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第13話「半分」


 午後五時五十八分。


「今日、行く?」


 ミナが聞いた。


「何に」


「ぱんでむ」


「行かない」


「珍しい」


「昨日も行ったし」


「昨日?」


「いや、三日前」


「じゃあ昨日じゃないじゃん」


「感覚の話」


 ノエは荷札を棚へ戻した。


 勤務終了。


 外へ出る。


 まだ第一陽が沈みきっていない。


 第二陽は高い。


 石畳が熱を持っていた。


「日陰肉、怖くなった?」


「別に」


「じゃあ行こうよ」


「何でそんな行きたいの」


「今日は芋揚げ増量日」


「行く」


「弱いね」


 二人は市場区へ向かった。


     ◆


 ぱんでむは混んでいた。


「うわ」


「増量日だからね」


 入口まで列が伸びている。


 親子連れ。


 倉庫帰りの労働者。


 学生。


 翼膜を畳んだ騎乗員が三人。


 肩ほどの高さしかない石工種が、四人で一つの卓を使っている。


 誰も珍しくない。


 この街では、働く場所が違えば身体も出身も違う。


 飯時になれば同じ列へ並ぶ。


「帰る?」


「芋」


「そこまで?」


「無料増量だよ」


「はいはい」


 列が進む。


 壁の札を見る。


 日陰肉挟み。


 まだ残っていた。


「頼むの?」


「今日は普通の」


「逃げた」


「学習した」


「何を?」


「分からんものは二回で十分」


「二回食べてる時点で遅いよ」


 順番が来る。


「肉挟み焼き二つ。芋、増量で」


「かしこまりました」


「飲み物は?」


「冷茶二つ」


 店員が木札へ文字を刻む。


 一枚。


 二枚。


 そこで針が止まった。


「……?」


 店員が札を見る。


「どうしました?」


「いえ」


 もう一度針を当てる。


 黒い文字が浮かぶ。


肉挟み焼き 2

芋揚げ 2

冷茶 2

客 3


 ノエが見た。


「三?」


 店員も見る。


「あれ」


 ミナが振り返る。


 後ろには次の客。


「私たち二人です」


「そうですよね」


 店員は札を裏返した。


「刻み違いです。失礼しました」


 新しい札を取る。


 今度は、


客 2


「はい」


「どうも」


 ノエは受け取った。


 少しだけ、


 後ろを見た。


 誰もいなかった。


     ◆


「十四番のお客様」


 窓際。


 前と同じ席は空いていなかった。


 二人は中央の卓へ座る。


「よかったじゃん」


「何が」


「影見えにくい席」


「気にしてない」


「気にしてる顔してる」


「してない」


 肉挟みを食べる。


「普通」


「そりゃ普通の頼んだもん」


「安心する」


「完全に気にしてるじゃん」


 ミナは笑った。


 芋をつまむ。


「増量、結構あるね」


「得した」


「今日それだけで機嫌いいでしょ」


「うん」


 ノエも芋を取る。


 そのとき、


 店内が暗くなった。


 輸送獣の影。


「……」


 ノエの手が止まる。


「ほら」


「何も言ってない」


「見てる」


 肉挟み。


 欠けない。


 芋。


 減らない。


「普通だね」


「だから普通の頼んだ」


 影が卓を横切る。


 ミナの皿。


 ノエの皿。


 中央の空席。


 そこだけで、


 影が止まった。


「……」


 ノエは目を細める。


「今」


「うん」


 ミナも見ていた。


 空席の前。


 何も置いていなかった場所に、


 紙包みがあった。


 肉挟み。


 一つ。


「……誰の?」


「知らない」


 ノエは周囲を見る。


 隣の客は食事中。


 席を探している人もいない。


 店員も来ていない。


「置いてあった?」


「なかった」


「だよね」


 影が抜ける。


 光が戻る。


 紙包みは、


 残っていた。


「消えない」


「触らない方がいいよ」


「触らない」


 二人はじっと見る。


 包み紙には、


 赤と黄色の紋章。


 店の商品だ。


「店員呼ぶ?」


「うん」


 ノエが手を上げる。


「すみません」


 店員が来る。


「はい」


「これ、誰かのですか?」


