終わったんじゃない?」


「何が」


「変なの」


「そんな簡単に終わる?」


「始まった理由も知らないんだから、終わる理由も知らないよ」


「それはそう」


 ノエは最後の芋を取った。


「帰るか」


「うん」


 席を立つ。


 盆を持つ。


 返却口へ向かう。


 その途中だった。


 入口近くの大きな卓。


 老人が一人で座っていた。


 肉挟みを二つ並べている。


 片方は、


 手をつけていない。


 ノエは足を止めた。


「どうしたの」


「いや」


 老人の向かいの席。


 空いている。


 その隣では、


 若い女が三つ飲み物を置いていた。


 座っているのは二人。


 奥の卓。


 男が一人。


 芋は二皿。


「……ミナ」


「うん」


 ミナも気づいていた。


 店内を見回す。


 いつもの客。


 いつもの夕方。


 だが、


 料理の数が、


 人の数と合っていない。


 あちらも。


 こちらも。


 ほとんどの卓で。


「今日だけ?」


 ノエが小声で言う。


「分からない」


「前から?」


「見てなかっただけかも」


 老人が、


 向かいの空席へ言った。


「ほら、冷めるぞ」


 誰もいない。


 だが老人は、


 何事もないように自分の分を食べ始めた。


     ◆


「すみません」


 ノエは会計台の店員へ声をかけた。


「はい」


「今日、客多いですよね」


「そうですね」


「いや、その」


 言い方を迷う。


「注文数」


「注文数?」


「人数より多くないですか」


 店員は店内を見る。


「そうでしょうか」


「ほら、あの人」


 老人の卓を指す。


「一人なのに二つ」


「……」


「向こうも」


 三つの飲み物。


 二人の客。


 店員は少し考えた。


「ご一緒の方がいらっしゃるのでは?」


「見えませんけど」


「そうですね」


「そうですねって」


 店員は困ったように笑った。


「こちらでは、人数までは確認していませんので」


「木札に客数出るじゃないですか」


「はい」


「じゃあ数えてるでしょ」


「注文時には」


「今は?」


「今?」


 ノエは黙った。


 自分でも何を聞いているのか、


 少し分からなくなった。


 店員は答えなかった。


     ◆


 外へ出る。


 第二陽は、


 もう城壁に触れていた。


「帰ろう」


「うん」


 市場を抜ける。


 今日の晩飯はもう済んでいる。


 パンもある。


 卵もある。


 買い物はない。


「ねえ」


 ミナが言った。


「うん」


「あの老人」


「うん」


「誰と食べてたんだろうね」


「知らない」


「知りたい?」


 ノエは少し考えた。


「いや」


「珍しい」


「知らない方がいい気がする」


「学習した」


「遅い?」


「かなり」


 ミナが笑った。


     ◆


 四頭目の輸送獣が、


 頭上を通った。


 街が暗くなる。


 二人の影が伸びる。


 ノエは、


 反射的に足元を見た。


 二つ。


 自分とミナ。


「……」


 そのまま歩く。


 三つ目はない。


 少しだけ安心した。


 そして、


 通りの向こうを見た。


 老人。


 さっきの客だった。


 一人で歩いている。


 影は二つ。


 若い女たち。


 二人で歩いている。


 影は三つ。


 市場帰りの男。


 一人。


 影は二つ。


 親子。


 二人。


 影は四つ。


 どこを見ても、


 数が合わない。


「ミナ」


「見てる」


 声が少し硬かった。


 影の中にいるものたちは、


 誰も暴れない。


 誰も追ってこない。


 ただ、


 隣を歩いていた。


 腕を組むもの。


 小さな手をつなぐもの。


 背中へ寄り添うもの。


 少し後ろを歩くもの。


 それぞれ、


 生きている人の歩調に合わせて。


 輸送獣が遠ざかる。


 光が戻る。


 影は消えた。


 通りには、


 いつもの人数だけが残った。


     ◆


 翌日。


 ノエは仕事帰りに、


 一人でぱんでむへ寄った。


「肉挟みと、芋」


「お飲み物は?」


「冷茶」


「かしこまりました」


 店員が木札を刻む。


客 1


 ノエは受け取る。


「……あの」


「はい」


 一度だけ迷った。


「やっぱり、芋もう一つください」


「追加ですね」


「はい」


「お二人分でしょうか?」


 ノエは店員を見る。


 店員は普通の顔をしていた。


「いや」


 ノエは答えた。


「数えなくていいです」


 店員は少しだけ目を細めた。


「かしこまりました」


 木札に、


 芋が一つ追加された。


 客数は、


 増えなかった。


 その日の夕方、


 輸送獣の影が店内を通った時。


 ノエの向かいの席から、


 芋が一本だけなくなった。

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