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『White Cage――透明な献身――』  作者: 長谷川鈴凪
7 Cold Embrace 冷たい抱擁

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46/64

45―隠したもの

 透也はレイモンドの番号を叩いた。呼び出し音が一回鳴るか鳴らないかのうちに、男は出た。

「そろそろかかってくる頃だと思っていたよ」

 受話器の向こうの声音は、最初から全てを見透かしているように滑らかだった。

透也は怒りを殺し、冷徹に問い詰める。

「あのナイフはなんだ。紗奈が俺を排除しようとした」

「彼女の拠り所だよ」

「こっちは危うく殺されかけたんだぞ」

「よく生きてたな」

笑いを含んだ返答に、透也は喉の奥で舌打ちを噛み殺した。

レイモンドは悪びれる様子もなく、淡々と宣告する。

「安心しろ。任務中は抜かない」

「……まあ。お前が余計なことをしなければだが」

受話器の向こうで、レイモンドが皮肉めいた笑みをこぼす気配がした。


「紗奈の境界は、明日が来ることじゃない。いつでも終わらせることができる、その『瞬間』にあるんだよ」  

その言葉が、透也の心臓を冷ややかに刺した。

「それを奪えばどうなるか、わからない訳ではあるまい。……あれがあるから、紗奈はお前がいなくても平気なんだ」

通話が切れた後も、その言葉だけが残った。

あれがあるから、紗奈はお前がいなくても平気なんだ。

透也はしばらく動かなかった。

個室のモニターには、眠る紗奈の姿が映っている。

穏やかな寝顔だった。

少なくとも今は。


「紗奈」

私邸に戻り、自室にいた紗奈を透也が呼ぶ。ベッドの端に腰掛けていた紗奈が顔を上げた。

「今日からお前はここで寝ろ」

透也は自分の寝室の方を指さした。紗奈は不思議そうに瞬きをする。

「透也が寝不足になっちゃうよ」

透也は少しだけ黙った。

先ほどのレイモンドの言葉が頭から離れない。

あれがあるから、お前がいなくても平気なんだ。

そんなはずがない。

そう思うのに、否定しきれない。


「それでもいい」

低く言う。

「また苦しくなったら起こせ」

紗奈が首を傾げる。

「起こしたら困るでしょう?」

透也はわずかに眉を寄せた。

「困らない」

そして少しだけ間を置いて続ける。

「一人で抱えるな」

「……俺がいる」

紗奈はしばらく黙っていた。

やがて小さく頷く。

「分かった」


真夜中の静寂のベッドの中で、透也は紗奈の肩が小さく震えていることに気づいた。

呼吸が乱れている。

発作か。

反射的に透也は身構えた。

――紗奈、泣いているのか

透也は思わずそう口にした。

紗奈自身も気づいていなかったのかもしれない。

頬を伝う雫に触れ、

少しだけ目を見開く。

「……わからない」

小さな声だった。

「苦しいのか」

紗奈は首を振る。

「痛いのか」

また首を振る。

沈黙。

そして、ずいぶん時間をかけてから。


「……寂しかった」

透也は息を止めた。

それは発作ではない。

トラウマでもない。

錯乱でもない。

ただの感情だった。

一年。

レイモンドのもとで生き延びるために、余計なものを削ぎ落としてきた少女がようやく零した、あまりにも普通の言葉だった。

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