43―再会
――一年後
紗奈は飛行機が着陸準備に入った時、日本へ帰る直前にレイモンドとのやり取りを瞼の裏に再生する。
「お前は城瀬透也を過信している」
紗奈は小さく肩を震わせた。
日本へ着いても、透也が迎えに来る保証はない。
レイモンドはそういう話をしていた。
「彼が何を望むかは関係ない」
「城瀬家が何を望むかだ」
紗奈は視線を落とす。
(向こうに着いて透也がいても、一線を引く)
(その方が、生き残れる)
十五歳の紗奈がレイモンドもとへ旅経ってから、一年が経とうとしていた。
TSOの部署は、元々父でありS/F社の最高権力者でもある和馬から紗奈を奪われないために作った部署だった。
設立に協力したレイモンドは、透也の本当の目的を知るために紗奈に接触した。
それが、今の結果を招いた。
透也の意に反してTSOは、社会的な需要度が増し業績は右肩上がりだった。それをあの男は会社の一番高い席から満足そうに微笑んでいるに違いなかった。
チーフ室に置かれたスマートフォンが短く振動する。
――紗奈を帰国させる。迎えに行く気があるなら遅れるなよ。
レイモンドからのメッセージだった。
透也は、チーフ室を飛び出していた。
「チーフ?どちらへ」
「急用ができた」
そう秘書の深見に言い残して、透也は地下の駐車場に向かった。
到着ロビーの自動ドアが開いた。
上質な生成りのミディアム丈のワンピースに身を包んだ少女が一人で歩いてくる。
腰まである、綺麗に切りそろえられた黒髪。
背筋を伸ばし、一定の歩幅。
凍てついた瞳。
別人だった。
そう思ったのは、透也だけだった。
透也の記憶にあった弱々しい少女の姿はどこにもなかった。
紗奈は前方に自分を見つめて立ち尽くす男に気づく。透也を見ても表情は変わらなかった。
「紗奈……」
「迎えに来てくれたんですね」
「どうお呼びすればいいですか?……透也様?」
透也は、胸の奥が焼き切れるような感覚を覚えた。
かつて自分を名前で呼び、ただ傍にいた少女はもういない。
「……俺を忘れたのか?」
「忘れてはいません。でも立場は大事だとレイが」
そう続けようとした紗奈は透也の腕の中にいた。
空港という場所においてそれは、感動的なシーンに見えただろう。
だが二人の間にはどこまでも冷気があるだけだった。
「お前の主は私だ。間違えるな、紗奈」
透也は紗奈の耳元で低く言う。
「そうですね」
透也の運転する黒いセダンのドアが閉まる。外の喧騒が一瞬で遠のいた。
車内は静かだった。助手席に座る紗奈は窓の外を見ている。
「……」
透也はしばらく何も言わない。やがて、低く言った。
「変わったな」
紗奈は少し遅れて視線を向ける。その瞳には、かつて宿っていたはずの揺らぎも、躊躇いもない。
「どこが、ですか」
「全部だ」
言葉が喉に刺さる。
車が動き出す。
街の光が流れていく。
紗奈は小さく息を吸う。
「必要でしたので」
透也のハンドルを握る手に力が入る。
「やめろ。もう言うな」
紗奈は、ただ静かに視線を窓の外へ戻した。
透也の隣で、彼女は確かに呼吸をしている。
だが、その胸にあるのは、透也が望んだはずの従順な道具という名の「空虚」だった。
以前にもまして、彼女は選ぶことをしなくなっていた。
食事も、トレーニングも、学業も。彼に対する受け答えさえも。
すべてが「処理」になっていた。
感情の介在しない、正確すぎる日課。
レイモンドが紗奈に与えたもの――