「こちら?」


 店員が紙包みを見る。


「注文してないんですけど」


「少々お待ちください」


 包みを持ち上げる。


 軽く首を傾げる。


「確かに肉挟みですね」


「誰の注文です?」


「確認してきます」


 店員が持っていく。


 ノエとミナは顔を見合わせた。


「見た?」


「見た」


「急に出たよね」


「出た」


「じゃあ私の見間違いじゃない」


「俺も見た」


 初めて、


 ノエは少し安心した。


     ◆


「失礼しました」


 店員が戻ってきた。


「注文記録がありませんでした」


「じゃあ何だったんです?」


「分かりません」


 妙に素直だった。


「厨房で作った記録も?」


「ありません」


「でも店の商品ですよね」


「包みは当店のものです」


 ミナが聞く。


「中身は?」


「肉挟みでした」


「普通の?」


 店員は一瞬黙った。


「半分だけでした」


「半分?」


「はい」


 ノエが立ちかける。


「食べかけ?」


「いいえ」


「じゃあ」


「最初から、半分です」


 店員はそれだけ言った。


「処分しますので、ご安心ください」


「……はい」


 去っていく。


 ノエはミナを見る。


「半分って何」


「知らない」


「誰か食べたんじゃないの」


「歯形ないってことじゃない?」


「それなら切ったとか」


「厨房記録ないって」


「……」


 芋を食べる。


 冷めていた。


     ◆


 帰る頃には第二陽も傾いていた。


「今日は買い物ないよね」


「パンある」


「卵は?」


「ある」


「じゃあ帰ろ」


 店を出る。


「ありがとうございました」


「どうも」


 数歩進んだところで、


 ミナが止まった。


「ノエ」


「何」


「ちょっと待って」


 彼女は袋の中を見る。


「どうした」


「これ」


 取り出したのは、


 紙包みだった。


「……」


 赤と黄色。


 さっき店員が持っていったものと同じ。


「入れた?」


「入れるわけないでしょ」


「俺も入れてない」


 二人とも黙った。


「捨てる?」


 ノエが言う。


「店に返す」


「戻る?」


「戻る」


 二人は引き返した。


     ◆


「すみません」


「はい」


「これ」


 ミナが紙包みを置く。


「さっきのですよね」


 店員が包みを見る。


「……」


「鞄に入ってたんです」


「開けても?」


「どうぞ」


 店員が包みを開く。


 中には、


 肉挟み。


 半分。


 切断面は滑らかだった。


 かじられてはいない。


 ちょうど最初から、


 半分だけ作られたように。


「これです」


 店員が言った。


「やっぱり同じ?」


「はい」


 ノエは聞く。


「何で鞄に入ったんですか」


「分かりません」


「……ですよね」


 店員は包みを閉じる。


 その時、


 厨房の奥で音がした。


 金属板が一度鳴る。


 注文札を刻む時の音。


 カチン。


 店員が振り返る。


 誰も操作していない刻印台。


 木札が一枚、


 排出口から落ちた。


 店員が拾う。


「……」


「何て書いてあります?」


 ノエが聞く。


 店員は札を見せた。


肉挟み焼き 1

客 1


 その下。


 少し間を空けて、


受取済


「誰が?」


 ミナが言う。


 答えはなかった。


     ◆


 二人は今度こそ店を出た。


「明日から別の店にする?」


 ミナが聞く。


「芋増量ある?」


「知らない」


「じゃあ考える」


「そこ?」


「重要」


 歩き出す。


 頭上を輸送獣が横切った。


 街が暗くなる。


 二人の影が石畳へ伸びた。


 ノエ。


 ミナ。


 そして、


 二人の間にもう一つ。


 小さな影。


 それは何かを両手で持ち、


 口元へ運んでいた。


 一口。


 影の手元から、


 丸いものが半分消えた。


 光が戻った。


 二人だけになった。


 ミナは何も言わなかった。


 ノエも言わなかった。


 ただ、


 その日はパンを買い忘れなかった。

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