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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
9 Farewell Gift 送別の品 

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61―本質

 ホテルの窓から、朝の陽ざしが差し込んでいた。

紗奈はベッドの上で、同じくバスローブを纏った透也の腕の中にいた。

それでも、頭の中では昨夜から同じことを繰り返している。


(どうして……)

自分は、彼に見限られたと思っていた。

彼の前から、一生消えるつもりだった。

それなのに。

「お前、また余計なこと考えているだろ」

背後から透也の声が響く。

「……結婚するんじゃなかったの?」

「そのつもりはなかった。父が勝手に話を進めただけだ。いつものようにな」

「私は、今度こそ本当にするんだと思って」

紗奈が気まずそうに身体を縮こませる。

「だから俺の前で、レイの恋人のふりを?」

「あなたに、私も一人じゃないって見せれば……安心すると思ったから」

透也は絶句した。

「……もう少しましな方法を考えろ」

「ましって……」


「俺がお前に強引に手を出したから、嫌いになったんじゃなかったのか」

「最初はそう思った」

紗奈は俯いた。

「あなたが私を、ずっと護衛じゃなくて普通の女として見ていたって分かって……許せなかった。必死で身につけた技術を、全部否定されたんだって思ったら」

透也は何も言えなかった。

そんな風に紗奈が感じていたなんて、露ほども思っていなかった。

「でも……思い出したの」

紗奈が小さく息を吐く。


「出会った時、あなたに抱きついた自分を」

透也の眉がわずかに動く。

「そのせいで、あなたは私を無視できなくなったんだって」

「何の話だ?」

「お前と初めて会った時のことは覚えているが」

「かわいそうだと思ったんでしょ?」

紗奈の声が少しずつ細くなる。

「事件の後も。あなたが私を引き取る必要なんて、一つもなかったのに」

その事実を口にすることが苦しいかのように、紗奈は絞り出した。

「……お前、ずっとそんな風に思っていたのか」


透也の声が低くなる。

「俺が同情で、お前をそばに置いたと」

紗奈は答えない。

透也はその身体を抱き寄せる。

「お前が俺を居場所にしてきたように、俺もお前を必要としてきたんだ」

腕に力がこもる。

「抱きつかれた瞬間に、お前に心を奪われた」

紗奈が、少し嫌そうな顔をした。

「その時、私はまだ九歳だよ」

「引くな」

透也が眉を寄せる。

「お前が大人になるまで待つつもりだったんだよ」

「じゃあ、何で……」

「お前が俺から離れようとするからだ」

「めちゃくちゃだよ、透也」

「ああ」

透也は素直に認めた。

「先に言葉にして、お前を安心させるべきだったな」


紗奈は透也の腕から抜け出した。

ベッドの上に膝を折り、足を外側へ崩して座る。

そのまま、透也を見下ろした。

下ろした黒髪が、ふわりと揺れる。

「本当に、私のことが好きなのね」

紗奈が笑った。

透也は息を止めた。

「……透也?」

「お前の笑顔が眩しすぎて、心臓が止まりかけた」

紗奈は目を見開く。

その意味を理解するまで、一拍。


次の瞬間。

白い頬が、朝の陽ざしよりも鮮やかな赤に染まった。

(だめだ)

透也は、思考が甘くほどけていくのを感じた。

頬へ手を伸ばす。

紗奈は逃げなかった。

むしろ、子猫が甘えるように、その手のひらへ頬を寄せる。

鼓動が跳ね上がる。

空気が、ほんの少しだけ変わった。

「お前は俺を殺す気か……」

透也は小さく呟いた。


そして。

「紗奈。婚約しよう」

紗奈は一瞬だけ息を止めた。

驚いたわけではない。

言葉の意味が、ゆっくりと胸の奥へ届くまでの停止だった。


「俺と正式に婚約すれば、もう誰にもお前を妹だとは言わせない」

紗奈は黙って透也を見る。

「俺は会社を辞めてもいい。必要なら、今まで持っていたものを全部捨ててもいい」

「……しなくていい」

紗奈はすぐに首を振った。

「そんなことしなくても、私はあなたのものだから」

その言葉は、告白というより事実の確認だった。


透也は、少しだけ眉を寄せる。

「俺は、お前を絶対に一人にはしない」

その言葉に、紗奈の中の何かがわずかに揺れた。

沈んでいた場所へ、手が伸びてくる。

掴まれるというより、引き上げられる。

(……一人に、ならない)

その一点だけが、ゆっくりと輪郭を持つ。

「なんで……」

紗奈の声が震える。

「好きだからだ」

即答だった。

迷いがない。

だからこそ、その言葉には妙な現実味があった。

「それだけ?」

紗奈は確かめるように聞いた。

透也は迷わない。

「それだけで十分だ」

その言葉を聞いた瞬間。

紗奈は、ようやく少しだけ息を吐いた。


透也が紗奈を抱きしめる。

その腕の中は、もう何かを証明するための場所ではなかった。

逃げ道でもない。

ただ、今ここにいる二人のための場所だった。

紗奈は目を閉じる。

もう、この腕の中が安全かどうかを考えることをやめた。

ただ、離れなかった。

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